夜のお楽しみって素敵やん
だいぶ飲んで、いろんな話をしていたらワッキネンとツィルマがベロベロになっていた。
ホフスさんは、まだまだこれからだ!次の店に行くぞと息巻いたが、キーケちゃんがさすがにこれ以上は危なかろうと言ってふたりと一緒に宿に戻ると言う。
シエンちゃんとアルスちゃんも一緒に宿に戻ると言うので、結果として俺とホフスさんと二人で飲みなおす事になった。
「しかし、凄いのう。これで花街じゃあないのだろう?まだここは」
「みたいだね~」
店の外に出て改めて呆れるように言うホフスさん。
「だったら花街はどれだけ人がおるのか気になるのう」
「だから~、女の子ちゃんがいく場所じゃあないって言ってるっしょ~。それよりさあ、さっき隣りの席のオッサン達が言ってた魚の美味い店行こうよ!魚食いたいっしょ!そっっしょ!」
「かっかっかっか!お前も好きだなあ!それじゃあ行くか!」
ホフスさんはそう言って駅の方へしっかりした足取りで歩いて行く。
「あれ?そっちだっけ?違くない?」
「いや、こっちだと言っとったぞ」
「え~、やっぱ違くな~い?」
「ふひひひ、そう言いながらも足取り軽くついて来るのはやっぱり、おぬしも気になってるんだろう?」
「え~、な~にが~?」
「とぼけおって、ほれ、到着ぞ」
「え~、どこ、ここ~?わかんな~い」
俺はすっとぼけるが、ホフスさんが確かな足取りで歩いて来た場所、俺達が立つ先に見えるのは花街であった。
色鮮やかな建物に流れるムーディーな音楽、建屋の中や外にはキレイな格好をした美しい女性が優雅な仕草で男達に誘いかけている。
「ふっほっほ!眼福眼福!」
「やだ~、もう~!ホフスちゃんたら女の子のくせに~!」
「きひひひ、わたしゃどっちもいける口じゃからのう。目移りするのう」
「やだもう!遊ばないわよっ!あたしそっちの趣味ないしー」
俺はお姉言葉でじゃれながらお茶を濁す。
「けけけけ、わかっとるわかっとる、欲しいんじゃな?期待しとるんじゃな?ん?」
ホフスさんが怪しい目をして言う。
そのうちじゃなくて今すぐがいいのってちゃうわい!
「マジで遊ばないよー、俺は。だったら飲みたいし」
「かぁーっ!固い奴じゃなあ~。固いのはこっちだけにしとけい!」
ホフスさんがそう言って軽い調子で袖を振ると、袖の中から杖が飛び出し俺の股間に向かって伸びた。
「うおっと!あぶねっ!」
俺は腰を引いて間一髪避ける。
「ほう?まだまだ酔いがまわっとらんようだなあ」
「だから言ってるっしょ!飲み足りないって!つーか、どこに杖隠してんだよー!んで、どこ狙ってんだよっ!」
俺はホフスさんにツッコんどく。
「けけけ、使う気無いなら別に構わんだろう」
「構うわっ!」
「よっ!」
「ひゃっ!」
ホフスさんが変な掛け声と共に袖をふるので俺は思わず悲鳴を上げて股間を押さえる。
「ひっかかったひっかかった!」
ホフスさんが笑う。
「クソー、おっかねー遊びを思いつきやがったなー」
俺はホフスさんを睨む。
「けけけ、わかるか?」
「わかるよ!どうせ、あれでしょ?ちょくちょくそうやって仕掛けてきて、こっちが油断したころにマジで杖を繰り出すって算段っしょ?そっしょ?」
「ほうほうほう、お見事!その通りだ!良くわかったのう」
ホフスさんが嬉しそうに笑って言う。
「わかるっちゅーねん!」
それは、前世で子供の頃に見た名作野球漫画にて主人公の親父が編み出した技だってーの。ピッチャーをやってたその親父はほぼ直角に曲がる送球を一塁に走るランナーに向かって投げ、ビビッて足を止めさせてアウトにする技を編み出したのだが、ベテラン選手からそんな技はすぐに見切られてランナーは足を止めずに走りきるようになるぞ、と技の弱点を指摘されるのだ。すると、親父はこう答えるんだ、その弱点なら克服している、と。どうやるのかと問われた親父は自信満々にこう答えるんだ、たまに本気で当ててやるんだよ、と。
それがきっかけで親父は球界を追放されちゃうんだけどね。
まあ、そんな訳だから、ホフスさんの始めた遊びの恐ろしさは良くわかっとるっちゅーねん!そんな遊びを続けられた日には王者の印が真っ赤に燃えるわい!血の汗流すっちゅーの!
