応接不暇って素敵やん
「連中は精霊術を解除しているな、もう幾らも経たずに姿を現すぞい」
小屋の前に出たホフスさんは森の一部を見据えて言う。
ワッキネンは緊張した面持ちで薪割りの斧を持つ。
シエンちゃんはニヤニヤと笑って腕を組みキーケちゃんは首をゆっくりと左右に傾ける。
アルスちゃんはいつもの如く微笑を浮かべ自然体で立っている。
俺はと言えば、精霊術を解除してるのを感じ取れるでもないし知っている連中でもないから実力のほども知れない相手だし、そもそもうちのメンバーがいれば小さい国くらいなら相手取っても勝てるんちゃいますかってな具合だしで緊張感が持てずにいた。
ちゅーか、むしろ黙ってここでじっとしてる方が疲れるから早く現れてくれ。
そんな俺の思いが通じてか、皆が見つめている森の一部分の風景がグンニャリと歪みだしそこからガニメデスイオそっくりな格好をした集団が姿を現した。
「待ってました!」
俺は思わず口に出してしまう。
「かかかかか!ボウズの言う通り、待っておったぞ。大したお構いもできんが、まあ、ゆっくりしていってくれ」
ホフスさんが笑って言うと、入って来た連中のうち先頭にいた三人が手に持ったトイレットペーパーサイズの筒を地面に投げた。
地面に落ちた筒から煙が上がる。
「問答無用と言う訳か」
「そうこなくっちゃ面白くない」
キーケちゃんに続きシエンちゃんが嬉しそうに言う。
筒から出た煙の中から現れたのはオルトロスたちを追い払った奴と似た盾と槍を持った鎧だった。ただしちょっと違うのは、今度の奴には羽が生えていて空中に浮遊している事と、次から次へと発生しざっと見ただけでも30体はいるしまだ発生している事だ。
「これまたファントム?アルスちゃんやる?」
「そうです、今度のは最近ファントム化したもののようですね。煙の中に従属化疎外の術が混ぜられてますねえ」
アルスちゃんがのんびりとした口調で言う。
「なんだ?アルスでも無理なのか?じゃあ我が行くか?」
シエンちゃんが嬉しそうに声をかける。
「いえ、やれなくはないですがここはトモトモに任せましょう。トモトモ、練習していた例の技を使ってみましょう」
「うえっ?マジで?実戦で使った事ないけど」
「失敗しても良いですから思い切ってやってみましょう」
アルスちゃんが先生のような口調で言う。
「早く倒さないと!」
「まあまあ、焦りなさんな。ボウズのお手並み拝見と行こうじゃないか」
ホフスさんがワッキネンに言う。
お手並み拝見って言われるような技じゃあないと思うけど、まあ、見た感じはきれいだしいいか。
俺は水魔法で周囲の空中に氷の鏡を複数出す。空中に発生し続けるファントムを囲むような形だ。
「何やってるんだ!早く倒さんと一斉に来るぞ!」
ワッキネンが怒鳴る。
「慌てない慌てない」
俺はワッキネンに言い出力を絞った光魔法のフォーカスレーザーを鏡に放つ。
放たれた光は一瞬にしてすべての鏡に反射し、大量発生していたファントムたちを貫き消失させる。
「トモにしては気の利いた技ではないか、上出来だ」
「いやあ、てへへ」
キーケちゃんに褒められて俺は照れる。
「おお!キレイじゃないか!これ我もマネしていいか?」
「いいよいいよ!どんどんマネちゃって!」
「普通、オリジナル魔法は魔法使いの命なのだが軽いのう」
楽しそうに言うシエンちゃんに答える俺にホフスさんが呆れたような顔をする。
「いいのいいの、元はと言えばシエンちゃんに教わった技っすから。にしてもさあ」
俺はリトルガニメデスイオ達を見る。
「君達ねえ、古くからここに住む人がだね、侵入者である君達に向かって丁寧に話し合いましょうと提案しとるのにだねえ、その態度はなんだ?ん?そもそも君達は挨拶もせんでどういう事だ?ん?なんとか言ったらどうなんだ?」
俺は光魔法と水魔法を解除しリトルガニメデス達に近付いて言ってやった。
「だいたいその格好はなんだ?ガニメデスイオ気取りか?エグバード王国の人ですか?どこから来たのか」
俺がそこまで言った時、リトルガニメデスイオのひとりが凄い速さで腰から短い棒のような物を抜き俺に向けた。
棒の先からはパチンコ玉サイズの鉄球が俺の顔に向かって発射される。
「ぬおっ!」
俺は咄嗟に右手の甲を土魔法でプロテクトして顔の前を払うようにして鉄球を弾き飛ばした。
なんだよ、鉄砲的な魔道具かよ。魔力の発生を感じなかったから避ける暇なかったわ。
「おいおい、お前なあ」
説教してやろうとした矢先、棒を俺に向けた奴が次弾を放とうと手に力を込めるのが見える。
