察する、歴然たる差
何かがおかしい。見えすぎている…
ケン-曳田健二は焦っていた。
マッチカウントは0-3、それぞれのマッチが接戦であればまだ望みはあったかもしれない。しかしケンら3人は、これまでのマッチで「E-breakers」のただ1人も撃ち取れずにいた。
両脇に座る2人の士気が下がり切っていることは、時折聞こえるため息と、プレイの随所に見られるミスからも伝わってくる。
気合を入れ直したところで無駄かもしれないが、この辺りでもう1度タイムアウトを挟むべきだろう。
本大会では五輪のルールに準じて、各チーム3分の作戦会議時間を2回ずつ申請できる。1度目は第1マッチ終了時に既に使っている。残すは1度だが、ここが正念場だ。使わない手はない。
リーダーである自分のテーブルに設置された審判コール用のボタンを押すと、間もなく黒い審判服を着たジャッジがルームに入ってくる。2度目のタイムアウトの申請を告げると、手元のボタンに付属したタイマーがカウントを始めた。
それにしても、だ。
「やはり連中の動きはどこかおかしい。ウォールハックを積んでる奴を相手にしているみたいだ。」
「壁裏のこちらの動きを完全に把握されてますね。顔を出してからの反応じゃありません。こちらが顔を出そうとした瞬間にはもう壁越しに撃ち始めていないと、ああいう削られ方はしませんよ。」
「向こうは3マッチともバラけて行動しているようだから、最低でも常に誰か1人は"隠密"でこちらを見ていることは間違いないだろう。その様子を伝えれば理論上可能そうだが、隣の2人に『今から顔を出すぞ』と伝えてから反応までは、実際には数秒の時間が必要なはず。それはあり得ない動きなんだ。」
「理屈じゃわかってますって。でも、俺たちは現実それにやられているんです。あり得る、あり得ないの話をしてもしょうがないでしょう。」
チームメイトの1人、伊喜利の口調からはその苛立ちようが伺える。もう1人の内海は、さきほどから下を向き黙ったままだ。その唇は震えている。3マッチ続けて最初にダウンを取られた責任を感じているのだろうが、それは内海のせいではない。
「内海、気にするな。壁の向こうを伺えと指示したのは俺だ。」
しかも、向こうの実力を侮って、偶然と思い込みもう1度同じ指示を出した。責任は自分にある。
…試合開始前の自分を振り返ると、なんと愚かだったか。
ケンは自惚れることはあっても、反省できない男ではなかった。そうでなければ、大将は務まらない。
しかし、敵戦力についての考えを改めたところで、いくら考えても勝ち筋は見えてこない。
しばし3人が沈黙する間も、非情にもタイムアウトのカウントは進み続ける。
額に汗がにじむが、それを拭う時間すら惜しい。とにかく、何か突破口となり得る策を考えなければ。
このままでは0-5どころではない。パーフェクトゲームで負ける未来は、容易に想像できる。
第4マッチ開始まで残り1分を切ったとき、ふとケンは"ある作戦"を思いついた。
ただ、それを言葉にするのは躊躇われた。これはあまりにも、いやしかし…
少し逡巡した後、やるしかないと覚悟を決める。自分たちは峯藤の代表。このまま無様には散れない。
「伊喜利、内海。俺に考えがある。俺たちに残された道は、きっとこれしかない。」
たとえ地に落ち鼻を折られようと、譲れぬ一線がこちらにはあるのだ。
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「やっぱり賭けはナシ、にはできませんよねえ。」
陰山の軽口に返してやれるほど、丸井の心に余裕はなかった。
確かに自分はE-breakersの圧勝を予想した。それでも、自分の目を疑わずにはいられない。
もしかしたら、自分が希望的観測で迂闊なことを口にしたから、それが現実になってしまったのではないかと、あるはずもない考えが浮かんでくる。
「あれだけ合わせられれば、いくらパラディンとはいえひとたまりもないだろう。あんな速度でキルを稼ぐシノビ編成は、プロシーンでも見たことがないな。」
眼前の状況を必死に整理した結果が、口から零れ落ちてしまった。
