お婆ちゃんの望みって素敵やん
「ほら、これちょっと見てみなよ」
俺は外した二枚の引き戸を並べてラインハートに見せる。
「別に異常は見受けられませんが」
引戸をマジマジと観察し言うラインハート。
「だろ?別に歪んじゃいないし破損個所も無いし、片べりしてもいない。つまり、こいつには問題がないという事だ」
「それでは床か天井に歪みがあるって事ではないのですか?」
「その通り。こっちのトビラを見てくれ」
俺は引き戸から直角に隣接する開き戸を開けて見せる。
「これは上の蝶番のネジ穴がバカになっちゃってるんだが、その理由は元々トビラが固くて力を入れ開閉していたからだと思われる。ほら、ここを見てくれこすれた跡があるだろ?」
俺はトビラが接触する天井部の枠を指差し言う。
「確かにそうですね」
「これは天井部が下がって来てるせいだと思う。こっちの引き戸が渋いのもそのせいだろうな」
俺は直角に隣接する外した引き戸のレール部分を指差して言う。
「という事は?」
ラインハートが目を輝かせて俺に顔を近づける。
「この上に何かがあるってことじゃないのか?」
「天井を歪ませるほどの重さを持った何かが、ですね?」
ラインハートは嬉しそうに笑って言う。
「これはお婆ちゃんと一緒に確かめなきゃだろ?」
「そうと決まれば脚立ですね。お婆さん、脚立ありますかー?」
ラインハートが台所へ向かう。
台所で問答する気配がし、しばらくするとラインハートと脚立を担いだヒューズ、そして家主のお婆ちゃんがやって来た。
「どうしたんだい?天井裏に何かがあるかもしれないって?アライグマでも住んでるのかい?だったら早いとこ追い出さないとフンだらけになって大変だねえ」
お婆ちゃんが俺に言う。
「いや、生き物の気配はないですから大丈夫ですよ。恐らく、天井裏には亡くなられたお爺さんがお婆さんのために残した何かが隠されているのではないかと思うんですよ。一緒に確認して貰えますか?」
「あら~、そうなの?お爺さんからは何も聞いてないけど、何かしらねえ~?大工道具かしら?」
お婆ちゃんはのんきに言うが大工道具ではないと思う。
「それじゃあ、確認しますね」
俺はヒューズから脚立を受け取り引き戸と開き戸が直角に隣接する壁の近くに設置する。
脚立を上り天井を軽く押すと上に板がズレる。
俺は板をスライドさせて上体を天井裏に潜り込ませる。
「何かありましたか?」
ラインハートが声をかける。
俺はライトの魔法を使い天井裏を照らす。
「ああ、あったよ」
俺の目の前にあったのは大きなズタ袋とミカン箱サイズの木箱が三つだった。
天井を壊さないように梁の上に置いてあるが、重さで梁が歪み下にあるトビラの開閉に支障をきたしたのだろう。
「降ろすから受け取ってくれ」
「心得ました」
ヒューズが答えてくれたので俺は木箱から降ろしてヒューズに手渡す。
「結構重いから気を付けてくれよ」
「うっ、本当に重たいですね」
受け取ったヒューズが声を出す。
「これと同じのがふたつと、後は、ズタ袋がひとつあるな」
「どんどん降ろして下さい!」
ラインハートが興奮気味に言う。
「あいよ」
俺は天井裏にあったものを次々降ろしヒューズに手渡した。
「さてと、これで全部だな」
最後にズタ袋をヒューズに手渡した俺は元あったように天井の板を戻し脚立を降りる。
「あらあら、なんだか凄いわねえ。埃だらけじゃないの、ちょっと待っていてね」
お婆ちゃんはそう言うとトットコ歩いて台所に行き、水の入ったバケツと雑巾を持って戻って来た。
「ちゃんと拭かないと部屋中埃だらけになっちゃうわー」
この状態で心配するのは部屋の埃とは肝が据わってるんだかトンチンカンなんだか。
お婆ちゃんが木箱を水拭きするので俺達もそれを手伝う事にする。
「さあて、これでキレイになったわねえ。じゃあ、これをどこにしまいましょうか?また天井にしまうんじゃ手間でしょ?このままじゃ邪魔でしょうがないし困ったねえ」
「天井に戻したらまたトビラの建て付けが悪くってそうじゃなくってお婆ちゃん!これはきっとお爺さんがお婆ちゃんのために残してくれた物ですよ!開けて確かめなくっちゃ!」
