しばしのご歓談って素敵やん
「ねえねえパパ。だったら他の国はどうしてるの?」
「そうだね、例えば……」
ハワードと夫人は交互に質問をしギャビン氏はそれに優しく答えている。
これはハワードにとっては良い社会の勉強になるだろうし、夫人にとっても社交界で知的な会話のタネになるはずだ。会話の内容が醜聞ばかりだと自然、周囲にそうした人間ばかりが集まり自分も醜聞の元になってしまいがちだが、こうした内容であれば集まる人間の質も変わって来るはずだ。
なんなら慈善活動に熱心で知られるセレブ達なら社会の動きにもアンテナを張っているだろうから、こうした話の方が受けが良い可能性もある。
「なんか凄いねクルポン。君ってホントに商会主だったんだねえ。てっきり君は腕自慢冒険者の人だと思ってたよ」
コラスが俺に言う。
「俺が腕っぷしを自慢した事なんて一度もないだろうが。つーか、自慢できるような腕っぷしじゃないからな俺は」
「そりゃああれかい?私のパンチが蚊に刺された程度だってアピールか?だったらもう少し力を入れていこうか?」
「なんでそうなるの?やめてちょーだい」
ジョッキでミルクを煽るリッツに俺は言う。ちゅーか、いつの間にそんなもん頼んだの?よく見りゃ、コラスとアーチャーもジョッキミルクだし。
こいつら、どれだけミルク好きなん?
「クルース君はなぜそんなに色々と知っているのですか?授業の態度もあまり真面目には見えないのですが?」
アーチャーが言う。
「え?そんなに不真面目かね?だったら改めないといけないな」
「別に皆さん面白がってますので改めなくてもよろしいかと。ではなくてですね、なぜそんなに色々と知っているのかと問うているのです」
「いやあ、そういう国もあったって話しでねえ。色んな国を見て来たってのと、そんな話が好きだからって感じ?別に色んなことを知ってるって程じゃないよ、知ってる事は偏ってるしね」
俺は肩をすくめる。
「もしかしてあなたは……」
「いや、それは違う。彼は純粋な人族だ、それはアルスさんも言っていた」
急に鋭い目つきになったアーチャーにコラスが口を挟む。
「なんだかわかんないけど、俺は普通の人間だよ。何の変哲もないごくごく平凡なね。まあ、ちょっとばかり人より魔力を貯め込めるトコはあるけど、それでも普通の人だから仲良くしてくれよな」
俺は冗談交じりにそう言った。
アーチャーは俺を得たいの知れない物でも見るような目で見る。
なして?なしてそんな目をするの?
「そう言えば、君達ってアルスちゃんと仲良いみたいだけど」
「仲が良いなんてとんでもない。あのお方は…」
「こーら、ジェニちゃん」
「……申し訳ありません」
何かを言いかけてコラスにたしなめられたアーチャーは静かに謝罪した。なになに?なんなのこれ?
