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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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長続きするって素敵やん

「さすがに驚いちゃった?」


コラスはいつものような力の抜けた表情に戻り俺に言う。

その顔を見て俺は我を取り戻した。


「いや、悪い、ちょっと別の相談を想定してたもんだから面食らっちまって」


俺は何とか言葉を絞り出してからラガービールをグッと飲み喉を湿らした。


「やっぱ、何か相談されると気づいてた?」


「ああ、ラインハートさんとヒューズがそんな雰囲気の事、言ってたからな」


「何を相談されると思った?」


コラスがニンマリと笑って聞く。


「てっきり君達の恋愛相談だとばかり。ほら、女子三人に男ふたりだろ?若いし色々あるのかなって」


「プッ、クラポンらしいねえ」


「変な勘違いしてスマンな。で、ヴァンピールって吸血鬼の事か?」


「その言葉は使わないで頂きたいですね。美しくない」


「あ、スマン」


ヒューズに言われて俺は謝罪する。


「しかし、ヴァンピールだとなんなんだ?別にそんな真剣な顔で告白するような事じゃないだろ?学園にゃあモスマン族だっているんだし。それともあれか?エグバードのヴァンピールだとわかると差別されるのか?だったら、そんな事にはならんように根回しするぞ?学長や生徒会、新聞クラブや図書クラブに言えばそこら辺は上手くやってくれるぞ?」


ストームに頼んで噂を操作してもらっても良いしな。


「もしかしてクルポン、ヴァンピールの事知らないのかな?」


「ああ、初めましてだけど」


「そうかー。でも蔑称を知ってるって事は僕たちが人の血をのむ存在だって事は知ってるんでしょ?」


「あれって蔑称だったのか。知らなかったとは言え無礼な事を言っちまった、申し訳ない」


俺はコラス達に頭を下げる。


「知らなかったのなら仕方ありませんが、私達はオーガでもオーガ族でもありませんのでそこはお気をつけ下さい」


「わかった、気を付けるよ」


ラインハートの言葉に俺は素直に答える。そっか、吸血って所じゃなくて鬼扱いがダメなのか。

オーガ族と実際にあった事がある身としてはちょっと微妙だな。

アーマーオーガはマッチョイケメンでカッコ良かったけどねえ。まあ、荒くれ者も多かったけどな。


「ふふふ、クルポンたら素直なんだから。そういうとこ好きよ」


コラスがウインクする。


「それでヴァンピールって一般的にどう思われてんだ?」


「もう、つれないなあ。まるでクルポンは一般人じゃないみたいな物言いだけど、まあ、いいや。ヴァンピールの主食は人の血なんだ、人が恐れるのも仕方がない事だよね」


「人の血以外、ダメなのか?」


トマトジュースとかダメなのかね?深夜の散歩ザマス的な。


「ダメじゃないけど、動物や魔物の血はマズすぎてキツイんだよね、臭いし」


「そうなのか。確かにマズイものを命を繋ぐために摂取し続けるのはキツイわなあ」


食ってのは大切だからなあ。


「ふふっ、なんだか人族じゃないみたいな物言いだねえ。普通はこの話をすると僕たちを見る目が変わるんだけどね」


「そうなのか?だってお前ら、生徒の血を吸ったりしちゃいないんだろ?もし吸ってたら俺にこんな話しするわけないし」


俺は香草とベーコンでチーズを包んだ揚げ物をつまんで言う。

くぅ~、美味い!やっぱ美味しいもので命を繋ぎたいもんだよ。


「やっぱり面白いねえクルポンは。確かに僕たちは生徒たちの血は吸ってないよ。というよりも、もう随分長い間、人の血は吸っていない。これからも吸う事はないよ、僕たちはね克服したんだよヴァンピールの抱える弱点をね」


