ちょっとグッとくるって素敵やん
ファルブリングカレッジ第三会議室にてボンパドゥ商会連合のバッグゼッド支部長であるペーターミュラーさんと我々アリビオ団の話し合いは順調に進み、協力関係を結ぶことで話はついた。
ペーターミュラーさんはこのままホテルに戻らずにウェッパー学長と積もる話もあるので学園に泊まると言う。
そして翌朝にボンパドゥ商会連合バッグゼッド支部へ案内してくれると言う事になった。
そうして翌朝、いつものように起きて寮を出ると生徒達が集まってざわめいていた。
「なんだなんだ?何かあったのかい?」
近くにいる男子生徒に俺は尋ねた。
「魔導飛行船だよ!運動場に来てるんだ!」
男子生徒は興奮気味に答えた。
魔導飛行船だって?まさか、ペーターミュラーさんじゃないだろうな?そう言えば昨晩、ボンパドゥ商会連合への案内は任せてくれとか意気揚々と言っていたよな?
俺は嫌な予感がして運動場へ向かった。
人ごみの中心部へ向かうとそこには魔導飛行船が停まっていた。バッグゼッド帝国に来るときに乗った情報局の飛行機よりは小さいが、それでも魔導飛行船が運動場に着陸するなんて見た事ないから生徒達は浮足立って興奮している。魔導飛行船なんて、滅多に見れるもんじゃないからなあ。
「いやー、クルースさん!いい朝ですねえ!」
魔導飛行船の船体のトビラから飛行帽にゴーグル姿のペーターミュラーさんが現れる。お前が操縦するんかーい!!
「ペーターミュラーさん!!困りますよ!こんなところに!」
ウェッパー学長が大きな声で現れてペーターミュラーさんに抗議し始めた。
「いやーすいません。すぐに出発しますから、さあ、クルースさん早く乗って!皆さん、お待ちかねですよ!」
「マジっすか?俺が最後ですか?」
「そうですよ、さあ、お早く」
ペーターミュラーさんが言う。教員の方々が見物に集まった生徒達に校舎に入るよう指導している。こりゃ、早いとこ出発した方がいいな。
「すんません学長。ちょっと行ってきます」
「ええ、気を付けていってらっしゃい。それからペーターミュラーさん、アリビオ団の皆さんは全員学園の関係者でもありますから、そこのところよろしくお願いしますよ」
ウェッパー学長が厳しい口調でペーターミュラーさんに言う。
「わかっております。ボンパドゥ商会連合にとっても大切な関係者ですからね。それではウェッパーさん、近いうちにまたお会いしましょう」
ペーターミュラーさんはウェッパー学長に手を振って船に入る。ウェッパー学長はこめかみを押さえてから軽く手を振った。
俺はウェッパー学長に軽く会釈して船に入る。
船のトビラは自動で閉まる。
「出発しまーす」
船内に軽い調子のペーターミュラーさんの声が響く。マジでペーターミュラーさんが操縦すんの?ちょっと不安なんすけど?
魔導飛行船は軽い調子で浮き上がり飛行を開始する。
大丈夫そうだね。まあ、空は他に飛行する物体もほぼいないし地上を走るより事故の確率は少ないか。
船内は入ってすぐが病院の待合室みたいな作りになっているが、俺の他に誰もいない所を見るとみんなは別の部屋にいるんだろう。
俺は奥に見えるトビラを開き中に入る。
隣の部屋にはカウンターとイスやソファーがありちょっとした喫茶店みたいな作りになっていた。
「どうぞどうぞ、好きなところにお座りになって下さい。軽食をお出ししますから」
カウンターの席に座ったペーターミュラーさんが俺に声をかける。カウンターの向こうでは髪を後ろにくくった女性がテキパキと動きバゲットサンドをこしらえている。それは、いいのだが。
「なんでホフスさんがいるのよ?」
俺はキーケちゃん達と並んでソファーに座り、バゲットサンドをもしゃもしゃ食べているホフスさんを見つけて声をかけた。
「そりゃあ、あれだ、わたしとやっこさんも古い付き合いだからじゃい。やっこさんの仕事を手伝った事もある」
「そうなんですよ、まさかファルブリングにいるなんて思いもしませんでしたよホフス先輩」
ホフスさんに続いてペーターミュラーさんが嬉しそうな声を上げる。
「先輩って、ペーターミュラーさん、もしかして精霊の巫女なんですか?」
俺は尋ねる。
「いえいえいえいえ、私にそうした才は御座いませんで。若い頃に軍で一緒だったんですよ」
え?ホフスさんとペーターミュラーさん、元軍人なの?
