告げる、頂への宣戦
総合スコアからは想像もつかないほどの激戦を終え、壇上では試合後のインタビューが行われようとしていた。
司会の松島は、やや遠慮がちに、敗北チームのリーダーであるケンへマイクを向けた。
「大変見ごたえのある試合でした。ケン選手、悔しい気持ちはお察ししますが、試合を振り返って、いかがでしたでしょうか。」
ケンはマイクを受け取ると、真直ぐに観客席へ視線を向けた。
「いえ、清々しい気分ですよ。練習試合でもこんなに強いチームと戦える機会はそうそうありません。五輪への望みもまだ絶たれたわけではありません。今後の会場で勝ち抜いて本選抜の切符を手にして見せます。その時は…」
ケンはE-breakersへ向き直る。
「その時は、あなた達に勝てるだけ強くなっていないといけない。今日はいい勉強をさせてもらいました。それと、試合前は失礼なことを言いました。スミマセンでした。」
Crowは司会の進行を待たず、ケンの手からマイクを受け取る。
「良い試合だった。なに、気にしていないさ。こちらこそ、無礼を許してくれ。」
マイクを左手に持ち替えると、右手を差し出す。ケンが握手に応えると、観戦席からは温かい拍手が送られた。
「また君たちと戦えるのを楽しみに待っている、と言いたいところだが…」
「その日はきっと来ないだろう。」
ここまでの流れから大きく逸脱したCrowの言葉に、緊張が走る。
「何故なら、我々は本選抜への権利を放棄するからだ。大会規定によれば、棄権・失格の場合は2位の選手へ権利が繰り下がる。間違っていないね。」
不意に質問を受けた松島は、慌てながらも答える。
「ええ、規約上はそうなっています。し、しかしですね。五輪出場への大きな一歩ですよ。権利を放棄した場合、その後の地方予選へも参加はできません。それでもよろしいのですか。」
「我々は初めから、五輪への出場を目的に参加していたわけではない。」
なんだって。丸井は己の耳を疑わずにいられなかった。今日は自分の眼にも耳にも信用が置けなくなる。なにかと忙しい日だ。
あれだけの力を持ちながら、本選進出を拒否するだなんて。まさかここに来て怖くなった、などというタマでもないだろう。彼らは、誰よりも自分たちの力量を熟知しているはずだ。
「決勝に来るまで我々に敗れていった選手たちには申し訳ないが、順当にいけば、今日の参加者の中では、ケン君たちのチームは本選へ勝ち進んでいた可能性は高い。当たり運も実力のうちと思って、どうか諦めてほしい。」
その順当な優勝候補に大差をつけて勝った人間が言うことか。何を企んでいる。丸井をはじめとする会場の動揺と、懐疑の目など気にしていないように、Crowは語り続ける。
「今日、我々がここに来たのは、”宣戦布告”のためだ。我々は、より圧倒的な強者との戦いを求めている。この会場には、それがいない。」
あまりに残酷な言葉だ。自尊心を傷つけられ、怒り出す者がいてもおかしくはない。だが、これは嫌味などではない。単なる事実であると皆が理解している。誰も”奴ら”には敵わない。
「数多のe-sportsスクールの頂点に立つ存在。それを我々は討ち取って、最強を証明する。」
「城嶋Eアスリートスクール。それこそが我らが標的の名だ。我々はここに、城嶋との一騎打ちの場を所望する。今もこの配信を見ているだろう。まさか、逃げるわけあるまいな。」
城嶋はプライドが高い。普段はそこらのスクールからの練習試合の申し込みなど門前払いだ。
練習相手なら校内で足りているし、OB・OGのプロとの交流の場も多いと聞く。城嶋にとって外との交流は、その作戦等を衆目に晒すリスクこそあっても、メリットなど皆無であるのは確かなのだ。これを”逃げ”だと評せる者がいようはずもない。
しかし、今の状況ではそうはいかない。
“城嶋に匹敵するであろう猛者”による挑戦状。これは断ることが難しい。
この宣戦を知った者は皆、対決の実現を熱望することだろう。大手配信サイト等から番組のオファーも来るはず。
城嶋は、断っても負けても評判を落とすことは間違いない。世間体を気にするあそこにとって、”受けた上で勝つ”が消極的ベターな選択、といったところだろう。
「対決種目は、本日この会場で行われているもののうち、FPS、パズル、リズム、DCG、そして格闘の5つを提案する。こちらの選手は、本日の各部門優勝者、”7名”だ。」
今度は何を言い出す。他の部門の優勝者を巻き込んで、そんな勝手な真似。許可は取れているのか。