「弱点?」


そう言えばこいつらは太陽の下でも平気だし、ニンニク入りの料理もパクパク食べてるが、まあ、その辺りは創作物でつけられた設定だからな。

こっちの世界の魔族で狼人間的な種族もいるけど、銀製の武器じゃないと攻撃通らないって訳じゃないしなあ。


「うん、そう。ヴァンピールの弱点はね、血を吸う事をやめられない事なんだよ。血を吸う事をやめるとね、激しい不安を感じ、吐き気や寒気、痙攣に襲われ幻覚や幻聴が現れる。それはとてもキツクてね、ヴァンピールにとって人の血ってのはある種の依存度の高い薬物みたいなもんなのさ。薬物との違いは、そうした症状を耐え抜いても食事が取れずに衰弱して死に至るって事だ。血を飲むことをやめると喉が狭まり固形物が摂取できなくなる。そして人の血を主食にする限り、人とは敵対して生きねばならない。これは大きな弱点だよ、なにしろ人は数が多いからねえ」


コラスはフォークで厚切り肉を突き刺して言う。


「それをどうやって克服したんだ?」


俺は尋ねる。


「これだよ」


コラスはジョッキを掲げる。


「酒か?」


「違うよ、ミルクさ」


「ああっ!!」


コラスの言葉に俺は思わず声を上げた。

なるほど!その手があったのか!

