第60話 駆けつけし黒きもの。中編
パーシヴァルは先陣に混じり、手を挙げ
素早く指を動かした。
複雑な指揮は、このハンドサインで行われていた。
時には大きな声を出し、陸竜近衛騎士団を率いながら
ついにゴブリンクイーンへの道を完全に切り開いたのだった。
そこは最早、王城だった形跡など殆ど残されてはいなかった。
巨大な穴が開き、そこに王城だったもの。
石などの瓦礫が落下し、ゴブリンクイーンの根元たる場所まで
粗いながらも道が出来ていた。
そこには最早、レッドキャップやオーガなどの姿も無く
とてつもなく巨大なゴブリンクイーンの下半身。
それもパーシヴァルが見ても、下半身とは到底思えない
巨大なこぶのようなものがあるだけの場所。
そこに白い服を纏った男が居るだけだった。
「こんな場所に居たか……ドクトル・ロガン……。」
ドクトル・ロガン。
ホーレルヒ王国にて様々な研究を行っていた人物であり
今回の騒ぎを引き起こした張本人。
リラの調べでは、このドクトル・ロガンには辿り着いていなかった。
しかしウィンガード王国きっての暗部の手により
今回の騒ぎの原因はこのドクトル・ロガンであると
前もって判明していた。
彼こそがこの巨大なゴブリンクイーンを創り出した上に
人工妖精を創り出し、そしてこれまでの
ゴブリン、レッドキャップ、オーガに触手など
多くの魔物を創り出し、そして操ってきた人物だった。
「おやおや、誰かと思えばウィンガードの飼い犬ではないですか。」
「……………。」
飼い犬、と言えばこの場合は侮蔑称であり
近衛である事、王の直属部隊でもある事を揶揄する言葉だ。
「おやおや、誰かと思えばホーレルヒの飼い猫ではないですか。」
そこにパーシヴァルの後ろから現れたのが
白い鎧に身を包んだ空竜近衛騎士団長、ソニックだった。
「なんだと……?」
「ホーレルヒ王もキチンと鎖に繋いでおかないから
このような事が起きたと言うのに。
これを飼い猫、と言う以外の言葉を持ち合わせておりませんのでね。」
「ソニック……いや。
ソニック・F・ウィンガードと言うべきか?」
「生憎と戦場ではソニックと名乗っておりましてね。
あなたのような狂科学者に名乗るのは
名だけで十分でしょう?」
「狂科学者!?私は狂ってなどいない!!
ただ魔物の素材を使った研究をしているだけではないか!!」
「死んだ魔物の遺体に核心を植え付けるなど
正気の沙汰ではないのですよ?」
「何を言う!この我が傑作たるゴブリン・マザー・クイーンは!!
妖精を生み出す世界の宝なのだぞ!?
貴様らウィンガード王国だってそうではないか!
永久魔力機関を使用しているではないか!」
「我々は貴方のように嬰児を攫って
それを素材として妖精や魔物を創り出す。
そのような狂った事はしていませんよ?」
「狂ったとまた言ったな!?
生あるものが、違う生あるものへと変わる。
ただそれだけではないか!!」
「その変わった先がゴブリンですか?
そしてそのゴブリンにまた嬰児を攫わせる。
それを狂っていると言う以外何というのですか?」
「神。」
「呆れますね……その程度で神の名を語るなど……。
神罰が堕ちますよ?」
「神罰!?神罰だと!?
そのようなものがあるのならば!神が存在するのならば!
私は既に神罰を受けているだろう!!
だがどうだ!今をもってして、私はまだ生きている!!
罰など受けてはいない!
これこそ神など居ないか、私が神である証拠であろう!?」
「いいえ、神は間違いなくおられます。
そして今日、貴方は今から神罰を受けるのですよ?」
「………………く、くく、くくくぁっはっはっはっはっは!!
そうか!そういう事か!!」
ロガンはツボだったのかと思う位
笑いに笑った、そして真顔でソニックに指を向けた。
「貴様ら、大国たるウィンガード王国が神だとでも言うつもりか!?
片腹の痛さも超えて、腹全体が痛いわ!!」
「何がおかしかったのかは知りませんけど
私は神の名を語るなど、と言った筈です。
私は自らが神などと名乗る程の者では無いという事位は
常識として知っていますし、そのような不遜な思いを
持った事すらありません。
貴方と違って、身の程をわきまえているのですよ。」
「ならば!神罰とは何を指す!!
未だ私に何も起きてもいないのに神罰だと!?
今からだと言うならその神罰とやらを私に与えてみるが良い!!」
「それは神のする事です。
しかし神罰とは別に、我々は貴方を許す訳にはいかないのですよ?
禁制品の製造、あなたの仕業ですね?
あれは取り出しに非常に技術が必要です。
魔導錬金術師である貴方であれば、薬学にも錬金術にも
精通しているのですから、容易な筈ですからね。」
「許す訳にいかないだ!?