「かっかっか!大昔の事よ。あの頃はまだまだ大陸の情勢が不安定でなあ、ファンダビーリの戦いは厳しかったなあ」
「ですねえ。あの時は先輩に助けられましたよ」
「いつもじゃろがい」
遠い目をして昔話をしてからふたりは笑い合う。なにそれ?なんか、カッコイイんですけど?んでもって、ふたりとも普通の人に見えて悪人からなめられるけど、実は元凄腕軍人で悪人を全滅させちゃう系ですか?俺、その手のエンタメ大好物なんすけど?色々とエグイ経験をしてるから人と深くかかわらなくなったが、ちょっとしたきっかけで年の離れた異性の友人ができ、その友人がヤバい奴らに攫われたのを取り返しに行って欲しい!!
「なんでボウズまで遠い目をしとるんだ」
「あ、いや、えへへ、なんてーか、おふたりの関係性が凄く良くって」
俺は頭を掻いて笑ってそう言う。
「いやー、良い関係になりたかったんですけど、なにせ先輩はガードが固くって」
「バカったれめ、おぬしの本命はアンリじゃろーが。今だに引きずっとるくせに何を言いよる」
「いやー」
ホフスさんに言われて今度はペーターミュラーさんが頭を掻いた。なるほどねえ、ペーターミュラーさんは今でもウェッパー学長に惚れてらっしゃると、なるほどなるほど、って!ウェッパー学長も元軍人さんなの?まあ、強そうではあるけれども!ちゅーか、ウェッパー学長は独身だったよな?でもってペーターミュラーさんの事を変な男だとしきりに言ってたっけ。こりゃ、どういう事だ?前世で観た昔のラブコメ系エンタメだと登場人物が特定の異性に対して変な奴だと言うのはまずほとんどの場合好意の裏返し、もしくは始まりだった。
ペーターミュラーさんは今でも好意を持っているとすると、どうなんだ?ペーターミュラーさんは独身だよな?まあ、前世でもこの世界でも財力と甲斐性がある人物は複数の異性と真剣な付き合い方ができるみたいだけど。特にこの世界では重婚罪がないからな。別に咎める事じゃあないんだけど、ウェッパー学長はその辺、堅そうだしなにより良い人だからなあ、幸せになって貰いたい。まあ、しっかり自立した立派な方だから、俺なんかが心配するこっちゃないんだけども。でも、異性関係は慣れている感じには見えなかったし、異性関係ってのはいくら経験積んでも次に生かせないような所もあるからなあ。昔、良くしてくれた先輩が言ってたっけ、恋愛ってのはいつでも初心者で余裕が持てるってのは恋愛じゃないんだって。
う~ん、大丈夫なのか?学長さんとペーターミュラーさんは?