乳ってのは血液から必要な栄養分を抽出し更に幾つかの成分をプラスしたものだと聞いた事がある。

そもそも乳は乳房の中にある毛細血管に取り込まれた血液から作られるのだ。

牛乳についても白い血液と呼ぶ人もいるぐらいだ。

獣の血は臭くてマズくて主食足り得ない、人の血をやめれば離脱症状から死に至る。

ならばミルクは丁度良い食料だ。


「へえ?その顔は何か腑に落ちる事でもあったのかな?」


「ああ、聞いた事があるんだ、ミルクのできる過程についてね」


俺は乳と血液の関係性について話した。


「……、君ともっと早く会えていればねえ」


コラスが遠い目をする。

う~む、こいつのどこか浮世離れした感じは、ヴァンピールだからだったのか。

人とは違う人生を送って来た、それもどれだけの長さを生きてきたのか考えると何とも言えない気持ちになる。


「なるほどねえ、アルスちゃんとやけに仲が良かったのもそういういきさつがあったからか」


「うふふ、仲が良いなんて恐れ多いけどね。生きている時間も種族としての特性も我らとは桁が違うからねえ」


「アルスちゃんはそんな事、気にしないだろ?」


「確かにそうですが、やっぱりねえ」


コラスは肩をすくめる。


「それで、結局、相談したい事ってななんなんだ?なにか相談したい事があるんじゃないのか?」


「結局って……敵わないなあ。これでも勇気を出して告白したんだよ?もう」


コラスが頬を膨らませて言う。


「もう、そういうのいいって。かわいくないっちゅーの」


「何を言う!かわいいだろーが!」


「それもちょっと違うと思いますわよ」


俺のツッコミに異を唱えるリッツだったが、アーチャーが冷静な指摘をする。


「う~ん、相談ってほどでもないんだけどねえ」


「ここは私から話させて頂きます。まずは我々の関係についてお聞かせしましょう……」


首をひねるコラスを制しラインハートが口を開いた。

それは彼らの関係について、ヴァンピールの関係性についての話しだった。

コラスは三代続くヴァンピール家系であり、ヴァンピール界ではそれを純血族と呼ぶそうだ。

純血族のヴァンピールは血を吸った人間を使役する事ができ、ラインハート、ヒューズ、リッツ、アーチャーはコラスによって使役された元人族なのだとの事。

ヴァンピールの寿命は長い。

そのため人の世に紛れ生きて行くために定住せず流浪の暮らしをする場合が多いと言う。

土地に根差し人間関係ができてしまうと、いつまでも容姿が変化しない事を怪しまれてしまうためだ。

大昔は土地を支配し領土を持つヴァンピールもいたが、魔導技術が発達し人が力を持ち始めると反抗され追われる立場へとなってしまった。

コラスの両親もヴァンピールである事がバレ、人間によって殺害されたと言う。


「そんな顔しないでよクルポン。もう昔の話だし、種族の宿命みたいなもんだからさ。それにもう人族を恨んじゃいないから安心してよ。もう決着はつけたし」


コラスが笑って言う。

もう恨んでない、決着はつけた、か。

俺は黙ってコラスを見返した。

コラスはにっこり笑って軽く頷きラインハートは続きを話し始める。

多くのヴァンピールがそうしている様にコラスも流浪の生活を送っていた。

人と深く関わらないように慎重に暮らしていても、世の中、勘の良い人間と言うのはいるもので疑いのまなざしを向けられる事がある。

 そんな時は静かにその土地を去るのだが、中にはその隙をコラスに与えぬ切れ者もいる。


「それが私達だった、と言う訳です」


自分で切れ者って言っちゃうところにラインハートさんの鋼のメンタルを感じるが。


「それは、つまり、ラインハートさん達は望んで眷属になった訳じゃあないって事?」


俺は気になった事を質問した。


「その通りさ。身を守るためにやった事とはいえ、すまない事をしたと思ってる」


「クルース君にお願いしたいのはこの事なんです」


表情が消えるコラスに続いてラインハートさんが言う。


「どういう事なんだい?」


「純血族に血を吸われると魅了され使役されるのですが、今の我らはその魅了効果でエドアールに従っている訳ではないのです。一緒に過ごして、培った信頼関係でこうしているのですよ。ですがエドアールはそれを信じようとしない。そして、いつもこうして我々に謝り自分を責めるのです。クルース君は全ての術はいずれ必ず解けると言いましたよね?そして、解けないならばそれは双方の努力のたまものだと。どうかエドアールにその事を信じさせては貰えませんか?」


ラインハートが言い、リッツ、ヒューズ、アーチャーも熱のこもったまなざしで俺を見た。

なんだよ、もう。

いい仲間じゃないかよコラポンよう。


「ふふっ、はははは、あっはっはっはっはっは!なんだよ、それ?もう、お互い信頼で結ばれちゃってるじゃないか!」


「何を笑うんですかクルース君。エドさんは、いつもああして我々に頭を下げるのです。そんな事をする必要はないと言っているのに。エドさんは我らの主なんです、本来であればもっと尊大に振舞って頂きたい、もっときつい言葉でなじって頂きたい、低い身分の者と見下して頂きたいのに!」


「ちょっとアーチャーさん、落ち着いて」


俺は興奮するアーチャーをなだめる。


「ふう、申し訳ございません。つい。ですが、我々はそのくらいお慕い申し上げているのです。これは決して未了の術の効果などではなく、私たち自身、心からの思いであるのに、それをわかっていただけないのは悲しいですし、おいたわしい事です」


アーチャーはそう言うとグラスに口を着け喉を潤した。


「いやー、どう思うクルポン?これってやっぱり術にかかってるんじゃない?だっておかしいでしょ?なじって見下してくれって、普通の関係性でそんな事、思わないでしょ?やっぱりさ、無理なんだよ使役者との友情なんて」


コラスは俺を見て首を振った。


「いやあ、確かにアーチャーさんの言動には問題があるけど、あれは術の効果ってよりは本人の好みの問題だね。世の中、そういうのが好きな人って一定数いるのよ。好きな人に雑に扱われたいって願望を持ってる人ね。そんでもって、そういうのを拗らせちゃってるのはコラポンにも原因があると俺は見るね」


「は?なんでそうなるんだい?」


コラスが目を丸くする。


「あの手の人ってのはね、願望がなかなか満たされない事も喜んじゃうのよ。雑に扱ってくれって言ってるのに丁寧に扱われる、これって望みをかなえてくれないっていう意味で最も雑に扱ってるとも言えるわけよ。つまりコラポンはアーチャーさんにご褒美と言う名の燃料を注ぎ続けているんだよ」


