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エピローグ

 

 

 ベスティア国とファール国の戦争が終わって半年と数ヶ月経ったある日、ベスティア王宮では使用人達が忙しなく廊下を行ったり来たりしていた。

 

 そんな中、カルは母の部屋にいた。

 

 

「…うん。これで良いでしょう。」

 

 

 朝から湯浴みをしたカルは母に毛を繕われた後、黒革に金糸の刺繍が施された装束を着付けられ、背中側にベスティア国の紋章が鮮やかに刺繍された黒い羽織に袖を通す。

 

 これらは特別な式典の時のための衣装。第一皇子アンバルが以前に数回だけ着たものを譲り受けた。

 

 黒い着物は暑くなりやすい上に抜け毛が目立ちやすいため獣人には好まれないが、カルにとって父譲りの白い毛並みが1番映える色でもある。

 

 そして銀と紫水晶の首飾りを2つ首にかけた。

 

 

「そのまま動かないで。」

 

 

 最後にアガタが自室の金庫の中に保管していた王冠を取り出して、カルの頭に乗せる。

 

 借り物ではない、第三皇子アシーク=ラクイアンの王冠。明るい金色に銀で波のような装飾が施された放射状の冠。

 

 その内側にはメガネのつるのようなものがあり、耳にかけることで無理なく固定できるようになっている。成長を見越して少し大きめに作られた皇子の冠である証だ。

 

 第一皇子は王に、第二皇女はその補佐に。民間で育ち民から最も慕われるであろう第三皇子は民衆の代弁者として内外政に深く関与する地位を与えられるはずだった。

 

 だから当代の子供達は3番目のカルまで王冠を与えられた。

 

 当初の役割は弟の第四皇子が引き継いだ。しかし今日の半分だけカルは第三皇子として振る舞うのだ。

 

 

「…立派になった。」

 

 

 整ったアシーク=ラクイアンの姿に母が溢すと、カルは笑みを返す。そして母に抱きつこうとすると鼻を手のひらで押さえられた。

 

 

「駄目。毛がついてしまうわ。…あとでね。シエラのドレスも楽しみにしていて。」

 

 

 母は相変わらずだった。しばらくすると兄アンバルが迎えにくる。姉コロニラはシエラのところにいるらしく遅れて合流するらしい。

 

 

「懐かしいな。そして嬉しいよ。応じてくれてありがとう。」

 

 

「うん…ちょっと緊張する。」

 

 

「大丈夫大丈夫、様になってる。じゃ、行こうか。」

 

 

 鎧を着た兵士が道を作り、脇に集まる民は全員跪き、その道を護衛と皇族が歩く。馬車にも馬にも乗らないのは狙われたり事故が起きたりしないようにするため。

 

 いつもなら国王が先頭に立って自らの足で自らの国土を踏むのだが、今日の主役は帰還した第三皇子。民が望んでいた光景だ。

 

 

「また兄上と歩けるなんて夢みたいだ。」

 

 

 第五皇子のハイエナ獣人がそう言って、第四皇子の虎獣人も頷く。その様子を彼らの父が1番後ろから見守っていた。

 

 街を歩き終わり、所変わって大勢の人が集まった宮殿の大広間。席には大臣の他にファールか国からの来賓と、先着順で観覧を許された民がすし詰めとなって座っていた。

 

 そして観覧者の衣服さえもベスティア国側が用意するという徹底した厳戒態勢の中で式典は行われた。

 

 皇子皇女、妃達、そして国王が壇上に上がり、さらには隠居していた前王まで姿を現したので場の緊張感はかなりのものになる。

 

 観覧者側の大きな扉が開き、第一皇子に連れられた第三皇子が入場すると一斉に視線が降り注いだ。

 

 ゆっくりと歩いて、来賓席にいたシエラの母とアルフレート、付き添いで来たミネルを一瞬だけ見る。

 

 そして壇上に上がってベスティア国王の前に跪いた。

 

 

「第三皇子アシーク=ラクイアン・ベスティア。まず、私が下した先の命を、第三皇子の追放を撤回する。」

 

 

 そう宣言した後、以前カルが署名した文書と同じような内容のものを読み上げた。カルを皇族の責務から解放すると。そしてカルの頭の王冠をそっと外し、アンバルが両手に持ったお盆の上に置く。

 

 正式な手順を踏んでの王位継承権と特権の返却。誰にも不満が残らないようにするための大掛かりな”示し”。

 

 第三皇子の奪還を名目に6年も準備して戦争を起こしたのだから、そのうえでカルを皇族から外すことに納得してもらうためには必要なのだ。

 

 父親は王冠がなくなったカルの頭をガシガシと撫でた。

 

 

「おっと、おまえの母さんに怒られるかな。」

 

 

「陛下…せっかく繕ったのに…おいでアラン、櫛を持ってきてるから…」

 

 

 カルは母の元に歩み寄って抱きついた。アガタはやれやれとため息をつきながらもしっかり抱き返す。

 

 

「…おかえりなさい、アシーク。」

 

 

「ただいま、母上。」

 

 

 場は和やかな雰囲気になった。そしてカル達にとっての本題へ。

 

 横の扉が開いて、純白のドレスを着たシエラが大広間に足を踏み入れカルの前に。

 

 

「わぁ、すごく綺麗だよ。」

 

