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5話


 城内初の男性メイドであり、初の魔族メイドである獣の少年、カル。今日は週に一度の休日だ。

 

 より多種類の仕事をこなすには教養も必要。ということで休日の午前は数人のメイド見習いと一緒に授業を受ける。それが終わって”おうち”に戻ろうとしていると廊下でシエラに呼び止められた。

 

 

「あらカル、今日はお休みの日だったわね。いまからお茶でもどう?」

 

 

 訓練まではまだ時間がある。それに主の誘いだ。

 

 

「是非ご一緒させて下さい。」

 

 

 庭園で、シフォンケーキと一緒に紅茶を飲む。シエラは自身の婚約者アルフレートとの文通のことを話す。

 

 

「あなたのことをとても褒めていたわ。次いらっしゃった時もまたよろしくね。…ところでその服、ちょっときつくなってきてるんじゃない?」

 

 

 彼用の男性メイド服。シャツの部分が張り詰めているように見えた。

 

 

「そうかも…しれませんね。」

 

 

「これから身長ももっと伸びるだろうし、サイズが合わなかったらすぐミネルさんに言わなきゃだめよ。身だしなみは大事にしないと。」

 

 

 最後の一言が母を思い出させたが、カルの感情を変化させるほどにはならなかった。

 

 久しぶりの伸び伸びとした時間を素直に楽しんでいると鐘が鳴る。

 

 

「そろそろおしまいにしましょう。カルも訓練があるのよね。頑張ってね。」

 

 

 数十分後、動きやすい麻の服に着替えたカルは軍の訓練場の一角へ。 

 

 訓練は嫌いじゃない。毎回コテンパにされるが身体を存分に動かす唯一の機会は楽しみでもあった。…少し前までは。

 

 

「弱い…!また逃げてばかりか!」

 

 

 牛獣人の剛腕から繰り出されるエルボーを咄嗟にしゃがんで避けると、顔を蹴られてカルの視界がぐらつく。

 

 訓練は日を追うごとに激しさを増し、それは側からみれば屈強な牛獣人がネコ系獣人の子供へ一方的な暴力を加えているだけである。

 

 カルも体力は向上している。しかし年齢と種族も相まって力の差は歴然。なんとか受けたり避けたりしていたが、ついに牛獣人の拳がカルの腹に叩き込まれた。

 

 鳩尾(みぞおち)へ直撃する前に手のひらをクッションにすることはできたものの、とても手加減しているとは思えない力によって文字通り跳ね飛ばされる。

 

 もし防ぎ損ねていたら….などと考える余裕も与えられず、牛獣人はすぐに距離を詰めると起き上がりかけたカルを蹴り倒して、拳を垂直に下ろそうと構えた。

 

 

「おいっ!」

 

 

 カルが咄嗟に顔を覆った時、監視役の兵士が牛獣人に槍の刃先を突きつける。

 

 

「お前、こいつを殺す気か?」

 

 

 兵士は息を切らしていた。あとほんの少しでも遅れていれば拳はガラ空きになった腹に振り下ろされていた。先程と同じ力なら複数の内臓が潰されて致命傷となったかもしれない。

 

 牛獣人は腕を止めたままその兵士を睨みつける。元は第3皇子の護衛だった彼の監視役なので一定の実力はある。それでも思わず後退りしそうになるほどの気圧だった。

 

 

「構えを解け。カルから離れろ。」

 

 

 遅れて駆けつけた2人の監視役も同じように槍を向けると牛獣人は深く息を吐き、そして一歩下がった。

 

 

「…大丈夫か?」

 

 

「はい…すみません…」

 

 

 兵士の1人がカルに手を貸した瞬間、牛獣人が今までで1番速く動いた。しかし牛獣人を注視していた他の監視役の方が僅かにそれを上回った。

 

 1人が槍の柄で後ろ獣人の腹を打ち、一瞬動きが止まった隙にもう1人が背後から鉤付きの縄を投げて彼の身体に絡ませると後ろに引っ張りながら縛る。

 

 カルの手を掴んでいた兵士も彼を背に回して槍を構える。

 

