感じる、変革の予兆
match:5-0 kill point:15-2
おいおい。これは"選考会決勝戦"だよな?
丸井は目の前の光景が信じられなかった。
大型モニタには、両チームの各選手の与ダメージを始めとした、詳細な試合データが表されていた。
しかしながらこの状況を理解するのに小難しいデータを参照する必要など、まるでない。
「圧勝」
この2文字で十分である。
五輪選考会九州会場。FPS部門で参加したものの自身は予選3回戦落ち。
いつもならその辺で飯でも済ませて家路につくところだが、今日はそうではなかった。
遠路はるばる熊本まで来たからにはゆっくりしていこうと、観戦を選んで正解だったな。
「…とんでもないものを見れたな。これは時代が変わるかもしれないぞ。」
他人のプレーになんて興味ないね、などと吹かして先に帰った鈴原にも、見せてやりたかったよ。
自らの選択の結果に内心で満足を示しながら、丸井はこの試合が始まろうとしていた、30余分前を思い返す。
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「決勝戦、片方は野良らしいっすよ。」
隣に座る3つ下のチームメイト-陰山が、またどこで聞いてきたかもわからぬことを耳打ちしてくる。
こいつが掴んでくる"大ニュース"は、大抵多分に誤情報を含むか、悪質なデマの類いだ。
つい先日も、「選考会直前のアップデートでハンゾウが被弾後コンマ数秒の透明化を獲得する」だとか興奮気味に喚いていたが、全くの出鱈目だったじゃないか。
無論、信じなどしなかったが、大会を前にした大切な調整時期に、ノイズを吹き込まないでほしいものだ。
帰って落ち着いたら、動画サイトでお前のフォローしている怪しげなチャンネルを、片っ端から解除した後"再教育"してやる。
「大体、野良でこの大会に参加するだけで相当骨が折れるんだ。旅行ついでのエンジョイ勢ならともかく、それで決勝まで来れるようなのがいるとは到底信じられんな。」
事実、周囲に座る観戦者、即ちは今大会の敗退者たちの殆どは、統一のユニフォームを着ていたり、カバンなど持ち物のどこかに専門学校やジムのシンボルをつけている。
観光ついでの参加者が、皆揃って今頃馬刺に舌鼓を打っているのだと仮定しても、何のチームにも所属していないとおぼしきプレイヤーの姿は、ほぼ見当たらない。
「大会自体はタイトル毎に別れているのに、選手登録は全タイトル揃って1チームってのは確かに野良には酷ってもんですよね。実質どっかの大手所属じゃないと、参加できないようなものっすよ。」
この五輪に向けた選手選考会では、各タイトル毎に順位を競う。
個としての素質を測る場であるはずだが、参加登録は、"全タイトルのメンバーを揃えたチーム"のみが可能となっている。
「ま、お偉いさん達は"所属"という身分保証が欲しいんだろう。なんせ五輪初回では、内定選手の2割以上を不祥事で交代させる羽目になったらしいぞ。」
どんな"不祥事"だったか詳しくは俺も知らないが、暴言、犯罪自慢やら下半身事情まで、ありとあらゆる過去が暴露されたらしい。内定を取り消された選手が今度は身内の暴露をする、といった具合に内定取り消し者の数は膨らんでいったそうだ。当時は脛に傷持つ選手が、かなり多かったと聞く。
「結果、第1回五輪で日本は惨敗、その後e-sports選手の実力向上とモラル教育を主な目的とした専門学校の設立が相次いだ、ですよね。"道徳"の講義で何度も聞きましたよ。」
「お前を見る限り、その講義の成果が出ているかは甚だ疑問だがな。"野良"なんかのスラングも人前で使うなと、あれだけ言い聞かせてもまるで改善しないじゃないか。」
「どうせ周りの誰も聞いてないっすよ。スラング全然使わない人の方が少数派でしょう。丸井さんみたいなカタブツか、城嶋の連中くらいじゃないですか。」
「"城嶋"と同じなら光栄だよ。あそこは誰も彼もが、ゲーマーの規範となるような選手ばかりだ。」
「…じゃあ城嶋に入ればよかったのに。」
「そうしたかったさ。実技の点数が足りてればな。」
「あ、イヤミな人間性の方で引っかかったんじゃなかったんですね~」
「…なんだって?」
軽く睨みつけると、陰山は目を逸らす。この下らないやり取りも何度目だろう。
だがこの陰山の冗談も、実のところはあながち間違いではない。
この俺ですら、過去のSNSの発言の全てを漁られても全く痛くないかといえば、そうではない。
"城嶋"-城嶋Eアスリートスクールは、その入学試験の予算の、およそ7割を入学希望者の身辺調査に費やすなんて噂もあるくらいの、潔癖症なスクールだ。
