あなたにも聞かせたいって素敵やん
「エグバードは広いんだねえ」
「ええ、ですから地域によって価値観や習慣の違いも結構あるんですよ。北部は王都があり歴史が古く教育に関心が高いので、他の地域の人間は北部の人間はそれを鼻にかけていると言ったりしますし、南部は諸外国との交流が盛んでエグバードの経済基盤であると言われてますので、他の地域の人間は南部人をお金に汚い成金だなんて言ったりしますね」
「それで君はどちらの出身なんだね?」
「僕たちは王都の出身ですね。ちょっと鼻持ちならない所が出てはいないか心配です」
「はっはっはっは!そんな事はないさ。教養があるのが話していてわかるよ。なるほどねえ、わが国はエグバード王国とはあまり国交がなかったからね。これからより親しい関係を築ければ嬉しいよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると光栄ですよ」
「いやー、はっはっはっは」
「おほほほ、そんな光栄だなんて」
コラスの言葉にギャビン氏は嬉し気に笑ってワインを飲み、夫人は口元を押さえて微笑んだ。
う~ん、コラスの奴、エグバート代表としてバッグゼッドに送り込まれてきているからにはそれなりの誇りがあるだろうに、このへりくだり方はなんなんだ?
ギャビン氏や婦人に悪気はないのはわかるが、ちょっとコラスのエグバート話に対して珍奇な後進国の面白話を聞いているような空気が出てしまっていた。
私達に好意的であり良い人であるこのご夫婦だから、この程度で済んでいると考えるとバッグゼッド上級民のエグバードへの偏見ってのはちょいとおっかねーな。普通のバッグゼッド貴族の感覚って前世のモンド映画ばりかね?
そしてコラスの対応のそつのなさね。
アーチャーとリッツも全然気にしたそぶりもないし、不思議っちゃ不思議だ。
なんて考えていると、玄関口からなにやら騒がしい声が聞えて聞えてきた。
「……ります!ただいま来客中ですので、日をあらためて」
「うるさい!私以上に重要な客などおらん!いいから邪魔をするな!」
「ですが」
「邪魔だと言っておる!」
言い争うような声がして部屋のトビラが激しい勢いで開かれる。
「申し訳ございませんご主人様。お止めしたのですが」
「いいんだニーテ、下がって良いぞ」
憔悴した様子で言うお手伝いのニーテさんはギャビン氏から言われて静かに頭を下げて退室した。
「ハリス君!叔父上を説得できるのは君しかいないんだ!」
「随分と強引ですなバーデン卿。お客人をもてなしているのがわからないのですか?」
「客人?君のかね?それとも息子のかね?」
長身でがっちりした体躯、ボリュームのある金髪を七三分けにしたブルドックのような顔の中年男が俺達を一瞥する。見るからに傲慢そうな男だなあ。
ギャビン氏がバーデン卿と呼んでいた所を見ると、これが農水大臣の甥っ子で筆頭補佐官であるデオバルド・バーデン伯爵なのか?
「家族のですよ。ファルブリングの学生さんでしてね、将来有望な若者達ですよ」
「ほう?ファルブリングカレッジの生徒さんか。私は大臣筆頭補佐官デオパルド・バーデン。皆さんはどちらのご子息かな?キーアモト卿を知っておるかね?セブンイーメ卿はどうかな?ふたりとも私が面倒を見ていたんだよ」
ファルブリングカレッジの生徒と聞いて急にすり寄って来たぞ?しかも、どちらのご子息か、ときた。並べ立てた人物の名前は知らないが、きっと貴族界では名の知れた人物の名前なんだろう。私はステータスでしか人を見れない人間ですと宣伝しているようなもんだ。出した名前の人物も本当に面倒を見たんだか怪しいもんだ。
「申し訳ありませんが、我々は留学生でしてバッグゼッドの貴族事情には疎いものですいません」
どうにも嫌な感じの男だなとは思うが、ここは招待してくれたギャビン氏の顔も立てねいけないので、なるべく失礼の無いように頭を下げて答えた。
「ほう?留学生と言うと、エグバードのかね?」
バーデンの目の色が変わった。なんだ?この目の色の変わり方は?偏見に満ちた人を見下した眼差しとは違う、もっとなにか、良いもの見つけたって感じ。差別的ではないものの、欲がもろに現れた嫌な目だ。
これも、前世でよく見たなあ。
ろくなもんじゃないぞ。
「彼はレインザー王国ですけど、僕たちはそうです」
コラスが答える。
「ほーう、ほうほう君達が噂のエグバート王国からの留学生か!いやー、皆さん、優秀そうな顔をしている!会えて嬉しいよ!」
バーデンは俺を一顧だにせず満面の笑みを浮かべてコラス達に近付いた。
ここまで露骨だといっそ清々しいね。
「バーデン卿、私達の招いた客人ですので程々に願います」
「わかっておるわかっておる。しかし君も人が悪い、そう言う事なら先に言ってくれたまえよ。なんだかんだ言っておったが、私の考えに賛成してくれたとそう言う事なのだろう?」
「何をおっしゃられているのですか?」
「いやいや、とぼけなくとも良いぞハリス君。さてはこの会も私が来ると知っていてあつらえたな?くっくっくっく、君も隅に置けない男だな」
「何を勘違いされているのかわかりませんが、下種な勘繰りはやめて頂きたい。彼らは純粋に客人として迎えているのです」
「わかったわかった、そういう事ならばそういう事にしておこう」