 興奮した魔族から魔族の子供を守る人間の兵士達。それはそれは奇妙な絵面だった。牛獣人はなおももがき、そして叫んだ。

 

 

「クソガキ!愛玩動物に成り下がるとは何という醜態、王国の恥晒し!!死んでしまえ!!」

 

 

 罵倒を聞きつけた他の兵士達も集まって、やがて連行される。

 

 

「その人を…殺さないでください…!」

 

 

 あれだけの言葉を浴びせられてもなお、カルはそう訴えた。自分を護衛していなければ、自分がいなければ彼は捕虜になることもなかったのだ。

 

 

「それは俺たちが決めることじゃないからな……。今のは流石に危なかったぞ。前から言ってたけど相手を変えてもらった方が良いんじゃないか。今なら魔族じゃなくてもお前の訓練相手になってくれる人はいる。」

 

 

 兵士は気落ちするカルに水筒を手渡した。

 

 

「気づいてるかもしれないが、あいつ、ここに来た時よりも体格が大きくなってる。訓練の日以外は独房の中で一日中身体を鍛えてるって話だ。目つきや言い方も…不気味というか…最初の頃は見回りで通りすがる度にお前の安否を聞いてくるようなやつだったんだがな。」

 

 

「唯一…外に出れる時間だから…それに……いえ、なんでもありません。助けてくれてありがとうございました。」

 

 

 兵士は頭の後ろを掻いた。彼もカルの健気な姿に情を動かされた者の内の1人である。あの牛獣人がカルに対して強く当たるようになるとカルがより可哀想に思えるのは必然と言えるか。

 

 

「…お前に何かあったら監視役の俺たちが咎められるんだよ!だから…やっぱり相手を変えよう。あの牛も悪いようにはしないさ。」

 

 

 この日の訓練はこれで終わりになり、重い身体を引きずって”おうち”に戻る。皮肉にも、あの牛獣人が取り乱したことでカルが休むことができる時間が大幅に増えたのだった。

 

 

 翌日からはまた日常に戻り、仕事に励む。ただ時々牛獣人が言い放ったことを思い出した。

 

 王国の恥という言葉に貫かれたカルは度々ため息をつく。

 

 

「カル、どうかしましたか?」

 

 

「いえ、なんでもありません。」

 

 

「気が散っているようだが、何かあったのか?」

 

 

「いえ…」

 

 

 仕事の進捗確認に来たミネルにも、1週間後の訓練の相手になった兵士にも指摘されたカル。そんな彼でも、やはりシエラの前ではいつも通りに戻る。

 

 

「お茶会の準備ご苦労様。これあげるわ。砂糖菓子よ。」

 

 

「ありがとうございます…!」

 

 

 ご機嫌で”おうち”に戻るカルを微笑ましく見守る者。贔屓されている獣の少年の背中を睨む者。

 

 

「なんであの子ばっかり…掃除くらいしかできないのに。」

 

 

「いいじゃないの。子供なんだし、あの子が城にきてから姫様も前より明るくなられたように見えるわ。それにあの子、荷物運びだって手伝ってくれるし。」

 

 

 そして擁護する者も現れ始め、城内は確実に変化していった。

 

 カルにとってはそれよりも、最近シエラが指名してくれる頻度が増えたことの方が嬉しかった。

 

 

 そんなある日、カルは廊下を大股で早歩きしていた。向かう先はシエラの部屋。

 

 

「す…すみません姫様…!」

 

 

「大丈夫よ急ぎじゃないし。あなたが寝坊するなんて珍しいわね。」

 

 

 じつは今までも何度か寝坊したことがあった。ただそれは決まって休日の次の日、すなわち訓練の日の翌日だったためミネルやほかのメイドも大目に見ていたのだが、今日の午後はシエラの外出に同行することになっていたのでたたき起こされた。そのあと大急ぎで馬小屋の掃除を終わらせて、それでも1時間以上遅刻してしまったのだった。

 

 

「あーあー毛がボサボサじゃない。」

 

 

