お茶とお菓子で打ち解けるって素敵やん
「まあ、座ってくれ」
ロッジの中は結構広く、大きなテーブルが部屋の中央にありその周りに背もたれの無いイスが五つ並んでいた。
「広い居間ですねえ、良くお客さんが来るんすか?」
「くっくっく、ぬしが首から下げとる物。それのお仲間がたまにな」
俺は驚いて胸元を押さえる。俺が首から下げてるのはふたつの首飾りだ。ひとつはサーヴィングのおとっつぁんから貰った裏社会での通行証である切断されたマルダ金貨だが、ホフスさんが言ってるのはこれの事ではないだろう。
もう一つの方、古代世界樹の樹液の塊、耳長族との友好の証に貰った琥珀の首飾りの事を言ってるのだろう。
「そんなに胸を押さえんでも別に透けて見えてる訳じゃあないから大丈夫だ。世界樹の琥珀は精霊が反応するんだよ。そんなに胸を見られたくないのか、ぬしは?乳首の間が極端に狭いのか?かーっかっかっかっかっか!」
ホフスさんが豪快に大笑いする。
「もう、勘弁してー」
俺は両手で乳首の上を押さえる仕草をする。
「かっかっか、面白い奴だ。他のメンバーに比べれば武力や戦闘経験では二枚も三枚も落ちるのに、レインザーの戦姫はぬしがリーダーだと言う。人懐こいと思えばどこか距離を取っている、達観しておるようにも見えるが稚気にも富んでおる。そこの暴風のような娘が真っ直ぐなのはぬしの影響か?ん?」
「それこそ買い被りっす。シエンちゃんはあった時からこんな感じっすから」
俺は若干の照れを感じながらホフスさんに言う。この人はどういう目で俺を見てるんだ?まだ会って幾らも経ってないっちゅーに。
「きっひっひっひ、伊達に精霊の巫女は名乗っとらんなホフスよ。お前さんの見立ては正しい。あたしらはトモを中心に集まったんだ、それぞれ多かれ少なかれ影響は受けておる。シエンは特に最初のパーティーメンバーでもあるしなあ」
キーケちゃんが笑って言い、意味ありげな目つきでシエンちゃんを見た。
「おうよ!トモちゃん第一の仲間こそ我なり!」
「いや、最初の仲間はケイン達だけどな」
胸を張って言うシエンちゃんに俺は言う。
「それはまた別じゃーーん!冒険者での話じゃーーん!」
シエンちゃんがすねたような顔をして見せてみんなが笑う。
「どうぞ」
マイルさんがお茶を持って来てみんなに配ってくれる。
「ありがとうございます」
俺は礼を言いマイルさんを見る。
さっきは離れていてあまりわからなかったが、近くで見ると結構若いな。まだ十代か?ファルブリングカレッジの生徒達とそんなに年は変わらなく見える。
明るいブラウンな髪は左側が耳の上でカットされてるのに右の前髪は目の下程までに伸ばされている、いわゆるアシンメトリーになっていて、幼さが残る端正な顔立ちも相まってパンチのある美少年っぷりを発揮している。
こんなの、年頃の女の子がいたら大変だ。まあ、チルデイマ学園のネージュみたいのがいたら、逆にこの子が大変だけどな。うちのパーティーはお年頃の女子じゃなくって良かったよ。
「ぬし、なにか良からぬ事を考えとるな?そっちが趣味か?それなら理解できるな、タイプの違った美女を三人も連れて歩いて誰もお手付きなしな理由も」
ホフスさんが笑って言う。
「別にそっちの趣味を否定する気はないけど俺は違うっすよ。でもホフスさん、何かと人を見透かすような事ばかり言うけど、それも精霊の巫女の能力なんすか?」
「まあ、そんなところだな」
「それはそれは、色々とご苦労なされたでしょうなあ、お察しするっす」
俺はそう言って軽く頭を下げてからお茶を一口すすった。
あ!なに、このお茶!めっちゃ爽やかで美味しい!
