知ってはいるけどもって素敵やん
「波止場が見えてきましたね」
甲板に出ていたアルスちゃんが船内に戻って来て言う。
フーカさんは船内前方窓近くで操舵隣を握りながら、戻って来たアルスちゃんに良く見えますねえと驚きの声を上げ首から下げている双眼鏡を手に取り覗き込んだ。
「うん、大丈夫ですね。このまま行きますよ」
双眼鏡を戻してフーカさんは言った。
船はスルスルと進み俺の目にも島の波止場が見えてくる。
「音、聞えませんね」
「今の所は、ね」
俺の言葉にフーカさんがニヤリと笑みを浮かべて答える。この人もこうした事が好きなんだな。まあ、研究者ってんだもん好奇心は旺盛だよなあ、そりゃ。
俺とフーカさんはニシシシと笑い合う。
フーカさんは手慣れた感じでスイっと船を波止場に横づけし、きびきびと動いて船を係留していった。
「無人島なのに立派な波止場ですねえ」
波止場は海に向かってふたつ出ており、ひとつは小型の舟用だろう低い桟橋、もうひとつはフーカさんが入った所で海から高く作ってある。
「ボンパドゥが作ったんですよ」
船の係留を終えたフーカさんが言う。凄いねえボンパドゥさん。
「ボンパドゥさんはそんな事もするんだ」
「ええ、研究所の近くですし魚の買い付けもさせて貰ってますからね。これくらいの協力はさせて貰いますよ」
「かかかか、何か利用価値のある物はないか探索のためにだろう」
ホフスさんに言われてフーカさんは、いやあ、まあ、それもありますけど、と頭を掻いた。
と、その時。
「ブウィーーーンブウィーーーーーンブウィーーーンブィーーーン」
突然あたりに何かの警告音のような電子音が響き渡った。
「これですよ!これ!」
フーカさんが興奮気味に言う。
「これはもしかすると、覚えのある奴かも知れません」
俺はフーカさんに言う。聞えてくるのは電子音だ、この世界の音ではないだろう。
この世界にも警報は存在するしジャーグル侵攻の時も一部で鳴っていたが、円盤に穴を開けた物を二枚重ねて風魔法の術式具で風を拭きつけ回転させるもので、う~~~~というサイレン音だ。
まあ、こっちではサイレン音とは言わないで警報音と言うけども。
なんにしても今、鳴り響いているのは電子音にしか聞こえないこちらでは耳にした事の無い音だ。
ボンパドゥの研究所にあったモバイルバッテリーのように俺の前世からやってきた物の可能性が高い。
「そうですか、音の聞こえる方へ急ぎましょう!」
フーカさんは嬉しそうにそう答えると走り出した。
俺達も後に続く。
浜辺にある船小屋を抜け林に入り、その林を抜けると野原に入る。
フーカさんの移動速度はかなり速い。やっぱりこの人もかなり身体能力が高いな。
研究員と言ってもこうして現場に赴く事もあるようだし、それなりの身体能力や戦闘力がないと務まらないんだろうな。
野原を駆け抜け丘を登ると開けた場所に出る。
「あいつが音の正体みたいですね。どうですクルース氏、見覚えはありますか?」
「あるにはあるんですけど、あれは・・・」
俺は音の発生源を見て答えに窮してしまった。
そこで歩き回っていたのはさび付いたような色をした細い体をし、ふたつのスピーカーが頭になっている巨人だった。
あれは前世で一時期流行った都市伝説的物体サイレンヘッドにそっくりだ。
あれは確かカナダのホラーアティストによって生み出された架空のキャラクターだったはずだ。そのビジュアルが非常に出来が良くって世界観に味があったもんだから多くの人が食いつき、フェイク動画を上げたり経験談のような形で設定を継ぎ足したりして都市伝説的な広がり方をしたのだった。
俺はみんなにそうした事情をザックリと説明する。
「だからあれは正確には前世に存在したものじゃないんだ。ただの創作物で実在しないものだったんだから」
俺は奇妙な音を発しながら不気味な動きで歩き回るサイレンヘッドを見て言う。
「しかし、ああして存在しているという事は、どういう事なんでしょう?」
「研究所にあった私には理解できなかった物のように、また別の世界からの物と思ったほうが良いかと」
俺はフーカさんに答えた。
「創作物でもなんでもぬしが知っとる事はないのか?やつの生態についてなにか?」