最早陰山へのまともな返事になっていないが、会話を成立させようという意思もなかった。
次の五輪で採用されるFPS、『World Wide Shooters』は、歴史上の戦士をモチーフとした多彩なキャラクターが魅力の一つだ。同じ勢力のキャラクターの能力にはそれぞれの相乗効果があるため、大抵のチームは単一の勢力でチームを編成する。
ケンたちが繰る『パラディン』は機動力にこそ難はあるものの、一定範囲内の味方の防御力を上げる常時能力|の他、遮蔽物の構築や、壁裏からの投擲武器による堅実な戦闘を得意としている。
バトル・ロワイヤル形式よりも、3on3の競技シーンで猛威を振るう、今大会最有力とされる編成だ。
丸井のチームも例に漏れず、ケンたちと同じ編成で参加していた。撃ち合いを好む陰山は不服そうであったが。
一方、E-breakersの編成は対照的で、機動力に優れた『シノビ』3枚だ。
共通して足音を殆ど立てずに移動が可能なパッシヴと、静止時に自らの姿を消す半透明化の起動型能力を持つ。あまりに強力な位置取り性能の代償に、半透明化中および解除後数秒は、射撃はもちろん、投擲や格闘を含むあらゆる攻撃アクションができず、移動もできない”的”となる。
戦闘に参加できないプレイヤーが1人でもいるというのは、3on3では致命的だ。日本人プレイヤーには熱狂的なファンも多く、バトル・ロワイヤルでは高い人気を誇る勢力だが、今大会でのpick率は2.7%。パラディンの24.3%と比べると、かなり低い。
隠密解除後の選手を集中射撃|されれば人数不利となり、正面からの撃ち合いでもパラディンの硬さには敵わない。両チームの編成が明らかになった段階で、丸井は財布の中を確認していた。それくらいの不利なマッチングだ。
それがいざ試合が始まれば、E-breakersは華麗な連携と、一瞬の顔出しを削り切る神業とも呼べるプレイで、瞬く間に3本の勝利を積み上げた。
「ケンたちは2回目のタイムアウトを行使したな。腐っても国内有数の強豪チームだ。気持ちの切り替えはできるだろうが、果たして挽回の策は見つかるかというと、大分怪しいな。」
「そう言う丸井さんは、何かここから逆転できる手は思いつきましたか。」
「いや全くだ。顔を出さずに投擲で粘り、隠密が切れた1枚を落とし切る、という手はとっくに浮かんでいるだろうし、3本目はそれを試そうとはしていたみたいだ。内海とかいう選手が逸って一瞬壁の向こうを伺った隙に落とされたものだから、結果的には失敗したが。」
気付けば極度の興奮で喉はカラカラだ。一口水を含むと、丸井は言葉を続けた。
「仮にそのままマッチが長引いたとしても、おそらくE-breakers側の投擲が刺さっていただろう。確かに投擲特化キャラのそれには使い勝手や威力こそ劣るが、パラディンでなくてもグレは持てる。壁から出て蜂の巣にされるか、グレに対応して背後に壁を建てて、自ら身動きが取れない状況を作るか、いずれを選んでも”詰み”だろう。」
「いやあ、ケンさんに勝ってほしいんですが、難しそうですね。俺、後でチャンネル登録解除しとこっと。」
おっと、これは”再教育”の手間が一つ省けたかもしれない。ただあまりに尻軽なのは感心しないな。
「薄情者め。せめて最後まで応援してやればどうだ。大ファンなんだろ。」
「俺はケンさんが好きなんじゃなくて、強いプレイヤーが好きなんですよ。今日から俺はCrowのファンです。」
失望しました、ファン辞めますってか。陰山のあまりの軽薄さには呆れるが、話しているうちに少し落ち着いてきた。この試合は間違いなくFPSの歴史に残る勝負になるだろう。冷静に分析しながら、一瞬一瞬を脳裏に刻み付けたい。さあ、第4マッチは間もなく開始だ。
モニタにはケンの顔がアップで映し出される。
さっきとはまるで別人だ。その表情に余裕はないが、眼には奢りも怯えもない。真直ぐに画面を見つめているそれは、覚悟を決めた男の眼だ。
正直、少し奴を見直した。逆転とはいかなくとも、1本くらいはあるいは取り返せるかもしれない。
「陰山よ、ケンのファンを辞めるのはまだ早いかもしれない。奴は何か”やってくれる”かもしれないぞ。」
…勝負の第4マッチが幕を上げる。