お悩み解決バイク便って素敵やん
俺は店の奥から出て来たディアナと一緒に青空美術館をバイクで周り御用聞きをして行く事にする。
祭りの準備をしている人達に話を聞いて行くと、ザイトム男爵の通り道がわかるくらい余計な事をして回っているのが見えてきた。
まずは荷運び屋さんだが。
「視察だってゾロゾロやって来てねえ。ザイトム男爵は獣臭いから早く次に行くぞ、なんて失礼な事を言ってとっとと行っちゃたんだけどさ。後からぼんやり顔の男が戻って来て、男爵が臭いとおっしゃられた理由はわかっているだろうな?わかってなければ教えてやるが匂いをなくせって意味だ。後でまた来るからその時までに何とかしておけってって。頭きちゃうよ!生き物が居ればその匂いがするのは当たり前さ!うちの馬たちはこれでも定期的にキレイにしてやってるんだよ!馬屋だって清潔を保ってる!あいつらの方がよっぽど酒臭かったよ!」
と怒り心頭だった。
ぼんやり顔の男ってのは間違いなくミディオンだな。あのボンクラのやりそうな事だよ、点数稼ぎにザイトム男爵が直接指示を出してないような事を先回りしてやる。でもそれは基本、自分が汗をかく事じゃなく他人任せで、手柄は自分の物にする。
嫌だねえ、前世でも良く見た風景だよ。
「だったらチャスコばあちゃんとこにいいのがあるよ」
「ホント?どんなの?」
俺の袖を引っ張って言うディアナに尋ねる。
「アップルサイダービネガーさ。水で薄めて馬屋に吹き付けると虫よけにもなるし馬も落ち着くんだってさ。ヤグーの人は昔からよく使ってたらしいよ。馬が怪我した時とかお産で気が高ぶってるときなんかも使うんだってさ。怪我の治りも良くなるって言ってたよ。チャスコばあちゃんとこに行けば分けてくれると思うし、詳しい使い方も教えてくれるよ」
「ホント?虫よけにもなるの?いいじゃない、ちょっと顔出してくるわ。ありがとねディアナちゃん」
「いやいやどういたしまして」
荷運び屋さんはディアナに感謝の言葉を述べ家の中に入って行った。
「やるじゃないかディアナ」
「手柄はチャスコばあちゃんだけどな、さあ、次行こ!次!」
そう言ってとっととタンデムシートに座るディアナだった。その後、しょぼんと肩を落とす衛兵さんが多数おりどうした事かと話しを聞けば、ザイトム男爵やミディオンに祭り会場で剣呑な格好はそぐわないと言われて装備品を取り上げられたとの事。
被害者はどの人も最近奮発して上級装備を買った人ばかりで、使いこまれた装備品を身に着けたものには目もくれなかったというから質が悪い。
俺は彼らに装備品の値段を尋ね、その料金に迷惑料を上乗せしたものを支払って回った。
やめて欲しいなあ。今、青空美術館にいる衛兵さんは警備以外にも祭りの材料運びや準備に力を貸してくれたりしてるんだから、そうした善意の人達が割を食うような事を偉い人がやらないで欲しいよ。
偉い人がそんな事ばかりしてると世の中善人が暮らし辛くなる。
そうなると自分の利益のために平気でうそをついたり、人の物を奪う事に罪悪感を覚えない者が得をする社会になってしまう。
実際、どこの時代のどんな社会でもそうした所はあったのだ。
人ってのはそんなに強くない。
特に欲が絡むともろいものだ。
だからこそ、目立つ存在である偉い人は民の模範となるよう行動に気を付けて貰いたいものだ。
下々の者に示しがつかないってやつだ。
その後、アストさんの喫茶店に行くとちょうどシッラさんが看板の補修をしている所だった。
「あ!クルース君!良かったよー、あれじゃあ街の景観を損ねると皆、心配してたんだよ。あれじゃあ、祭り何だか男爵のパーティーなんだか良くわからなかったからね。これなら祭りだって良くわかるよ、しかも楽しそうじゃないか」