ホフスさんが腕を組んで俺を見る。
「うーん、あの頭についたのは警報音を流す装置なんだけどね。あれは人の声なんかも出す事が出来て、それで人をおびき寄せるって話だったな」
「おびき寄せてなんとする?」
ホフスさんがなぜか嬉しそうに聞く。
「食べちゃうらしいよ」
「ふひひひ、面白いではないか」
「いや、何度も言うけど俺が知ってるのは創作ね、作り話だから。当てにしない方が良いと思う」
俺は嬉しそうな顔をするホフスさんに言い聞かせる。
「いや、クルース氏。その情報はあながち間違っていないかも知れません。やつが歩き回っているのは食料を探しているのかも知れませんよ。ほら、見て下さい」
フーカさんが指をさす方にはサイレンヘッドから逃げるように移動している羊が見えた。
「この島にはいざと言う時の食料として漁師さんたちが羊を放っているんですよ。その羊の数が減っていますね」
「そりゃあ困るね。どうします?」
「どうしますってクルース氏、そんな他人ごとみたいに」
「我がひと当たりして見ようか?それで大したことが無いようならば捕まえれば良い」
俺とフーカさんが言い合っているとシエンちゃんがそう提案してくれる。
シエンちゃんならまあ心配はなかろうという事でその案を採用し、十分気を付けてよと言って俺達はシエンちゃんを送り出した。
「おい!やかましいぞ!静かにせい!」
サイレンヘッドの前に飛び出したシエンちゃんは大きな声で言った。サイレンヘッドはシエンちゃんの方を向きしばらく考え込むように動きを止めた。
「お?なんだ話が通じるんじゃないか。よしよし、お前、名前はなんてんだ?」
「ぼ」
「ぼ?」
「ボボボボボボボボオボボボボォーーーー!!!!」
シエンちゃんが聞き返すとサイレンヘッドは汽笛みたいな音を立てながら両手を広げてシエンちゃんの元に駆けだした。
「ん?なんだなんだ?ハグして欲しいのか?さみしかったのか?」
シエンちゃんは両手を広げて受け止める気でいるが、身長差がありすぎるだろ。シエンちゃんの目の前までやって来たサイレンヘッドはワンワンと犬の鳴き声のような音を立てて地面に転がった。
「おーい!なんか大丈夫そうだぞーー!!」
腹を見せて寝転がるサイレンヘッドを撫でてからシエンちゃんはこっちを向いて手を振った。
「どう思う?大丈夫だと思う?」
俺はそう言いながらフーカさんを見たが、すでにフーカさんはシエンちゃんの方へ向かって走り出していた。
「いやー、凄いですねえーー。意思疎通ができるんですか?」
「ああ、大抵の生き物はな。なんなら人が一番話が通じないだろ」
恐る恐るサイレンヘッドを突っつくフーカさんにシエンちゃんがシニカルな事を言う。いや、シエンちゃんにとっては皮肉でもなんでもなく、普通にそう感じているんだろうな。大抵の生き物は襲い掛かって来るか逃げるか服従するかだもんなあ。ある程度の力や賢さがある生き物だとシエンちゃん相手には戦わずして服従の態度をとるパターンが多いもんね。人は見た目で判断するからな、シエンちゃん相手になめた態度をとる奴多いもんなあ。そうじゃなくても、力を利用しようとする奴とか多かったらしいしねえ。たまにポロっとそういう昔の嫌な体験が顔を出す時あるんだよなシエンちゃん。やっぱ、色々と傷ついたんだろうなあ。
「またおぬしは余計な事を考えとるな?何を思うておるか知らぬが、おぬしがそんな目で見る事はあるまいよ。今を見てやれ今を。なあ」
ホフスさんが俺の背中を優しく叩いた。
「いやあ、ついつい」
俺はテヘヘと頭を掻く。
「きっひっひ、シエンとトモはこの中でも一番古い仲だからのう。色々と思う所もあるだろうさ」
キーケちゃんが笑う。
「いやー、なんやかんや言ってこやつは年上好きと見た。この中で一番可能性が高いのはわたしとキーケ殿であろうよ」
「あら、でしたらわたしも可能性がありますねえ」
ホフスさんに続きアルスちゃんが言って笑う。自分でそれ言っちゃうのアルスちゃん?前に年齢の事をシエンちゃんが弄った時、シエンちゃんの頭を凍らせてたよね?
後、年齢の事を言ったらシエンちゃんも年上だよ。
俺は笑うみんなと共にサイレンヘッドの元に行くのだった。




