男と女の事情って素敵やん
「私だってさ、別にお金持ちになって贅沢がしたい訳じゃないんだわ。ささやかでいいのよ、本当にささやかで。どこか田舎で小さなお店でも開いてさ、日当たりの良いお家で犬とか飼って細々と暮らせればそれでいいのよ。なのにあの人は、お金がないのは首がないのと一緒だって金かね金かね、金の事ばっかりで。せっかく危ない連中がいなくなってヤバい橋を渡らずに済むようになったってのに、今がチャンスだって。もう危険な事はしないで欲しいのに。昨日だって私の誕生日だったのにすっかり忘れちゃって。なにが幸せなのかもうわかんないよ。ちょっとコラポン!聞いてるの!」
「はい聞いてますよー」
シュガーに絡まれてコラスが気の抜けた返事をする。
「じゃあ、どうすればあいつの目を覚ます事ができるか考えてよー」
「相手が起きないんだったら一緒に寝ちゃえばいいんじゃない?」
「もうっ!真面目に考えてよー!」
「えー?だって相手を変えるより自分が変わった方が楽じゃーん。ねえクルポンもそう思うでしょー?」
コラスが俺に振る。
「ああ、まあそうではあるけど、シュガー姉さんの彼は危ない仕事してんの?」
「足洗ってからはずっと真面目にやってたんだけど、最近になって私に隠れてまたなんか良くない事してるっぽい」
「ぽい?はっきりした事はわかんないんだ」
「うん、だって教えてくれないもん」
揚げジャガをポイと口の中に放り込みながらシュガーは答える。
「だったら信じてあげなきゃ~。ねえクラポン?」
コラスが軽い調子で言う。
「それが難しいからこうして悩んでるんだろ?」
「そう!クラポンいい事言う!怪しいんだよあいつは!私だって信じたいけど、怪しすぎるんだもん!」
「世の中、怪しいかったりインチキ臭かったりしてもガッチガチに信じちゃってる人は沢山居るよ?信じるのにホントかウソかなんて関係ないのよ姉さん。信じるのに必要なのは強い思い込み、それだけ。だから姉さんは努力が足りてないだけって事」
「ひっどーーい!コラポン酷いんですけどーー!どうするクラポン?こいつ締めた方がいいと思うんですけどー」
シュガーは大きな声でそう言ってコラスの頭をパンパンと叩いた。
コラスは赤ん坊に叩かれて耐えている猫みたいな、何とも言えない表情をしている。うんうん、良く耐えてる偉いぞ。
「まあまあ、そのくらいで勘弁してやって姉さん。姉さんは別れる気はないんでしょ?」
「う~ん、まあ、そうかな~。なんだかんだ言って長いからね私達、もう愛ってより情になってるかなあ」
「姉さん、そりゃあ恋が愛情になってんの。パワーアップしたって事だからね。だったらちゃんと話さないとダメっしょ」
「うぅー、クルポン真面目すぐる~。なーんちゃって!」
「いや姉さん使い方間違ってるからね」
コラスが小声でツッコむ。
「でもやっぱ、ちゃんと話さないとだよね。わかってるんだけどさ、なんかさ、あいつの後輩たちも最近ちょっと怖いんだよね。なんかピリピリしちゃってさ。あ~あ~、昔に戻りたいよ~!」
シュガーは両手を大きく上げて目を閉じ大きな声で言った。
「この姉さん、どういう情緒してるのかね?」
「そう言ってやるなよコラポン。苦労してるんだから」
「こんなの苦労じゃないでしょー?のろけじゃないの?」
コラスはそう言ってヤグー酒を一口飲む。
「昔から愛に関しちゃ多くの人が悩み苦しんでるもんだろ?俺の地元の有名人の言葉だけど、愛の苦しみを越える事で人は成長するってな」
「ふ~ん、クルポンは成長したの?」
「いや、苦しいからやめた」
「きゃっはっはっはっはっは!面白いんだけど!」
「ちょっとーーー!!そんな奴が偉そうな事言うなっての!」
コラスが爆笑しシュガーがプンスカ怒った。
「まあ、俺の個人的意見ってよりは一般論だと思って聞いて頂戴」
「いやー、クルポンさー、こういう時って一般論一番いらなくない?」
「そうそう!コラポンの言う通り!謝れクルポン!」
うわー、コラスの意見にシュガーが乗っかって来たよ。めんどくさー。
「どーもスイマセンでした!」
俺は顔をしかめて言ってやる。
「ぎゃははは!それ絶対反省してないやつー!」
「ムーカツクー!」
またコラスが笑いシュガーが怒る。なんだかその図式ができつつあるなあ。
笑っているコラスをつついて飲みが足りないと絡むシュガー。
え~足りてるけどなあ~とのんきに答えるコラス。
つーかコラス、いつのまにか頼んだヤグー酒のボトルほとんど一人で空けてやがるんですけど?