たかだか孤児の分際から、上級学校まで上がり!
所詮、国軍科などと言う甘っちょろい学科を抜けた程度の
貴様が許すも許さないも無かろうが!
忘れたのか!?魔導錬金術師は上級学校の全ての科目を
合格しなければならない、国家資格なのだぞ!?」
「ですから許せないのですよ?
ウィンガード上級学校、魔導錬金術師科を首席卒業したロガン君?」
「その呼び方をするな!!」
「ウィンガード王国で学び、その知識と技術を使い
国に仇名すなど、許せないと言っているのですよ?」
「何がウィンガードだ!何が大国だ!
所詮、貴族が金を出して点数を買う場所では無いか!!」
「そういう風潮がある事を否定はしません。
だからと言って貴方がやった事そのものには
関係ありませんよね?」
「黙れ黙れ黙れ!私は貴様らウィンガード王国に受けた事を
決して忘れてなどいないぞ!!
貴族の連中はいつだってそうだ!
金を詰み、成績を買い、まともに勉学に励んでいる私の邪魔をする!
そして首席すら金で買ったんだ!!
そして俺は国立科学研究所への進路を失った!!
全ては貴族などと言う馬鹿共が有り余らせている金の力で
就職先すら買っているだけだろうが!!」
「いえ、調べましたけどもし貴族の御子息達が
成績を買わなかったとしても、首席にはなれなかったのですよ?」
「そんな訳があるか!」
「いえ、事実です。
上級学校、魔導錬金術師科の首席には禁書庫への
入場権限が与えられるのは当然知っていますね?」
「当たり前だ!私はそれを求めて勉学に励み
首席を目指した!!
だが6年間と言う間、一度たりとも首席になる事は無く
禁書庫への入場が出来なかったのだからな!!」
「当然です、当時から貴方は危険視されていたのですから。
魔導錬金術科は世界7大ギルドである
冒険者ギルド、商業ギルド、錬金術ギルド、薬師ギルド
テイマーギルド、職人ギルド、魔法ギルドの
全ての知識を得られ、他の学科の倍の年数の授業が存在します。
その中で貴方の言動、行動共に上級学校では
危険視していた事から、貴方の成績を意図的に下げられていたのです。
知らなかったのですか?」
「成績を……下げた?」
「そうです、貴方は昔から魔導錬金術師科の中でも
魔物に対する知見を多く有していました。
そして疑問に持った筈の知識は、現在では禁忌とされている
嵌合体に向けられていた。」
「……………。」
「それを学校は見抜いていたのですよ。
嵌合体は未だ未知の学問であり
魔物に限らず、生命体で行う事自体が禁忌とされていました。
しかし貴方は何度となく、校内で嵌合体を造り出した。」
「……………。」
「あれ?バレていないとでも思いましたか?
貴方が造り出した嵌合体の素体は校内にある木です。
接ぎ木、と呼ばれるものですが実はこれも立派な嵌合体なのです。
嵌合体は何も魔物や獣に限らず
植物で造ったものも嵌合体と呼ぶのです。
貴方はそれを校内の木で実験し、来るべき日の為に自らの知識に蓄えていた。
しかし残念な事に、植物性の嵌合体について
教えている学校は存在しないのです。
そもそも禁忌とされているのですから
そのヒントとなりえる接ぎ木すら教える訳がありません。
そして過去に、嵌合体を造り出そうとした人物の多くは
必ず解り難いとされる植物で試す人が多いのだそうです。
貴方はそれを校内で行っていた事で、学校は目をつけていたのですよ。
禁書庫の本の内容を知れば、嵌合体を造るだろうと。
そして貴方は今、独学でそこに辿り着いた。
ホーレルヒ王国に存在していた核心2つを利用した
このゴブリンクイーンと言う嵌合体に到達した。」
「……………。」
「そしてこのゴブリンクイーンに使われている素体。
これはゴブリンクイーンの遺体、そして恐らく……。
魚の類ですね、特に卵が多く出来ますので。
しかしここに卵が放置されている感じはありません。
だから貴方は……魚人の女性を攫って
ゴブリンクイーンにかけ合わせましたね?」
「……………騎士団長様はそこまで解るのか。
天や神とやらは、二物も三物も与えるのか!!」
「いいえ、私に与えられたのは恐らくたった1つです。」
「たった……1つだと!?そんな訳があるか!!」
「貴方には理解出来ないでしょうが
私に与えられたものはたった1つしか思い当たりません。
それは………きっと彼女と出会えた事でしょう。」
まるで、申し合わせたかのように。
ソニックが言い終わると同時に
ソニックとドクトル・ロガンの間に黒い塊が落ちてきた。
地面を揺るがし、砂煙を巻き上げ。
そしてその中心には真っ黒な体毛が僅かに光る。
ゴリラの姿があった……。
星5点満点で「面白い」や「面白くない」と
つけていただけると、作者が一喜一憂します!