「ごめんねクルポン。もうちょっと仲良しになったらクルポンにもお話しできるかも知れないけど、今はごめんね」
「いや、別にいいんだ。親しき中にも礼儀ありって言うしな、例え家族でも言わなくていい事ってのはある。なんでも包み隠さず言うってのはなにも良い事ばかりじゃないさ。あえて見せなくてもいい事だってある。それくらいの事は俺だってわかってるよ」
俺は肩をすくめて言う。
実際、なんでもかんでも見せりゃあいいってもんじゃーない。排泄や嘔吐している所はわざわざ人に見せるもんじゃないし、親しい証に見てくれと言われても困る。
まあ、そういう性癖ならば否定はしないが自分はそうした嗜みはないので勘弁して下さいと言うばかりだ。
兎に角、なんでも見せ合うのが最上の関係だと言うのは非常に稚拙な見解だと俺は思う。
知らぬが仏なんて言葉もあるし、結婚前は両目を開けて相手を見て結婚したら片目を閉じて見なさいなんて言葉もある。この言葉をもじって目を大きく閉じなさいという言葉、アイズワイドシャットなんて言葉があるほどポピュラーな表現でもある。
見ようとすればするほど疑心暗鬼になり不安が増大するなんて事は、生きていればちょくちょく出会う事だ。
「ほら、これだよクルポンの美しい所は」
コラスが冗談だがなんだかよくわかん事を言って俺を熱い目で見る。
「やめてくれって、これでも地味顔ジミーで通ってるんだから」
「エドさんは顔の造作の事を言ってるんじゃないですわ」
「当然そんな事はクルースもわかってるさ。クルース流の受け流しだろ?な?」
俺の言葉にアーチャーが反応しリッツが解説をする。
「改めて説明されると恥ずかしさが増すよ」
俺は肩をすくめてリッツに言う。
「まったく、ミーリーンまで。どうやってたらし込んだんですかあなたは?女性を魅了する技を身に着けている様にも見えませんが?」
アーチャーが俺を見る。
「そんな技あっても絶対使わないね。おっそろしい」
俺は肩をすくめてワインを飲む。
「何が恐ろしいんですの?男性ならば誰もが欲しがる技でしょうに」
「考えてみなよ?そんな技で魅了してそれが解けた時にどうなると思う?絶対に恨まれるよ?下手すれば殺意を抱かれるね」
俺は不思議そうに言うアーチャーで答える。
「もし、一生涯解けなかったら?」
コラスが意味ありげな表情で俺を見る。
「そんな術はありえないね。術というのは消費される力だから必ず減少し、いずれ消える。それが人の思考に影響を及ぼすもの、惑わしの術なんかだと維持させる条件はもっと難しくなる。例えば、俺がコラポンに存在しない架空の人物を見せ続ける術をかけたとしよう。俺がその術を定期的にかけ続けたとしても、お前が何もない場所に話しかけているのを奇妙に思った他の人がその事実をお前に告げる事を続ければ、それは疑念となり術の解ける原因になる。他にもお前が架空の人物に疑念を覚えるような状況、視線の方向が壁の中や水の上、火の上や空中などにあった時に見えたり、もっと露骨な情報、つまりそれがどういう仕組みの術により作られた物なのか解説する書を読むなどすればあっという間に薄まり解けてしまう。それに人の心ってのは耐性があるんだよ」
「耐性?毒に強くなるみたいな、あれか?」
リッツが興味深そうに聞く。
「そうだ。例えば熱烈な恋をしたとする。この相手のためなら命も捧げられるって程のね。でも、その気持ちは永遠に続くものじゃない。どんな幸せな状況、満たされた状況でも人は慣れてしまいもっと沢山、もっと別の物をと求めてしまう。それはまるである種の薬物の様でね、最初に摂取した量じゃ効かなくなってきてもっともっとと増やすうちに致死量になって死んでしまう」
「人は愛を求め続けても死ぬと、そう言うのですか?」
アーチャーが厳しい表情で聞く。
気付くとギャビン氏と夫人もこちらの話に耳を傾けている。
