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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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年は離れていてもって素敵やん

 ホフスさんのロッジの居間でワッキネンは自身の過去について話しだす。

 彼は元々バッグゼッド帝国の人間だったが幼少時に誘拐されジャーグル王国へ送られ、そこで思想教育を受け工作員として育てられた。

 優秀な工作員として成長したワッキネンは所属組織からバッグゼッド帝国ミチエギクの森近くの村で木工職人の見習いとなって潜伏するように指示を受ける。

 ワッキネンは指示に従い行き倒れを装いひとりの木工職人の家に見習いとして潜り込む事に成功する。

 その木工職人はひとり暮らしをしている老人で名前はマイケル・サンダンスと言った。

 マイケル老人には妻がいたが身体が弱く子供ができず、それでも仲睦まじく一緒に暮らしていたが病に罹り十二年前に他界していた。

 そんな過去もありマイケル老人はワッキネンの事を実の息子のようにかわいがった。

 ワッキネンは旅の商人に混じってやって来るジャーグルからの連絡員と定期的に接触していたが、そのまま職人として待機しろとしか指示されない事に焦れ始める。

 ジャーグルで工作員としての教育を受けている時は、自分達工作員にはジャーグル王国の大いなる発展のため邪悪な勢力に潜入し内部から破壊するという崇高な役割が待っていると再三にわたり言われてきた。

 ジャーグル王国は特にバッグゼッド帝国をはっきりと敵視しており、バッグゼッドは今でも世界を征服したがっているので何としててでも打倒せねば世界が戦火で覆われることになる、その前にバッグゼッドを火の海に沈めゴミのように捨て去らなければならないと繰り返し教えられた。

 ワッキネンのように幼い頃にバッグゼッドから攫われジャーグルで教育を受けた者は改悛(かいしゅん)者と呼ばれ、悪逆の極みから救い出された恵みの子であると同時に悪逆への耐性を持った存在であると言われ、いずれは最敵性国家であるバッグゼッドに潜入するという最も危険で最も栄誉ある大役を任されるのだと教えられた。

 責任ある大役を無事に務め上げる事が出来たならば王都に住居が与えられその後の生活は保障される、意中の人間がいるのならばその相手と所帯を持つことも可能だと上官から言われたワッキネンはその事をマーガレットに伝え、ふたりがそういう関係である事を上官に打ち明ける事にした。

 報告を受けた上官は、ならばお役に付く前にふたりの姓を同じくした方が良かろうとワッキネンに言い、ふたりはそれに倣い同じアワースキン姓になった。

 ワッキネンは妻となったマーガレットのためにも、何としててでもこの大役を務め切らなければならなかった

 そうして、気合十分で望んだ大役だったのだが、何時まで経っても連絡員から与えられる指示は待機せよ、であった。

 

 「当時の私は不満と焦りがつのるばかりでした。内に隠しているつもりでしたが、そうした気持ちは親方にはわかっていたんでしょうね。ただ、親方は不満と焦りの原因まではわからなかった。わかりようもないですけどね」


 ワッキネンは自嘲気味にそう言った。


 「親方は私の焦りや不安は仕事にあると思ったのでしょうね、その頃から私に色々な仕事を任せてくれるようになりました」


 ワッキネンさんは部材を仕上がり寸法に切削する木づくりと呼ばれる工程や、組み立て後の再仕上げなどを教えてられ任せて貰えるようになっていく。

 最初は良く怒られたが段々と褒められるようになり、お客さんからの感謝の声が耳に入るようになってくるとワッキネンはおかしな感情に襲われるようになってくる。


 「それは、木工細工へのやりがいと・・・親方への思いでした。自分の感情が良くわからず戸惑いました。私にとって、大任を果たしてジャーグルに戻り王都で妻と暮らす事、それが最大の目的でありそれ以外に心を奪われる事などなにもないと考えていたからです」


 しかし、その生活を続ければ続ける程、心の中に湧き上がるのは親方への敬愛の情だった。

 親方の仕事への真摯な思い、そして自分を期待し信頼してくれている、その思いはワッキネンの心を否が応にも揺さぶるものだった。

 ワッキネンは、自分の心に発生したおさまらない波紋を心地よく感じ始める。

 そうなると好循環がやってくる。

 仕事が面白くなってくる、お客さんとのやりとりや親方との生活に満足感を得るようになってきたのだ。

 

 「そんな時です、連絡員が新たな指示を出してきました・・・その指示の内容は、親方の殺害でした・・・」


 ワッキネンは驚き、なぜそんな事をするのか連絡員に問うた。

 連絡員は指示に疑問を抱くなと言った。

 ワッキネンは、親方はジャーグル王国にとってなんの害も無い人物である事、ジャーグル教育で唾棄すべき敵国民として教わったような金と権力を追い求める悪徳の民ではない、むしろ真逆で貧しくつつましく暮らしている、この村の民はみんなそうやって生きている、ジャーグルの民と変わらない善良な民であると説明した。