「かかか、普通は気味悪がるもんだが、やはりぬしは変わった奴よ。どうだ?その茶は?美味かろう?」
ホフスさんが嬉しそうな顔をして言う。
「ええ、美味いっす!めっちゃ爽やかで!なんすか?これ?」
「オオカムズミの皮で作った茶よ」
「ほう、この森にはオオカムズミが自生しておるのか?それは珍しいなあ」
俺の質問に答えたホフスさんにキーケちゃんが目を大きく広げて言う。
「耳長族が育てておるものを譲って貰っとるのだ。なんならパイもあるが食べるか?」
「それは是非、馳走になりたいな」
キーケちゃんが嬉しそうに言うとホフスさんは笑顔で奥へと引っ込んだ。
「オオカムズミってなに?」
「オオカムズミってのはな、神の果物と言われる貴重な果物でな、それを煎じて飲めば邪気災いを退け、その木の樹液から作る薬は万病に効くと言われるのだ」
キーケちゃんが教えてくれる。
「マジで?じゃあ、この茶は邪気災いに効くの?ありがたいですね~」
俺はお茶を飲む。
「うふふ、それはあくまで伝説の話しですよトモトモ」
アルスちゃんが笑って言う。
「そうなの?」
「きひひ、まあ、そうだな。でもな、珍しい事は確かだし、腹下しやむくみに効果があるのは確かだぞ」
「疲労回復効果もありお肌にも良いと言われてますね。実の種は血の流れを良くしますし、葉はかぶれ、湿疹に効果があると言われてます」
「凄いじゃん!」
キーケちゃんに続いてアルスちゃんが教えてくれた事に俺は驚く。
「まあ、その辺に生えてる桃にも似たような効果はあるんだけどな」
キーケちゃんがいたずらっ子のような顔をする。
「なーんだ、そうなの?」
「かっかっかっか、でも、味は絶品だぞ」
落胆する俺の声に被せるようにホフスさんの声がする。
「ほれ、食うてみい」
ホフスさんが俺の前に小皿に乗ったパイを置いてくれる。
「そんじゃ、いただきまーす。うん!?」
一口食べて驚いた。パイの中に入ってた果実は外側カリっとしていて中身はジューシー、しかも舌に絡みつくような甘味で脳にガツンとくる甘さだ。
「こりゃあ、美味いねえ。しかもこのお茶にめちゃくちゃ合う!」
俺はお茶を一口飲んでまたパイにかぶりつく。
「かっかっか、そうだろそうだろ?」
皆にパイを配ったホフスさんがイスに座りながら笑う。
「うん、美味い。久しぶりに食べたが、やはり美味いな」
キーケちゃんがしみじみと言う。
「そうだろ?マイルも腕を上げたもんだ」
「これ、マイルさんが作ったんすか?」
「そうだぞ。ぬしにも作り方を伝授してやろうか?」
「是非!」
俺は前のめりになって言う。この味を再現できれば、ケイトモやヤグーアンテナショップで名物になるぞ!
「うふふ、商人の顔になってる所を申し訳ないんですが、本題に移らせて頂いても構いませんか?」
「あ!ふっ、ほっ、そ、そうだね、ごめん、思わず、あんまり美味しかったから興奮しちゃった。すんませんホフスさん、改めてなんですが、まずは我々の事情からお話ししますね」
俺は断りを入れて、ファルブリングカレッジから来た事、女生徒が行方不明になっている事、女生徒の部屋には謎の捜査ボードがあった事、それにこの場所で起きた木曲がり事件の新聞記事が貼ってあった事をホフスさんとマイルさんに話して聞かせた。
「失踪した女生徒の部屋に貼られていたのはスワン公園事件の記事を中心にして、他にもヨグスタイン伯爵との繋がりが噂される貴族が詐欺行為で捕縛された記事、ドーンホーム教会司祭ジョウ・エンジーの名、宰相暗殺未遂事件の記事などがありました。それらの事件に共通した何者かの影を失踪した女生徒は追っていた可能性が高いんです」
俺は説明する。
「スワン公園の惨劇と黒い噂の絶えぬヨグスタイン伯爵、宰相暗殺未遂事件にジョウ・エンジーか」
ホフスさんは復唱するように言って考え込むようにうつむいた。
「私達がこの女生徒失踪事件に強い関心を持っているのは、ファルブリングカレッジで起きたちょっとした事件にも関係していると思われるからなんですよ。その事件と言うのは・・」
俺はファルブリングカレッジに起きていた英雄譚について話した。それは大きなブームになり、学園のみならず周辺の街へも伝播し、厭世的な空気を作り上げた事、そしてその作者は謎の人物、もしくは勢力からその物語を描くように誘導された形跡がある事。
「そして、失踪した女生徒の部屋にはその作者の名前も貼られていたんです」
「・・・・、なるほどな。基本的にぬしたちはファルブリングカレッジのために動いている、そういう事で良いのだな?」
「はい」
顔を上げたホフスさんは真っ直ぐと俺の目を見て確認するので、俺もはっきりと返事をする。
「ならば、マイルよ。おぬしの事も正直に話した方が良かろうと思うが、どうだ?」
ホフスさんは落ち着いた口調でそう言いマイルさんの方を見た。
「・・・・、そうですね」
マイルさんはホフスさんを見て、それから俺たちを見渡し、何かに納得したような諦めたような複雑な表情をしてそう言った。
訓練された身のこなし、ホフスさんの言葉振りから考えて精霊の巫女の候補って訳でもなさそうだし、一体、この人は何者なんだ?
ちゅーか、複雑な表情をしてもさまになってるよなあ、ほんと、美少年って得ね!キィー!




