飲んで騒いで話題にのぼればって素敵やん
「うえっ?」
俺の言葉を聞いたバビエルさんが間抜けな声を出して口をあんぐり開けた。
「ぶはっ!兄貴!なんて顔してんだよ!」
「うっ、しっ仕方がないだろ!こんな事になるなんて思っても見なかったんだから!」
「にしてもその顔はっ、くっ、ぷっ」
「無理して笑いを堪えんでも良い」
笑いをこらえるサイマーにバビエルさんが言う。
「いや、すいません。せっかく教えて頂いたのに。でもお気持ちはとてもありがたいですよ、本当に」
「いやあ、そう言って貰えると少しは気持ちが軽くなりますよ」
俺の言葉に表情が柔らかくなるバビエルさん。
「しかし、情報の扱いでいったら我々なんかよりも大手新聞記者のバビエルさんの方がプロでしょうに、なぜ我々なんかに?」
「いやあ、大手だなんてそんな事はなくてね。うちは弱小地方紙なんだよ」
バビエルさんがビールを飲んで言う。
「でもバッグゼッド新聞って国の名前がついてますよね?それはやっぱりバッグゼッドを代表する新聞だからじゃないんですか?」
「ああ、それならたまたま使われてなかったってだけだよな兄貴。大手と言えるのはまあ、帝都通信商会、帝国タイムズ、バッグゼッド関連プレスの三つだよね」
「それを言ってくれるな」
サイマーの言葉に力なくビールを煽るバビエルさんだった。
「だったら尚更、これって大スクープじゃないんですかー?いいんですかー?自分で記事にしなくってー?出世のチャンスかも知れないですよー?」
コラスが気の抜けた調子で言う。
「いや、国と民の安全を無視してまで記事は載せられないよ。そうじゃなくても大手新聞商会さんは、ジャーグル王国はならず者の国であり大陸の平和を守るためにもバッグゼッド帝国が軍事介入すべきだって論調で来てるからね。まあ、大手さんは大手さんで色々な所に顔色伺わなきゃいけない事もあるだろうからその苦労もわかるんだけどさ、どうもきな臭い方向に誘導しているように思えてならないんだよ。俺は情報提供元が裏社会だからね。彼らのような人種は実利の無い事は好まないんだよ。国同士の戦争なんて彼らにして見れば商売の邪魔以外の何物でもないからね。まあ、彼らは強かだから、そうなればなったで何らかの形で商売をはじめるんだろうけど、彼らですら戦争は金ばかりかかって生産的でないと気づいてる。そして万象会のように大きな組織は社会が穏やかで平和な方が実入りが安定する事も良く心得てるのさ。だからこういう時は彼らのような所の方がある意味切実に平和を願っている所があるよ。むしろ、大きな商会さんなんかは戦争が起きればドカンと大きく儲ける事が出来るってとこもあるからね」
バビエルさんはそう言ってビールを飲み揚げ物を口に入れた。
「大手新聞もなんか怪しいねえ」
「うーん、バビエルさんが言うように大きな新聞商会なら金主も沢山ついてるだろうからな。金主の意向ってのが強いんだろうなあ」
コラスの言葉に俺は答える。報道関係ってスポンサー収入も大きいからねえ。
「そうなんだよなあ。金主なんだよなあ。その点うちは大した金主ついてないから自由がきくってなもんで楽なんだけど、影響力がねえ。今度の件だってさ、なんかバッグゼッドとエグバードを争わせようってのが透けて見えるんだよなあ。エグバード製の軍用横流し品の動きが派手過ぎてこれみよがしすぎるって話も出てたし、案外ジャーグル内紛に向けて空気入れてるのって反エグバード勢力じゃないのかねえ。お金持ちに反エグバード思想多いしさ」
バビエルさんがビールを煽る。空気入れるってのはそっち系の業界用語で、そそのかすとかはっぱかけるとかそういった意味だ。
「へえ、バッグゼッドの金持ちってエグバードに良い感情持ってない人が多いんだ」
コラスが興味深げに聞く。
「ああ、いわゆるバッグゼッド保守モミバトス層って呼ばれる連中さ。あいつらは今だに自分達は選ばれたエリートであり特別な人間だと信じてるからね、この魔導学が進んだ世の中になんとも前時代的な事だよ」
バビエルさんが肩をすくめる。
「保守モミバトス層って?」
コラスが質問する。
「モミバトス教の中でも特に強く政治的行動と結びつきを持とうとする勢力でね、そうやってつけた力を持ってモミバトス教の保守的な教えをもっと世に広めようって思想の団体なんだよ。古き良きバッグゼッド、強かった帝国を取り戻そうってのを看板に掲げていてね、昔、まだ植民地や奴隷が横行していた時代に権威や富を独占していたが今じゃ冴えない事になってるような連中が喜んで喰いついたってわけさ。そうした連中は薄っぺらい自分の価値を高めるために、他者は低い存在であると信じ込み差別的な言動を繰り返す。自分が裸だから他の人の服装はセンスがないと貶めようってのさ。そんな事をしても自分が裸である事実は変わらんのに、まったく、みっともないったらないよ」
「そんな事言ってるから兄貴のところにゃ大口の金主がつかないんだよ」
「けっ!そんな金主ならつかなくって結構!こちとらボロは着てても心はオリハルコンだってんだ!」
サイマーのツッコミに豪快に返すバビエルさん。人のやれない事をやれってか?
