相談からの急展開って素敵やん
俺は受け取った手紙の内容が気になって仕方がなかったのでディアナにホテルの場所を尋ね、手紙の出し主である技術局副長のベルエール・ラコシャンさんに会いに行く事にした。
しかし、対外治安総局じゃあ副長さんがよく出歩くのね。大丈夫なのかね?偉い人がそんなに気軽に出歩いて。
俺はウェリントンホテルの受付で名を名乗りベルエール・ラコシャンさんからお招き頂いている旨を伝えると、丁寧な応対で部屋まで案内される。
ボーイさんがトビラをノックすると、中からどうぞと声がする。ボーイさんはトビラをスッと開き俺に中に入るように促した。
「失礼します」
俺は一声かけて部屋の中に入るとボーイさんは一礼し静かにトビラを閉めて去って行った。
「ご足労おかけしました。ベルエール・ラコシャンです」
出迎えてくれたのは褐色の髪色でショートヘアの細身な女性だった。
「トモ・クルースです」
俺はラコシャンさんが出した手に応えて握手をし挨拶をする。
グッと握り返すラコシャンさん。結構、強い握力だ。
「どうぞ、お座りになられて下さい。お飲み物は温かいお茶でよろしいですか?」
「ありがとうございます」
俺の言葉にラコシャンさんは頷きお茶を出してくれる。隙の無い動きだ、この人もかなりの手練れなんだろうな。
黒いパンツスーツに薄いブルーのシャツ、いかにも仕事できますって出で立ちだが、表情や口調は非常に柔和な感じがする。彫りの深い顔立ちに力強い目は昔観た、人と愛し合うと豹になってしまいその相手を食い殺さないと人の姿に戻れない猫族の女性を描いた映画の主役女優さんを彷彿とさせる。
「クルースさんには色々とバッグゼッド帝国を助けて頂き、感謝の念に堪えません」
「いえ、とんでもないです」
俺はソファーに座り恐縮しながら茶を一口すする。上品な香りがフワッと立つ、お高そうな茶だ。
「そうご謙遜なさらずに。あなたのご活躍はあちこちから耳にしております。本日、こうして足をお運び頂いたのは、是非そのお知恵を拝借したい、そう思っているからなのです」
吸い込まれそうな深い瞳で見つめられて俺は戸惑ってしまう。まるで、なにもかも見透かされているような気持ちになってしまう。いや、気持ち負けしちゃダメだ。俺は深く息を吸い腹の下に力を籠める。
「自分に出せるような知恵でしたら幾らでもお貸ししますよ」
なんとか平静を保ちながら俺は答える。
「カティスの名物となった波乗り、そして国防軍と共同で開発された魔導二輪車。どちらも素晴らしい発想です。それらを考え出したお知恵を是非ともお借りしたいのです」
真っ直ぐと俺の目を見て言うラコシャンさん。またこれ、困るなあ。前世のパクりですもん。俺は恥ずかしくなってしまう。
「ふふっ、聞いていた通り奥ゆかしい方のようですね」
「いやいや、そんな」
俺は恐縮する。
「さて、早速ですが本題に入らせて頂きますが、先のジャーグル侵攻にて我々はジャーグル軍のみならず新型巨大兵器の侵入を許してしまいました。これは国防に対して非常に大きな問題であると我々は捉えております。そこで、お知恵を拝借したいのはそうした不正入国をいち早く察知するために何か良策はないかという事なんです」
「今まではどういう対策をされていたんですか?」
「目視による監視と魔道具による魔力感知システムを用いていました。今回は感知の範囲外である空からの侵入、そして強力な魔力疎外装置の使用によりこちらの感知システムをかいくぐられてしまいました」
ラコシャンさんは若干悔しそうな声で言うが、これまでの隙の無い対応からしてこれも意図を持ったポーズと見て良いだろう。要は困っちゃうなあ~助けて欲しいなあ~って意思表示なんだろうけど、その辺の匙加減が絶妙だよ。こりゃあ、油断してると丸裸にされちゃいそうだよ。と言っても俺の知識なんかたかが知れてるんだけどな。
まあ、知ってる範囲内で協力させて貰おうか。
「なるほどなるほど、目視と魔力感知ですか。それ以外での監視システムとなると、そうですねえ。コウモリを知ってますか?」
「ええ、生き物のあのコウモリですよね。勿論、存じ上げてますが」
ラコシャンさんは興味深げに少し身を乗り出す。これから俺が何を話し出すのか興味を持って頂けたようだ。これは芝居じゃなさそうだな。
「コウモリって生き物はあまり目が良くないらしいですね。なのに夜行動して飛んでいる虫なんかを器用に捕まえたり障害物を避けたりするんですね。たいした生き物ですよねえ」