ラインハートがお婆ちゃんに迫って言う。いや、ちょっと興奮しすぎだって。
「そうかい?お爺さんがねえ?何を残してくれたんでしょうねえ?重そうだったから、良い材木とか釘とかかしらねえ?」
「早くお婆ちゃん!早く開けて下さいって!」
「まあまあラインハートさん、そんなに急かさないで」
おっとりしたお婆ちゃんに業を煮やすラインハート。俺は思わずたしなめてしまう。
「失礼しました」
ラインハートは顔を赤くして眼鏡を直す。
「おやおやクルース氏、なかなかやりますねえ。ラインハート嬢にこんな顔をさせるだなんて」
「お褒めに預かり光栄ですだ」
良くわからない褒め方をするヒューズに俺は軽い冗談で返す。
「固くて開かないよう。ドワイトちゃん、開けておくれよ」
「お任せ下さいマダム」
お婆ちゃんに言われて優雅な仕草で木箱に手をやるヒューズ。いや、ドワイトちゃんって。いつの間にそんな仲良しになった?さっきお茶飲んでる間にか?ヒューズの奴、恐るべしだな。これがモテるって事なんだろうな。
「開きましたよマダム」
ヒューズは手際よく木箱の蓋を開ける。
木箱の中身は布で覆いがしてある。
「お婆ちゃん、中を見てみて下さい」
ラインハートが熱のこもった口調でお婆ちゃんに言う。
「はいはい、お爺さんの残した物ってなんでしょうねえ」
お婆ちゃんはのんびりした口調で布をめくる。
「うわぁ」
「おやおや」
「あらあら、凄いわねえ」
ラインハート、ヒューズ、お婆ちゃんが声を上げる。
お婆ちゃんが布をめくり見えたのはぎっしり詰まった光輝く銀貨だった。
「これはバッグゼッド銀貨ですね。最近は紙幣が一般的になってるので珍しいですよ」
俺はお婆ちゃんに言う。
「どの位の価値があるのです?」
「これだけあれば、そうだなあ、贅沢しなければ働かないで一生暮らせるくらいじゃないかな。まあ俺も専門家じゃないから詳しい事はわからないし、一気に全部換金しようとすれば話が変わって来るかもしれないけども」
俺はラインハートに答える。
「やりましたねマダム。念願だった部屋のカーテンを新調できますよ」
ヒューズがお婆ちゃんに言う。お茶飲みながら何の話をしとったんじゃい。
「う~ん、これを衛兵さんに持って行くとなると骨が折れそうだねえ。ドワイトちゃん、手伝ってくれるかい?」
「何を言ってるんですマダム?」
お婆ちゃんに言われてヒューズがポカンとする。
「何ってドワイトちゃん。見知らぬお金が見つかったんだもの、衛兵さんに届けないとダメでしょ?」
「お婆ちゃん!これはお婆ちゃんの物ですよ!お爺さんが残してくれたに違いないんですから!」
「でもねえ、お爺さんには何も聞いてないしねえ。やっぱり知らないお金は届けないと」
「お婆ちゃん!」
もじもじとするお婆ちゃんにラインハートが詰め寄るように言う。
「ふたりとも、ちょっと待って。こっちの袋の中身も見てみようよ」
俺はふたりに、特に興奮気味のラインハートにそう言いズタ袋の中身を床に出す。
「なんです?これ」
床に転がったのは皮手袋、鎖で編み込まれたチョッキ、使いこまれた棍棒、紙の束、そして一枚の封筒だった。
「わからないが、この封筒に手紙が入ってるようだな。お婆ちゃん、どうぞ」
俺は床に落ちた封筒を取りお婆ちゃんに手渡した。
「最近、目がかすんじゃってねえ。ドワイトちゃん、代わりに読んでくれないかい?」
「良いのですかマダム?」
ヒューズは短く聞きお婆ちゃんはしっかりと頷いた。
「それでは読ませて頂きます。……これを読んでいるという事はワシは死に婆さんはワシの言った事を覚えていてくれたという事だな。ワシが死んだら天井裏を見ろと何度も言ったが、お前はワシの方が長生きすると取り合わなかったな。真面目に聞いてもらえず心配ではあるが、こうして読んでくれているという事は真面目に聞いていてくれたんだな……マダム?忘れていたのですか?」
手紙を読んでいる途中でヒューズが尋ねる。
「やだよう、覚えていたよう。お爺さんは死んだら天井を見てくれと良く言ってたからね。お爺さんが直した天井を見て思い出して欲しいって事だと思って、毎日あそこをみてお爺さんに話しかけてますよう」
