前世の知識って素敵やん
「何が起きたか知りたいだろ?」
俺は倒木の影からこちらに向かって飛んできた沢山のもの、黒と白に塗り分けられたミカン箱サイズの箱の上に足を動かして言う。
「踏まない方がいいかも知れませんよ、何が出てくるかわかりませんからね」
「うひょっ」
アルスちゃんに言われて俺は箱を踏もうとしていた足の動きを急に変えて間抜けな動きになってしまう。
「かっかっか、おぬしは時間を伸ばしていただけで何が起きたか正確にはわからんだろう。わたしが説明してやろう」
ホフスさんが笑う。
まあ、その通りなんだよな。
俺はチビガニメデスと話している最中にアルスちゃんから話を伸ばしてと言われて、その通りにしていただけだったのだ。
「ハンプトンの若造共よ、お前たちがこちらの話しに興味をそそられた風を装い陰でコソコソと動いておった事はわかっておった」
「・・・・・」
「なんだ?何も言い返さんのか?妙な仕掛けで精霊の意識を逸らしておったようだが、この森でわたしの目や耳になるのは精霊だけではない。この森に住むすべての生き物がわたしの味方なのだ。そいつらが教えてくれたのだ、貴様らが陰で何かの装置を設置している事を。だからそれを逆に利用してやったのよ。ボウズが話を伸ばしている間にわたしはその場所を伝えた」
そう言ってホフスさんはキーケちゃんを見る。
「そしてあたしらはそれをとっ捕まえて引っ張り出した」
キーケちゃんはそう言って黒白箱を縛り上げていた水の鞭を解除する。
「これは・・・魔道具、それも上位闇魔法の発生装置ですね。黒に塗られた方が発生方向ですか」
アルスちゃんがそう言って箱を一か所にまとめる。
「こいつで囲んで上位闇魔法で我らの動きを封じるつもりだったのか?チッチッチッチ、甘い甘い。そんなもので封じられるほど我らは甘くないぞ」
シエンちゃんが言う。上位闇魔法って言うと例の重力制御魔法だろ?俺は封じられちゃいそうだけどな。
「クックックック、こちらの手がそれだけだと思うのか?そいつでお前らの動きを封じた後、こちらがどういう手を打つか考えなかったのか?」
チビガニメデスは笑って右手を上げる。
「バキバキバキバキバキバキバキバキ!」
木が折れる音が鳴り響き倒木が噴き出る間欠泉のように弾け飛んだ。
「なんだ!」
ワッキネンが叫ぶ。
「何かが来ます!気を付けて!」
ツィルマが言うや否や弾け飛んだ倒木の中から巨大な影が現れた。
「あれは!ガニメデスイオ!」
ワッキネンがまた大きな声を上げる。そこに現れたのは二足歩行の銀色巨人だったが、よく見ると頭がカエルじゃないぞ?ワニみたいな顔をしとるぞ?
「はっはっはっはっは!こいつは上位機種カリストイオだ!その力は約三倍!ガニメデスとは違うのだよ!」
チビガニメデスが高笑いする。おいおい、誰専用だよ?なんで赤色にしなかったんだよ!
「くっ、魔力吸収疎外が効き始めてます」
ツィルマが苦しそうな顔をする。
「灰になれ!」
チビガニメデスが叫ぶとカリストイオのワニのような口がパックリと開き、まるで火山の噴火のような炎がこちらに向かって噴き出した。
「チェストォーーー!!」
一気に前に出たシエンちゃんが気合一閃、アッパーカットを繰り出した。
噴火のような炎はシエンちゃんの拳の動きに合わせたように空に向かって軌道を変えた。
凄まじい炎が空に向かって上がりはるか上空で四散する。
「こいつ、トモちゃんはやっつけたんだろ?」
「いや、やっつけてないよ。動かしてる人と話をして協力して貰っただけ」
俺はシエンちゃんに言う。
「そっかー、やっつけてないのかー。じゃあ、やっつければ我の勝ちだな」
シエンちゃんが右腕を振り回して笑う。
「やっつけなくてもシエンちゃんの勝ちだよ。俺が勝った事なんてないじゃん」
「いや、いっつもトモちゃんが勝ってる。だから行ってくる」
シエンちゃんはそう言ってツカツカとカリストイオに向かって歩いて行った。
「えー?どこで?俺、シエンちゃんに何で勝ったの?」
「キヒヒヒヒ、あやつはトモの評判を耳にしては悔しがっておったぞ」
「なんの評判よー?」
笑うキーケちゃんに俺は尋ねる。
「色々よ」
またキーケちゃんは意味ありげな笑みを浮かべる。
色々って言われてもなあ。
俺は納得いかない顔をして見せる。
「み、皆さん、大丈夫なんですか?」
ワッキネンが持っていた斧を杖のようにしてすがる。
「いや、お前の方が大丈夫か?」
「身体強化が切れかかっているだけですから大丈夫ですが、私が心配しているのは彼女です」
「彼女ってシエンちゃんの事?だったらなんの心配もないよ、マジのガチで強いから。それよか、つらいなら座りな」
俺はワッキネンに言う。
「皆さん、どれだけの魔力量なんですか?」
ツィルマが呆れたように言い薪束の上に腰を掛ける。
キーケちゃんとアルスちゃんが平然としているのは理解できるがホフスさんもピンピンしてるよ、さすがは精霊の巫女と言った所か。という訳で苦しそうにしているのはツィルマとワッキネンだけのようだ。
「まあ、シエンがやる気になってるなら任せれば良い。我らはゆっくりと見物しよう」
「ゆっくり見物する暇あるかねえ、シエンちゃん瞬殺するんじゃない?」
「いーや、あやつはトモの前でいいところを見せようとして格好をつけるに違いない」
「わたしもそう思います」
「うーん、俺は瞬殺に賭けるね」
俺はキーケちゃんとアルスちゃんに言う。
「でしたらこの後の食事を賭けましょうか」
「乗った」
アルスちゃんとキーケちゃんが言う。
よーし!シエンちゃん頑張ってくれよー!
