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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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思いにふける時もあるって素敵やん

俺とラインハートとヒューズはおばあちゃんの家を後にして、コラス達と合流するために待ち合わせの店へと向かった。

店はいつものミルク類が豊富な店だ。


「クルース氏はあれで良かったと思いますか?お婆ちゃんのお金、誰か信用のおける人に預けたほうが良かったのではないですか?」


待ち合わせ場所に向かう道でヒューズが俺に言った。


「そうだなあ、それも考えたけどあの婆ちゃんなら大丈夫だろ」


「どうしてそう思うのですか?」


「婆ちゃんにとって金よりも爺さんとの思い出の方が大切だからさ」


俺は答えた。

お婆ちゃんが気にしていたのは銀貨よりも手紙の方だった。

木箱は物置に突っ込んでいたが、手紙は最後まで大事に胸に抱いていた。

その気持ちがある限り大丈夫だろうと俺は思う。

そうした気持ちのあるある人は、周囲に同じような心根の人が集まるものだ。

実際、マスターホフスの所に依頼が来たきっかけも、一人暮らししているお婆ちゃんがいて男手がないから困ってる事があるので見てやって欲しいという親切な人の声からだ。


「クルース君は人の善意を信じているのですか?」


ラインハートが真面目な顔で俺を見て言う。


「さすがに俺もすべての人が善人だとは思ってないよ。だけど、世の中、悪い人間ばかりじゃあないさ。実際、あのお婆ちゃんは良い人だった。良い人の周りには良い人が集まるもんだ。だから俺らが心配してお婆ちゃんの知らない人に頼るより、身近な知り合いに助けて貰った方が良いだろう。まあ、さっきみたいにやたらと人にお金をあげるような事をしなければ大丈夫だと思うけどな」


「やっぱり人の善意を信じているのですね」


「人ってな弱い存在だ。婆ちゃんにも金は人を変えるって言ったが、金だけじゃあない。権力や異性を求める気持ち、称賛されたい気持ち、羨望のまなざしを受けたいって気持ち、腹が立った奴を痛めつけたいって気持ち、色んな欲求に抗えない人は本当に多い。人ってのは悪を持って生まれるんじゃないかと思うような事もあるけども、さっきのお婆ちゃんみたいな人に会うと世の中捨てたもんじゃないって思うじゃないか。そうは思わないか?」


「……あなたはエドアールに愛はお互いに思いあい与えあう解けない術だと言ったそうですね。人にそんな事が可能だと思いますか?」


「ちょっと脚色されてるけど、さっきの婆ちゃん見てたら、それを信じるのがただの夢想だとは言えないんじゃないか?少なくとも俺は可能だと思うけどな」


「なるほど、確かにジェニーとミーリーンの言う通りかも知れませんね」


ラインハートは眼鏡を上げて言う。


「でしたらラインハート嬢、彼には全てを?」


「まずはエドアールに合流してからでしょう」


ヒューズの言葉にラインハートが答える。


「なんだい?なにか問題があったのか?俺の考え方、おかしいかね?」


「おかしいと言えばおかしいですし、おかしくないと言えばおかしくはないです。いずれにしても、私は納得しました」


「何を納得したの?」


俺はラインハートに尋ねる。


「まずは合流してからです」


ラインハートはなにやら決意したような顔をして歩みを速めた。

何だかよくわからないが、今日はラインハートという有能秘書が組んだスケジュールをこなしたので疲れた。腹も減ったし喉も乾いたから早いとこ店に行きたいので俺も足を速めた。


