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プロローグ

 

 

 

 

 

 ニンゲンが治め、ニンゲンが住む国、ファール。


 その王都の中心にある大きな城。まだ城の大半が眠っている時間。

 

 城の一室で獣人の少年が目を覚まし、伸びをしてから裸体のままベッドを出るとブラシで全身の毛を繕う。

 

 白い体毛に黒い斑点模様、大きくて三角形の耳の先からまつ毛のように黒い毛が生えている彼はネコ系の獣人で、その声はまだ高い。

 

 ここで働く人外は彼独り。5年前、9歳の時に人外を魔族と呼ぶこの国に捕らえられ、召使いとして働かされていた。背中に刻まれている顔ほどの大きさの烙印が、彼の身分を表している。

 

 

「…さてと、」

 

 

 毛並みが揃い、抜け毛を纏めて捨てると外していた真新しい黒革の首輪を手に取った。

 

 首輪の正面には磨かれた銅板が付いていて、そこには王族の紋章が彫られている。

 

 つい最近、国王から与えられたそれは王族への忠誠を認められた証。奴隷の烙印が押された者でその紋章を身につけることを許されたのは異例のこと。

 

 

 彼が仕えているのは国王の1人娘。この首輪が与えられるに至ったのも彼女が可愛がってくれたおかげだ。

 

 その恩義を再確認しつつ首輪を着けて服を着て、獣の少年は部屋を出た。

 

 長い尻尾をなびかせながら静かな廊下を進み、庭園へ。

 

 

「おはようございます、ミネル様、皆様。」

 

 

 朝焼けに照らされた広い庭園にはメイド服を着た女性とその部下のメイドが数名。少年が頭を下げて挨拶した彼女はこの城のスチュワード、いわゆるメイド長のようなもので少年の上司的な存在にあたる。

 

 

「おはようございます、カル。では揃ったので始めましょう。」

 

 

 

 今日は獣の少年の主たる王女の許婚相手が訪れる日。獣の少年は言われた通り物置と庭園を行き来して敷物やイス、テーブル、パラソルなどを運んだ。

 

 じつは少年の本来の役割ではないのだが、この城の使用人は皆女性。まだ大人ではなくとも若い雄の獣人である少年はこういう時に活躍する。


 

「カル、そろそろ時間なのであなたの持ち場に戻ってください。助かりました。」

 

 

 スチュワードのミネルに言われて少年は手を洗い、そして城内に戻る。ふわふわな尻尾を揺らめかせながら、金の装飾が施された扉の前の護衛に挨拶をし、扉をノックした。

 

 

「姫さま、お目覚めですか。」

 

 

 不満そうな声が返ってきた。どうやら夜遅くまで寝れなかったようである。婚約者が来る日はいつもそうだ。しばらく待つと扉が開いた。

 

 

「バトラーになったんだから姫さまはもうやめてって昨日言ったでしょう…」

 

 

「そうでした。つい。」

 

 

 今年16歳になる王女は獣の少年を部屋に入れる。少年は彼女のボサボサになった長い金髪をクシで丁寧にとかし、整えていく。

 

 

「ありがと。やっぱりあなたが1番上手ね。…そこの袋とってくれる?」

 

 

 少年は言われた通り、匂いからして焼き菓子が入っているらしい絹の袋を手渡した。

 

 

「ねぇカル、昨日作ったんだけどどうかな。」

 

 

 相手に渡すために作ったクッキーをひとつ渡される。今回はシガレットと呼ばれる、薄い円形の生地を中心に空洞ができるように丸めて細長くしたものだった。

 

 

「美味しいです。以前より食感も良くなったかと。」

 

 

「前は生地が厚くて固かったもんね…」

 

 

 彼女はクスリと笑った。

 

 

「あなたはなんでも美味しいって言ってくれるけど、本当に美味しい時は顔に出るわよね。可愛い。」

 

 

 そう言って飼い猫を撫でるような手つきで彼のふさふさな頭を撫でる。少女に釣られて少年も微笑んだ。

 

 

「あ、もしかして朝ご飯まだだった?」

 

 

「はい。この後いただきます。」

 

 

「食後に食べさせるべきだったわね…」

 

 

「大丈夫ですよ。ご馳走様でした。」

 

 

 衣服を整えた少女は朝食を摂るため部屋の外へ。少年も付いていく。

 

 

「良かった。良いお天気ね。」

 

 

「はい。庭園にお席を用意してあります。」

 

 

「今日はあなたが紅茶を淹れてくれるのよね。」

 

 

「えぇ、今日から一部の給仕も担当することになりました。」

 

 

 少女はもう一度彼の頬を撫でる。微笑みながら委ねる少年。

 

 

「昇格おめでとう。無理しちゃだめよ?」

 

 

「…はい。本当に感謝しております。」

 

 

 いつか、作り笑いばかり浮かべるその顔に心からの笑みが浮かぶことを願って、二度とその顔が苦痛に歪まないことを祈って、彼の保険であるその首輪に軽く触れてから、また歩き出す。

 

 獣の少年の尻尾がピンと立って上機嫌を表していることに、主の少女は気づかなかった。

 

 

 

 

 

「籠の中のケモノ」始

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