「ええ、そう言われればそうですが、コウモリの魔物に対しては風魔法術式が有効的にダメージを与える事がわかっており、彼らが音を使い周囲を見ているらしいという研究結果が出ています」
ラコシャンさんが答える。
「お!さすが最先端魔導技術で知られるバッグゼッド帝国さんですね。コウモリ以外にも海に住むイルカもそうした能力を持っていますね。彼らは自分で特定の音を出してその音の跳ね返りを受けその差異で周囲にある障害物や得物を察知するらしいんですね。ある民族は地下洞窟で狩りをする際、そうした生き物の真似をして舌を鳴らし発達した聴覚で音の跳ね返りを受け取る事で闇の中でも昼間のように行動するそうです。バッグゼッドさんの最先端魔導技術を用いればこれを利用した魔力でも目視でもない感知システムが作れるんじゃないでしょうか?」
俺はラコシャンさんに話して聞かせる。いわゆるエコーロケーションだ。ちなみにある民族なんてのは嘘っぱちだが、実際に視覚障害者の中には杖で叩いた反響音で周囲の状況がある程度わかる人もいるという話を聞いた事がある。地震等で外壁が崩れる事で視覚障碍者の方が音の反響の違いに戸惑われたために実態の調査がされたとか、視覚障害者のためのエコーロケーショントレーニングを推進している団体があるなんて記事も読んだ事があったので、その辺からの引用である。
俺の話しを聞いたラコシャンさんは真剣な表情で頷き何かメモを取っていたのだが、奥の部屋のトビラからコンコンと小さなノック音が聞こえるとペンを置き、失礼、と短く俺に告げ席を立った。
奥の部屋に人がいたのか?警戒して気配に気を配るような事はしなかったが、身体強化の一環として普段から人の気配や音には敏感になっているのにまったく気づかなかった。
どういう事だ?別に俺を陥れようとか危害を加えようとかそういう事ではないと思うが。
ラコシャンさんは奥の部屋に入り、しばらくするとこちらに戻って来た。
「あなたを騙すつもりはなかったのですが、奥の部屋に別の協力者がおりましてね。彼が是非あなたにお会いしたいとの事でして、よろしいでしょうか?」
戻って来たラコシャンさんは申し訳なさそうに俺に言う。
うーむ、どういう事かわからないが断る理由もない。
「ええ、構いませんよ」
俺はそう言ってソファーを立つ。
ラコシャンさんは、感謝します、と言い奥の部屋のトビラを開けた。
「隠れて話を聞くような真似をして申し訳ない。私はヘルマン・ペーターミュラー、ボンパドゥ商会連合バッグゼッド帝国支部支部長をしております。どうぞよろしく」
くせのある白髪に白い口髭をたくわえた恰幅の良い中年男性がこちらに歩いて来て俺に握手を求めた。
「トモ・クルースです。よろしくお願いします」
俺は応えて握手を返した。グッと力のこもった握手だ。ボンパドゥ商会連合?世界的にも有名なふたつの商会、ボンクラックとリックパドゥが統合してできた大商会って話しだが悪い噂は聞かないし今まで特に関わる事はなかったな。そんな大商会のバッグゼッド帝国支部長さんがなぜこんなところに?
「ケイトモの創設者でありアリビオ団のリーダーとして世界を股に活躍されているあなたとお会いできて光栄ですよ」
ペーターミュラーさんは本当に嬉しそうな顔をして言う。うっ、お世辞だとわかっていても真に受けちゃいそうだ、この人の人間力のなせる業か。
「いえいえ、とんでもないですよ。それよりも、ボンパドゥ商会連合さんこそ世界的に有名な大商会ではないですか」
「いやいや、そんなそんな」
ペーターミュラーさんは恐縮して手を振り笑う。表情と言い仕草と言い、なんとも愛嬌のある人だ。こりゃ、うっかりしてるとラコシャンさんと二人がかりでケツの毛までむしられちゃいそうだぞ。
俺は心の褌を締め直した。
「まあ、立ったままと言うのもあれですから、どうぞお座りになって下さい」
ラコシャンさんに言われて俺とペーターミュラーさんはソファーに座った。
ローテーブルの向こうにラコシャンさんとペーターミュラーさんが座り俺はふたりと向かい合わせで座る事となった。なんか面接みたいで緊張するんすけど。
「早速ですが先ほどのお話し、非常に興味深いお話しでした」
「いえいえ、そんなお粗末様です」
俺が答えるとペーターミュラーさんはゆっくりと頷き、一呼吸おいてこちらを見て口を開いた。
「わたくしどもボンパドゥ商会連合は商品の制作販売以外に大きな事業を展開しております。それはバッグゼッド帝国のみならず世界にとって有益な事業であると自負しております。その事業に皆さまのご協力をお願いしたいのです」
「皆さま、と言いますと?」
ケイトモ商会の事か?提携しようって事なのか?
