帰って早々って素敵やん
祭りの夜は楽しい雰囲気のまま過ぎるって訳には行かなかったが、なんだかんだでタンゼニン氏やポイ姉さんとも少なからず信頼みたいなものが生まれてたんだと気づかされた夜だった。
ドーンホーム教会の子供達の事は少しだけ心配だけど、ボウランが自首した事による地区長不在で信者達も子供に虐待どころの騒ぎではなさそうだし、タンゼニン氏の存在もあるのでケイトモの保護から奪い去るような事にはならないだろう。
まあ、チャスコ達と別れるのはちょっぴり寂しかったが。
翌日、アルロット領で用意してくれた馬車で青空美術館を去る時は、さすがに少しばかり目が潤んだ。
だが、今生の別れって訳じゃあない、俺はまだバッグゼッド帝国には居るんだ。
「なにクルース君、泣いてるの?」
「泣いてないやい!」
からかうような口調のストームに俺は強がる。
「ぷっ、ないやいって」
ストームが笑う。
「ちゅうかお前、トーラスの研究はいいのかよ?」
確かこいつは発見された古代シャルドウ教の秘宝である『らせん』の研究チームに加わってたはずだ。
「うん、僕はアドバイザーだからね、それも主にらせんの実用化後に考えられるメリットデメリットについてのね。だから、らせんそのものの研究は専門家にお任せさ。研究の成果が悪用されないように見張る監査機構にシャンドレ記者が参加してるからね、進捗状況は定期的に知らせて貰える手はずになってるんだ」
「監査機構か、随分としっかりしてるなあ」
「そりゃそうだよ、ジャーグル王国の侵略行為絡みで多くの商会主や貴族がスパイ行為に加担してたのが発覚してるからね。その辺は慎重になってるよ」
そりゃ結構な事だけど、研究チームにラスピリーヤのやり手諜報員が混じってるけどな。ラスピリーヤ帝国は友好国だって話だしロジちゃんは基本いい奴だからそんなに心配はないと思うが、まあ、なんだかんだ言ってもバッグゼッドの諜報機関も優秀だからな、ダーミット副長なんかはわかってて泳がせてる可能性も高いか。
帰りは来るときに落ちてた橋の復旧も済んでおり実にスムーズに進んだ。橋の復旧のおかげで例のルール乱立村を通過せずに済んだのも大きかった。
帰りの道中スムーズに進めた一番の原因は、何と言っても生徒会を狙う連中が影を潜めた事だろう。
慰問反対派はもう狙う意味がなくなった訳だし、児童誘拐人身売買組織についてはジャーグル王国の拉致犯罪との繋がりが疑われる事で締め付けが厳しくなり、こちらにちょっかいを出している場合ではなくなっているだろう。
シャルドウ遺跡絡みでちょっかいをかけてきてた連中も、らせんが発見され国主導で研究が始まった今となっては生徒会を狙う意味がない。
そんな訳で帰りは人里離れた山中で遭遇する魔物を追っ払うぐらいで、特にトラブルもなかった。
魔物を追っ払うのだってほとんど俺の出番はなかった。
というのも、クランケルの奴がさっさとやっちまうからだ。
あいつは、フレスベルグやジャーグルの工作員、そして昨日の飛行山との戦いに参加できなかった事が余程悔しかったようだ。
まあ、俺としては出番がない方が楽で良いけどね。
てな具合で帰りの道中は楽をさせて貰ったのだった。
ファルブリングカレッジに到着すると、アルロット会長達生徒会のメンバーはすぐにウェッパー学園長の元に向かった。
学園長にエグバード王国からの留学生の件について話をするためだ。
アルスちゃんとケイトは参加していた各クラブに顔を出しに行くと言う。
俺はと言えばひとまず生徒会ボディーガードの仕事はお役御免という事で、自分のクラスに顔を出す事にした。
ストームも自分のクラスに顔を出しに行くというので、俺はクランケルとふたりで自分のクラスに戻った。
「あ!!やっと帰って来た!大変なのよ!」
休み時間らしくざわついていたクラスで俺とクランケルの姿を目ざとく見つけたのはアルヌーブだった。
「クルース君!ヤバいよヤバいよ!」
「なんとかしてくれよ!」
デートリッヒとフェロウズが俺に詰め寄る。
「ちょっと!あんた達どきなさいよ!」
アルヌーブが詰め寄るふたりの襟首をつかんで俺から引き離す。
帰ってそうそうどうしたってんだよ?
俺はクランケルと顔を見合わせた。
「なにがどうしたのですか?落ち着いて教えて下さい」
クランケルがいつもの冷静なトーンで言う。
アルヌーブに引っ張られたデートリッヒとフェロウズの後ろではルグロとウェンサムが不安そうな顔でこちらを見ている。
「あれ?ルブランさんは?」
「その事もあるから、ちょっと来て」
俺の質問にアルヌーブが険しい顔をする。
「なんだ?どこに行こうってんだ?」
「新聞クラブよ」
アルヌーブは短く言うと足早に歩きだした。
デートリッヒ達も慌ててそれに続く。
俺はクランケルと顔を見合わせて、彼らの後に続いて教室を後にするのだった。
「現状を打破するために必要な事は他に何がある?」
「やはり情報戦だろう。こんな時にストームが居れば」
新聞クラブの部室に入ると、散らかったテーブルを挟んで新聞クラブ部長のフィールドと図書クラブ部長のパニッツが難しい顔をして話し合いをしている所だった。
「あっトモ君!トモ君だ!」
ブランシェットが俺に抱き着いて来る。
俺は両手を上げて大げさに後ろに倒れるふりをする。
「あ、ゴメン!嬉しくってつい」
「いいさいいさ」
俺は笑ってブランシェットに言う。
「ふたりに現状を話してやって」
アルヌーブはテーブル脇に仁王立ちをし、パニッツとフィールドに言った。
「おお!帰って来たのか!」
「と、言う事はストームも帰って来たという事だな!よし!今すぐ呼んでこよう!」
フィールドに続いてパニッツが言い席を立った。
「ストーム君は私が呼んできますから、ふたりは現状説明をお願いします。トモ君、後でね」
「お、おう」
慌ただしく新聞クラブ部室を出て行くブランシェットに俺は返事する。
なんだなんだ?
なにが起きてるというんだ?




