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2話


 12歳の誕生日に珍しい毛色の魔族をもらった王女。だが、誕生日を過ぎてもその魔族に会わせてもらえず父親に不満を募らせる。


 

「…シエラ、悪いとは思っているんだが、色々と準備があるんだ。今ちょうど小屋を作っているところでもある。終わるまでもう少し待ってくれ。」


 

 最初に顔を合わせてから2ヶ月余り。待ちきれない少女は新しいペットの名前を考えたり、スチュワードのミネルに魔族のことを聞いたり、などを万全を尽くす。


 王女であるから普段は城に閉じこもり、相手をするのは大人だけ。友といっても、2週に1度程度会う数年歳上の貴族だけ。庶民の子供達に混ざって遊びたいと何度思ったことか。


 そんな彼女にとって、あの猫の少年は天からの贈り物に違いなかった。


 

 そして待ちに待った受け渡しの日。小走りで待ち合わせ場所に向かう。


 鎖が繋がった金属の首輪を着けて、質素な布の服を着た獣の少年は彼女を見つけるなり跪いた。


 

「ひ…姫さま…おはようございます。」


 

「おはよう。良い子にしてた?本当、待ちくたびれたんだから。」


 

 そう言って彼の手を取り、想像していたものとは違うカサついた感触に思わず彼の手のひらを見る。


 

「黒い肉球!人間みたいな手なのに肉球はあるのね。」


 

 よく知っている猫のものよりも薄く硬い。手で物を掴むために発達した獣人独特の肉球をしばし揉んで楽しんだ。


 

「そうそうあなたの名前を考えたの。カル。カルよ。私はシエラ。よろしくね。」


 

「はい…助けてくださって…本当にありがとうございます…」


 

 白地で黒のヒョウ柄、目は少し吊り目で、耳は大きな三角形。珍しさに加え言葉も通じる。不安げな表情を浮かべるその顔もたまらなく可愛らしい。


 飼い猫をすぐに決めなくて本当に良かったと思いながらひとまず満足すると、兵士から鎖を受け取り彼を引いた。


 

「お庭に連れて行ってあげる。」


 

 護衛に見守られながら城の広大な敷地を歩く。晴天で温かい風が吹き、カルと名付けられた獣の耳先の毛がなびく。


 

「ときどき、ここでお茶会をするの。お母様とお父様だけの時もあるし、ほかの人たちを呼ぶこともあるわ。…ふふ、みんなにあなたを見せたらきっと驚くでしょうね。」


 

 猫を飼っている友人から、最初から懐く訳ではないことや懐かせるコツなどを聞いていたシエラ。彼の反応が薄くても、明るく話しかけ続ける。


 

「私、外では遊ばないの。王女だからって。ちょっと散歩するだけ。でもあなたが来てくれたから、球遊びくらいなら許してくれるかな。散歩も良いけどもう少し動きたいの。」


 

 普通の猫だって鳥やネズミを捕まえたり、玩具に戯れたりして動き回る。普通の猫よりずっと大きなカルなら時々走り回らせるくらいがちょうど良いだろうと少女は考えていた。


 

「球遊び…ですか。」


 

「えぇ。私、いつも城の中に閉じこもっているから時々身体を動かしたくなるの。カルと遊んであげるって言えば私もあなたも外に出れて一石二鳥でしょう?」


 

「それは…嬉しいです。」


 

 視線を下げたままのカルを見てどこかもどかしい気持ちになるシエラだったが、想定の範囲内。


 犬だって最初から従順な訳ではない。躾を誤れば飼い主の言うことを聞かなくなる。ましてや猫は自由気ままな生き物だから、飼い主の思い通りにはいかないのだ。


 

 まずは信頼関係を築くことが大事。無理に距離を詰めるのは禁物。


 そう心に叩き込んで、カルを抱きしめたい欲求はグッと飲み込んで優しく撫でる。するとカルの表情が少し緩んだ。


 

「可愛い。殺される前に会えて良かった。いくら毛並みが綺麗だからって毛皮にするなんてひどいわ。」


 