「まだボウズは色々と考え込んでおるな?その顔じゃあいらぬ心配を抱えているようじゃな。どんな心配かはわからぬが、私の事なら心配せんで良いぞ?ぬしが真賢者返りだろうと魔族だろうとおなごに興味がなかろうと全然気にせんからな。かっかっかっかっか」
ホフスさんが俺を見て大笑いする。
「ボンパドゥの仕事を手伝ってるんだ、こやつはわかっとるよ」
キーケちゃんが俺を見る。お前の口から言うかはお前次第だがな、とその目は言っていた。シエンちゃんとアルスちゃんを見ると、ふたり共、俺を真っ直ぐ見てゆっくりと頷いた。
そっか。
俺はホフスさんを見る。
ホフスさんは、本当に気にしていないようにコーヒーを飲みバゲットサンドを頬張っている。
何も言わなければ本当にこれ以上は追及してこないんだろうなホフスさんは。
やっぱり、このお方には敵わないな。人間力が全然違うよ。
俺は運ばれてきたコーヒーをひとすすりし、ホフスさんに素性を話して聞かせた。
そしてボンパドゥ商会連合で保護管理している物品のうちある種の物は恐らく自分が元居た世界の物であろう事、そして、もしも、そうした世界への通路のような物が発見された場合、保護管理するか出来れば塞ぐと言うボンパドゥの指針に賛成である事を説明した。
ホフスさんはいつにない真面目な顔で俺の話しを聞いた。
「ありがとうな」
俺の話しを聞き終わったホフスさんは短くそう言った。
「な、なんすか、突然?」
俺はふっと表情を緩ませて感謝の言葉を発したホフスさんに不覚にもドキッとしてしまった。
「わたしを信じてくれた事、この世界を信じてくれた事にだ」
「いや、まあ、それは自分も同じですし。世界もホフスさんも俺を見てくれているから」
なんだか上手い事、表現できないが、今の俺が伝えられる言葉でホフスさんに言った。
「おうおう、めんこい奴だ。ぬしが良ければずっと見ていてやろう、そして看取ってやるぞい」
「看取られるのは先輩でしょう」
ペーターミュラーさんが言い、皆が笑う。俺も笑う。ちょっと、やばかったな。なんか泣きそうになっちまった、なんでかわからんけど前世の事を思い出しちまった。前世では家族からも世界からも見られていない感覚があった。色んな人と付き合ったが、やはりその思いは変わらなかった。勿論、良くしてくれる人も居たし強く束縛して来る人も居た。でも、やっぱり見られている認識されているっていう確かな感覚は得られなかった。感覚的な物だし気にするような事ではないと思いながら、自分がしっかり見ていないからなんじゃないか?人は鏡って言うじゃないか、自分がおかしいんだけじゃないか、とも思っていた。結局、自分が人に心を許していないだけなのか?でも、しっかりと裏切られたり騙されたりはしてしまう。自分が変われば世界が変わると多くの人は言う。どう変わればいいんだ?俺は前世で、常にそんな思いを抱いて生きていた。そして、それは一生をかけて向き合う人生の命題みたいなもので、多くの人が同じように感じながら生きているんだと思っていた。
そうした思いは今でもあるんだが、こっちの世界に来て知り合った多くの人は、俺の事を見てくれてる。ホフスさんは、まるで俺の頭を撫でるようにそれを言ってくれた。
「かっかっか!わたしはそう簡単にゆかぬよ。さて、と。ぬしは元の世界に戻れたとしても戻る気はないようだが、もしも、ぬしと同じような立場の者が居り帰りたいと望んだならばなんとする?」
ペーターミュラーさんの言葉を笑い飛ばしたホフスさんが俺に問う。
「それは別に構わないですよ。その人の自由だと思いますし」
「ぬしが信じたこの世界に留まるように説得はせんのか?」
「しないですよ、それは人それぞれですから。人に迷惑をかけない限り、その人の選択を尊重したいです」
「そうか。それがぬしと言う訳か、なるほどのう」
そう言ってホフスさんはキーケちゃん達を見た。
「ぬしの考え方は好感が持てるがな、しかし、己の命を危険に晒す考え方でもあるぞい。ぬしのパーティーメンバーは、その辺りの事を良くわかっておるようだ。クルースよ」
「はい」
真面目に言うホフスさんに俺もきちんと向き合って返事する。
「皆を大事にせいよ」
「勿論ですよ」
俺は返事をする。
「良し。わたしの事もついでに大事にしてくれて構わんぞい」
「ええ、わかりました」
笑うホフスさんに俺も笑い返す。キーケちゃん達はそんな俺とホフスさんを、まるで公園で遊ぶ我が子を見る親のような目で見ている。
そんなに俺って危なっかしい?みんなを不安にさせてた?
ちょっと、自分を見つめ直さなきゃダメか?
複雑な思いに駆られながら俺はコーヒーに口をつけるのだった。