 「私の話しを聞いた連絡員は軽い笑みを浮かべるとこう言いました、ならば村民全てを殺害しろ、と」


 ワッキネンは指示の意図が理解できずめまいを覚えながらも、それはジャーグルのためにならない、意味がないだけじゃない、ジャーグルの名に傷がつく事だと訴えた。

 連絡員は、それができなければお前が消されるだけだ、と言い去って行った。

 ワッキネンはどうすれば良いのかわからなかった。

 このまま姿をくらまそうかとも思ったが、そんな事をすればもう二度と妻に会えない事になる。

 しかし、連絡員の指示に従う事はどうしてもできない。

 そんな混乱した思いの中でも日々は過ぎて行く。

 ある日の夜、親方の家の居間で途切れ途切れの睡眠中、ワッキネンは家の外に気配を感じる。

 親方を起こさないようにそっと外に出ると見た事の無い男がひとり立っていた。

 ワッキネンは相手の男の発する独特の気配から、すぐにそれが別の工作員だと気づいた。

 相手の男はワッキネンを見て薄い笑みを浮かべると、手にした刃物で問答無用に襲い掛かって来た。

 ワッキネンは相手の攻撃を避けながら薪割りをしている場所まで移動し、立てかけてある斧を手に取り応戦し相手の男を打ち倒すが、手加減して対応できる相手ではなく打ち据えた相手は絶命してしまう。

 ワッキネンは死体をミチエギクの森の奥へ埋めて処分した。


 「それからは昼間は親方と仕事をし、夜は定期的にくる暗殺者との闘いの日々でした」


 そんな無茶な生活も長くは続かなかった。

 というのもある日、親方であるマイケル老人が亡くなったからだ。

 死因は老衰だった。

 ある朝、ワッキネンが珍しく起きてこない親方を見に行くとベッドの上で息を引き取っていたのだ。

 

 「寝ている時と変わらない平和な顔をしてました。親方の葬儀を終えた私は、もう、この場所にいる理由もないし生きて行く目的も無い、どうしたら良いのかまったくわからない状態でした」


 そんな時に村に買い出しに来たホフスさんに声をかけられる。

 ホフスさんは後を追おうなどと考えるなよ、とワッキネンに言った。


 「そんな事も頭の片隅にはありましたのでドキッとしました。でもホフスさんは続けてこうも言ったんです、多くの者を殺めてでも守りたいものがあったのではないのか?と」


 ホフスさんは知っていたのだ、ワッキネンがちょくちょく森の奥に死体を埋めに来る事を。

 そしてホフスさんはワッキネンに言ったのだ、お前を襲う者らの仲間にわたしも何度か襲われておる、そしてそ奴らも同じ場所に埋まっとる、と。

 

 「こうなればおまえとわたしは同じ船に乗ったようなものよ、どうだ?事情を聴かせちゃあくれないか?と、そうホフスさんは言ってくれたんです」


 「けっっけっけ、細かい事までよく覚えとるわ」


 ホフスさんが笑う。

 ワッキネンさんの事情を聴いたホフスさんは、自分は森で出会い問答無用で襲われた事を教える。

 森の中に居たという事は消えた暗殺者の行方に薄々気付いているという事、きっとまた探りに来るに違いないと言う結論に至ったワッキネンさんにホフスさんは、ならば森の奥にわたしの家に来い、森の中ならばどうにでもやりようがある、と誘った。

 そうしてワッキネンはホフスさんの家で力仕事をしながら、森にやってくる暗殺者と戦う日々を送ることになった。

 暗殺者の中にはかなりの手練れや複数で来る者もあったが、ホフスさんの精霊術のサポートにより終始有利に戦闘を運ぶことが出来た。

 

 「結構いいコンビネーションだと思うぞい。どうだボウズ?今度、二対一で立ち合いしてみんか?戦いは魔力量だけじゃあ決まらないと理解できるぞい」


 ホフスさんが笑って言う。


 「遠慮しときますよ、それはもう理解してますし、俺、そんなに強くないっすから」


 「かっかっか、自分でそう思ってるんなら尚更経験しといた方が良いぞ」


 「機会があればお願いしてみろトモ。だが今は話の続きだ」


 「そうじゃったそうじゃった。すまんな話の腰を折ってしまって。続けてくれ」


 キーケちゃんの言葉にホフスさんは笑って答えてワッキネンさんを見た。

 ワッキネンの表情が少しだけ緩む。

 ホフスさんはワッキネンの事を気遣って冗談を言ったんだろうな、ワッキネンにとって辛い話だもんな。

 ワッキネンもまだティーンエージャーくらいの年なのに苦労しとるよなあ。

 ほんとにもう十分に辛い目に遭ったんだからこれからはそれを取り返すように大きな幸運がやってくるよう俺は祈るよ。


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