ハチャメチャばあちゃんって素敵やん
「え?えっえっえ?なに荷造りしちゃってんのホフスさん?」
俺は鼻歌混じりでトランクに荷物を放り込むホフスさんに尋ねる。
「そりゃあれだ、旅に出るんだからある程度の物は持って行かねばなるまい。あ!あれか?向こうで買い揃えば良いってかい?ファルブリングも今じゃあ結構な街になったと聞くからな、それも良いかもしれんが、わたしは結構、繊細でなあ。使い慣れた肌着でないと落ち着かんのだよ。ほれ、見るか?」
ホフスさんがヨレヨレのシャツをこちらに見せてくる。
「見せなくっていいって!!いや、そう言う事じゃなくって、ホフスさんも行くってどういう事?精霊の巫女でしょ?ここ離れていいの?」
「いいのって、わたしだってずっとここに居なきゃなんないって訳じゃあないぞ。別にわたしがいなくとも森も精霊も存在し続けるわいな。そうそう!そんな訳だからあれだぞ、通いで巫女をやってもいいんだぞ?ん?」
そう言って俺とワッキネンを見るホフスさん。
なんだよ通いのシャーマンって?
「いや、あの、そうじゃなくて。なんで一緒に来る事になってんのって事ですよ!」
俺は思わずはっきりと言ってしまう。
「ああ、そう言う事か。わたしがなぜ一緒に行く気になったか知りたいんだな?」
「うん、そう。知りたい」
「それはだな」
「それは?」
「面白そうだから、だ」
俺は思わずズッコケそうになる。
「面白そうって、ホフスさん」
「久しぶりにアンリの顔も見たいしなあ」
ホフスさんは目を細めて言う。
「アンリ?」
「知っとるだろう?アンリエットじゃよ、アンリエット。アンリエット・ウェッパー」
「え!ウェッパー学長の事ですか?」
「そうじゃよ。あやつとわたしは乙女の頃には互いにその美と知を競ったものよ。アルテツィストの双子花と呼ばれたもんじゃった」
目を細めて言うホフスさん。え~?ウェッパー学長と~?学長が才色兼備と言われていたってのはわかる、今でもきれいだもん。でも、ホフスさんが~?う~~ん。
俺はホフスさんをまじまじと見る。
目を細めて見ると、確かに昔はおキレイだったかな?と思えなくもないかもしれない。労働者の悲哀を描かせたらピカイチのフィンランドの名監督作品の常連名女優さんに似ていなくもないような気がしなくもない。
「ん?どうした?そんなに見つめて惚れてしまったか?ふたりで後継者を作るというのも悪くはないなあ。よし、早速寝屋の準備をするか?」
「バカ言ってないで学園に行くなら早いとこ荷造り済ませちゃいなさーいっ!」
俺は腰を軽く曲げ右手を上に掲げてツッコむ。これも昭和マンガヒロインツッコミという高等ツッコミ技術のひとつである。
ホフスさんは、照れおってかわいいやつだ、なんて言いながら荷造りを再開する。
俺は目を大きく開き口を半開きにしフレーメン反応を起こした猫のような顔をしてみんなを見た。
「ぷっ、ホントに君は何者なの?ふざけてばかりいるけど、恐ろしいほどの使い手さん達がパーティーメンバーでおまけに口をそろえてリーダーは君だって言う。どういう人なの君は?」
ツィルマが笑う。
「どういう人って、別に普通の人?」
俺は小首をかしげて問い返す。
「やめてよ。また、そうやっておどける」
「うふふ、学園で一緒に過ごせばトモトモの事がわかるかも知れませんよ」
呆れたように言うツィルマにアルスちゃんが笑顔で答える。
「さてと、荷造りは終ったぞ。出るとするか」
「今から出るとどこかで宿を取る事になるが良いのか?ここで一晩過ごして明日の朝出るという手もあるぞ」
キーケちゃんがホフスさんを見て言う。
「何を言っとる、好機を逸するなかれじゃ!今こそ旅立ちの時!さあ!冒険の旅に出発しようではないか!」
トランクと杖を持ち意気揚々と小屋の外に出るホフスさん。
俺達もその後に続く。
「しばらく留守にするからな、戸締り用心火の用心、コロコロのパッ!」
ホフスさんが小屋を見て杖を振るう。どうやら精霊術でセキュリティ的な事をしてるようだけど、何振興会の会長さん?一日一善!
