草刈って打ち解けるって素敵やん
「でねでね、狂暴な犬がいてね…」
草刈りをしている俺の元に突然現れた男の子は一生懸命俺に話し続けた。
話の内容からわかったのは、男の子の名前はハワード・ハリスで父親はギャビンだという事。更に話を聞いているうちに、父親はかなり地位のある人らしい事や母親がかなり顔の広い人である事もわかった。家はこの辺りだと言うのでその辺の事情に詳しい人間に聞けば、どういう人物なのかわかるかも知れないがあいにく俺にはその情報だけでは詳しくはわからなかった。
家にお手伝いさんくらいはいるだろうが、ハワードはお手伝いさんは気を使い過ぎるので面白くないのだと言う。
「僕はその犬をケルベロスって呼んでるんだ。ベロなんか真っ赤で火みたいだから」
「そりゃあ、おっかないなあ。ホントにケルベロスの子供だったりしてなあ」
「だったら、やっつけてお供にして冒険の旅に出るんだけどなあ」
ハワードは俺が刈った草を編んで紐にしながら言う。手先の器用な子だな。
「大きくなったら行けばいいさ」
「無理だよ、パパの仕事手伝わなきゃいけないから」
「パパにそう言われてるのかい?」
「ううん、パパは好きな事をしなさいって言ってるけど、パパが大変だから助けないとママとケンカばっかりしちゃうから、僕が何とかしないといけないからさ」
ハワードは草をねじりながら言う。
「そんなにパパは大変なのかい?」
「うん、毎日怖い顔してる。難しい問題なんだって。食べ物の事だから、簡単じゃないんだってさ」
「なるほどねえ。確かに食べ物の事は難しいよなあ」
俺は草をむしりながらハワードに言う。
「やっぱりそうなの?友達はみんな食べ物の事なんか簡単だ、そんな事で悩むのはバカだって言うんだ。だからバートともケンカになっちゃったんだ」
「そうかあ、バートとケンカになっちゃったのかあ。それは悲しいなあ」
「バートの事、知ってるの?」
ハワードが俺に尋ねる。
「いや、知らないけど、友達とケンカするのは悲しいだろ?」
「うん、でも、僕が許せばすぐ仲直りできると思う」
「だったら許してやればいいじゃないか」
「許せないよ!僕んちの事、なにも知らないくせにさ!こっちは大変なんだから!」
ハワードがねじっていた草を千切って怒りの声を上げる。
「確かにハワードが怒る気持ちもわかるけど、これはなかなか難しい話しだからな。バートにはちょっと難しかったんだよ。難しくてわかんないけどわからないって言うのは勇気がいるだろ?だからわかったふりをしてバカって言っちゃったのさ。友達だったら勘弁してやれよ。許すのは勇気がいる事だけど、ハワードは探検するほど勇気があるんだ。きっと許せるさ」
「う~ん、そうかな~。僕って勇気があると思う?」
「ああ、思うね。だってこんな深い森にたったひとりでやって来るなんて、勇気がなきゃ無理だよ」
俺は草を刈りながら言う。
「お兄さんも勇気がある?」
「いや、ないなあ。だからひとりじゃこれなかった」
「そうなの?」
「そうさ。ハワードは勇気があるな」
「そうか僕は勇気があるんだ。うん、だったらパパも助けられるよね?」
ハワードは目をクリクリさせて俺に言う。
「ああ。でもなハワード。パパはきっとハワードが自分の好きな道に進むことを願ってると思うぞ?」
「かもしれないけど、でもなあ。あのままじゃきっと離婚だよ」
ハワードが怒ったような顔をして言う。
「また難しい言葉を知ってるなあハワードは」
「それぐらい知ってるよ。パパとママがずーっとケンカばかりしてるとそのうち口をきかなくなるんだって。そうすると離婚になるってバートが言ってた。離婚になるとパパかママのどっちかがいなくなっちゃうんだって。パパとママはいなくならないよね?」
ハワードが俺に聞く。まったくバートって奴は、一丁前の事を言っちゃって。でも、子供の時はこういう話に詳しい奴って大人に見えてリーダー的ポジションになってたりするもんだ。
「ああ、大丈夫さ。今は仕事が大変でイライラしてるだけだから、それが収まればまた仲良しに戻るさ」
「だよねだよね、だと思ったんだ!あ!そろそろ帰らなきゃ!ママが帰って来るから!じゃあねお兄ちゃん!」
「ああ、じゃあな」
泣きそうな顔をしてたハワードはコロコロと表情を変え、笑顔で走り去って行った。忙しい子だよ。
しかし、ちょっと気になるなあ。
大丈夫だとは言ったものの、旦那は仕事が忙しくて家ではイライラを隠せず子供の前でも嫁とケンカしてしまう。
経済的に余裕のある嫁は社交的で外出が多い。
う~ん、不安材料しかないが、まあ、人の家、特に夫婦の関係性なんて他人には伺い知れない事が多いからな。
他所から見て、それで良く夫婦継続できてんなと思うような関係でも夫と妻は納得し了解している事ってのもある。それに昔から夫婦喧嘩は犬も食わないなんて言葉もあるくらいで、夫婦のケンカってのはすぐに仲直りするパターンが多いから下手に他人が仲裁なんかしない方が良い事も多いもんだ。
とにかく、今の俺にどうこうできるこっちゃないし、下手に首を突っ込むのは良くない話だ。