「それは愛じゃあないと俺は思うけどね。例えばある種の薬物で得られる快楽ってのは果たして幸福なのかって話でね。ある種の薬物は使用した時の強い快楽とやめた時に感じる強い苦痛から人は逃れられなくなってしまい、その魅力に囚われてしまった人はそれを手に入れるために何でもするようになってしまう。それをやめさせようとしてくれる人、それは恐らくその人のことを大切に思ってくれる人で本来ならば何にも代えがたい大事な存在だろうと思う。だが依存している人は薬物を手に入れるためにそうした人を裏切り続ける。そうして自分の事を大切に思う人はどんどん消え、周囲にいるのは同じような依存者と薬の売り手だけになってしまう。これは幸福と言えるのかって事でね。本当に自分の事を大切に思ってくれる人を裏切ってまで求め続けるものは、果たして愛と言えるのかってね。さっきも言ったが人の心ってのは耐性がある、つまりどんな状況でも慣れるんだよ。よって解けない術はないと言える訳だ」
俺は言った。
「それでも実際に解けていない術があるとしたら?」
コラスが俺に尋ねる。
「それは片方だけの力じゃないって事だろうな」
「どういう意味だい?」
コラスの目に真剣なものが宿る。
だったら俺も真剣にお答えしようじゃないか。
「年をとっても幸せに暮らしている夫婦ってのはいる。そうした夫婦に言える事はお互いがその関係を維持しようと努力しているって事だ。どちらか一方が受けるだけ与えるだけではない、お互いが相手の事を思いやり与える事をやめないのさ」
「片方が与える物がとても大きいのなら、それは片方の努力で成立するんじゃない?」
コラスが言う。
「いや、それでは成立しないね。さっきも言ったように人の心には耐性がある。どれだけ凄い力、財力、地位があろうと必ず慣れて不満は出る。もっと言えば互いに思いやり与える事をやめない夫婦でも、不満は必ず発生するのさ」
「では、どうやって維持しているんだい?」
「それは夫婦によって色々とやり方があるだろうな。ある夫婦はこんな事を言ってたよ、ケンカになった時に自分が悪くなくても謝る事が秘訣だってね。それを夫も妻も言っていたのは面白かったけどね」
「ふふふ」
「あらあら」
ギャビン氏と夫人が笑う。
「まあ、自分みたいな若造が言うのもあれですが、なんとなく思ったのは相手を尊重するって事ですかねえ。相手の事を決めつけず、自分にはわからない思いがあるんだろうなと斟酌する事。後は、ちょうど良いいい加減さですかねえ。幸せが長く続いてる夫婦に共通して見られるのは、そうした所なのかなあなんて思いますねえ」
「丁度良いいい加減さか。私にはそれが足りなかったのかも知れんなあ」
ギャビン氏はそう言って夫人の肩に手をやった。
「ですってエドさん」
リッツがコラスに言う。
「……」
コラスは何とも言えない目をして俺を見る。
「クルース君、ありがとう」
「なんだなんだ?なんでアーチャーさんが俺に感謝するの?」
俺はポカンとなった。
「いいんですよ。ただこの感謝を受け取って下さい」
アーチャーは柔和な笑みを浮かべて俺にそう言うのだった。
まったく意味がわからん。
ギャビン氏が招いてくれた夕食はそうして和やかに過ぎ、俺達はお暇する事になった。
ギャビン氏と夫人は仲睦まじく寄り添い玄関まで見送ってくれる。
「ねえ、もう草むしり来ないの?」
ハワードが目をクリクリさせる。
「ああ、今日で終わったからね」
「ちぇっ」
ハワードがうつむいて言う。
「ファルブリングカレッジで今度、誰でも参加できる授業ってのをやる予定なんだよ。興味があったらおいでよ」
「えっ?僕もファルブリングカレッジに通えるの?」
ハワードの表情がぱぁーっと明るくなる。
「勿論、今行っている学校が優先だぞ?」
「わかってるさ!ねえパパ?いいでしょ?」
俺の言葉にハワードは喜んでギャビン氏の腕をつかんだ。
「近いうちに学園から発表があると思いますから、その時には是非いらして下さい。後、あまり知られていない話ですけど、学園内の売店や食堂は一般に開放もされてますので機会があれば是非ご利用ください」
困惑しているギャビン氏に俺は言のだった。
そうして俺達は帰路に着いたのだが、翌日俺はおかしな事になっていた。
「さあ、クルースさん。スケジュールが詰まっています。手早く済ませましょう」
「早くしたまえクルース君。ラインハート嬢を怒らせぬように頼むよ」
俺の前にいるのは手帳を見るレイア・ラインハートと肩をすくめるドワイト・ヒューズのふたりだった。
どうしてこうなったの?