ギャビン氏が肩をすくめて深いため息をつく。どうやらバーデンという男は自分に都合の良い言葉しか耳に入らないようだ。この厚顔無恥なバカげた精神的タフネスは、ザ・政治家という感じだね。
出来る事ならこのアダマンタイトメンタルは国益のために発揮して貰いたい所だが。
「いやー、エグバードの諸君。君達にとって、いや君達だけじゃあないエグバード王国にとっても今日、この場で私と出会えたことは幸せな事だと言わざるを得ないよ」
「はあ」
アーチャーの隣りにドッカと座ったバーデンが脂っこい笑みを浮かべて言い、コラスが気の無い返事をする。
「私が大臣筆頭補佐官である事は伝えたと思うが、ただの大臣じゃあない。農水大臣の筆頭補佐官なのだよ。つまり、この国の食料は私の手に握られていると言っても過言じゃないのだ」
「言葉が過ぎますぞバーデン卿」
さすがに聞き逃せずにギャビン氏が言うが、バーデン卿はわかってるわかってる皆まで言うな、とばかりに大仰に頷いて手を出す。
かぁー、これはダメなタイプのベテランだ。こう言う言葉は好きじゃないが、このオッサンに対してはあえて使わせて貰おう、老害であると。
「エグバード王国はわが国同様、非常に肥沃な土地を多く有していると聞く。更に食料加工技術も古くから進んでおり多種多様な食料を外国に売る事で外貨を稼いでおるのは知っておる。しかし、近年になって大陸の多くの国で魔導技術が進歩した事で加工しない食品を新鮮なまま遠くに、それも従来にない速さで運ぶことができるようになり、エグバードの主要な輸出品であった加工食品の需要が減り国の財政状況は芳しくないと聞く」
「いやー、そうでもないみたいですが」
「わかっておるわかっておる。。はいそうですとは言いづらかろうな。でもな青年、心配するな。私が農業ギルドの長となった暁には、エグバードから加工食品のみならず、多くの食品を継続して購入する事をお約束しよう!」
「何を言っているのです!食料品については我が国は文字通り売るほどあるのですぞ!」
苦笑いするコラスに笑顔で答えるバーデン卿にギャビン氏が声を上げる。
「君は国際情勢というものがわかっとらんのだよ。これからは諸外国と強調して歩んで行く必要があるのだ」
「それは、技術や魔道具などで行えば良い事。すでにそうした動きも見られています」
「それでは、うちが舐められるだろう!農水大臣の発言力が弱まれば我々の立場も苦しくなるのだぞ?」
「我々には我々のやり方があります。そのために連日話し合いを行っているのではないですか」
「あれが話し合いかね?私の話など誰も耳を傾けぬではないか!」
バーデン卿がテーブルをドンっと叩き、ハワードがビクっとする。
「バーデン卿、小さな子供もおりますので御押さえ下さいませ」
隣に座っているアーチャーがバーデンの手にそっと手を添え言う。
「ああ、そうであったそうであった。つい、スマンな。だが、覚えておいて欲しいのだが、私はそれだけこの国の事を考えていると、そう言う事なのだよ」
アーチャーの手を握り返しながら言うバーデン。
むう、アーチャーの場のおさめ方、ちょっと若者にできるこっちゃねーぞ?おっそろしいな。
そしてバーデンのエロオヤジ、国のためとはよく言ったもんだ、ちょっと前にうちが舐められるだの我らの立場がどうのだの言ってた癖に。
アーチャーの手を揉み揉みして鼻の下を伸ばしている所といい、こんなに欲に弱い男を要職に着かせちゃろくな事にならねーのは目に見えてるな。
公金チューチュー、ポッケナイナイで散々懐潤わせた後で政敵に暴露されて責任取らずに逃亡か、もっとひどいパターンはハニトラに引っ掛かってどこかの国の操り人形になってしまうか。
いずれにしても、このおっさんはダメだ。
ただでさえ農業ギルドなんてのは大きなお金が行き交う所だからな、そんな所にこんな男をやるのは家畜小屋の中に狼を放つようなもんだ。
「君達からも言ってくれないかね?私のような男が農業ギルドには必要だと」
「いやあ、私達にそんな力はありませんよ。だいたい、どこに言えとおっしゃられるのですか?」
コラスがバーデンに言う。
「それは勿論エグバードにだよ。後は、ファルブリングカレッジの学長に言うのも良いかも知れないな。ああ、そうだ、よかったら叔父上に会わせてあげるから、そこで直接言うのも良いかも知れない」
「バーデン卿、それは感心できませんぞ。だいたいあなたは国益よりも自身の利益にこだわりすぎです」
「君は固すぎるのだよハリス君。私達がいる世界はそんな事では生き残れぬぞ?金と人脈が権力を呼び、権力を使って金と人脈を広げる。そうして常に前に進まないと我らは衰えてしまうのだ。君の奥方が慈善活動をしているのだってそうだろう?同じ事なのだよハリス君」
バーデン卿に言われてギャビン氏は歯を食いしばり、夫人は何かを言おいとして言葉が出ずに顔を赤くした。
「た、確かにパパとママは頭が固いかもしれないけど、オジサンはどうなの?」
両親の様子を見たハワードがギュッと拳を握り言った。
大きな声を出し机をたたいた怖いオジサンに対し、ハワードは内にある勇気をありったけ振り絞ったんだろう。
俺は、心の中でハワードにエールを送る。
大きな声で言ってやるよ。




