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3話


  

 大小異なる3つの塔から成る城に、時刻を知らせる鐘の音がこだまする。

 

 

「姫様が来るまで…あと4時間……」

 

 

 マットの上で膝を抱えたまま呟く獣の少年。長い長い独りの時間。窓から向かいの馬小屋の馬を眺めていることがほとんどだが、今日は馬はいない。

 

 それに見回りの兵や掃除をする召使いの視線が怖くて、人の気配がする度にこうしてうずくまった。

 

 姫様が側にいなければ自分はただの毛皮、憎き下等種族、穀潰し。

 

 

 今日は何をするのだろう。昨日は雨だったからトランプで遊んだ。トランプを使ったゲームのやり方はいくつか覚えている。それを知った姫様はとても喜んでくださった。

 

 

 今日は晴れているから、球遊びだろうか。姫様が顔より大きくて柔らかい球を色んな方向に投げて、自分はそれを地面につかさずに取る。息が切れるまで続けてくださった。

 

 姫様も腕が疲れるだろうに。

 

 それとも、昨日の雨でぬかるんでいたら危ないから違うことをするのだろうか。

 

 

「姫様が来るまで…あと3時間と5/6時間…くらいかな……」

 

 

 気が付けば正面に白馬が戻される。偉い兵士が乗るのか、貴族や王族の馬車を引く馬なのか。世話をしていた者がいなくなったのでそっと覗くと目が合った。

 

 

「…お疲れ様。」

 

 

 自然に声が出る。もちろん、彼らとは全く違う生き物なので言葉は通じない。ただ妙な親近感がそうさせていた。

 

 やがて人の気配が近づいてくる。聞こえてくる音は微かでも、主の気配だとすぐにわかった。

 

 

「…姫様。」

 

 

「おまたせ。」 

 

 

 金の長髪の少女を窓から視界にとらえて、勝手に頬が緩む。がちゃりと南京錠が外れる音がして間も無く扉が開いた。

 

 

「待ちきれなかった?ふふ、今出してあげるから。」

 

 

 シエラは扉のすぐ前にひざまずいていたカルを抱きしめる。

 

 

「あら、昨日より毛がさらさらね。洗ってもらったの?」

 

 

「はい、さっき水浴びさせていただきました。」

 

 

 週に1、2回、不定期に体を洗う機会が与えられる。これだけはシエラは関わらない。兵に囲まれた状態で冷水を浴び体を擦るのは中々慣れないものの自分がただの動物ではないということの裏返しでもあった。

 

 

 カルとシエラ。ペットと飼い主はいつものように庭へ。カルは誰かとすれ違うたびにお辞儀をして挨拶をした。まるでそこに何もいないかのように振舞う者もいれば、可愛いと一撫でする者もいた。

 

 庭園に出ると雨露を滴らせる花々を眺めながら散歩して、一周すると敷物の上に腰を下ろす。

 

 

「これはね、クッキーっていうのよ。お城の外に美味しいお菓子屋さんがあって、時々買ってもらうの。あなたにもあげるわ。」

 

 

「あ…ありがとうございます。」

 

 

 差し出された円形の焼き菓子を両手で受け取って遠慮がちに口にする。優しい甘味にカルの顔がほころんだ。

 

 

「美味しい…です…」

 

 

 シエラは笑って愛猫を抱き寄せて、彼が食べ終わってもしばらく頭を撫でる。出会ったばかりの時より毛並みも良くなり撫で心地抱き心地がとても良い。

 

 何より前は固まっていただけのカルが身をゆだねてくれるようになったことが嬉しかった。

 

 

「あっ…」

 

 

 瞼が重くなり始めていた魔族の少年はハッと起き上がって飼い主から離れて跪く。

 

 

「ん?…あら、お父様。」

  

 

「あぁ。どうだ、そいつは。」

 

 

「とても良い子よ。今クッキーをあげてたの。…急にお父様が来たから驚いちゃったみたい。そういえばお父様と会うのは初めてだったわね。そんなに怖がらなくて大丈夫よ。」

 

 

 魔族の少年は片膝をついて下を向いたまま微かに震えていた。シエラの父がカルの頭の上に手を置くと体をビクリとさせる。

 

 

「確かに良い毛並みだ。私には懐きそうにないが。」

 

 

「お父様がそんな上から喋ってるからよ。動物は上から来ると怯えちゃうの。」

 

 

「そうなのか。」

 

 

「そうよ。それにいきなり懐いたりしないわ。私に笑ってくれるようになるまでだって時間かかったんだから。」

 

 

「今は笑うのか。」

 

 

「えぇ。声を出したりはしないけどとっても可愛いの。みんなにも見せたいけれど、この子臆病だからかわいそうだと思って。」

 

 

「そうだな。まぁ……可愛がられているようで何よりだ。これからも大事に面倒を見るんだぞ。それと、菓子をやるのは良いがほどほどにしろ。貴族の飼い猫のように太ってしまうぞ。」

 

 

「言われなくてもわかってる。」

 

 

 父親が去った後、少女は魔族の少年を城の庭園に連れて行き、そこで一緒に花冠を作って穏やかな午後を過ごす。

 

 魔族の少年は意外にも器用で、彼が作った花冠は少女が作ったものよりも形が整っていた。

 

 

「ねえそれ、もらってもいい?」

 

 

「私なんかが作ったもので良ければ…もちろん、どうぞ。」

 

 

「ありがと。あぁ、ずっと誰かと、お母さま以外の誰かと花冠を作ってみたかったの。」

 

 

 カルはシエラに促されるまま彼女の頭に自分が作った花冠を乗せる。彼女が笑って、カルもつられて笑う。ヒトとしての尊厳は失っても、優しい飼い主のおかげで心は安らぐ。

  