お婆ちゃんは俺がずらした天井の板を指差して言う。
「どうやらそういう意味ではなかったようですね」
「あらまあ、そうなのかい?良くお爺さんはあそこに昇ってたから、てっきりそうなのかと思ったわあ」
ドワイトに言われて呑気に答えるお婆ちゃん。
「……続きを読みますね。この手紙を書いた理由はふたつ、ひとつはワシが貯めたお金を慎重に使って貰うため。今一つは、謝罪のためだ。今の今まで話せずにいた事を謝りたい。だが、それはお前を危険に巻き込まないため、お前に入らぬ心配をかけぬためだという事は承知して欲しいと思う。ワシの仕事は大工ではない。もしかしたら薄々気付いておったかもしれんな。ワシの本当の仕事は後始末屋だ。簡単に言えばお金持ちの抱えるトラブルを解決する仕事だ。この袋に入っているのはワシの商売道具だ。これを見ればどうやってトラブルを解決していたのかわかって貰えると思う。この仕事で怖いのはトラブル解決の際に伴う危険よりも、金持ちのトラブルを知ってしまう事だ。トラブルが解決すれば邪魔なのはそれを知っているワシだという事になる。特に、贅沢な暮らしをしていると目をつけられやすい。贅沢な暮らしには金がかかる。金がかかれば金に執着が生まれる。秘密を知られた金持ちは金に執着する者に知られて放っておくことは無い。それで消された同業を幾人も知っているワシは、金を残し質素な暮らしを続けた。婆さんには贅沢させられんで申し訳なかったと思ってるが、そうした理由があったからだと許して欲しい……」
ヒューズは一旦言葉を止め、お婆ちゃんを見る。
「バカだねえ。贅沢なんて望んでなかったわよう、楽しいのが一番なの。楽しかったわよう、お爺さんとの生活は」
お婆ちゃんは何かを思い出すようにしみじみと言う。
「……お前ならきっと、バカねと笑うだろうがそれだけが心残りだったんだ。そこで、ふたつ目の心配事だ。ここに残したお金は全部婆さん、お前のものだ。好きに使うと良い。だが、急に暮らしぶりを派手に変えてはいけないよ。金持ちというのは猜疑心が強く臆病だからね。少しづつ換金して使うんだよ、一気に換金すればどうしても目立つし足元を見られるからね。袋に入っている紙束には、危険度の高かった仕事の詳細がかかれている。ワシが死んで身に危険を感じたならばこれを持って衛兵所に駆けこむと良い。そんな事はなかったのなら一緒に入っている道具と共に燃やしてくれて構わない。この道具も自分で処分すれば良かったのだが、どうも愛着が湧いてしまったようだ。お願いばかりで済まないが、最後の我がままと思って聞いてもらえればと思う。最後になるが、婆さんのおかげで楽しい人生だった。婆さんはワシのヤドリギだ。婆さんが居なければ、ワシは羽を休める事ができずに地面に落ちていただろう。長い間、一緒にいてくれてありがとう……以上です」
ヒューズは微妙に震える声でそう言った。
俺も、思わず胸が熱くなり目がにじむ。
ラインハートもうつむき加減で鼻をすすっている。
「バカだねえお爺さんったら、感謝してるのは私の方ですよう。ありがとうねえドワイトちゃん。それじゃあ、これを元の場所に戻して貰おうかしらねえ」
「えっ?」
優雅な仕草が板についてるヒューズだが、これにはさすがに驚いたようだ。
「ちょっと待って下さいお婆ちゃん!これはお爺さんがお婆ちゃんのためにって残してくれたお金なんですよ!」
「でもねえ、お金の使い道なんて今更、浮かばないし。持っていても仕方ないからねえ。あっ!でもそうだねえ、ホフスさんのとこにはいつもお世話になってるから、これひと箱持って行って頂戴な、ね?」
「ひと箱って野菜じゃないんだからお婆ちゃん。はいそうですかって貰える額じゃあないですよ」
俺はお婆ちゃんに言う。
「困ったねえ。どうしたらいいかねえ?」
お婆ちゃんはヒューズを見て首をかしげる。
「どうしたら良いかと言われましても。何か欲しい物はないのですか?食べたい物や行ってみたい場所はないのですかマダム?」
「そうだねえ、だったらお爺さんの生まれ育った町に行ってみたいねえ。お爺さんもいつか帰りたいって言ってたからねえ」