それとも、いやあり得るわけがない。公式に実績のない身内プレイヤーで5部門を制した、そんなことが。
「今さっき、仲間たちとの確認が取れた。無事、全員が優勝したそうだ。今頃、各部門の壇上で、これと同様の内容が話されているだろう。」
丸井の予感は的中した。何より驚くべきは、彼らが5部門を制したという、その結果が計画に織り込み済みだったことだ。彼らE-breakersにとってこの予選は、”勝って当然”のものだとでもいうのか。
Crowの演説の展開に合わせるかのように、観戦モニタは5分割され、各部門の優勝者たちが語る姿が映る。
皆が同じサングラス、同じマスク。フードを被る者や、手袋をしている者もいる。
徹底された身分秘匿は、この催しと、先に待つ城嶋との決戦のためか。
五重の合成音声が、会場に響き渡る。
『改めて、我々7名のE-breakersは、城嶋への宣戦を布告する。』
『ここに居る皆は、歴史の目撃者になりたくはないだろうか。”無敵の城嶋の陥落”、その瞬間を。』
『実現できるのは、我らをおいて他にあるまい。この機を逃せば永久に叶わぬ夢となろう。』
そうだ。誇りを賭けた強者の対決。血が騒がなくてはゲーマーではない。
丸井自身もそれを望んでいる。当初は怪訝な顔をしていたギャラリーの多くだけではない。実況・解説者までも、E-breakersの語る未来予想図に惹き込まれている。
『皆が声を上げれば、この世紀の対決は行われるだろう。どうか協力して欲しい。』
『既にE-breakersのアカウントが各SNSに開かれている。我々は、ゲーマーの力を強く信じている!』
こんな大会の私物化、許されていいわけがない。協力を求めるだって。自分たちの勝手な目的に日本中のゲーマーを付き合わせようとでもいうのか。
そう頭では理解していたつもりだ。だが自分の指先は、意思に反して実にスムーズに、当該アカウントを探り出し、拡散のボタンを押している。
彼らの言葉には、その卓越した実力に裏付けられた”圧”がある。
「丸井さん、止めないでください。俺は見たいっすよ、“頂上決戦”…って、もう拡散してるし。丸井さんもなんだかんだ言って乗せられやすいタチなんですねえ。」
「これに乗らなきゃ、いつ乗るのさ。俺も見たいに決まっているだろう。鈴原にも連絡しとけ。」
「はいはい、もうメッセ打ち始めてますよ。」
陰山との会話の最中も、壇上からは目を離してなどいない。と、ここで更なる動きがあった。
『最後に1つ、我々からのメッセージだ。』
彼らは一斉に仰々しく1本の指を掲げ、こう告げた。
『”Fに気をつけろ”』
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波乱の勝者インタビューの後、残るは閉会式だ。
先ほどの演説に比べれば、実に味気のないものになることは、目に見えている。
ステージの選手たちも、それぞれが帰るべき場所へと、裏手の通路から戻っていく。
ケンはその狭い通路の中、前を歩く3人の王者に向かって、胸に燻る疑問を投げかけた。
「あの、”F”ってなんのことでしょう。さっきの話の中で、それだけはちっとも理解できなかったんです。多分みんなそうですよ。」
あれを観るゲーマーへのメッセージか、あるいは城嶋に向けたものなのか。全くその意図は掴めずにいた。
答えたのはリーダーのCrowではなく、左を歩く男。先の試合でケンと対峙した、ワイズアイの繰り手だった。
「そのうちわかることだよ。対決の日を楽しみに待っていてくれたまえ。」
「それともう1つ。どうしても俺には見抜けなかった。何故あなた達が”見えていた”のか。モチロン、チートなんて疑ってません。一体どれほどの高みにいけば、あんなことが…。」
試合のことを思い出すとまた混乱する。再度頭の中を整理して、ケンは問う。
「俺たちもあなた達みたいに強くなりたい。それは無理な願いなんでしょうか。」
会話の相手が、フッと笑みをこぼしたのがマスク越しに伝わってきた。
「私たちを目指すのは辞めた方がいい。なんせ、人を捨てているからな。そこまでしないと辿り着けない境地というものが、世の中にはあるのだよ。」
話は終わりだ、と言いたげに、E-breakersは歩みを進めた。
暗い通路に3人の足音が響く。それは遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。