狙われても大丈夫な学園って素敵やん
俺は廊下をゲイルダッシュで走って図書室へ向かう。
すれ違った生徒達が悲鳴を上げるが謝罪する暇がない。
「どしたん?トモちゃん?」
ハイスピードで廊下を駆け抜ける俺に並び軽い調子で声をかけてきたのはシエンちゃんだった。
「いや、実はさ」
俺は街であった事を簡単に説明する。
「くふふ、さすがトモちゃん。面白そうな事に目ざといなあ、その暗殺者とかって奴をぶっ飛ばせばいいんだな?」
「キーケちゃんには学長の護衛をお願いしてるから、シエンちゃんは学内のパトロールをお願いしたいんだけど、
いい?」
「よし!どっちが先に悪者を退治するか勝負だな」
「きゃあああーー!!」
シエンちゃんがそこまで言った時、廊下の先から生徒の悲鳴が聞えてきた。
俺とシエンちゃんは悲鳴の発生源に急ぐと、複数の女生徒が窓の外を見て口を押えて震えているのが見える。
「大丈夫か?怪我はないか」
シエンちゃんが女生徒の肩に手を置き優しく尋ねる。お?何シエンちゃん、先生やってるなあ。なんて感心している場合じゃない。
「外、外に魔物が」
女生徒は窓の外を指差し絞り出すように言った。
窓の外を見るとデカイ芋虫みたいな魔物が校庭に入り込み、口から糸を吹き出し右往左往する生徒を追いかけているのが見える。
「よし、まずはあいつだな」
シエンちゃんは嬉しそうにそう言うとガラリと窓を開ける。
「んじゃ行ってくる」
「うん、頼んだ!」
俺はシエンちゃんに言う。シエンちゃんは窓から飛び出し校庭に向かった。
「君達は教室に入って、先生の指示を受けなさい。単独行動をせず必ず誰かと、出来れば大人と一緒にいる事、わかった?」
俺は女生徒に言う。シエンちゃんに声をかけられた女性とは落ち着きを取り戻したようで力強く頷いた。
「よし、他の生徒にあったら同じ事を伝えてあげて」
俺は女子生徒に声をかけ再び図書室へ向かう。
「緊急放送、緊急放送、校庭に魔物発生、校庭に魔物発生。生徒の皆さんは速やかに校舎に入って待機して下さい。これは訓練ではありません。繰り返します、校庭に魔物発生……」
校内放送が流れる。この声はアルロット会長か?対応が早いな。
俺はゲイルダッシュで図書館に滑り込む。
図書館に中ではざわつく生徒達をストラット司書長が安心させようと声をかけていた。
「お!クルース君!何が起きているんだ?」
目ざとく俺の姿を見つけた図書クラブ部長パニッツが好奇心むき出しの目で声をかけてくる。
俺はザックリ街であった事を説明し留学生達の行方を尋ねる。
「ほう、実に興味深い。落ち着いたら詳しい話しを聞かせてくれたまえ」
「ああ、わかったよ」
まったく好奇心旺盛な男だよ。俺は呆れと感心が半ば混じった笑みを浮かべて肩をすくめる。
「ああ、スマン、留学生だな。彼らなら奥のテーブルにいる」
「ありがとさん」
俺はパニッツに手を上げ図書室奥のテーブル席に速足で向かう。
本棚を通り過ぎ奥へ行くと留学生達がアルスちゃんと一緒にいる姿が目に入る。
予想に反し落ち着いた様子で会話している。
「あらトモトモ、ホフス先生のお仕事は終りましたか?」
アルスちゃんがにこやかに語りかける。
「その件で飛んできたんだよ」
文字通りだけど、俺は留学生達に聞こえるトーンで街で起きている事件を説明する。
「……で、そいつらの目的ってのがエグバードからの留学生を暗殺する事だって言うんだよ」
「それで、あんなに沢山の魔物がやって来たんですねえ」
アルスちゃんが窓の外に目をやるので俺も外を見る。
外には魔物の群れを楽しそうにそれをぶちのめしいるシエンちゃんとクランケル、そして空を飛ぶ魔物を戦闘機のような動きで次々と撃ち落とすケイトの姿があった。
「あれは恐らく陽動で暗殺者が学園に侵入して来ると思うんだが……」
「あの御三方の様子を見ても侵入できますかねえ?」
外の戦い、というかこれはもう狩りだな、とにかく三人の戦いを見た俺が言葉を濁してしまったのをアルスちゃんは繋げてくれる。