「よし行くぞう!」
は~テレビもねえっ!て、ホフスさんは森の出口とは逆方向に向かって歩いて行く。
「おーい!ホフスさーん!そっちは逆方向じゃないのー?」
「いや、こっちのが近道だ」
ホフスさんは自信満々に言う。
「そうなの?俺の方向感覚がおかしくなったのかな?」
俺はキーケちゃんを見て言う。
「いや、お前も正しいしホフスも正しい」
「どゆこと?」
「奴が向かっているのはファルブリングカレッジのある方面、トモが言ってるのは駅の方面だ」
キーケちゃんが言う。
「ちょちょちょ!ホフスさんやーい!」
「なんじゃい!早く行かねば年寄りになってしまうぞい!」
もう年寄りでしょ!って、そうじゃなくって。
「歩いて行く気なんですか?」
「勿論、どこかで馬車にでも乗せて貰うつもりじゃが」
「魔導列車で行かないんすか?」
「あんなもんは一般人が乗れるものじゃなかろう」
「いや、今は乗れるんですよ」
「なんと!本当か!」
驚くホフスさん。
「本当ですよ。俺達もそれに乗って来たんですから」
「それを早く言わんか!それじゃあ行く先変更!駅に向かって面舵いっぱーーい!!」
ホフスさんは意気揚々とそう言って踵を返した。
「世界情勢に詳しいと思ったら、世の中の事、全然知らなかったり、もう、なんかハチャメチャなんですけど」
「そういうお方なんですよ。私としては、そのおかげで今があるので何とも言い難いのですが」
俺の言葉に苦笑いするワッキネン。
ホフスさん、なかなかパンチのあるおばあちゃんである。ホフスさんに続き森を抜け野原を歩くとしばらくして民家が見える。
「な?近いじゃろ?」
ホフスさんが俺を振り返り言う。
「いや、な?って言われましても。別に遠いと不平をこぼした覚えもないし」
「けっけっけ、良く言うわい。この美女について行って大丈夫なのかと不安になっとったろう?顔を見ればわかるわい」
「大きな誤解です」
俺は答える。
「それでガレーン駅に着いたが、来るときはどの位かかったんだ?」
俺の答えをマルっと流すホフスさん。
敵わないね、どうも。
「来るときは半日かからなかったけど、それは特別列車だったからで帰りは一般だから結構かかるよ」
「結構ってどの位だ?」
「学園からバルスコフ領まで半日位、領に入ってからここまで四半日位って話だよ」
「なんだ、じゃあ列車の中で一晩過ごすのか?」
ホフスさんが俺に尋ねる。
「う~ん、どうだろう?」
「普通列車は最終時間が決まってますからねえ。今からだとどこか途中の駅までしか行けないんじゃないでしょうか?」
首をひねる俺にアルスちゃんが教えてくれる。
そっかー、そんな事もあるか。昔若い頃、飲み会やなんかの帰りに最寄りの駅まで行く電車がなくなって家まで三時間弱歩くはめになったり、駅の外で始発まで寝たりした事があったなあ。あの頃は金がなくてタクシーに乗るなんて事もできなかったからなあ、ってよく考えたらこっちに来るまでずっと金なんてなかったわ。
「聞いてきましたが、今からだとハルワナシュ行きの列車が一番学園都市に近づける列車だとの事です」
ツィルマが駅員さんの元からこちらに戻って来る。
「ハルワナシュか、昔は何もない漁師町だったが今はどうなのかねえ」
「今は結構栄えてるぞ!」
シエンちゃんが元気良くホフスさんに答える。
「へえ、行った事あんのシエンちゃん?」
「ああ、波乗りでな!なあ?キーケちゃん」
「いい所だぞ、飯は美味いし活気のある町で」