 安心して良い環境なのだと教えることが懐かせることへの第一歩。この魔族の仔について、父親からは”珍しい毛色で、かつ雄が()えすぎたから間引いて毛皮にするつもりだった”と聞かされていたシエラ。


 そんなカルを安心させるためには、まず殺しはしないと言動で伝えなければならない。一方通行でも良い。シエラは色々と意識しながら会話を続けた。


 

「あとこの鎖、せめてもうちょっとおしゃれにできないのかしら。これじゃあペットじゃなくて囚人みたい。せっかく綺麗で可愛い子なのに、これじゃあお友達に馬鹿にされちゃう。」


 

 どうにか彼の心を開かせようとしていると、護衛の1人が歩み寄った。


 

「姫様、そろそろお時間が…」


 

「え…もう…?はぁ……ごめんねカル、ダンスのお稽古に行かなきゃいけないからあなたのお家に案内するわ。」


 

「お家、ですか。」


 

「そう。作ってもらったの。こっちよ。」


 

 名残惜しくも庭を離れて、城内にある木造の馬小屋に向かう。その角に石レンガ造りの納屋が増設されていた。


 内外見は空の物置小屋のようで、中には薄いマットと大きく厚いタオルが寝具として置かれていた。


 扉の隣にある窓には鉄格子がはめられているだけでガラスは張られていない。しかしこの馬小屋は城の内側に位置しているので雨風の影響はほとんどないだろう。


 

「後でごはんを持ってくるから、それまでお休み。」


 

 カルを部屋に入れて、鎖を壁に繋いでから部屋を出る。


 

「あ…あの……」


 

 か細い声だったので危うく聞き逃すところだった。獣の少年は自分のふわふわな尻尾を手で持って、上目で彼女を見つめていた。


 

「うん?」


 

「尻尾……尻尾残してくれて…ありがとうございます……」


 

 彼女は一瞬キョトンとして、そのあとすぐに何のことかを思い出す。


 

「…あぁ知っていたのね。そうそう、お父様が断尾させるなんて言い出すから私も驚いたわ。そんな素敵な尻尾を切ったら勿体無いし、痛そうだし…やっぱり嫌よね?」


 

 少女はふふ、と笑って歩み寄り、彼の小さく尖ったマズルを頬ごと両手で揉みしだいた。


 

「また後で来るわ。いい子にしててね。」


 

「はい…」


 

 扉が閉まり、外から鍵をかけられる。時折聞こえる馬のいななき以外は静かだ。


 独りになったカルは水差しから水を少し飲んで、そして薄いマットの上に横たわる。中に藁を敷き詰めて作られているらしいそれはカサカサと音を立てた。


 質素なマットに比べて白いタオルは分厚く柔らかい。カルの身体を包むのに十分な大きさのそれは、王女が差し入れてくれたのだろう。


 ここに来てからずっと牢の硬い床で過ごしていた彼に強烈な睡魔が襲う。


 

 ひとまず首の皮は繋がった。終始笑顔だった彼女が守ってくれると信じて、タオルを掛け布団代わりにして瞼を閉じる。


 この時ばかりは安堵が圧倒的に勝ったカルは死んだように眠ったのだった。


 


「カル!ご飯を持ってきたわ。」


 

 お世話は飼い主の役目。ということで彼の餌やりもシエラの役目。”奉仕”する魔族に与えられている一般的な食事をスチュワードのミネルに教わって、彼女自身が作ったものだ。


 

「ありがとうございます。いただきます。」 


 

「うん。後で食器を取りに戻るからゆっくり食べるのよ。慌てちゃダメよ?」


 

 丸いパンとチーズ、そして豆のスープ。パンとチーズは牢にいた時に食べていたものより柔らかく香りも良い。


 豆のスープは、味こそはシエラでも簡単に作れるようなシンプルなものだったが、湯気が立つそれを木のスプーンで口に運ぶと目頭が熱くなる。


 

 あの日、帰ったら好物のシチューを食べるはずだった。時々母が手作りしてくれるウサギ肉のシチュー。


 思い出して涙を零しながら、それを塗り潰すように手を動かした。


 僕はカル、僕はカル。アランはもう死んだのだ。


 

 つづく

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