ヤグー酒は米を原料にした醸造酒で、俺達が注文したのは長期熟成した品だから通常のヤグー酒よりアルコール度数も強いものだ。そんなものをほぼ一人でボトル一本空けてケロッとしてるって、俺の事を酒強いねえなんて言ってやがったけど、お前の方が大概だぞ。
「なによー、ボトル空いちゃってるじゃなーい。もう一本頼も!ね?もう一本!」
「姉さん、もうすぐ閉店だってさ~」
「え~、そうなの?それじゃあお会計お願いしまーす」
調子が上がる一方のシュガーだったが、バイトのお姉さんに閉店告げられたコラスに言われて財布を出す。
奢ってくれるって話、覚えてたのね。酔ってるように見えて結構、平静なのかね。
シュガーが会計を済ませてくれている間に俺とコラスはご馳走様と店の人に声をかけ外に出る。
「さーて、シュガーちゃん置いてふたりで消えちゃおうか?」
「奢って貰っといて何言ってんだよ。なんだかんだでお前が一番飲み食いしてたろ?」
「え~?そう?」
「そうだよ。俺の注文した焼き飯もちょっと頂戴って言って結局半分以上食っちまうし」
「え~、そうだっけ?」
とぼけるコラス。
「探したぜ兄ちゃん達。姐さんはどこだ?」
店先でアホな話をしていた俺達に声をかけて来たのはシュガーを連れて行こうとしていた若い男だった。
若い男の後ろにはガラの悪い男達が七人、怖い顔をして立っている。
「だれ~お兄さん?どこかであったっけ?」
コラスがのんきな調子で言う。
「お待たせー、あっ」
「姐さん!探しましたぜ!」
会計を済ませ店から出て来たシュガーは男達の姿を見て声を上げ、それを見た若い男が強い声を上げ詰め寄ろうとする。
「おっとっと、何すんの~」
シュガーに詰め寄るためにコラスを突き飛ばそうとした若い男にコラスが軽い声を上げる。
若い男が驚いた顔をする。というのも、若い男はかなり強い力で突き飛ばしたのだろうがコラスは微動だにしてなかったからだ。
「テメー、邪魔すんのか!」
後ろに並んでいたガラの悪い男が吠える。
「ちょっとちょっと兄さんたち、そんなに大きな声を出すと迷惑でしょ?場所変えて話をしましょうよ、ね?こんな所で問答してるとすぐ衛兵さんが来るよ?最近、色々と物騒だしさ」
俺は言ってやる。実際、衛兵さん達もピリピリしてるからねえ。つまらない事で引っ張られたらちょっと荒っぽい対応をされるかもねえ。
「小僧が貫録きめたつもりか?誰に上等切ってんのかわかってねーみたいだな?おう?」
若い男が俺にターゲットを変えてグッと睨みつけて来る。コラス相手じゃ分が悪いと思っちゃったか?
まあ、いいけどさ。
「ニカ、もういい。そいつの言う通りだ、場所を変えるぞ」
人相の悪い男達の中心にいた角刈り男が若い男に言う。
「でもアニキ!こんな奴の言う通りにしてたんじゃ…」
「俺の言う事が聞けないのか!」
「うっ、すんません」
角刈り男に一喝されて若い男は引き下がる。
「やめてイサク、この子達は関係ないの。私、戻るから」
「そういう問題じゃねえんだ。自分の女ひとつコントロールできねーなんて噂が立っちゃこれからの大仕事に触るんだ。そう言う訳だから、お前は帰ってろ」
「嫌!帰らない!」
角刈り男イサクに言われて大きな声を出すシュガー。
「どうしても帰らねーって言うんならそれでも構わねーが、見たくないもんを見る事になるぞ?」
「ちょっと、ここだと迷惑かかるって言ったでしょ?ほら、場所移しましょ、ほらほら!」
俺は角刈りイサクとシュガーの間に割って入って言う。
「ちっ、じゃあついて来い」
イサクは舌打ちすると首を軽く振り歩き出す。
「ついて来いこの野郎」
「今更怖気づくなよ?」
「わかってんだろうな?」
「小僧?おう?」
「ただで済むたぁ思うなよ?」
「どうした?もうブルっちまったか?」
「恥かかせやがって、覚えとけよ?」
イサクに続いて歩き出した男達が俺とコラスを見て捨て台詞を吐いて行く。
「なにこれ?」
コラスが嬉しそうに俺に聞く。
「怖がらせようってんだろ?察してやれよ、もう」
俺はコラスに言ってやる。
「ちょっとふたりとも、隙を見て逃げな。後は私が何とかするから」
シュガーが小さな声で俺とコラスに言う。
「それじゃ姉さんが乱暴されちゃうんじゃない?」
「そんな事、気にしなくていいから」
緊張感のないコラスに苛立ちながらシュガーが言う。
「この野郎!早くついて来い!」
先を歩く男がこちらを見て怒鳴る。
「気になっちゃうよ、奢って貰ったし。ねえ?」
コラスが俺を見る。
「ああ、そうだな。犬だって飯貰えば恩を感じるってもんだ」
俺はそう言って前を行く男達に続いて歩き出す。
「だよね。僕、クルポンの犬だワン」
両手を胸の前で軽く曲げ待てのポーズをとりながらコラスが続く。
「もうっ!知らないわよ!どうなっても!」
シュガーはそう言って小走りでコラスの後に続く。
まったく、色々と事件が起きても街は静かにならないねえ。