「かっかっかっか!愉快愉快!」
「愉快じゃないわい!」
そんなアホなやり取りをしながら花街をゆらゆら歩いて行く俺とホフスさん。
婆ちゃんつれて歩いてたら白い目で見られたり、なんやかやとイチャモンつけられたりしないかと心配してたが、まったくそんな事はなかった。
つーか、街を歩く男達はそれどころじゃなく、もう、なんつーか、夢見心地ってーの?とにかくもう、酔ってほわんほわんしてる奴ばっかりで、俺達を気にしてる奴なんていやしなかった。
「うちならふたりでいけるわよ?」
「お?いけるってよ、どうする?ん?」
「どうするじゃないよ、行かないって」
困るのは俺とホフスさんを見てそれでも誘ってくる女性たちだよ。その度にホフスさんが、どうだ?行くか?と笑うもんだからいちいち断るのが面倒くさいったらない。
しかも、断った後で俺の股間に袖を振る仕草をするもんだから、その度にこっちも股間を防御しなきゃなんなくって参る。ホフスさんはたまにホントに杖出してきやがるし、それ見てお姉さんは爆笑するしで、もう!好きにしてくれい!
「うるせい!しつこいぞ!知らねーって言ってんだろうが!ぶっとばすぞ!」
大きな声がして、路地裏から女性が突き飛ばされて転がって来た。
「おっとっと、大丈夫っすか?」
俺はこれ幸いとホフスさんの隣りからダッシュで離れて転がる女性を受け止めた。
「すいません、ご迷惑おかけしました」
「ケガはないですか?何があったんです?」
俺は女性に声をかけながら路地裏に目をやる。暗い路地裏では扉越しにこちらを見ている人相の悪い男が、失せろっ!と吐き捨てながらデカい音を立てて扉を閉めていた。
「本当にすいません」
女性はしきりに頭を下げながら立ち上がり、自分の服の埃を払った。
「良い良い、気にするでないぞ。それよりもおぬし、この街の住人ではあるまい。なにかわけがあるなら話を聞こうぞ」
ホフスさんが優しい顔をして女性に声をかけた。ホフスさんに言われて改めて女性を見ると、年齢は四十代ほどだろうか、地味な服装に化粧っ気のない顔、乱れた髪は確かに花街で働いている女性とは質が違うようだ。
「話しを聞いて頂けますでしょうか」
女性が真剣な顔で言う。
見ず知らずの人間に話を聞いてもらいたいほど切羽詰まってるって事か。こりゃ、聞かない訳にゃあいかないな。
「んじゃ、場所を変えて落ち着ける場所で話を聞きましょうよ」
俺はホフスさんに言う。
「そうだな、ならば花街の入り口にカヘーがあったな。そこでコーシーでもやりながら話を聞くとするか」
ホフスさんが言う。カヘでコーシーって。
ふと女性を見ると表情が緩んでいる。はは~ん、こりゃあ、わざわざ古めかしい言葉遣いをして空気を緩ませたな?まったく、緩急自在なお人だなホフスさんは。
俺達は花街入り口の喫茶店に入り、コーヒーを注文すると女性から話を聞く事にしたのだった。
「さて、まあ、ひとまず飲むと良い」
ホフスさんに言われて女性は頭を下げコーヒーを一口飲む。
「改めて、ありがとうございました」
コーヒーを一口飲んで落ち着いたのか、女性は背筋を伸ばし俺達ふたりを見て今一度頭を下げた。
「良い良い、それでおぬしはどうしてあんな所におったのだ?」
「娘を、私の娘を探していたんです」
女性はそこまで言うと、堰が切れたように話し始めた。
彼女の名前はマドリ・アレバーロ、ここから馬車で五日ほど離れた小さな町スレダセレダに娘と二人で暮らしていた。