「まあ、入れたとしてもあそこの中央至上主義は俺に合わないさ。今日だってあそこの選手は1人も来ていないだろ。地方の土など踏むものか、なんて言いたげだ。ゲーマーとしては模範的かもしれないが、人としてはどうかな。学長もメディアではいい顔してるが、口を開けば説教か自慢話ばかりらしい。うちの学長もいつも言ってるだろ。」
「入れなかったのがよほど悔しかったんすね…」
再び俺が睨みつけると、また陰山は目を逸らす。
「とにかくですね、」
若干気まずそうに陰山は続ける。
「決勝進出チームが野良って話、これはマジですって。なんせトイレ横の関係者エリアで、こそこそスタッフが話してるのを聞きましたからね。」
「お前がそこまで言うなら、きっとそうなんだろう。」
…お前の中ではな。
「あ、ここまで言ってもまだ信じてませんね。ま、すぐにわかることです。俺の情報が確かだっったら、晩飯奢ってくださ…あ、始まるみたいですよ。」
そのとき、丸井たちが座る観戦席の後方から、決勝進出チームの片方が前方のステージへ向かい歩いてきた。
あの小豆色の、元号3つ分飛び越えてきたような地味…もとい個性的なユニフォームは、一目でどこのものわかる。"峯藤"か、順当だな。
峯藤の選手たちが横を通り過ぎようとしたとき、不意に横の陰山が声を上げた。
「さっきはどうもー!野良なんか5タテ、いや全部パーフェクトゲームでのしてやってくださいよ。」
峯藤の3人がこちらを向く。そのうち中央を歩く、やけに長い茶髪の、前髪をカチューシャで止めた男が、こちらへ近づいてきた。
「ああ、"天山"の。先ほどは有益な情報、感謝するよ。いやあ、応援は嬉しいけど、相手も決勝まで来るからには実力者だからね。圧勝、というと少し難しいかもしれないよ。」
どうやら彼らはうちの後輩の"本質情報"の被害者になってしまったらしい。
それにしても、言葉の端々から茶髪が相当な自信家であることは伺える。
"圧勝"は"少し"難しい…か。自分たちが負けることなど、露ほども思っていないらしい。
まあ、無理もないか。なんせ彼らは…
「またまたご謙遜を。天下の峯藤の、それもFPS部門3TOPの皆さんに善戦できる相手なんて、そうそういやしませんよ。さっきも言いましたけど、俺ケンさんのファンで、チャンネル登録もばっちりですから。」
確かにな。城嶋がいないこの会場で、峯藤の1軍は間違いなく最強と言っても、過言ではない。
「嬉しいことを言ってくれるね。ファンの前で情けない試合は見せられないじゃないか。」
そうして茶髪-ケンは、ステージの方へ向き直る。
「さあて、5-0とまではいかなくとも、そこらの野良じゃ到達できない場所があるって、理解せてくるかな。」
やれやれ、峯藤のトップもうちの後輩と同じような性質か。
ちらと横を見ると、陰山は3人に手を振り、彼らへ声援を送り続けている。
1分もしない後、前方席を起点に歓声が広がった。どうやらステージ上へ両チームが出そろったようだ。
両サイドの選手たちに挟まれ、マイクを握る司会と、コメンテーターが仕切りを始める。
どちらもこの界隈で知らぬ者はまずいないであろう、という豪華なメンツだ。他の各タイトルでも同様の人選だとすると、人件費だけで相当金がかかっているな。
公営大会といえど、その辺りは抜かりなし、か。後で税金の無駄遣いだとか言われかねんぞ。
「さて、九州大会FPS部門も、いよいよ決勝までやって参りました。予選から引き続き、司会解説は私、松島と、伊達でお送りします。」
「我々は司会解説者である前に、ゲーマーの端くれでございます。皆様の逸る気持ちはよおく理解しておりますので、早速両チームの意気込みを聞かせていただき、セットアップが済み次第試合開始といたしましょう。」
司会の松島は一呼吸置き、まずは峯藤の選手たちへマイクを向ける。
「本大会優勝候補と名高い、峯藤遊技高等専門学校所属、Ken.k@勝敗 の皆様。準決勝に引き続き、ギャラリーの期待を裏切らない、素晴らしい試合を魅せてください。では代表のケン選手。意気込みをお願いします。」
マイクを受け取るケン。その眼は自信と覚悟に満ちている。
「どうも、峯藤代表のケンです。意気込みと言っても、僕らは普段から常に全力です。何もいつもと変わりませんよ。決勝でも、いつも通りに試合を進めるだけです。ここで勝って、本選考への切符を掴んで見せます。」
司会へマイクを返そうとするケンだが、何かに気付いたようにそのマイクを再び口元へ運ぶ。
