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e-sports breaker(eブレイカー)"F"  作者: 蔵下みすじ
3/4

抗う、希望の騎士

第4マッチ、開始と同時に両チームは、フィールド中央のエリアへ移動する。

ケンたちは、無造作にコンテナの積まれた、最中央部の遮蔽に陣取った。ここまでは先ほどまでと同様の展開だ。

また同じ結末を迎えるのか、と思ったその時、大きく試合は動いた。先に仕掛けたのはケンたち3人だ。


「あれは…煙幕弾(スモークグレネード)だと。」

「どひゃあ、何やってるんですかね。E-breakersはワイズアイ積んでるって、忘れたわけでもないでしょうに。」

陰山が呆れるのも仕方あるまい。あまりに悪手が過ぎるのではないか。

ワイズアイ、E-breakersのpickしたキャラクターの1体は、約20秒の間、使用者が煙幕・粉塵の類の中でも敵のシルエットを視認できるようになる最終奥義(ファイナル・スキル)を持つ。

3on3では奥義の使用は2マッチのインターバルを空ける必要がある。これまでの3本では、両チーム奥義を1度も使っていない。それだけ早期に決着がついていたからだ。


当然、E-breakersは煙幕に対応しワイズアイの奥義・”霧払い”を使用。観戦モニタもワイズアイを繰るプレイヤーの視点に切り替わる。暗転した視界には、煙幕の奥から攻め込む騎士団(ケンたち)のシルエットが映る…はずだった。


だがそこにプレイヤーの影はなく、代わりに映し出されたのは巨大な(つつ)。ケンのキャラクターの奥義、”討竜砲(ドラゴスレイヤー)”だ。

使用前後の隙は大きく、発動後の軌道調整可能域も小さい。その分威力は特大で、直撃すれば瀕死に近いダメージは避けられない。半径3メートルに及ぶ衝撃波だけでも、アーマーが全損するほどのダメージを与えられる。


E-breakersの3人は、この一撃必殺砲を前にして、迷わず前へ駆けた。

撃たれる前に懐へ潜り込む。討竜砲のような大振りの奥義への定石の対応。

これでケンの渾身の奥義は独活(うど)の大木に成り下がる、かに見えた。


「まさかあの煙幕の中、あてずっぽうにぶっ放すつもりだったんですか。運ゲーにもほどがありますよ。」

「いや、ハナから正面を撃ち抜くつもりはないらしいぞ。あれは…」


モニタがケン視点へ切り替わると、構える砲身の先には空が広がっていた。

討竜砲は、あろうことか真上に放たれんとしている。


「まさか、相打ち覚悟か。」


奥義発射のコンマ数秒前、ケンの両脇にいた2人は、バックスライディングを駆使して衝撃波の届く圏外まで身を引いた。

"討竜砲"を使用したケンはまだ動けない。砲台を構えた格好のまま、爆心地となる場所に取り残される。


敵の居所へ接近することに専念していたE-breakesは、頭上のあまりに巨大な砲身の向く先を伺うことはできていなかった。

丁度3人が遮蔽裏のケンを視界にとらえたとき、"討竜砲"が着弾する。


ケンのダウン通知がログに流れ、画面はケンの奥義がもたらした粉塵に覆われた。


それが徐々に薄くなるのを待つように、隣の内海と共に銃を構える伊喜利の姿がモニタに映る。

どうやら、残り2人がアーマーの欠けた敵を撃ち取る作戦のようだ。


「しかしこれではダメだ。まだ残っている(・・・・・・・)。」


そう、2人が待ち焦がれるその時は訪れない。

粉塵の奥で赤い双眸が光る。ワイズアイだ。”霧払い”の効果は、まだギリギリ切れていない。

その光を確認した頃にはもう、伊喜利の体力ゲージは溶け始めていた。完璧な集中射撃(フォーカス)

伊喜利がダウン。続けて内海にも3人からの銃弾が叩き込まれる。

ゲーム・セット。


またしても、E-breakersは1人も欠けることなく、勝利を収めたのであった。


感想を口にする暇もなく、第5マッチはすぐに開始となった。

マッチ待機時間中、選手ルームの両チームの顔が映る。

とはいっても、E-breakersの表情は相変わらず読むことはできない。

ケンたちの方はというと、一言、二言交わしただけで、後は話し込む様子は見られない。

相手のタイム・アウト中以外はいつでもチーム内の会話は許可されているはずだ。にも関わらず、これが最後のマッチになるかもしれないこの時に、彼は何かを確認するように頷くだけだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


