おかしな事ばかりって素敵やん
「ヤバそうなのは抜いといたけどさ、大丈夫そうなのは残しといたら地面に引っ込んじゃったよ」
俺はホフスさんが入れてくれたコーヒーを飲みながら言う。
一晩中走らせてくれた迷惑な謎標識は勝手に地面から生えてきて朝日と共に地面に引っ込んじまった。
これ、地面に沢山埋まってんのか?
「面白いのう」
ホフスさんもコーヒーを飲んで言う。
「これ、あれだな。学園で若者を走らせるのにいいかもな。さぼる奴がいなくなるだろ」
シエンちゃんがめっちゃ砂糖をぶち込んだコーヒーを飲んで言う。見てるだけで口の中が甘くなるよ。
「いや、授業に出る子がいなくなるよ」
俺は答える。
サイレンヘッドは横になって寝てしまったようだ。こう見ると子供っぽく見えないこともないかな。
俺達はコーヒーを飲んでかたずけものをして、フーカさんたちが戻って来るのを待った。
日が昇り暖かくなってくると眠くなってくる。
コーヒーを飲んでもやっぱ眠いもんは眠いな。
この、ウトウトしている時が一番気持ち良いんだよなあ。
「おはようございます!!あっ!!なんですか?これは?え??あれから何かあったんですか?」
パタパタパタと駈足でやって来たフーカさんは、目ざとく束ねてあった標識を見つけて俺達に尋ねた。
「何かあったも何も、たまったもんじゃなかったよ」
俺は眠い目をしばしばさせながらフーカさんに昨夜の出来事を説明した。
「ほうほうほうほう、それはそれは。なんとも素晴らしい体験をされましたね~。これが地面からですかー。こうして引き抜けば効力を失うとはまるでマンドラゴラのようですねえ。クルース氏が知っている形状だがこのような機能は持ち合わせてはいなかった物である、と。なるほどねえ」
しきりに感心しながらメモを取るフーカさん。
「この記号に意味が込められており、その意味の通り動かされてしまう、と。それは羊に対しても有効であったと。地面に触れていない相手には有効ではない、と。で、地面から生えてきて、朝日と共に地面に戻ったんですね?」
「うん、そう」
メモを取りながら聞くフーカさんに俺は短く答える。
「なるほど、わかりました。ではこの島はしばらく我が商会で管理する事にしましょう。帰ったらすぐに手続きをします。では、ひとまず飛行船を待たせていますんで皆さん、ご案内します」
フーカさんはそう言って束ねてあった標識をひょいと背負って歩き出した。おいおい、軽い調子で背負ってるけど、十本以上あるんですけど?スゲーなおい。やっぱこの世界で超常現象を扱う研究員ともなると、このぐらいの身体能力は持ってないとやってけないのかね、おっそろしい。
フーカさんは標識の束を担いでひょいひょいと歩いて行く。ホフスさんは残っていたテーブルとイスなんかをサッと袖の中にしまい込み、シエンちゃんは眠っていたサイレンヘッドを起こしみんなでフーカさんについて行く。
来る時とは逆方向に進み広い海岸に降りると、ずんぐりむっくりしたクジラのような形をした巨大な飛行船がハッチを開けた状態で停泊しているのが見えて来た。
「ひゃー、デッカイ飛行船だねえ」
近付くにつれ見えてくるその巨大さに俺は思わず声を上げた。まるで、前世の本で見た巨大輸送機スーパーグッピーみたい!
「サイレンヘッド君を連れ帰るとなると、これぐらいは必要でしょう。おーい、積み込みの準備を頼む!」
フーカさんは海岸で待っていた人達に大きな声で言う。
「リンジー君!島中央の平原地帯を特別保護地域に指定する。危険度はC。現象発生時刻は日の入りから日の出まで。詳細は追って指示する」
「ハッ!」
フーカさんに指示を受けた女性は返事をすると大型飛行船に走って行った。
「さあ、船に乗り込みましょう」
「なんか、フーカさんて結構偉い人なんですねえ」
「別に偉くはないですよ。ただある程度、責任があるポジションなだけです」
普通に言うフーカさん。大人っぽーい!
