ガゼボで話し合いって素敵やん
中庭のガゼボは大きな円形の白い屋根を備えており、中には円形に沿ったベンチと中央のテーブルを囲むように四つのベンチがあつらえてあった。
俺達はそれぞれ神妙な顔をしながらベンチに座った。
中央のテーブルに備え付けられたベンチには俺とストーム、フィールドとパニッツ、ルブランとブランシェット、フェロウズとデートリッヒが座った。
「まずは、ルブランさんに事情を聞きたいんだけど。話せる範囲で構わないからさ、英雄譚を書き始めた経緯を教えてくれないかい?」
俺はなるべく柔和な口調を心掛けてルブランに聞いた。
うつむいているルブランの膝にブランシェットが優しく手を置く。
遠巻きに見ている連中が耳をそばだてているのがわかる。恐らく、風魔法の術式で収音を使える奴だろう。
「集まってる他の連中も聞いてるだろうからね、話せる所だけでいいよルブランさん」
ストームがゆっくりと言い聞かせる。
ルブランはストームの言葉を聞いてゆっくりと首を振った。
「いいの。もう学長にも話したし、聞かれたくないような話しじゃないから。どっちにしても、何を言っても意味がないし」
ルブランは疲れた声でそう言った。
「そう思う気持ちは良くわかるよ。僕もそう言う経験をした事はあるからね、独り歩きした噂は本人の言葉でも沈静化しないからね。でもね、僕らなら力になれると思う」
ストームは落ち着いた口調でそう言ってチラリと俺を見る。
「ああ、俺達を信じて欲しい」
俺はルブランを真っすぐ見て言う。
ルブランは小さく頷き口を開いた。
「私は、物語を作るのが好きだった・・」
ルブランは自身の歴史を語りだした。
彼女の両親は忙しく幼少期はほとんど構ってもらった記憶がないという。
ひとりっ子だった彼女はメイドと家庭教師が唯一の話し相手だった。
しかしメイドと家庭教師の接し方はあくまで事務的であった。
彼女は人の愛情を感じることなく育ったという。
そんな中で彼女は家庭教師に連れられて居住地の薬草園に行く機会があった。薬草園は薬草の栽培以外にも薬学関係の資料を保管する図書館が併設されており、そこの書庫には薬学以外にも歴史や文化を扱った資料も多く所蔵してあった
物心がついた彼女は、ひとりで薬草園と図書館に通うようになった。
彼女はそこで出会った数々の書物から、過去の神話や創作の物語に触れ魅了されていった。
図書館にあった物語をあらかた読み終えたルブランは、もっと物語が読みたいという強い衝動に襲われる。
しかし、今の自分には図書館以上に書物を揃えた場所に行くだけのお金もないし、仮にあったとしても両親が許すまい、そうルブランは思った。
「今、考えると正直な気持ちをぶつければわかってくれたのかも知れない。両親も初めての子供でどう接すればいいのかわかってなかったんだと思う。私と同じで両親も怖かったんだと思う。今にして思えば、だけどね」
ルブランは話を続ける。
だけど、その時の彼女は両親に言えなかった。
それで、彼女が始めたのは自分で物語を作りだす事だった。
物語を自分で作るようになって、自分がいかに物を知らないか実感した。
そこで今まで以上に家庭教師の授業を真面目に受け、図書館では物語以外の書物も読むようになった。
そうこうしていると、めきめき学力が上がり家庭教師からファルブリングカレッジへの入学を進められるようになった。
両親はとても喜び、ルブランを褒めた。
褒められた事が嬉しくて更に学ぶことに力を入れた。
実家は貧乏貴族だったが、親は頑張って学費を捻出してくれた。
親は不器用なだけで愛情は持っていてくれたんだとその時実感できたとルブランは言う。
そうして、ファルブリングカレッジに入学し寮生活が始まったある日、自分あてに手紙が届いた。
その手紙にはこう書いてあった。
『君の物語を紡ぐ力は素晴らしいもので、多くの人に見せるべきである。この学園は条件の整った舞台である。是非、君の筆でこの物語に命を吹き込んで欲しい』
そして、英雄譚のあらすじが書かれていたのだという。
「その手紙を見て最初に思ったのは自分が物語の紡ぎ手として認められたって事だった。嬉しかった。でも、同時に怖かった。実際に多くの人、それもファルブリングに通うような人達の目にとまった時にどんな反応をされるのか。そうじゃなくても私はクラスの底辺だったし、今以上に酷い学園生活になるのは絶えられなかった。でも、手紙に書かれていたあらすじはとても魅力的で、私は書かずにいられなかった。それで、とったのが」
「無許可無記名で貼りだす手法ってわけか」
吐き出すように話すルブランの言葉をフィールドが続けた。
「そういう訳よ。自分で書いていても面白いと思ったけど、まさか、あそこまで話題になるとは思わなかった。学園の外でも評判になってるって聞いて怖くなったけど、それでもやめられなかった」
ルブランの声のトーンが落ちる。
「なるほどね、事情はわかったよ。結論から言えばルブランさんがやった事はなんら罪に問えないね。学長の判断は正しいよ」
ストームが言い切る。
「でも沢山の人が不安になった」
「それを利用してお金を集めるような事をしたかい?」
「してない」
「ならば道義的に考えても、なんら恥じることは無いね。あれを真実だと喧伝し不安になった人達に何かを売りつけたりしたならば、それは道義にもとる行為と責められても仕方がないが、君はこれによって金銭の授受はなかった」
「うん、それはない」
「ではルブランさんが責められる理由は何もないね。ああ、ひとつあるとすれば、無許可で掲示物を貼りだしたって事だけど、これは他のクラブの連中も良くやっている事だ。褒められた事ではないが罰を受ける程の事でもない」
ストームは言いきる。
「でも、沢山の人が私の退学を願ってるって聞いた」
「それも、本当に願ってる人なんてほとんどいないと思うよ。ほとんどの生徒は一部の反生徒会活動に煽られて、お祭りに参加してる感覚で署名してるだけだよ。ハッキリ言えば、君のやった事なんかよりも、多くの生徒を扇動し対立を煽り、個人に卵を投げつけたり、個人のロッカーや机に生ごみを入れたり誹謗中傷を流布するように仕向ける事の方が余程、道義にもとる行為と責められるべきだよ。そして、その尻馬に乗っかってそうした行為に加わった人達もね。クルース君もそう思うよね?ほら、来たばかりの時にディッキンバッカー君相手に言ってたよね?」
急に俺に話しを振るストーム。おいおい、いい話してんなーって聞いてたら急なパスだな。
ディッキンバッカー君か、そんなに前の事じゃないのに随分前の事のように感じられるが、はっきり覚えてるよ。
「お、おう、そうだな。確かに尻馬に乗っかって安全な場所から個人を攻撃し続けるなんざ、帝国貴族道精神に唾を吐くような卑劣な行為とここに宣言せねばなるまい!」
俺は立ち上がり拳を握った手を大きく掲げて言った。
「ぷっ、なんだよそりゃ!」
「やりすぎだよクルース君」
フェロウズとデートリッヒが言い、クランケルとストームはパチパチパチと拍手をする。
フィールドとパニッツが拍手に続き、他の連中も拍手をし始める。
改めて拍手をされると、恥ずかしさがこみ上げてくる。
ルブランがうつむきながら、少し笑った。
俺はそれを見て、しばらく片手を上げたままでいるのだった。