やはり、奴らには見えるはずのないものが見えていやがる。

ケンの疑念は確信に変わっていた。

後方には煙幕、着弾地点周辺には粉塵。向こうは八方の視界が塞がっている。

加えて、“霧払い”の恩恵は使用者のみが受けられる。

つまり、ワイズアイの指示無しでは、他2名は正しく銃口を向けることは絶対にできない、ということだ。


しかし伊喜利、内海の着弾履歴(キルデータ)はその事実と矛盾する。

いずれも、ワイズアイ以外からの着弾の方が先になっていた。

これは即ち、向こうがワイズアイの指示無しでも正確な伊喜利達の位置を把握できていたことを意味する。


“霧払い”以外に視界をクリアにする方法は、あちらの編成には存在しない。

では不正行為(チート)か? あり得ない。この大舞台で不正がまかり通る筈がない。

“霧払い”を煙幕(スモーク)に即対応で使っていたのは、あの場面でそれが必要だったから。

より深く思考する。それでも不明瞭なことが1点。そして同時に確実なことも1点ある。

連中のカラクリはわからない。しかし俺たちの”次の一手”は必ずに奴らに届く。


よし、やってやる。どうせ散るなら華々しく、だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――


運命の5マッチ目。現在、ケンたちの武器や物資購入画面が実況されている。

「また煙幕(スモーク)を購入しているな。」

「馬鹿の一つ覚え、というわけでもないでしょうね。…”霧払い”はこのマッチでは使えない。さっきとは状況が別だ。」

「わかっているじゃないか。」

どうせ説明が必要だと思っていたため、意外な返事が返ってきて驚いた。

途中からこちらの口調をわざとらしく真似していたことは気に障るが、ここは素直に後輩の成長を喜んでおこう。


「流石に、それくらいは考えれば誰にだってわかりますって。この先も言いましょうか。」

「できるものならやってみたらどうだ。」


「まず、先ほどのマッチ、まさか強豪であるケンたちが”霧払い”の効果時間を考慮していなかったとは考え難い。となると…あ、このバカ堅い口調疲れるんでやめますね。」

「となると、せっかく最終奥義を使ったわけですから、更に奥義を重ねて、アーマーが割れた敵を確実に落とそう、と考えてもおかしくありません。伊喜利さんの”星降る夜に(シューティングスター)”ならそれが可能です。ですが、銃を構えっぱなしの伊喜利さんからは、それをしようという意思は感じられませんでした。ま、俺にわかったのはここまでです。陰山さんはその先もわかるんですか。」

陰山の観察眼は、この短い間に確実に養われている。

観る者のレベルすら引き上げる、これが一流の試合、か。


「まあな。そこまではほとんど同じ見解だが、一つ加えると、奥義を重ねても有効に機能したとは断言できない。」

「と、いうと?」

「具体的に言えば、”星降る夜に(シューティングスター)”は発動してから爆撃が降るまでには若干のタイムラグがある。あの場面で直撃させるには、ケンが竜討砲を撃った時には爆撃を要請しなければ間に合わない。ワイズアイの効果時間中であれば、E-breakersは粉塵に身を潜めて伊喜利達を狙う方が有利と先を読んでの使用になるだろう。」


「ああ、なるほど。」

「そう、つまり、爆撃後を見たE-breakersが一度後ろに引く、有利に働く粉塵から身を出して前へ進む、爆撃を無視してワイズアイ中に仕留めに来る、という三択の、どれを選ぶかが不確定だ。」

「じゃあ、より確実な方法って何だと思いますか。」

「それはまだわからん。というのも、煙幕(スモーク)と内海の奥義は相性が悪い。そこが引っかかるから、考えがまとまらない。そしてわざわざケンが”討竜砲”を使用した理由も読めない。きっと何かを”確認”するための一手だったはずだが。まあ、すぐに解ることだ。どうやってケンたちが抗うか、見物だな。」


いけ好かないと感じたケンだが、奴は自分にはないものを持っている。土壇場でも諦めない精神力。

この一点は素直に尊敬に値する。今は、この先の展開がひたすらに気になっている自分がいた。


ついに第5マッチのカウントが始まった。もはや周囲に談笑する者は一人もいない。観戦モニタに全ての視線は釘付けだ。

カウントが0になると、ケンたちは即座に定位置へ移動、E-breakersへ向けて煙幕を放つ。


同時に前へ飛び出したのは内海だ。闇へ入り込む一瞬、その手に小型の光剣が握られているのが見えた。

影穿つ輝き(シャドウバインダー)”。その効果は、視認した敵を追尾して2名まで貫通して射貫き、貫かれたプレイヤーはその場に縛られる。ダメージはほぼ与えないが、本ゲーム屈指の強力な奥義。聖騎士(パラディン)使用率最高位(トップ・ティア)を揺るがないものにしている一因でもある。


内海は煙幕の中、足音を頼りに最も近い敵へ接近。その先には中央のレイヴンズクロウ-クロウのキャラが立っている。向かってくる内海へクロウはショットガンを放つ。ボディへ直撃するも、一発で落とすことはできない。

異変に気付いた内海から右手のスワロウズテイルが咄嗟の判断、クロウの方向へ”燕返し”を発動。数メートルを瞬間移動し、手が届く範囲の敵1体へ自動で格闘ダメージを与えた後に元の場所へ離脱する奥義だ。