でもなあ、やっぱ、子供が苦しんでる姿ってのは見たくねーんだよなー。
まったくなあ。
「つーか、こんなの終わんねーだろっ!」
刈っても刈っても目の前にそびえる草の壁に俺は思わず声を上げちまう。
「どうしたクルポン?子供を相手にするように辛抱強く草を刈れ」
枝の束を肩に担いだリッツが俺に言う。
「なんだよ、見てたのかよ?」
「サボってるのかと思ってな。手を止めなかったのは偉かったぞ」
「ちぇっ、そっちはどうだ?終わったのか?」
「終わるわけないだろ?」
リッツは平然と言う。
「なんだよ、じゃあどうすんだよ?」
「最初から一日で済む依頼とは思ってないさ」
「じゃあ、明日もやるのか」
「当然だ。ん?なんだ?嬉しそうな顔をして。そんなにあの子の事が気になるのか?」
リッツが俺が刈った草の山の近くに担いでいた枝の束を降ろして言う。
とんでもない量の木の束だ。恐ろしい腕力だなこいつ。
「まあ、な。子供にとって親の仲が悪いってのは大問題だからな。争いが絶えない家ってのはもはや家じゃない」
「ほお、面白い事を言うな。じゃあ貴族の家は家じゃないのか?」
腰に巻いたノコギリとナタが装着されたベルトを外しながらリッツが言う。
「子供にとって家ってのはさ、あったかくて安心できる場所であるべきなんだよ。子供ってな親の前では結構強がって弱いとこを見せないもんなんだ。だから子供のピンチにゃ近くの大人が気づいてやんねーとな」
「さっきの子はピンチだったかい?」
「うーん、微妙だな。明日も来ると思うか?」
俺は鎌を木箱にしまいながら尋ねる。
「さあ、どうだろうな」
リッツはベルトを木箱にしまい笑って言った。
「なんだよ、そこは嘘でもいいからきっと来るって言えよなー」
俺は口を尖らす。
「ふふっ、きっと来るかもしれないな。さあ、ニーライカーナに行くぞ。あまり待たせたら悪いだろ」
「なんだよ、もう。やっぱ俺達が最後前提かよー、ほんじゃあ会計は俺とリッツさんで折半な」
「男が小さい事をいっちゃダ・メ・だ・ぞ」
リッツが急に俺に顔を近づけて言う。心地よい汗の匂いと木の匂い、それに混じって柑橘っぽい匂いがふわりと俺の顔に当たる。
「ちょちょちょ!やめい!」
俺はドキッとしてスウェイバックする。ワイルド系美女のドアップ良い香り付きは心臓に悪いよ。
「お!良い反射だなあ?エドさんが言ってた通り、そっちの方もかなり使えるようだなあ。店に行く前に軽く人汗流していくか?」
リッツがファイティングポーズをとる。
「勘弁してけれ。早いとこ冷え冷えのラガーをグビグビっとやりたいよ」
「おお、いいなあ。私もラガーは好きだ。今日はクルースの奢りだしとことん飲むか!」
「おい!なんで俺の奢りになってんだよ」
「な~んだぁ?またいっとくか~?」
下から覗き込むようにして俺に言うリッツ。
「わーったわーった!もうやめい!心臓に悪いわ!」
「なんだ惚れたか?悪いな私の心はエドさんのものだ。身体だけでいいなら構わんがな」
「ふざけた事言うなっての。リッツさんはコラポンと付き合ってるのか?」
「ふふっ、いい加減、さんづけはやめろ。付き合うなんて軽いものではない、心を捧げているのだ。そしてそれは、私だけではない。我らは皆、エドさんに心を捧げているのだ」
リッツはそう言って颯爽と歩き出した。なんかカッコイイんですけど、この人。
「えー?なんなのそれ?心を捧げるってどー言う事よーリッツさーん?」
俺はツカツカと大股で歩くリッツを小走りで追いながら尋ねる。
「そのまんまの意味だ。後、リッツと呼べと言ったろ!」
リッツは俺の肩にガッチリ手を回し言う。
「うぐっ、よせってリッツ。苦しいって」
「嘘つけ。効いちゃあいないだろうが。それにしてもクルースは子供の相手が上手いな。兄弟が多かったのか?」
リッツは嬉しそうに笑って言う。
「いや、兄弟はいない。俺、子供の相手上手いか?自分ではわかんないなあ」
前世では弟がいたが、両親も弟もカルトの信者でそのカルトはやめた人間と接触すると団体内で色々な嫌がらせをされるため疎遠になっちまってる。こっちの世界に来てから子供と接する機会が増えたが、前世ではあまり子供に好かれるタイプではなかったと思う。子供と話していてもどういう訳か子供に気を使われ距離を取られる事が多かった。まあ、俺自身に問題があったんだろう。なんにしても前世で俺は子供に懐かれない人間だったのだ。
「孤児を集めて大きな商売をしてるんだろ?だったら子供扱いが上手いに決まってるだろ」
「ちょっと言い方が気になるけど、俺が出会った子達はみんな大した子達ばかりだったからなあ。俺が関わらなくてもみんなひとかどの人物にはなってたと思うよ。実際、俺がやった事なんて大したこっちゃないしな」
「エドさんの言ってた通りだなクルースは。まったくこの野郎!」
リッツは肩に回していた手を離し俺の頭を掴んでガシガシと撫でた。
「よせって!ボサボサになっちまうだろーが!」
「元々ボサボサだろうが」
リッツが嬉しそうに言う。なんか、俺も楽しくなってきちまうな。