 

「…ありがと。」

 

 

 シエラが着ていたのはかつてアガタが身につけたもの。今日1日はカルの家族の支えで成り立っていた。

 

 

「君のお母さんが来てる。」

 

 

「えぇ…でも明日でいいわ。」

 

 

 式典はそのまま2人の結婚披露式へ。国王が祝辞を述べて、そして2人は向かい合う。

 

 カルはシエラの大きなお腹にそっと手を伸ばした。

 

 

「…悪いことじゃないと思うんだ。全部誰かの思い通りだったとしても、今の僕の大切な人と静かに暮らせるのなら、それは幸せなことだって。シエラや父上、母上、兄弟のみんな、宮殿のみんなのおかげで、今なら…そう思えるんだ。」

 

 

 心の傷はまだそのまま。大きな音がすれば動悸がするし、鎖を見れば脳裏に過去の光景が色鮮やかに浮かぶ。過去に戻ったかのような夢も見るし、火を見て息が苦しくなることもある。でもみんながそれを理解して受け入れてくれる。

 

 

「もうすぐ子供が生まれるのに僕はまだまだひとりじゃどうしようもないから…君を守るとは言えないけど、これからは君やこの子と一緒に笑いたい。笑えるようにしたいと、思う。」

 

 

 自分の愛を受け入れてほしいと伝えるのが定石かもしれない。でもシエラはすでに受け入れてくれているから、この首飾りは誓いではなく証明だ。

 

 カルは自身にかかっていた二つの同じ首飾りの片方を外す。

 

 

「カル、」

 

 

 首飾りを掛けられる前にはっきりさせておかなければ、とシエラが彼を制止する。

 

 

「妥協じゃない。カル、あなただから私はこの身もこの心もゆだねられる。そして支えたいと思うの。」

 

 

 もともとカルは、唯一”少女”としての自分をさらけ出せる存在だった。そして彼の純粋な気持ちに触れ続けたことで心の凝り固まった部分も解れた。彼となら温かい家庭を築けると、今のシエラは自信を持って言える。

 

 片膝を折って首飾りを受け入れようとしたシエラを今度はカルが制止した。 

 

 

「そのままでいいよ。」

 

 

 大事な体だから、とお腹をさすり、そして今度こそカルはシエラに首飾りを掛ける。瞳を合わせて、カルがもう半歩近づいて、互いの頬に右手を添えて口づけを交わした。

 

 民衆は、旧第三皇子の相手がファール国の王女だということを知っている。しかし2人が結ばれることに異を唱える者はもういない。

 

 ベスティア国王が2人を国民として認めると宣言して式の終わりを告げた。

 


 長い坂道もこれでようやく終わる。…カルだけではない。シエラにとっても、カルの両親や兄弟にとっても、愛する人を信頼できる人に託したアルフレートにとっても同じ。

 

 

 その後式は速やかに解散した。会食や面会などは翌日以降に予定され、婚姻式のあとは夫婦で過ごすというのが伝統だ。いろんな緊張から解放されたカルはいつものローブに着替えるとうーんと伸びをした。

 

 シエラの母やアルフレート、そしてミネルにも挨拶に行かなければ。しかしそれも明日でいいだろう。

 

 

「シエラ…」 

 

 

「いいわよ。」

 

 

 手にブラシを持っているのを見たシエラは彼を椅子に座らせて、自分も後ろに座るとローブを脱いだ彼の背中の毛並みを整える。幾分かたくましくなった彼の背中にある烙印は、他の場所の毛で見えにくくなっていた。

 

 特に言葉を交わすことなく毛づくろいを続けていたが、不意にシエラがカルの背中を抱く。

 

 

「…シエラ?」

 

 

「良いにおい。」

 

 

「あぁ…今朝、母上が香油付きの櫛で梳かしてくれたから。」

 

 

 もういいよ、とカルは立ち上がった。

 


「ん、」

 

 

 カルの耳が動いて、シエラのお腹に手を当てる。ちょうどぼこぼこと胎動が始まったところだった。

 

 

「聞こえるの?」

 

 

「君の服から叩かれたみたいな音が聞こえたんだ。」

 

 

 そう言ってカルは膝立ちすると自身の大きな耳を彼女のお腹に押し付けた。ヒト種の何倍もの聴力があるカルにはこうするだけでお腹の子の鼓動も聴くことができる。その新しい命をより強く感じて、愛おしいと感じることができる。それがカルの活力にもなっていることは間違いない。

 

 蹴った後は向きを変えようとしたらしくシエラのお腹が少しゆがむ。

 

 

「待ち遠しいよ。」

 

 

「そうね。」

 

 

 シエラはカルの頬を撫でた。愛玩動物として飼っていたこともあるカルと二人で、彼との子をめでているというのは不思議でもあったがもう違和を感じることはない。

 

 ただの家族になって、幸せになろう。自分たちならきっとそうなれる。こんなに想い合っているのだから。

 

 

「シエラ、」

 

 

 カルは立ち上がって、自らが贈った彼女の紫水晶の首飾りに触れる。

 

 

「改めてよろしく。」

 

 

「えぇ、よろしくね、カル。」

 

 

 ふたりはそっと額を合わせて微笑んだ。

 

 

 

 「籠の中のケモノ」 終

 



 

 ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。

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