共に働いてみればって素敵やん
さて、ハワード一家の夕食会に招かれた翌日の放課後。
いつものようにマスターホフスの所に行くと待っていたのは留学生達フルメンバーだった。
割り当てられた仕事をこなすのに、どういう訳か俺とレイア・ラインハート、ドワイト・ヒューズの三人で班を組むようマスターホフスに言いつけられた俺。
「さあ、早くしないとこなせませんよ」
「モタモタしないでくれたまえクルース君。私はモタモタしてるのが一番嫌いなんだよ」
有能な秘書のように言うラインハートと優雅に腕組みをして俺を急かすヒューズ。
そんなわけでこの状況ってわけだ。
「ちゅーか君達、どうしてこの活動に参加したんだい?これってぶっちゃけただのタダ働きだよ?」
「そんな事はわかっています」
早歩きをしながら言うラインハート。
「ただのタダ働きって、あまり美しくない言葉遣いだねえ」
ヒューズが前髪をさらりと払いながら言う。
ううむ、俺、このふたりと上手くやっていけるのだろうか?
俺の不安をよそにラインハートの組んだ順番でやった仕事は非常に効率的だった。
ヒューズも実際に働いてみれば文句も言わずテキパキと動くしで、なんだかんだで仕事はいたってスムーズに進んだ。
スムーズに進めば進んだで、このふたりとも特に会話をする機会もなくなんとなく気まずい空気をはらんだまま時間は過ぎていく。
ラインハートは非常に事務的だしヒューズは我が道を行くタイプだし、ううむこりゃどうしたもんか。
「いつも悪いわねえ」
次の仕事はひとり暮らしのお婆ちゃんの家の修繕だ。
お婆ちゃんがにこやかに出迎えてくれる。
「いやいや、今日はどうしました?」
「トビラの立て付けが悪くなっちゃってねえ」
「それじゃあ、ちょいと見てみましょうか」
俺達はお婆ちゃんの案内で家の中に入った。
「ここと、ここなんだけどねえ」
お婆ちゃんは隣接する二か所のトビラを指差した。
一か所は引き戸でもう一か所は開き戸だった。
「ああ、確かにこれは渋いですね」
俺はふたつのトビラを開け閉めして見る。
引き戸のほうは開け始めは軽いのだが途中からかなりの抵抗があり、開き戸は閉める時に少し持ち上げ気味にしないと引っ掛かって閉まらない。
引き戸の蝶番を見ると上の方のネジが浮いてトビラが傾いている。
お婆ちゃんが用意してくれた道具箱からねじ回しを取り出し増し締めするがスカスカになっていて締まらない。
「引き戸の方は一旦外して軽く削れば大丈夫そうだけど、こっちの方はネジ穴がバカになっちゃってるぽいねえ」
「どうだい?無理そうかい?」
「う~ん、そうだねえ」
俺は道具箱を漁る。
「おっ?いいものあるじゃないの。これがあれば大丈夫だよ」
俺は道具箱にあったチューブを見せる。
木工用の接着剤だ。
「後、爪楊枝あるかな?」
「それならあるわよー」
お婆ちゃんが台所に向かい爪楊枝を持ってくる。
「ありがと。しかしこの道具箱、きちんと整理されてるし道具もピカピカだし凄いねえ」
俺は爪楊枝を受け取りながらお婆ちゃんに言う。
「死んだお爺さんが好きだったからねえそういうの」
「そっかあ、真面目でキチンとした人だったんだねえ」
「そうなのよお、真面目を絵にかいたような人でねえ」
お婆ちゃんは穏やかに笑った。
家の中はこまめに掃除されており小綺麗ではあるが、家具はかなりくたびれているし物が極端に少ない。
まあ、元々何でもやります隊に依頼して来るのは生活が楽ではない人が多い訳だが、それにしてもこの婆ちゃんの生活はだいぶ苦しそうだ。
この道具箱に並んでいる道具はかなり高価な物に見えるのに不思議だ。
「お爺さんは何の仕事をしてたんですか?」
俺は道具箱に入っていた接着剤の蓋をねじって尋ねる。
使いさしなら中身は使えないかもと思ったが新品だった。
良い道具を揃えているのに接着剤は新品か。
「大工よー。その道具箱を持って毎日出かけてたわー」
お婆ちゃんがのんびりした口調で言う。
毎日使っていた商売道具だって?