「それは良い考えですね。それでお爺さんの故郷にヤドリギを植えるのは如何ですかマダム?」
「あら、ドワイトちゃん冴えてるわ~。それ、いいわ、そうしましょう。それで、植えた木の根元にこれを埋めてあげましょうかねえ。それで誰かが何か言って来たら、お爺さんが墓まで持って行ったって言えばいいわあ」
お婆ちゃんはズタ袋に入っていた紙束を手に持ちにっこりと笑った。
さすがモテ男ヒューズ、ロマンチックな提案しよるよ。
「確かに、そんなおっかない物は手元に置いとかない方が良さそうですね。どう思いますクルース君?」
ラインハートが俺を見る。
「そうだねえ。お婆ちゃん、お爺さん亡くなってから変な連中って来た事ある?」
「いやあ、見た事ないねえ」
「んじゃ、今更気にしない方がいいかもね。下手にその紙束をどこかに預けたりするよりお婆ちゃんしか知らない場所に埋めちゃったほうが後腐れなくていいんんじゃないかな?」
俺の言葉にラインハートが頷く。
「そしたらお婆ちゃん、後はこれですね」
「うーん、こんなにお金があってもねえ。私もまだまだ身体が動くうちは働きたいからねえ」
木箱を指差すラインハートに答えるお婆ちゃん。ホントに欲のない人だが、お爺さんの警告に従うならそのくらいの方がいいだろうな。
「そうは言ってもせっかくお爺さんがお婆ちゃんのために残したものだからねえ。無碍にするのもあれだし、とりあえず取っておきなよ」
「う~ん、そう言われればそうかもねえ」
俺の言葉にお婆ちゃんはなんとか納得してくれたようだ。
金絡みで強欲な人説得するのも大変だが、無欲な人の説得ってのも大変なんだな。初めて知ったよ。
そんな訳で俺たちは木箱をお婆ちゃんの指示で物置にしまうと、元々の依頼に戻るのだった。
俺はバカになったネジ穴に爪楊枝をぶち込んで接着剤を充てんし、でっぱった爪楊枝をカットする。
その間にヒューズは木材を歪んだトビラの枠にあてがい、ハンマーでコンコンと小刻みに叩き歪みを矯正しては引き戸をハメてスライドさせるを繰り返す。
「おーいヒューズ。これをスライド部に塗ってみ」
俺は接着剤が固まるのを待つ間に道具箱を漁り発見したロウソクをヒューズに手渡す。
「どうも」
ヒューズはそれを受け取ると引き戸のレール溝に丹念に塗り始める。
その姿も絵になるのはどういう事だ?
色男はなにをやっても様になるってか?
バカになったネジ穴にぶち込んだ接着剤が硬化したら、後は普通にネジを締めてやれば完成だ。
俺が補修していた開き戸の枠はラインハートがコツコツと叩き歪みを直してくれていたので、取り付けて開け閉めしてみたら実にスムーズに動いた。
「はい、これにて一件落着でございます」
俺はお婆ちゃんにトビラの開閉を実際にやって貰いながら言う。
「ありがとねえ。ホントに助かったよ」
「いえいえ、どって事ございませんよ」
俺は良い、ラインハートとヒューズもうんうんと頷く。
「ホントに助かったからね、これ気持ちだから取っておいて」
お婆ちゃんはそう言って小袋を俺達に寄こす。
俺は嫌な予感がしながら小袋を受け取り中身を見る。
そこには銀貨が詰まっていた。
「だからお婆ちゃん、ダメだって。こう言う事しちゃ。派手にやっちゃダメだよってお爺さんも言ってたでしょ?」
俺はお婆ちゃんに小袋を返しながら言う。
「でもねえ、お世話になったからねえ、感謝の気持ちなんだけど」
「今度、お婆ちゃんが作ったお菓子食べさせて。得意なんでしょ?」
「そりゃあもう、評判いいのよう」
お婆ちゃんは満面の笑みで答える。
「じゃあ、お菓子楽しみにしてるからね。お金ってのは人をおかしくしちゃうから、あげるにしても相手を選ばないとダメよ?相手のためにならないから、ね?」
「そう言われればそうかもねえ。裏のおじさんも豆の取り引きで大儲けしてから悪い連中と付き合うようになったって、お爺さん言ってたものねえ。わかったわあ、気を付けるわねえ」
俺はお婆ちゃんの話を聞いて、心根の良い人が金に縁がないのはなぜか少しだけわかったような気がしたのだった。