 

「仲良しの証ね。」

 

 

 そう言ってシエラも愛猫に花冠を乗せた。

 

 

 主を待つ時間は永遠に続くような感じだが、和やかな時間はあっという間。カルはお家へと戻される。

 

 

「ごめんねカル、明日はお城の外にいくから構ってあげられないの。」

 

 

「そう…ですか…。」

 

 

 夕食後、食器を片付けのついでに伝えられてカルは落胆した。耳がぺたんと伏せたその様はかわいそうにも見えたが、会えないのはたまらなく寂しいという意思表示はとても愛らしく映る。

 

 自分になついている可愛いペットのために何とかしてやりたくなった。

 

 

「そうね…そうだわ、ちょっと古いチェス盤があるの。やり方がわからなくても駒遊びができるでしょう。こないだ行った孤児院の男の子もそんなことやってたっけ。明日、朝ご飯と一緒に持ってくるわ。」

 

 

 シエラはその言葉通り、カルにチェス盤と駒を与えた。子供向けに小さめに作られてはいるものの庶民には手の届かないような一級品。駒は金属製で、職人が細部まで作りこんだそれはもはや美術品のようだった。

 

 それに加えて、シエラは自分が幼い時に使っていた小さな木の(くし)も彼に譲った。

 

 土下座して礼を言うカルを撫でて、いい子で留守番しててね、と言い残しカルのお家を後にする。

 

 

 実はチェスのルールを知っていたカルは一人で自分と対戦するという暇つぶしができるようになった。

 

 疲れるのでずっとチェスをしているわけではないものの、同じ無の時間でも集中力が切れてボーッとするのとひたすら主を待つのでは雲泥の差である。

 

 心にできた僅かな余裕。その余裕で感じるのは主への恩。では何故主は優しくしてくれるのか。もちろん主の性格というのも理由だがそれだけじゃない。

 

 見るなり威嚇しひっかく猫よりも、甘えた声で擦り寄ってくる猫の方が周囲から可愛がられる。

 

 ここに来て初めて笑みを溢したのは…確か姫さまが外で遊んでくれた時。その時から、姫様はたくさん撫でてくれるようになった。抱いてくれるようになり、果物やお菓子の差し入れも増えた。

 

 そして、ついに玩具を所有することを許してくれた。

 

 

「おはようございます、姫さま。」

 

 

「おはよう!会いたかったわ。」

 

 

 笑顔で迎えれば、笑顔で撫でてくれる。

 

 

「こんにちは!」

 

 

「あら……こんにちは。」

 

 

 笑顔で挨拶をすると、前よりも返してくれる人が増える。

 

 

「これはこれは、愛嬌のある子になりましたな。良き飼い主に巡り会えた証拠、さすが姫様でございます。」

 

 

 笑顔で接すると、可愛いと言ってくれる人が増える。可愛いと言ってくれるということは、ここにいても良いということだろうか。毛皮にならなくて良いということなのだろうか。

 

 

 ある日カルは、シエラに連れられ貴族にお披露目された。その時のカルは金属の首輪をしているだけで繋がれておらず、麻色の柔らかいローブを着せられていた。

 

 好奇の目で見る者もいた。しかしシエラが隣にいて彼を可愛がり、シンプルながら上質な衣服を身にまとい、珍しい毛色で美しい容姿に加えて礼儀正しく愛嬌がある彼を、大部分は王女のペットとして相応しいと認めた。

 

 笑顔でいれば存在価値を認めてくれた。笑っていれば、主にも他の人にももっと気に入ってもらえる。気に入ってもらえれば殺されない。だから必死に笑った。物珍しさに、あるいは恨み言をぶつけるために”お家”の窓から覗かれても笑って挨拶した。

 

 

 気づけば2年経っていた。

 

 

 

「カル、お待たせ。今日はお話があるの。」

 

 

 ある日、カルは城の中に連れて行かれた。

 

 

「緊張しないで、別に何か悪いことをするわけじゃないわ。」

 

 

 そう言ってシエラはカルを応接間に案内する。そこには国王と、スチュワードのミネルがいた。

 

 

「あ…あの…これは…?」

 

 

「カル、あなたを召使いにしようと思うの。」

 

 

 礼儀と愛嬌が彼方へ飛んでいってしまうくらい、カルは驚いた。

 

 シエラは彼を宥めると深く息を吸って、吐いた。

 

 

「私もそろそろ公務に参加するための勉強を本格的にしないといけない。お父様やお母様の視察について行かせてもらうことも増えるでしょう。あなたと一緒にいれる時間も減ってしまうの。」

 

 

 実はそれは建前だった。本当は、カルをペットとして見れなくなってきていたのだ。

 

 2年といえど、心身の成長が著しい時期のシエラにとっては大きな2年。当時は気にも留めなかったこと…彼が家族から引き離されて自分の元にいること、魔族も人と同等の知能と感情を持つこと、そして自由を奪われていることなどを理解し始めた。

 

 カルのことは愛情をもって”お世話”してきたが、このまま彼の尊厳を踏みにじったままでいるわけにはいかない。しかしペットでなくなれば”ご奉仕”することになるか、間引かれたのなら毛皮にされてしまうかもしれない。

 

 そこでスチュワードのミネルに協力を求めてカルを働かせることに決めた。“ご奉仕”ではなく城の一員としてだ。

 

 

「なるべく私の周りで仕事ができるように取り計らってもらうから安心して。あなたならきっと大丈夫。みんなあなたのことを可愛い可愛いって言ってくれてるでしょう?」

 

 

「姫さまがそうおっしゃってくれるなら…精一杯頑張ります。」

 

 

 こうして、城内初となる魔族のメイドが誕生したのだった。

 

 

 つづく

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