本来は遮蔽裏へ隠れた瀕死の敵への追い打ち技だが、自動で攻撃を行うため、煙幕内で敵が見えない場合もそれなりに有効である。

スワロウテイルが移動した先、内海の手中の光剣を確認したときにはもう遅い。2人とも余裕で”視認範囲内”だ。


「そうか。この至近距離なら煙幕(スモーク)の中でも”視認”が可能だ。」


約10メートルの射程範囲であることは確認するまでもない。

クロウも苦し紛れの奥義”影分身”で実体のない分身を2体造り出すも、”影穿つ輝き(シャドウバインダー)”の自動追尾の前にはまるで無力。続けざまに2人がその場に縛られた。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「僕はここまでです、後は任せました。」

クロウとスワロウテイルに落とされた内海は、左に座るケンと伊喜利へ望みを託す。


「任せろ内海、これなら狙うまでもねえ。必中だ。」

伊喜利はコンテナ上に乗り上げ、見下ろす先へ”星降る夜に(シューティングスター)”を放った。

影穿つ輝き(シャドウバインダー)”の効果時間はまだ切れない。縛り付けられた2人へ爆撃が降り注ぐ。敵は煙の向こうだが、与ダメージ表示から居場所は把握できている。

おまけの投擲武器を投げ込み銃を構えたところで、薄れ始めた煙幕の中、対面のクロウたちと目が合った。

「やべっ。」

動けない相手とはいえ、2対1ではこちらも落とされるかもしれない。

だがそれも覚悟の上、あとはケンがやってくれると信じていた。

伊喜利はサブマシンガンをスワロウテイルへ撃ち込みダウンを取る。こちらも被弾するが、即座にクロウへ照準を合わせ発砲、その銃弾の雨の中にクロウは沈む。ギリギリ、2人まとめて一装弾(ワンマガジン)圏内。

体力ゲージは紙一重のところで残っている。これなら、ケンの方へ僅かでも助力できる。



伊喜利が2人へ射撃しようとする正にその頃、遮蔽を大きく左から回ったケンは、煙幕の中にワイズアイの姿を捉えていた。

「あんたの相手は俺だ。このまま折れるわけにはいかねえよ。」

モニタ越しの相手へ、届くはずもない言葉を投げかける。ケンは1対1(サシ)の撃ち合いには自信があった。

向こうもこちらに気付いたようだ。

先手必勝。構えていたLMG(ライトマシンガン)を正確なエイムでワイズアイへ叩き込む。

ワイズアイも強者。曲線ジャンプとフェイントを交えたキャラコントロールで、24発の弾丸のおよそ半分を回避する。その回避行動の最中でも手にしたピストルで応戦。ワンマガジン6発のうち3発をその身に受けたケンは、胴体であと2発、ヘッドショットなら1発の圏内まで追い込まれる。

ダメージはほぼ互角。両者は常にその場を左右上下に動きながら、武器を持ち替える。


ここで左に座る伊喜利から、2人を撃ち取ったという報告。それに対しアーマーのみ回復の指示を出す。

煙幕は少しずつ引いていたが、まだあちらの様子はここから見えない。

とはいえ伊喜利のアーマーは5秒で回復する。あと8秒もすれば、こちらに合流できる。

仮に自分が撃ち負けても、あいつが決めてくれればよい。

対峙するこの男と伊喜利の間で、圧倒的な体力差を埋めるほど技量はかけ離れていないと見える。

これで1本は取り返してやれそうだ、峯藤の誇りは砕かせるものか。


ケンはLMGの2丁持ち。対照的にピストル2丁のワイズアイは、取り回し速度で僅かに勝る。

そのコンマ数秒、回避に全神経を集中させるが、直後ワイズアイが取った行動は、完全にケンの理解の外側にあった。


持ち替えたもう一丁のピストルを振り向きざまに闇の中へ一発。と同時に、伊喜利のダウン通知が届く。


驚嘆する。

“霧払い”無しで見えるはずがない。闇雲ではない絶対の一撃。こいつは人ではないのか…?


構え直したLMGの照準でワイズアイを追うが、いくらケンでも、あまりの動揺にその動きは精彩を欠く。

辛うじて数発命中させるが、あと1発が遠い。

一方ワイズアイは万全の動き。そのピストルの放った銃弾は、頭部へ吸い込まれていった。


GAME OVER

―――――――――――――――――――――――――――――――



時間にして、僅か1分足らずの出来事。それが数倍にも感じるほど、密度が濃いマッチだった。

観戦席からはどよめき、困惑の声、それから少し遅れて今日一番の歓声と拍手が起こる。

それは、この試合を観た一同による、”両チーム”へ向けた賞賛の証。


ケンたちも最終マッチは善戦した。ただそれも、6マッチ以降の可能性を捨て、持てる戦力を全て注ぎ込んでやっとのこと。

一流のチームが、こうもあっさりと無名に敗れるか。

モニタに映し出されたのは、圧倒的なスコア。

match:5-0 kill point:15-2


おいおい、これは”選考会決勝戦”だったよな?

この戦いの一部始終を見届けた丸井にとっても、改めて、目の前の光景は信じ難いと評さざるを得ないものだった。


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