「よっ!バッグゼッドいちっ!お代わりお願いしまーす!」
「あ、僕、これが食べたいな、鶏レバーのソテーサラダ仕立てってやつ。クルポンもどう?」
サイマーがバビエルさんを煽りコラスがそれに便乗する。
「なるほど、事情は分かりました。逆に言えば大手新聞商会は金主の意向を気にして自由に記事をかけないって事ですから、バビエルさんの所でないと出来ない事ってのもありそうですね」
「だから俺が橋渡ししてルブランにお願いできたんだぜ」
俺の言葉にサイマーが自慢げに答える。
「ああ、あれは感謝してるよ。だがなあストップ憎悪犯罪キャンペーンと銘打ったはいいが、良い特集記事がなかなか見つからなくってなあ。頭が痛いよ」
「でしたらこんな話は如何です?」
俺はファルブリングカレッジで一般市民を対象に世界史や精霊術、自然の仕組み、魔法学、国政と社会などの特別講座を開く予定である事を話す。
「差別や偏見を持つに至る大きな原因のひとつに無知があります。知らないから理解できない、理解できないから怖い、怖いから排除したい。そうならないために大切なのは他者を理解しようとする事だと思います。勿論、他者は自分じゃないので完全に理解するのなんて無理です。と言うか自分自身の事すら完全に理解するのは無理だと思いますよ。ですから大切なのは理解しようとする姿勢です。自分の事を知ろうとしてくれてる相手ならば、その行動が無礼なものだったとしても自分を知ろうとしてくれている途中だから仕方ないかと許せるものです。それに色々と学べば世界がとても広くて色鮮やかだという事もわかってきます。そうすれば世界は生きる価値があるもので大切にすべきものだと感じざるを得ないでしょう。そして世の中は白と黒の二色だけではないとわかれば安易に他者を悪と断ずるような事が野蛮な事だと気づくと思いますよ」
俺はそこまで話してラガーをぐっと煽る。
「ううむ、なるほど。それは、面白い。記事にして構わないかい?」
「私の名前を出して構わないのでウェッパー学長に連絡してみて下さい。具体的な話を聞かせてくれると思います」
俺はバビエルさんに答える。
「ありがとう、そうさせて貰うよ。いやー、今日は良かったよ、やっぱり頼んで正解だったよ」
「だったらもっと頼んでいい?兄貴?」
「ああ、ジャンジャン頼め!」
バビエルさんの景気の良い声に喜び勇んで注文するサイマーとちゃっかり便乗するコラス。コラスの奴、どんだけ食うんだよ?ほそっこい身体してパワーは半端ねーし、どうなってんだ?
注文を終えパクパクと食いに戻ってるコラスを見て俺はふといたずらっ気を起こす。
「そうだバビエルさん、こんなのはどうです?差別や偏見をなくす教育に力を入れている学園にやって来た留学生の生活に密着するなんてのは?」
「うえっ?」
他人ごとのように食いに徹していたコラスがすっとんきょうな声を上げて俺を見る。
「お!それいいねえー!現場にいる若者のリアルな姿か!これはいいぞ!よし決めた!俺が取材させて貰うよ!コラス君、いいかい?」
「えっ、あっ、ええー?」
凄い勢いでバビエルさんから迫られたコラスが困惑の声を上げる。ふっっふっふ、ざまーみさらせ他人ごとみたいにしてた報いじゃ。
「これだけご馳走になったんだ、断らないよなコラス?」
「え~、でもな~。取材と言われてもな~」
「これはエグバード民への偏見をなくす事にも繋がるんだぞ?」
「いいよ~別に偏見持ってくれたままで~」
コラスはぶーたれた顔をして俺を見る。
「そう言うなよ、な?俺とお前の仲じゃないか。な?」
「え~、でもクルポン、僕の事、コラポンって呼んでくれないしな~」
コラスの奴がニヤリと笑って俺を見る。うっ、こいつ、ここに来てそんな事をねじ込んできやがった。バビエルさんとサイマーの視線が俺に刺さる。ここでノーとは言い辛い状況になって来る。
「クソッ、わかったよ」
「何がわかったの?」
やけくそ気味に返事する俺にコラスが追撃をする。
「わかったてんだよコラポン!」
「やたーー!やっと呼んでくれたーー!かんぱーーーい!」
コラスが喜んでジョッキを掲げる。
「かんぱーーい!」
サイマーが笑って続ける。
「てことは、いいのかい?」
バビエルさんがジョッキを掲げながらコラスに念を押す。
「学長さんがいいって言うならいいよ」
コラスはニヤリと笑って言い俺を見た。こいつ、ゴネて見せたのは俺にコラポンと呼ばせるためだったんじゃねーのか?だとすれば、まんまと嵌められちまった事になるが、まあ、仕方ない。
「よし!これで特集記事ふたつゲット!いやー!今日は良い日だ!」
バビエルさんは上機嫌でジョッキを煽る。
こうなりゃやけだ、俺も続けてジョッキを煽るのだった。