「…僕たち、実は"モグラ叩き"も得意なんですよ。皆さんにも今度披露したいですね。」
これを聞いた司会はその皮肉の意味を瞬時に理解したか、若干顔が引きつっている。
ギャラリーは少しざわついた後、割れんばかりの拍手と、ケンらの勝利を望む歓声を送った。
どうやら対戦相手が無所属であるという噂は、多くの観客が耳にしていたらしきことが解った。
それと、ここに居る殆どが峯藤贔屓であることも。
「あ、ありがとうございました。ケンさん、ギャラリーを沸かせる見事な意気込みでした。では続いて、もう一方のチームのお話を伺いましょう。」
司会は反対サイドの選手たちへ歩み寄る。
「なんと、もう一方のチームは全員が無所属。大型選手会への参加も初めてとのことです。しかし実力は確か。ここまで破竹の勢いで勝ちがあって来られました。では、E-breakers代表のCrow選手、意気込みのほどをお願いします。」
紹介を受けた"E-breakers"の選手は皆、両目が一体となった横に広いサングラスをかけている。色覚異常であったり、ブルーライトが苦手なプレイヤーが好んで使うものだ。
おまけに全員が、黒いマスクを着けている。ゲーマーと言ったらマスクは黒なのだ。
そういったわけで、彼らは顔のほとんどが覆われている。表情は読み取れない。
しかし、マイク受け取る手は震えていない。実に自然体なその所作から、彼らが試合を前にして全く動じていないことだけは伝わってくる。
初の大型大会で決勝進出。プレッシャーは計り知れない。それでいてあの落ち着きよう、只者ではないのかもしれない。
ギャラリーもその異様さを感じ取ったのか、それとも峯藤の挑発に彼らがどう応えるか気になっているのか、しんと静まり、Crowと呼ばれた男の言葉を待っている。
「ご紹介に預かった、E-breakersのcrowだ。強者は試合で語るまで。以上、と言いたいところだが、ギャラリーが期待しているのは"こう"ではないだろう。」
「好きな諺は"天狗の飛び損ない"だ。必ず撃ち落として御覧に入れよう。」
その声から年齢は読み取れない。どうやら小型のボイスチェンジャーをマスクの内に仕込んでいるらしい。
顔はともかく声まで隠す、か。徹底的な秘密主義は今時珍しいな。
Crowの"宣戦布告"を耳にした観客は拍手を送るが、それは先程のものと比べればまばらだ。
しかしアウェーな空気もまるで意に介していないようで、マイクを返すと選手ルームへと足を向ける。
彼らがこれから入る"戦場"は防音ガラスで囲まれており、中の様子は外から窺えるようになっている。
マイクを返された司会の松島は、試合に向けた仕切りを再開する。
「Crow選手、ありがとうございました。試合にかける静かで、それでいて激しい熱意が伝わってきましたね。」
「それでは両チーム、選手ルームへお入りください。なお、両チーム機器の動作確認、設定は既に済んでおります。着席と簡単なセットアップが完了次第、すぐに試合を開始いたします。」
選手たちが入室し、ゲームの起動やヘッドホンの装着、水分補給などを着々と済ませる。
「トップレベルの試合、ガラス越しとはいえ生で観れるチャンスははそうそうないですからね。いやあ、見てるこっちが緊張してきましたよ。んで、丸井さんの予想スコアはどうっすか。さっきの賭けは僕が勝ちましたから、次は明日の昼飯を賭けましょうか。」
陰山が提案してくる。さっきの賭けも了承したつもりはないし、いつもだってこの手の話には乗らない。
こちらの返事など聞く前に、陰山は早口で続ける。
「僕はもちろん5-0で。あっちのチームも確かに実力はあるみたいですけど、結局は場数が違いますよ。」
「そうか。俺は0-5で提出だ。明日は昼から豪勢に寿司でも食おう。九州は魚もうまいぞ。」
「それじゃあ賭けが成立しないっすよ、丸井さん。」
「いいや、5-0ではなく0-5だ。お前は峯藤の予想だろ。俺はE-breakersの勝利に賭ける。成立だな。」
陰山は怪訝そうな顔をする。気でも狂いましたか。そんなに奢りたいなら帰りまでずっと奢りでもいいんですよ。 とでも言いたげだ。
今日くらいは賭けに乗ってやってもいい。損得ではない。あの、いけ好かない茶髪が負けるところが見たくなってきたのだ。
自分でも意識しないうちに、会場の熱にあてられてしまったかもしれないな。
「お待たせいたしました。両チーム準備完了となりました。では皆さま、試合開始の掛け声をご一緒にお願いします。」
3…2…1…
『試合開始!』
今日一番の歓声が沸き上がる。戦いの火蓋は、切って落とされた。