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由香が目立つ理由はもう一つある。
それは、由香が生徒会長だからだ。高校二年生なのに、生徒会長になっている。意味がわからない。どうやら、信頼されているみたいだ。生徒会での仕事をしっかりこなしているのかもしれない。
生徒会長が目立たない人と話していたら、目立ってしまう。ましては、空気のような存在の昆布だ。より目立ってしまう。
昆布は目立たない人間のままでいたいと思っていた。
「周りの視線がどうしたの?」由香は言った。「気に入らないの?」
「気に入らないっていうか……」昆布は小声で言う。「苦手なんだ。注目されるのが。由香と話していると、僕は注目されてしまう」
「気のせいじゃない?」
「気のせいでもないし、木の精でもないよ。いつもより注目されているのは事実だよ」
「そっか」由香は肩を落とした。
由香を落ち込ませたいわけではない。傷つけたいわけではない。だけど、注目されるのは嫌なんだ。下手したら、過呼吸を起こしてしまうかもしれない。
苦手なことから逃げる。それは、いいことじゃないかもしれない。でも、克服できそうにない。辛いことから逃げることしか考えていない。今が幸せじゃないからこそ、不幸せになりたくない。幸せでも不幸でもない人生を大事にしたいんだ。
この気持ちを、由香はわかってくれるだろうか?
多分、わかってくれない。
「じゃあさ……」由香は言った。「中庭に行こう!」
「どうして?」
「中庭はあまり人がいない。それだったら、話に集中できるでしょ?」
「いや、僕は……」
「私の会話したくないの?」
「そういうわけではない……けど」
「じゃあ、中庭に行こうよ」
「でも、あんまり動きたくもないっていうか……」
「歩いて三分だよ? 動くってほどでもないでしょ?」
十分、動くってことになると思う。昆布はスマホの画面を指でスクロールしただけで、疲れてしまうことがある。それくらい運動不足だ。ついでに言うと、呼吸をするのも疲れる。
「いや、中庭まで歩くのは大変だよ」
「大変じゃないよ」
「由香はそう思うかもしれないけど……」
「じゃあ、どこがいい? どこで話したい?」
「ここがいい。正直、話さなくてもいい。由香が離れてくれれば、それでいいよ」
はやくどこかへ行ってくれ。
由香が嫌いなわけじゃない。だけど、周りの視線が気になってしまう。
だから今、昆布は床しか見てない。
「私は昆布と離れたくないよ」
告白みたいなことを言う由香。
「どうして?」
「だって、会話したいもん」
「他の人としたらいいんじゃない?」
由香と会話してくれる人はいっぱいいるはずだ。由香なら初対面の人でも五分くらいで仲良くできる。会話能力が高いんだ。
他の人と会話してくれ。そのことを、切実に願う。
「昆布と話したい」
「わかったよ。ちょっと待ってて」
昆布はそう言って、教室から出て行った。つまり、廊下にいる。
「どこに行くの?」
由香は教室の中から言う。大きい声だった。廊下まで聞こえた。
昆布は答えなかった。
昆布は食堂に行くと、あるものを買った。
「ほら。これで、昆布と話せるよ」
そう言って昆布は、昆布(食べ物)を由香に渡した。
「……そのネタをやるために、わざわざ昆布を買ったの?」
「うん」
「あはははは。昆布って面白いね」
「どっちの昆布が」
「こっちの昆布が」
「どっち?」
「こっち」
「いや、それじゃあわからないよ。まあ、どっちでもいいけど」
「どっちでもいいのかい。じゃあ、こう言えば伝わるかな? ……喋る方の昆布が面白いと思うよ」
「なるほど。買ってきた昆布の方か」
「何を言っているの? そっちの昆布は喋らないでしょ」
「とりあえず、僕から離れてくれると助かる……」
由香が大笑いしたおかげで、昆布はとても注目されている。昆布(食べ物)の方も注目されている。
「面白かったから、満足した。もう離れるよ」
そう言って、由香は昆布から離れようとする。昆布はホッとした。
昆布(食べ物)はどうだろうか? ホッとしただろうか?
「じゃあ、今日は一緒に帰ろうね。昔みたいにさ」
由香は言った。それから、昆布から離れた。
「え、ちょ……」
いつも一人で帰っていた昆布。
昔みたいに一緒に帰ろうだと?
確かに、小学生の頃は一緒に帰っていた気がする。だけど、本当に昔のことじゃないか、そんなの。今は高校生だ。高校生にもなって、男女で一緒に帰るのは、ウェイ系とカップルくらいだ。
勘弁してくれよ。誰か助けてくれ。悲鳴をあげたくなる。注目を浴びたくないので、声は出さないけど。でも、心は悲鳴をあげている。
助けてくれ助けてくれ助けてくれーーーー。
そんな言葉が頭の中でリピートされていた。心臓がバクバクしていた。
◆
下校の時間だ。
いつもなら一人の昆布。だけど、今日は隣に由香がいた。
生徒会長の由香。明るい由香。
どう考えても、一緒に帰るのはおかしい。恥ずかしい。
どうにかして、一人で帰りたい。由香に離れてほしい。昆布はそんな風に思っていた。だけど、由香は離れてくれそうにない。
昔から、由香はそんな感じだった気がする。