「大丈夫なんでしょうか?」


「私は優先事項は常にエドアールです。あなたもそれに違いはありませんよね?」


「それはそうですが、リスクが高すぎます」


「エドアールの心の安定には変えられません」


「それはそうですが」


前を足早に歩くラインハートとヒューズが何やら話し合っている。

あんまり俺を置いてけぼりにしないで貰いたいなあ。ちょっと寂しくなるよ。

早歩きだが気分はトボトボといった感じで俺はふたりに着いて行く。

俺はさっきのラインハートの話しを思い返す。

ラインハートは人の心根について善意ありきなのかと問うた。

そして俺が自分の考えを述べた時、ラインハートはリッツとアーチャーが言ってた通りだと俺を評した。

そこで思い出すのはアーチャーの態度だ。

あの時、アーチャーはなぜか俺に感謝した。

その時に話していたのは長く続く夫婦の事だった。

あれは、別に夫婦に限った話しじゃあ、ない。

互いに尊重し思いやる事、そしてある程度のいい加減さも併せ持つ事。これは対人関係すべてにおいて、長続きさせるために必要な心持ちじゃないかと俺は考える。

俺は前世では色々あってここ十年ばかりは人と深くかかわり合いを待たないようにして生きていた。

現世でも異性と特別な仲にならないように生きているのはその名残りみたいなもんだ。

前世でも現世でも、俺は基本的には人間の事が好きではある。

色々な価値観、趣味を持った人と話をするのは好きだ。

職場でも人と話すのは好きだった。

だが、色々とあって人と深く関わる事はやめてしまった。

その色々とあった事について、自分の責任もあるし運が悪かったってのもあると思うが前世で俺が出した答えは、人と深く関わる事は自分には向いていなかった、というものだった。

何事にも向き不向きはある。

そう考えるとしっくりきた。

思い返してみれば前世の人間関係で家族も含めてまた会いたいと思うような人はいない。

もう二度と会いたくないと思う人なら多くいる有様だ。

俺が前世にまったく未練がなく、戻れたとしても戻る気がしないのはそうした理由もある。

前世と現世で何が違うのかと考える事がある。

魔法や魔物の存在ってのは勿論大きな違いだが、人間の中身については基本的にそれ程大きな違いはないと思う。

良い人も居れば悪い人も居る。

それはどこも変わらない。

文明の進化と幸福度について前世の高名な学者はこんな事を言っていた。

幸福は期待と条件の関係で決まる、と。

前世の哲学者たちは口をそろえて、欲する物を多く手にするよりも今ある物で満足する方が幸福だ、と言っている。

前世は人に期待を過剰に抱かせる社会だった。

パンドラの箱のエピソードでも、ありとあらゆる災厄の後、最後に出てきた希望が一番の災厄だと考える人もいる。

 人の脳には幸せを感じさせる化学物質があり、何かの条件を満たした時にそれが発生すると人は幸福感を感じる。

 そしてそれは永続しないようにできている。

 人の脳ってのは極端な幸福や不幸に耽溺し続ける事ができないようにできているのだ。

心に耐性があるってのはそういう事だ。

これは人を守るためのストッパーだ。

極端な幸福や不幸が永続的に続いてしまったら、人は消耗し死に至る事になる。

幸福ってのは自分の価値観によって随分変わるもんだ。

 前世でも自分が不幸だとは考えなかったが、現世の生活の方が楽しいのは言うまでもない。

俺の価値観が変化したのだろうか?

と、前でラインハートとヒューズが俺をほっぽって何やら話し込んでいるようなので、つい自分の世界に入り込んでしまった。

人を信じる、か。

俺は偉そうな事を言えるような人間じゃないんだけどなあ。

マジでこっちの世界に来て出会いに恵まれたと思うし。

まあ、あれだな。

中身年齢五十路の俺でもこんななんだから、若者たちはもっともっと悩むだろう。

コラス達が何に悩んでるのか知らないが、話の内容からして人間関係で悩んでいるようだ。

だったら、ここは中身オジサンの俺がちょっと話を聞いてあげましょうかね。

そんな事を考えながら集合場所の店に着き、コラス達と合流して一杯飲み食事も運ばれテーブルの上が賑やかになった時、コラスが口を開いた。


「君に話しておきたい事がある。僕たちの事なんだ」


「お?なんだ真面目な顔をして。なんでも聞くぞ?」


いつものヘラヘラした顔ではなく真剣な表情のコラス。

僕たちって事はこのグループ内での人間関係についてか。

うーむ、女性三人に男ふたりだもんな、恋愛関係の拗れなら面倒だがせっかく若者が真剣に話そうってんだ、なんでも受け止めちゃるぞい。

なんでもオジサンに話してみなさい。


「僕たちはね、ヴァンピールなんだ」


コラスは真剣な表情で俺に言う。

はい?

ヴァンピール?三角関係の聞き間違いじゃなくって?

サンカクヴァンカクヴァンピル?

俺は混乱するのだった。


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