俺は鉄球を弾き飛ばして顔の前に持って来ていた右手を棒に向け空雷弾を放つ。
帯電した空気弾が当たった鉄砲もどきは小さな爆発をして弾け飛ぶ。
「ぐううううう」
棒を持っていた奴がうずくまる。
「話を聞けって言ってんだよ、ったく。その衣装、魔術を受け流すんだって?どこまで受け流せんのか試してやろうか?それとも、力いっぱい殴っても大丈夫か試してみようか?」
俺は右手で拳を握り頭の上に振り上げる。
リトルガニメデスの人数は六。うずくまってる奴も右手を押さえながら立ち上がる。リトルガニメデス達はそれでも話し合いに応じる気はないようで声を発することは無い。
奴らは話し合いに応じる気はないようだが、今の俺のパフォーマンスや後ろで楽しそうに笑っているメンツを見て簡単に倒せる相手ではないと悟ったのか、武器を構えたり攻撃を仕掛けてくる事もなく膠着状態に陥っている。
「さあ、どうすん」
そこまで言いかけた時、奴らの背後に大きな火球が発生し弾け飛んだ。
熱風がこちらに襲いかかる。
俺は咄嗟に目の前で腕をクロスするが熱風はすぐに止む。
「ありゃ、シエンちゃんが?」
俺は自分の目の前に発生した空気の壁を見てシエンちゃんに問う。
空気の壁の向こうでは炎が渦を巻いている。
「おう!後を追うか?」
「何?あいつら逃げちゃった?何が起きたの?」
腕を組んで胸張って言うシエンちゃんに俺は聞く。
「トモちゃんに詰められてビビりぬいてた銀ピカ共を後ろから攻撃した奴がいる。銀ピカ共はそれに乗じて逃げてったな」
「詰めてビビらせたって人聞きが悪いっしょー。俺はほら、あくまで話し合いでね、ほら、なんてーの、納得も得心もして貰ってだね、ね?わかるっしょ?話の通じる相手には対話こそ最上の戦術って言うじゃない?」
「くくくく、話が通じる相手ならば、な。ほれ、次の奴は話が通じるんじゃないか?ん?」
シエンちゃんにしどろもどろになって言い訳する俺にキーケちゃんが笑って言う。
「次?」
「ああ、ボロボロではあるがな」
そう言いながらキーケちゃんは炎のおさまった方を見る。
そこに居たのはボロボロの服をまとったひとりの少女だった。
ワッキネンが素早く小屋に戻り毛布を持って出てくる。
「大丈夫か?ん?」
毛布を受け取ったホフスさんがボロボロ少女に近付いて尋ねる。
「すいません、余計な事を、しました、か」
ホフスさんに毛布をかけられた少女は途切れ途切れに答える。
「見た所、火傷はしておらんようだな」
「ええ、自分の術ですから。ただ、奴らが一斉に魔道具で攻撃してきたもので一部かわせず」
「ひとまず中に入れ、着替えくらいはあるぞ」
「すいません」
ホフスさんは少女に片を貸して小屋の中へと向かった。
「どうやら話は通じそうだな」
「彼女、もしかして」
「ああ、その可能性は高いな」
俺の言葉にキーケちゃんは同意する。俺が考えた事、それはそもそもの俺達の目的、失踪した少女を探す事、今、現れた少女こそがその捜索対象ではないかという事だ。
キーケちゃんもそう思ったか。
俺達は少女と共に小屋に入るホフスさんとワッキネンに続く。
小屋に入ったホフスさんは少女を連れて奥の部屋へ行き、ワッキネンはキッチンでお茶を入れて居間に持ってくる。
幾らも経たずにホフスさんは着替えさせた少女を連れてくる。
「さあ、とりあえず座ってお茶でも飲みな」
ホフスさんに言われて少女はコクリと小さく頷きそれに従った。
俺たちもお茶を飲み、少女の言葉を待つ。
「皆さん、早くここから逃げて下さい」
お茶を一口飲み呼吸を整えた少女は顔を上げ一言、そう言った。
カールした赤毛、可愛らしい顔立ちをした少女は悲痛な表情をしている。
「あいつらの正体を知っておるのか?」
ホフスさんが優しい口調で尋ねる。
少女はゆっくりと頷く。
「ジャーグルの工作員ですか?」
ワッキネンが尋ねるが少女はゆっくりと首を振る。
「では何者なんです?」
ワッキネンが更に聞く。
「それを聞くと後に戻れなくなります」
「もう戻れない、先に進むしか私に残された道はないんだ。教えてくれ」
ワッキネンが即答する。
少女はそんなワッキネンの表情を見て何かを感じ取ったか、一瞬の沈黙の後、口を開いた。
「奴らは、ハンプトンクラブです」
少女が言いワッキネンは驚き、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。
ホフスさんは腕を組み難しい顔をする。
また面倒くさい名前が出て来たなあ。