先ほど指示を受けた女性が、船の中から馬に引かれた大きな荷車に乗って出てきて俺達が来た方向へと走り去って行った。荷車の大きさは大型ダンプの荷台程もあり更に大人が数人乗っており、馬が一頭で引ける物にはとても見えない。相当パワーのある魔導アシストがついているんだろうけど、もう、ここまできたら馬いらないんじゃないかと思う。魔導アシストについて詳しい人がいたら話しを聞いてみたい所だ。
俺達は大型飛行船に乗り込み研究所に向かう。
サイレンヘッドはさすがに立つ事はできなかったが、背を屈めれば入る事はできた。それでもサイレンヘッドの身長を考えればこの船の中は大したデカさだ。
アルスちゃんキーケちゃんは研究所で待っているという事で、俺は移動中は寝かせて貰う事にした。
サイレンヘッドもシエンちゃんも俺より前にグーグー寝息を立てて眠っていた。
ホフスさんは俺が寝落ちする寸前まで起きてフーカさんと話をしていた。タフな婆様だよ。
寝ていれば到着は一瞬だ。
「う~ん、妙に頭がスッキリしてるなあ。もしかして精霊術使ってくれた?」
俺はホフスさんに尋ねる。
「わたしが添い寝してやったおかげじゃろ」
ホフスさんは意味ありげな笑みを浮かべてそう言った。冗談キツイね、どうも。
研究所に到着した俺達はペーターミュラーさんに事の次第を報告する。
「ほう、新たな現象が夜間に生じたんですか。クルースさん、持ってらっしゃいますなあ」
ペーターミュラーさんが嬉しそうに言うが、そんなものは持っているとは言わないと思う。
「いや、じっさい結構危ない現象だと思いますんで扱いには注意した方が良いですよ。記号の意味はザックリとフーカさんにお伝えしてますが不明な点などあればいつでもお尋ねください」
「ええ、そうさせて貰います」
「それから、例の破裂する可能性のある板の事なんですが、もしかしたら安全に無力化させる事ができるかもしれませんよ」
俺は考えている事をペーターミュラーさんに伝え場を作って貰った。
俺、ペーターミュラーさん、ホフスさん、キーケちゃん、アルスちゃん、そしてシエンちゃんとサイレンヘッドはフーカさんに案内して貰って例のモバイルバッテリーやスマートフォンを保管している場所へ赴いた。
「ではちょっと試してみますね」
俺はモバイルバッテリーをひとつ手にする。モバイルバッテリーの横についている小さなボタンを押すと、四つついているランプが三つ光る。まだまだ充電が残っているってことだ。
「よーし、じゃあサイレンヘッドちゃん、これおひとつどうぞ」
俺はサイレンヘッドにモバイルバッテリーを手渡した。サイレンヘッドは受け取ったモバイルバッテリーをまるで匂いでも嗅ぐようにスピーカー部分に持っていくと、プップップップップと短く鳴いた。
「おおー!」
モバイルバッテリーからバチバチと音を立てて電気がサイレンヘッドのスピーカーに走るのを見てペーターミュラーさんが驚きの声を上げた。
「ポツポツ」
サイレンヘッドが俺にモバイルバッテリーを手渡して鳴く。
「おかわりと言ってますね」
「フーカさんも何言ってるのかわかるの?」
「船の中でお話ししましたので幾らかはわかるようになりました」
さすが研究主任さんだよ。俺にはさっぱりわからんが、次のモバイルバッテリーをサイレンヘッドに渡してやって先に受け取ったモバイルバッテリーの残充電を確かめるがランプは点灯しない。すべて吸いつくしたって事だ。
「これは、どういう事なんですか?」
ペーターミュラーさんが俺に尋ねる。
俺はサイレンヘッドが雷を食べる事、モバイルバッテリーは雷の力を蓄えるもので前世ではその力をこの世界の魔力のように利用して生活をしていた事を伝えた。
「なんと!雷の力を魔力のように利用するとは!それは、この世界でもできるのでしょうか?」
「できるとは思いますけど、俺はそうした知識はあまりないですねえ。精々、軽い回転力を生み出す装置くらいでしょうか」
俺は答えた。俺の知識で今、手に入るもので作れる物と考えるとパッと思いつくのはモーターくらいなもんだ。
あれなら銅線と磁石があれば作れるからな。
「ふうむ、コスト面の問題次第では新しい力としての利用価値があるかも知れませんね。よろしければその装置の作り方をご教授頂けませんか?」
「別に構いませんよ、本当に簡単な装置なんで」
俺は簡単なコイルモーターの作り方を説明する。板に磁石を置きその両端に小さなさすまた状の棒を設置する。
銅線をグルグル巻きにして円の両端に出した線を伸ばしさすまた状の棒にかける。
さすまた状の棒に銅線を設置しその両端を握り電撃を発生させればグルグル巻きにした銅線はグルングルンと回るって寸法だ。前世じゃ魔法なんかないから手で握るんじゃなくて電池につける訳だが、こっちで説明するにゃあこうしないと再現できないもんなあ。野菜と二種類の金属板があれば豆電球を光らせる位の電気は発生したはずだが、そうなると色々と説明するのも用意する物も面倒だしうろ覚えなもんでやめといた。
材料を用意するので是非やって見せてくれと言うので、俺は用意された物で簡単コイルモーターを作って実演して見せた。
ペーターミュラーさんとフーカさんは大変面白がってくれたが、結局現在では電気を発生させるのに魔法を使うので、コスト面で考えると魔導機関より悪くなってしまうのと、回転スピードは高いがパワーがない事が実用に結び付けるには障害であるという話になり、まだまだ研究の余地ありという事で落ち着いたのだった。
しかし、こんな子供の工作みたいなものでそこまで熱心に話し合っちゃうのはさすがだね。