「そっ、そんな事は!」


「あるな」

「ありますね」

「なるほど、嬉しそうな顔をしているのはそういうわけでしたか」


顔を赤らめて否定するアーチャーにリッツ、ラインハートに続いてヒューズが納得の声を上げる。


「これすなわち双方の努力によって成り立つ関係と言える。リッツともラインハートさんとも、ヒューズ君とも何か別の形で燃料を注ぎ合ってるからこそこの関係が成り立ってるんじゃないか?だいたいにして、魅了の効果で一緒にいるんなら、コラポンにああして欲しいこうして欲しいなんて言わないんじゃないか?」


「それは…」


「例えばな、熱烈な恋をして一緒になった男女がいるとするだろ?最初は恋の力でお互いの良いとこしか見えないから相手に不平不満を言ったりなんかしないもんだ。恋は盲目っていうのはそういうこっちゃ。魅了の術もそれに似てるんじゃないか?だが前にも言ったが心ってのは耐性がある、極端な状態は維持できないようになってるんだ。だから恋もやがて冷める。冷静になれば今まで見えてこなかったものも見えて来る。今まで恋に酔って鈍麻してたから見過ごせたものも目について来る。そして相手の事が嫌になって一挙手一投足が気に入らなくなってしまい別の相手を探しだしてしまうってのは本当に良くある話だ。世の中の男女がいっつもくっついたり離れたりしてるのはそう言う訳さ。ありふれた話だろ?」


「確かにそうだね。だからこそ、怖いんだよ。いつか術が解けてみんなが僕の元から去って行くんじゃないかってね。そして、みんなが最近僕の事を心配しているのもわかってたよ。これは術が解けかかってる兆しなんだよ。クルポンの言う通り、どうやら心には耐性があるみたいだ。極端な状態は維持できない、僕への恋が冷めかけてるのさ」


コラスがグラスを煽る。


「もひとつありふれた話しをしてやろうか。そんな移り気でこらえ性の無い人族でも長く夫婦生活を維持している人達は沢山いる。今日、お邪魔したお婆ちゃんもそうだった。亡くなったお爺さんは死んでもお婆ちゃんの事を思い続けていた。お婆ちゃんはお金や贅沢よりもお爺さんとの生活が幸せだったと言っていた。これは恋じゃない。これを何と呼ぶのか、それは各自の判断に任せるけどもひとつ言えるのは強い絆は築けるって事だよ」


「君はそれを絆と呼ぶのかい?」


グラスを持ったコラスが上目遣いで俺を見る。


「絆は結果できたものだ。それを作り上げたのが何かは、当のお爺さんとお婆ちゃんでも言葉にするのは難しいんじゃないかな。長い時間をかけて築き上げたものって、言葉にするには重すぎるだろ?」


俺はコラスに言った。


「愛です、愛ですよエドさん。私はエドさんを愛していますから」


熱いまなざしでアーチャーが言う。


「ほら、言葉にすると軽くなっちゃうだろ?」


「ぷっ、せっかくジェニちゃんが勇気を振り絞って言ったのに酷くないクルポン?」


「酷くありませんし勇気も出していませんよ彼女は」


笑って俺にツッコミを入れるコラスに笑顔のヒューズが言う。


「そうだそうだ、こいつの言葉は軽すぎるんだ。もっと大事に使え。それからクルース、男女の仲に詳しいみたいだが、なんで彼女を作らないんだ?それだけ詳しければモテるだろ?」


リッツは隣にいるアーチャーからパタパタとかわいく叩かれながら笑う。


「モテるモテない論についてはちょっと言いたい事があってさ、俺は常々思うんだが魚釣りってあるだろ?水に竿を出さなきゃ魚は当然釣れない。これ当たり前。だけど、モテる事を竿を出さずして魚を釣る事だと勘違いしてる奴が多すぎると、俺は思うんだよ」


「お?これはまた随分と熱が入ってるな?聞かせてみろ」


リッツが俺の肩をバンっと叩き豪快に言う。

コラスは表情を見られたくないのかうつむき加減になっている。

そんなコラスを気遣ったんだろう、リッツの言葉に乗ったみんながそんなに言うなら聞かせて見なさいと俺を煽る。

いい仲間じゃないかよ、コラポン。


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