やるべき事が見えてくるって素敵やん
ワッキネンは再び口を開く。
ホフスさんと共に森にやって来る暗殺者と戦い続けていたそんなある日、例の曲った木事件が発生する。
森の浅い場所での出来事だった事もあり、ふたりはそれをやった犯人と遭遇する事はなかったが現場を見た限り、尋常の技ではなくなにかしらの特別な魔道具の使用が疑われた。
この時期にこの場所でそんな事があって奴らと関係ないはずがないと考えたふたりは、森の中の警戒を強化する事にした。
「まあ、強化と言っても所詮はふたりだ、限界はある」
「何を言う。この森の中はすべておぬしの庭みたいなものだろうに」
ホフスさんの言葉にキーケちゃんが笑う。
「ところが次に奴らが寄こした連中は、ちょいとばかり勝手が違ったんだなあ、これが」
ホフスさんがニヤリと笑う。
「お前さんの言いたい事はわかるよ、確かにこの森は精霊の森、わたしの庭よ。すべて手に取るように把握するとまではいかないが、精霊が大きな違和感を感じればそれはわたしに伝わる。ところが、あの奇妙な曲木の時もそうだが精霊が違和感を伝えてこんのだよ」
「ほー、それは面白い」
「面白かろう?」
キーケちゃんとホフスさんは楽しそうに笑う。
このふたり、なんだか気が合いそうだね。やっぱり、なにかの道の達人同士で通じ合うものがあるんだろうね。いいねえ、カッコイイよ。
「その理由は恐らく奴らの装備にあると思います」
ワッキネンが説明を続ける。
警戒を強化し、と言っても巡回の回数を増やすと言う古典的なやり方でだが、結局はそれが効果的だった。
ある時、ホフスとワッキネンは森の中で奇妙な集団に遭遇する。
そいつらは全員頭にカエルのような兜をかぶり身体は全身銀色のつなぎという出で立ちであった。
「あれは明らかにガニメデスイオを模倣した物でした。ガニメデスイオは周囲の魔力場の発生を阻害する機能が搭載されていましたが、あれはまた違う機能を持たせたもののようでした」
「もののよう?君が知っている技術じゃなかった、って事かい?」
俺はワッキネンに尋ねる。
「ええ、自分が見た事のある装備ではありませんでした」
「じゃあ、ジャーグルとは限らないんじゃない?」
俺の言葉にワッキネンは眉間にしわを寄せ困った表情になった。あれ?どした?なにか言っちゃいけない事を言った?俺はどういう事かホフスさんを見る。
「それはわたしも思っておった。しかし、こやつはジャーグルからの刺客と言って聞かんのよ」
ホフスさんがニヤリと笑う。
「そうでなければ説明がつきませんからね。わざわざこんな田舎にどこかの専門機関がやってくる理由の」
「我らを消すためだけならば、あんな遠回りな事をする理由がつかんだろう」
「しかし、あの装備はジャーグルの兵器ガニメデスイオの個人兵装としか考えられませんし」
「技術援助しておったのはエグバートだろう?あの国はあちこちに武器を供給しておる」
「それは大国の覇権主義を抑制するためで!」
「ちょっちょっちょ!ちょい待ちちょい待ち!」
ホフスさんの話にヒートアップし始めたワッキネンを俺は静止する。
「政治議論をしてるわけじゃないんだ。俺達が知りたいのは暗殺者の次にやって来た連中の事さ、そいつらが何をしてたのか」
俺はワッキネンを見て言う。
「ですから、私の口を封じにジャーグルから来たんですよ。原因は私にあるんです」
ワッキネンは悲痛な顔をして言う。
なるほどなるほど、ちょっとわかって来たぞ。つまり、この子は自分を責めたいんだな。この村を、この森を襲った悲劇はすべて自分のせいである、と。
親方の死を含めて。
というか、親方の死は自分の責任だと思って自分を責めているんだな。
気持ちはわかるが、若い、若いなあ。
ホフスさんを見ると渋い顔をして細かく頷いている。これなんだよなあ、自己憐憫も大概にせいと言いたいとこだがこやつの生い立ちもあるし、そいつを言ってやるのはあまりに不憫だ、どうしたもんかねえ、とその目が言っている。
今までは自分を過剰に責める事でギリギリの精神的バランスを保っていたんだろうけど、もうその必要はないんだぞ?
「今一度、前提条件として話しておくけどねワッキネン君。君の奥さんは被害者であり保護されている。いずれ自分のやりたい事を見つけ自分が生きたいように生きる事が出来るようになるだろう」
ワッキネンが俺を見る。
「君も条件は変わらない」
「しかしわたしは、バッグゼッドに対して破壊的な活動をするべく教育を受け、潜伏していたわけですし」
「それでも基本的な条件は変わらない。君は君と同じ立場でバッグゼッドに潜伏している他の人間に、自分自身を許すな将来に希望を持つなと言うのかい?」
「・・・いや、そんな事は・・」
「バッグゼッドはジャーグルに誘拐された自国民の安全確保に全力を尽くすと公に明言してる。現在では大陸の多くの国がそれに賛同し協力を申し出てくれている。つまり世界的に見ても君のような立場の人間は被害者であり安全確保の対象として見られているという事だ。更にバッグゼッドでは帰国した被害者が円滑に適応できるような態勢を整えるべく各関係者が尽力している。その筆頭がアルロット領であり君の奥さんの父上であるデルロンギ・オッシュキン氏の海運商会だ、勿論、君の父上も尽力している。」
「・・・・・」
ワッキネンはテーブルを見つめ険しい顔をしている。
「くどいようだが、君も君の奥さんも被害者だ。バッグゼッドは被害者を保護する態勢を作っている、そして君の家族もそれに加わっている。君は強い人間だ、ここで起きてる事なんて早いとこ解決して奥さんの元に行くべきだ。奥さんの助けになるのが君の本当の仕事だよ」
「しかし・・・自分にそんな資格があるとは思えない・・」
「君に資格がなければだれに資格があると言うんだ?君は奥さんの心の支えになり、その後は自分のような立場の人間の心の支えになるべきだ」
「自分のような立場の?」
「ああ、そうだ。同じように自責の念に押しつぶされそうになっている多くの被害者のね。中にはバッグゼッドに家族も知人もいなくなってしまったような人もいるだろう。そんな人の助けになってやれるのは君のような人しかいない」
「・・そんな事ができるのだろうか?」
「できるよ。実際にレインザーでこんな事があってね」
俺はレインザーで最初に受けた依頼での事をザックリ聞かせる。発見者というカルト集団からのサバイバーであるオウンジさんとハティーちゃんの行く末を。
オウンジさんは自分と同じような立場の人間の心の支えとなるよう支援活動を続けている事を。
「バッグゼッドでは君がその第一人者になるに相応しいんじゃないかな?俺はそう思うけどね」
「責任感の強いおぬしにぴったりの仕事ではないか。ん?」
「・・・はい」
ホフスさんの言葉に小さく頷くワッキネン。
「まあ、そんな訳でさ、わけわかんない連中はさっさと片付けちゃおうよ」
「そうだな、わけわかんない連中はさっさと片付けるに限るな」
俺の言葉に続けるホフスさん。
ワッキネンは涙を堪えるようにただテーブルを見つめ肩を震わすのだった。