「ほうほうほう、そりゃあいいな。飯が美味い土地はいい。よし!今晩はハルワナシュで宴としよう!」
シエンちゃんとキーケちゃんの話を聞いてホフスさんは嬉しそうに駅舎へ入って行く。
「コラコラ!おばーちゃーん!切符買わんとあきまへんでー!!」
「これで買っといてくれい!」
ホフスさんは俺を振り向くとゆったりとしたローブの袖をヒョイとふる。すると布袋が俺に向かってふわりと飛んで来る。
「しょうがないなぁ、っておっも!!」
受け取った俺は袋の重みにビックリする。
「それだけあれば足りるだろ?」
袋の中を見ると金ぴかの硬貨がギッシリ詰まっていた。
「これ」
俺は袋の金貨を一枚つまんでアルスちゃんに見せる。
金貨には片面にはお座りの姿勢をとるグリフォンとそれの頭に杖をかざす女性の刻印、もう片面には女性の横顔のアップが刻印されていた。
「これは・・・、ファリグリフォン金貨ですね」
金貨をマジマジと見てアルスちゃんが言う。
「ファリグリフォン金貨?なにそれ?使えるの?」
「使えるどころの話しじゃないですよ。今は亡き大国、ファリウス王朝が発行した金貨で世界で最も美しい金貨と言われています。その刻印のモチーフはファリウス王朝に伝わる詩にある精霊の女王であるファリとファリウス王朝の象徴であるグリフォンです。発行枚数はわずか500枚、その希少性と最高峰の芸術レベルからその価値は計り知れないと言われていますよ」
ツィルマが興奮気味に言う。
「うっそ!結構あるけど」
「70枚程あるかね」
驚く俺にホフスさんが言う。
「これ、どの位の価値があるの?」
俺はおっかなびっくり金貨をつまんで尋ねる。
「今オークションに出してどの位の価値がつくのか見当もつきませんが、以前オークションに出たものは大型客船が買えるほどの値がついたと聞いてます」
「一枚で?」
「ええ、一枚で」
ツィルマが真剣な表情で俺に返す。
「じょじょじょ、冗談じゃないよ!こんなもん、気軽に寄こさないでよ!!」
俺は震える手で金貨を袋にしまいホフスさんの元に走る。
「返す返す!もー!こんなおっかないもん持ち歩くなっちゅーの!!どっかに預けなさいよ!それか金庫にしまっておくとか!」
「金など使わなきゃ意味があるまい」
「気軽に使えるもんちゃうっちゅーねん!!」
俺は押し付けるようにして袋をホフスさんに渡す。
「仕方ないな。それじゃあ、こっちはどうだ?」
袋を袖にしまったホフスさんは袖の中からシルバーの円に細い金属棒が突き立っており、その金属棒に紙束が刺さっている物を取り出した。
昔、俺が子供の頃にたまに見かけたレシートをさしておくやつ、あれを思い出す。
金属棒に刺さっているのはバッグゼッドで普通に使われている高額紙幣だった。
それが束になって刺さっている。
「これはこれで大金だけど、さっきのよりはマシだよ。ちゅーか、列車賃くらいこっちで持ってもいいよ別に」
「いいんだいいんだ。どうせたいした使い道もない物だし、そんなもんなら同じのがあと四つ程ある」
袖をブラブラ揺らして言うホフスさん。
「どうなってんのよ、その袖の中は?」
何次元ポケットよ?未来の世界の何型ロボット?
「精霊術さ」
「もう、なんでもそれで済まそうとしてない?」
「細かい事は気にするな、ほれ、それで列車賃を払え。余ったら弁当と茶でも買えば良い」
「どういう金銭感覚してんのかねあれは?」
「街中で一人にしてはいけないタイプですね」
俺とワッキネンは互いに顔を見合わせるのだった。