夫は旅の商人をしていたが事故で亡くなり、夫の残したお金で小さな飲食店を開いて母子二人で細々と暮らしていた。スレダセレダは小さな町で近くに大きな産業もなく廃れていく一方だった。多くの若者は何もない町での変化のない生活、しかも目に見えて枯れていく町を見限って大きな街へと出て行った。
マドリの娘のアナもそのひとりだった。マドリは大変悲しんだが、娘の人生は娘のものであると踏ん切りをつけ地元で一生懸命働いた。唯一の楽しみは時折送られる娘からの手紙だった。
ところが、その手紙が突然途絶える。
マドリは心配でたまらなかった。
最後の手紙に書いてあったのはハルワナシュで花屋の手伝いをしているという事だった。
行商人が来るたびにハルワナシュの事を、娘を知らぬか尋ねた。
そんなある日、ハルワナシュから来た行商人からマドリは不穏な話を聞いたのだ。
その話とは、ハルワナシュでは花街が栄えており働き手となる女性が足りていない、そこで出稼ぎにきた娘を半ば拉致するようにして働かせている悪い人達がいると言うのだ。
その話を聞いたマドリはいてもたってもいられず、少ない蓄えを握りしめハルワナシュにやってきたのだ。
そして、街中の花屋で娘の事を聞きまわりやっと見つけた娘の働き先で聞いたのは、付き合っている男の借金を返すために割の良い仕事を見つけたと言いここを辞めたという話だった。
付き合っていた男の事を尋ねると、男の名前はキススと言い女たらしで名が知れている事がわかった。
それからマドリはキススを探して彼が出入りしているらしい賭博場や花街の店などを訪ね歩いているのだと言う。
「ああした所は訳ありの人が多いようで、今日みたいに追い出される事も多いんです」
「それはそうじゃろうな、どこもクリーンな商売ばかりしとるわけではあるまいからなあ。しかし、ぬしも毎日そんな事をしておってよく今まで無事でおったのう。余計な事を詮索しとる余所者がいるなんてのは、こうした場所ではすぐに噂になるもんじゃ」
ホフスさんが言う。
「ええ、日に日に町の人の対応が厳しくなってます。今日などは泊っている宿で問題を起こすなら出て行ってくれと追い出されてしまいました」
「え?じゃあ、どこに泊るつもりなんです?」
「どこかで野宿しようかと」
マドリさんはコーヒーのカップを抱えて俯き加減でそう言った。
「どうするよ?」
「どうするって、決まってるくせに」
俺は嬉しそうに言うホフスさんにそう答える。
「決まってるとはなにがだ?」
「またまた~、面白い事になってきやがったって顔してるよホフスさん」
「それはつまり?」
「首を突っ込ませて頂きましょうよ」
「おぬしがそこまで言うならば、わたしも一肌脱ごうかねえ」
ホフスさんが嬉しそうに笑って言う。
「良く言うよ、まったく」
「あんたも好きねえ~」
ホフスさんが俺の腕を指でさすりながらしなをつくって言う。
マドリさんはと見れば、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返しながらしきりに頭を下げている。
いや、マドリさんねえ、こんな怪しいふたり組をそんなにすぐに頼っちゃダメだよ?って、あれか、そのくらい切羽詰まっているって事か。
こうなりゃ乗りかかった舟だ、夜の花街大捜査線と行きますかい!