「まあ、そうねえ。三人とも乱戦得意で戦いの最中が一番感覚が冴えるって口だからねえ。あー、ほら、ケイトが何か見つけたみたいだ」
空中戦を繰り広げていたケイトが戦線から離れ、校庭脇の林に突っ込み何かを抱えて飛び出してきた。
「あれが暗殺者ですかねえ」
ケイトが抱えていた全身灰色の服を着、顔を同色の布で隠した怪しい人物を押し寄せる魔物の群れに落とした。
「あ、落としちゃったね」
「うふふ、もみくちゃになってますねえ」
「でも、何とか立ち上がって魔物と戦ってるよ。タフだねえ」
「ケイトさんが次を連れてきましたよ」
「強制的に魔物戦に参加させてるのか上手いなあ」
俺はケイトの行動の意図がつかめて感心の声を出した。
「きゃー!!」
図書室の入り口方面から生徒の悲鳴が聞える。
俺は本棚の向こうにダッシュする。
「なんだお前は?何者だ?」
ストラット司書長が全身灰色づくめの侵入者の首をつかみ、持ち上げて尋問している。侵入者の足元には両刃の短剣が落ちている。
「毒が塗ってありますねえ」
アルスちゃんが短剣を拾い匂いを嗅ぎ言う。
「何が目的だ?話さんと頭を握りつぶすぞ?」
ストラット司書長が侵入者の頭をつかみ凄む。やっぱこの人、相当の手練れだったな。
俺はちょっとおっかないストラット司書長に事情を話す。
今日だけで俺は何回事情を説明してるんだ?まあ、慣れてきたからいいけども。
「なんと!それではコラス君が危ない!」
ストラット司書長が声を上げる。
「コラス君が?どうしたのです?」
「街に行くと言って出て行ったんですよ」
「マジっすか?どこに行くか言ってました?」
「いや、それは聞いてないが」
ストラット司書長が苦い顔をして言う。
「それでしたらバレッティーに行くと言ってましたよ」
アルスちゃんが侵入者を後ろ手に拘束しながら軽い調子で言う。
パレッティーか、こっちに来て初日にルブランたちに連れてってもらったから場所はわかる。
「ちょっと行ってくるよ。ここはアルスちゃんに任せて良い?」
俺は侵入者の拘束を終えたアルスちゃんに言う。
「それは構いませんが彼なら心配はないと思いますよ」
「何かあったら国際問題になっちゃうからね。やっぱり心配だから行ってくるよ」
「そうですか?では、いってらっしゃい」
アルスちゃんが穏やかな口調で言う。
「すいませんクルースさん、エドアールに会ったらこれを渡して頂けますか?」
いつの間にか後ろにいた留学生レイア・ラインハートが俺に手を出す。
手の上には小ぶりな財布が乗っかっている。
「これは財布かい?」
「ええ、財布を忘れて行ってしまったんです」
愉快なコラス君だなあ、お日様に笑われちまうぞ?
「わかった会ったら渡しとくけど、買い物どころじゃないと思うぞ」
「いえ、クルースさんが行けばきっとお金を貸してくれと言うに決まってますので。お願いしますね」
ラインハートはコラスに対して怒ってプリプリしているんだろうけど、なんか俺が怒られてるみたいでいたたまれない。
俺はここで問答していても仕方ないので財布を素直に受け取り図書室からダッシュで飛び出た。
しかし、アルスちゃんといい留学生のラインハートといい、事情を知ってもコラスの事をまったく心配してないってのはどういう事なんだ?
それだけ手練れってことなのか?
確かにディアナはコラスの事をかなり食わせ者だと評価していたが、ヘラヘラした調子良さそうな外面に反して計算高い奴なのだろうなとは思ったが、腕っぷしも相当なのだとしたら面倒くさいね。
しかも、彼らの目的のひとつはエグバードとバッグゼッドを揉めさせる事、それもエグバードが有利な形で揉めさせる事のようだからなあ。
まさか、自分の身を犠牲にしてその目的を果たすような事はなかろうと思うが、腕っぷしが強いとなるとこの混乱に乗じてやれる事も多いだろう。
だが、事情を知っているアルスちゃんがあの調子だもんなあ。
俺の心配は杞憂なのか?
うーん、わからん。
とにかく、早いとこバレッティーに言ってコラスに会わねーと。
俺は学園を飛び出して街を走るのだった。