 走り回って干し草や水の入れ替えをしていたカルは息が荒いままで毛並みも乱れている。シエラはそんな彼を座らせて頭の毛をブラシで()かしてやった。

 

 その後小学校を訪問して、城に戻ると何かご褒美になりそうなものはないかとシエラはカルを待たせたまま部屋を漁る。

 

 

「お菓子はクッキーならあるけどたまには物の方がいいかしら……」

 

 

 今は使っていないブラシにするか、いっそのこと彼用に新品を用意するか、ブラシよりも寝具のほうが良いか、などと考えて、彼に聞いてみようと振り向いた時だった。

 

 

「…カル?」

 

 

 扉に背中をもたれるように立っていたカル。肩で息をしていて足元がおぼつかない。耳も伏せていて目は見開いている。

 

 

「ちょっと、どうしたの?」

 

 

 呼びかけると言葉にならない声を漏らし、そしてストン、と座り込む。

 

 

「ちょっと!カル!」

 

 

 カルに駆け寄って肩をつかむシエラ。カルの大きな目に、焦ったシエラと後ろの部屋が映る。…なんでそんなに傾いてるの…? 

 

 部屋ごと傾いていたシエラは、ついにはさかさまになってしまった。遠くの方で彼女の声が聞こえたがなんて言っているかわからず聞き返した…

 

 

「誰か医者を!」

 

 

 部屋の外にいた兵士がすぐに動く。シエラは完全に脱力したカルを抱いたままパニックになるのを何とか抑えていた。カルは明らかに熱い。毒か、病か、部屋に取り残されたシエラに経験したことのない不安が襲う。医者よりも早くミネルが駆け込んできた。

 

 

「ミネルさん…!カルが…」

 

 

「…とにかくどこかに寝かせないと。隣の空き部屋に布団を持ってこさせます。」

 

 

 通りがかった兵士にも協力を求めてカルを運ぶ。その間もカルは何かを呟くような素振りをみせるが聞き取ることはできず意識があるかどうかも分からない。

 

 

「体を冷やした方がよさそうですね。服を脱がせるのでシエラ様は外でお待ちに…」

 

 

「いやよ。できることはする。」

 

 

「しかし…」

 

 

「カルの主人は私よ。それに、そう、お世話は私がするって決めたんだから。カルが自分でできないならお世話するのは私の役目よ。」

 

 

「…分かりました。」

 

 

 そういってカルのシャツを脱がせたシエラは不意に息をのんだ。

 

 

「なにこれ…」

 

 

 カルの背中、白地に斑点模様の毛におおわれた背中の真ん中に、毛が生えていない皮膚によってファール国の紋様が顔より大きく描かれていた。

 

 

「この烙印は……」

 

 

「シエラ様、今は早くカルを寝かせましょう。」

 

 

 仰向けにさせて濡れた布で首やわき腹を冷やすとカルの呼吸が落ち着いていく。それは原因が毒ではないということを示していたが、シエラは暗い顔のまま。シエラの頭にあったのはカルが倒れた原因ではなかった。

 

 

「…ミネルさん、なんでカルにあの紋様が()されてるの。それにあんなに大きく…。”奉仕”魔族は腕に”奉仕”の紋様があるということは知ってる。でもあれはこの国の紋様。奉仕魔族の子供なのになんで紋様が違うの?」

 

 

 ミネルは答えず頭を下げる。

 

 

「なるほど、お父様に口封じされているのね。分かった。じゃああれはいつ捺されたの?………それもだめ?まぁいいわ。じゃあカルをお願い。」

 

 

 すっくと立ちあがって部屋を出ようとするシエラに、ミネルが言葉をなげた。

 

 

「………クラクイアン」

 

 

「…なに?」

 

 

 ためらい、口ごもるミネルは見たことがない。それでも最後ははっきりと、いつもの口調に戻る。

 

 

「アシーク=ラクイアン・ベスティア。彼の名前です。私の口からはそれしか。」

 

 

「………そう。なるほど、そういうことだったのね。つまり私はお父様に騙されていたわけね。」

 

 

 

 つづく

 

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