俺は道具箱の中にある物を改めて見る。
どれもこれも新品同様ピカピカである。
職人さんの道具箱ってのは幾度か見た事があるが、使いこまれた道具には独特の美しさがあった。
プロの愛用品からは、まさに使い手の手の延長とでも言えるような使い込まれっぷりと、どれだけの時間その作業に費やしたんだろうかと見入ってしまうような貫録が感じられるものだ。
例えば握りの木が持ち手の形にへこんでいたり、金槌などの打撃面の金属が打ち延ばされ鈍い輝きを放っていたりして素人が見ても味があるなと感心させられるもんだ。
ところがどっこい、この道具箱に入ってる道具たちにはそれがまったくない。
と言うよりもほぼ使われた形跡がない。
「この道具って、お爺さんが亡くなられる直前に買い替えられたりしました?」
俺は見ていた道具を箱にしまい、建て付けの悪い引き戸に手をやりながら尋ねる。
「いいや、買い替えたりはしてなかったねえ」
「どうしたと言うんです?」
お婆ちゃんののんびりした答えに続いて、ラインハートが眼鏡を直しながら俺に尋ねる。
「いやね、ちょっと気になってさ。道具箱の道具があんまりキレイだからさ」
俺は外した引戸を立てかけながら言う。
「プロは道具を大切に扱うものですから、それは当然でしょう」
「扱った形跡すらない場合は?」
「どういう事ですか?」
「道具箱の中身がほぼ新品ってのはどう説明がつくと思う?」
俺はラインハートに小声で尋ねる。
お婆ちゃんは台所でヒューズとお茶を飲んで楽しそうに話をしている。
ヒューズの奴、サボってんじゃねーぞと言いたい所だが、今はナイスタイミングと褒めてやろう。
この話でお婆ちゃんを不安にはさせたくないからな。
俺の言葉を聞いてラインハートは道具箱の中身を精査する。
「接着剤も新品で開けてみたらまだ使える状態だったよ」
俺は接着剤を手に取り蓋を開けるラインハートに言う。
「確かにおかしいですね」
「お爺さんはこの道具を持って毎日出かけていたってお婆ちゃんは言ってたろ?」
「ええ、そう言ってましたね」
「道具の選び方や収納の仕方からしても持ち主のお爺さんは、お婆ちゃんが言ってた通り真面目な人物だった事が伺える。そんな真面目なお爺さんが毎日働いていてこの暮らし向きってのはどう思う?」
俺は室内を見渡して言った。
「マスターホフスの話しでは、お婆ちゃんはお菓子作りが上手でおじいさんがご存命の時からずっとお菓子を作ってそれを売り生計を立てているのだそうです」
「だったら尚更おかしいよなあ」
「確かにそうですが、これはあまり深堀りしない方が良い問題ではないでしょうか?」
ラインハートが眼鏡を上げ声のトーンを落として言う。
恐らくラインハートの脳裏によぎったのは、お爺さんが外に別の家族を作っていたなどのお婆ちゃんに対する裏切り行為をしていたのではないかという事だろう。
「言いたい事はわかるが、俺はその可能性は低いんじゃないかって思ってる。この道具箱をキレイに保管していた事やお爺さんの事を語る時の顔からして、お婆ちゃんは今でもお爺さんの事を大切に思ってる事が伺い知れる」
「気づいていなかった可能性もありますよ」
「長く連れ添えばそれくらいの事はわかるもんだ。特に女性はその辺の嗅覚が優れている人が多いし、逆に男性は裏切りを隠し続ける事が下手な傾向がある。ま、一般的にって話だけどね」
「つまりあなたはお爺さんが抱える秘密はお婆さんを傷つけるものではないと、そう考えているのですね?」
「ああ、事によるとお爺さんは秘密にするつもりもなかったのかも知れない」
俺はもう一枚の引き戸を外しながらラインハートに言う。
「面白いですね。どういう事なのか詳しくお聞かせください」
ラインハートが興味深げな笑みを浮かべる。
お?こういうのお好きなタイプ?
俺も好きよ。