「シエンちゃんガンバレー!!」
俺は大きな声で応援する。
「任せとけい!」
シエンちゃんはグッと拳を上げる。
「トモが見てるぞーー!!いいとこ見せろよーー!!」
「あ!キーケちゃん!その応援はセコくない?」
「何を言っとる、先に応援したのはそちらだろう」
「決めろシエンちゃん!瞬殺だー!」
「カッコ良い戦いを見せろ!トモを喜ばせてやれー!」
俺とキーケちゃんはベクトルの違う応援をする。
「かっかっか!面白いのう!わたしもいいとこ見せるに賭けよう」
ホフスさんが笑って言う。
こりゃあ、ますますシエンちゃんには瞬殺して貰わねば!
「頑張れ!シエンちゃん!」
応援にも熱がこもる。
「バカどもめ!カリストイオの力を思い知れ!行けーーー!!」
チビガニメデスが叫ぶと巨大銀色二足歩行ワニマシンはノーモションから一気に加速しシエンちゃんとの間合いを詰め凄まじい勢いでその右手を振るった。
「ぐうううっ!!」
カリストイオの猛烈な右フックを喰らったシエンちゃんはクロスした両手でその攻撃を受け唸り声を上げた。
「こ、これは、古代ハンプトン殺人拳!」
シエンちゃんが大きな声で叫ぶ。
「晩飯は貰ったな」
キーケちゃんが笑う。
「まだわかんないよ!」
自分で言っててむなしいが、すぐに負けを認めるのもしゃくだ。しかし、シエンちゃん始めたなあ、シエンちゃん劇場を。
「だっ、大丈夫なんですか!そんな殺人拳を使う相手に!」
ワッキネンが驚く。
「古代ハンプトン殺人拳とは、五千年前から伝えられる古代ハンプトン拳法の殺人拳!その破壊力は無限大だが、あまりにも残忍獰猛な殺人拳ゆえ時の支配者から禁じ手とされ伝える者はないと言われていた!!!」
シエンちゃんがビシっとカリストイオを指差し言う。
カリストイオは両手を組み上からシエンちゃんを潰すべくそれを振り下ろした。
「あーはっはっは!馬鹿め!カリストイオの力はガニメデスの三倍!邪神の化身の称号は伊達ではないのだ!お前らみんなここで死ぬのだーー!!」
チビガニメデスが叫ぶ。
「よかろう、こいつが邪神の化身なら我は戦いの神の化身である事を教えよう。ハァァァァァァァァァァ!!!」
カリストイオの両こぶしを受け止めたシエンちゃんが嬉しそうに言い気合の声を上げる。
はぁ~、夕飯驕り確実だよ。
「ひっ!!なっなっなんだっ!!」
またチビガニメデスがシエンちゃんを喜ばすようなリアクションをする。
よせっての!
「ハァァァァァァァァァァ!!赤龍神拳奥義!龍の呼吸!!」
「ただの深呼吸だな」
「ただの深呼吸ですね」
嬉しそうに言うシエンちゃんに続いてキーケちゃんとアルスちゃんが言う。
ただの深呼吸なのね。
「まだまだだーー!!一気に潰せーー!!」
チビガニメデスが叫ぶとカリストイオは両の拳を恐ろしい勢いで振るいシエンちゃんに殴りかかった。
周囲の地面がえぐれ土煙があたりに巻き起こる。
「どうだ!見たか!!」
だから、そんな事を言うとシエンちゃんが喜ぶんだって。
「ふっふっふ、この龍の呼吸法の奥義は静から動に転じる時にある。そして、その奥義を見た者は死あるのみ」
ほら見た事か。シエンちゃんの嬉しそうな顔ったらないよ、前に聞かせた前世の世紀末アクションの大名作、その主人公のセリフをほぼ完コピしてるっちゅーの。
「そっ、そんな拳法の使い手だったんですか?」
「ただの力技だ」
「ただの力技ですね」
驚愕の表情を浮かべるワッキネンにキーケちゃんとアルスちゃんが答える。
「ぶち殺せぇぇぇぇ!!!」
チビガニメデスが叫ぶ。こいつさっきから叫びどうしだが喉やられちゃうぞ?
「あちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして最高に調子乗ってるシエンちゃんは怪鳥のような雄叫びを上げて高くジャンプした。
「赤龍やたらパンチ拳!!」
シエンちゃんは大きな声でそう言うとカリストイオの身体をやたら滅多ら叩きながら落下した。
そこは七回のパンチでしょうにシエンちゃん!色々と見せ場を作ろうとして焦れてしまったか!
詰めが甘いシエンちゃんなのであった。
あべしっ!!