「勿論、アリビオ団の皆さまです」
ペーターミュラーさんはニコニコして言う。アリビオ団に協力要請?どういう事だ?何か武力による解決を望む事があるって事か?いや、これほどの大商会なら、うちらみたいな冒険者に頼まなくとも国の衛兵団の力を借りるとか傭兵団を雇うとかなんとでもなるだろう。
それじゃあ、なにが目的だ?捜査力?コネクション?う~ん、どれも我々が特別とは思えん。ちゅーか、あれか、ラコシャンさんとの話しを聞いてこうして出て来たって事だよな?ちゅー事は、どういうこっちゃ?
俺の頭の中は一瞬にしてクエスチョンマークだらけになった。
「ペーターミュラー支部長、色々と言葉が足りていないですよ。ほら?クルースさんが混乱していらっしゃる」
ラコシャンさんが俺の顔を見て助け舟を出してくれる。
「これは申し訳ない。事業についてもう少し詳しくお話しせねばなりませんね。わたくしどもボンパドゥ商会連合の大きな事業、それはこの世の理を外れた物の保護です」
「この世の理を外れた物ですか?」
俺はその言葉に引っかかりを覚える。その言葉を前に聞いたのはアルスちゃんについて、ノーライフキングという存在について説明を受けた時だった。まさか、ノーライフキング狩りをしているのか?だとすれば当然、協力は出来ないし、事と次第によっては敵対関係になる可能性もある。ちゅーか、その可能性はかなり高くなるが。
俺は緊張する。
「いや、申し訳ない。言葉が足りませんでしたね。この世界の法則や原理に無い物品、という事でして現在認知されている特定の種族を差すものでは御座いません」
ペーターミュラーさんが俺を見て言う。
「それはつまり、一般的にこの世界の理を外れた存在と言われるような種族を排除するような事ではないという事ですね?」
「ええ、勿論ですよ。具体的にわたくしどもが保護している物を見て頂いた方が早いですね。少しお待ち下さい」
ペーターミュラーさんはそう言うと席を立ち奥の部屋に行き、箱型の手さげかばんを持ち戻って来た。
「それは、安全な物ですよね?」
「研究所にて安全が確認された物ですので大丈夫です」
ラコシャンさんに問われて答えたペーターミュラーさんはテーブルの上に箱型カバンを置き、俺に見えるようにしてパカっと開いた。
カバンの中に入っていたのは額に入った絵とクリスタルの置物だった。
「まずはこの絵をご覧ください」
ペーターミュラーさんはカバンの中から絵を取り出す。絵に描かれているのはイスに座った上品な女性だ。
「よく見ていて下さいね」
そう言ってペーターミュラーさんは絵をゆっくり左右に動かした。するとどうしたトリックなのか、絵の中の女性が俺を向いて首を動かすではないか。
「な、なんすかこれ?絵の中に人が閉じ込められているんですか?闇魔法かなんかっすか?」
俺は驚いて言葉がおかしくなってしまう。
「いいえ、既存の魔法、術式などを用いたものではありませんし、確認されているあらゆる魔物にも該当するものではありません。次にこちらのクリスタルを見て下さい」
絵をカバンにしまったペーターミュラーさんは350ml缶ほどの大きさの長方形クリスタルを取り出して俺の前に置いた。
「どうぞ、手にお取り頂いてよく見て下さい」
手に取って見るとそれは内部に立体彫刻が施されたいわゆる3Dクリスタルだった。この世界に来て初めて見るな。これは光魔法を使えば作れそうな気もするが、問題は中に刻まれている立体彫刻だ。
クリスタルの中に見えるのはどう見てもアメリカンバイクだった。そしてバイクの上には『モーターサイクルツーリングクラブ・トットコダン 10周年記念』と刻まれていた。
こりゃあ、前世の品物じゃないか?バイククラブの記念品だろ?
「それは、クルースさんが国防軍と共同開発された魔導二輪車に似ていませんか?」
俺は言われてドキッとしてしまう。
「え、ええ、まあ、そうかも知れないっすねえ」
「わたくしどもが保護しているのはこうした物品です。どうですか?関心を持っていただけましたでしょうか?」
ペーターミュラーさんはニコリと笑ってそう言った。
むうっ、どうすれば良いんだ。この世界に来た時にアウロさんから異世界からやって来たって事は伏せた方が良いと言われて、俺はその事を伏せて生きている。知っているのはアウロさんとシエンちゃん、アルスちゃん、キーケちゃんだけだ。というのも下手に外に漏れるとモミバトス教から排除対象として扱われる危険があるからだ。アウロさんは最初の相談者だし、アリビオ団のみんなはもし危険が振りかかったとしても自分で対処できるから話してはいるが。
これは、良く考えて返事をしないとマズいな。