アストさんが店から出てきてそう言った。
シッラさんの補修部分には火を掲げる男衆、派手な衣装で踊る女性たち、笑顔で鳴り物を鳴らす子供たちが生き生きとした姿で描かれていた。
「さすが専門家ですね!思っていた以上に良い出来ですよ」
「そう言ってもらえると、こっちもやる気が出るよ」
俺の声にシッラさんは筆を走らせたまま答えた。
「アストさんは今、困ってる事ないですか?」
「困ってる事って、あの人絡みでかい?」
俺の問に、今ではすっかり目立たなくなった看板の中のザイトム男爵を指差して言った。
「ええ、あちこちで色んな人に迷惑をおかけしているようでしてねえ」
「それで君達が尻拭いして回ってるのかい?ご苦労様だねえ」
アストさんがしみじみと言った。こりゃあ、なんかあったな。
「いやいや、それで、何かありましたか?」
「ヴァルターさんが一緒に行動して気を回してくれてたけど、ミディオンさんって人がちょこちょこ動いて余計な事をしてたねえ」
「やっぱりですか」
俺は頭が痛くなる。ヴァルターさんがついているからこれで済んでるって事だよな、もし居なかったらと思うとぞっとするね。祭りどころじゃなくなってたかもしれないな。
「祭りのパレードで男爵が乗る輿は一番豪華な飾りつけにしろって言ってねえ。そのくせ、高い所は怖いから一番小柄なジラファ・ジュマエにしろって聞かないんだよ。一番小さいのは楽器演奏の子供達が乗る予定だったのにね」
アストさんがため息交じりに言う。
「あちゃー、マジっすか」
俺は顔をしかめる。
「ああ、あれはザイトム男爵のわがままをミディオンって人が更に増幅させてる感じだね」
うわー、良くないねえ、欲に弱い権力者に無能な働き者イエスマン、実に良くない組み合わせだな。
救いなのはふたり共、スケールの小さいセコイ人達だって事だな。
「参りますね。何か出来る事はありますか?」
「いや、まあ、手間は変わらないんだけどね。たださ、言われた通りに豪華な飾りつけにするのはなんか癪でさ」
アストさんは悔しそうな顔をする。まあ、そうだよなあ。気持ちはわかるよ。
「だったら私が力を貸そうか?」
看板の補修を終えたシッラさんが額を拭きながら振り向いた。
「何か妙案が?」
アストさんが尋ねる。
「ああ、豪華は豪華でもセンスのないアホみたいな飾りつけにしちゃえばいいんじゃない?」
「それいいねえーー!!あいつにぴったりじゃん!」
シッラさんの案にディアナは喜んで賛成する。
「しかし、それじゃあ男爵が怒りだすのでは?」
アストさんが心配する。
「いや、男爵が親方につけてた注文を聞く限り、あの男爵のセンスはアホみたいだからちょうど良いと思うよ。この看板だって親方が相当頑張ってこれだからね。言う通りやってたらもっと酷かったよ」
シッラさんが肩をすくめる。
「お願いできます?料金の方は別で支払いますから」
「この仕事で報酬は十分貰ったし、うちの仕事っぷりをアピールできる良い機会にもなってるから金はいいさ。アホ飾りはサービスしとくよ、面白そうだし」
「ありがとうございます」
俺はシッラさんに感謝の言葉を述べる。
「アストさんもシッラさんも仕事が終わったら家の店に来ておくれよ。みんなでご飯食べようと思ってるからさ、なジミー?」
「ああ、そうだな。お二人とも是非、来て下さいよ」
ディアナに続いて俺が言うと、そうさせてもらう、とふたりは笑った。
そうして二人と別れた俺とディアナは青空美術館をひと通り周り、ザイトム男爵とミディオンのへっぽこコンビがまき散らした迷惑の後始末をしていった。
お金で解決できる事はお金で、感情的な問題は頭を下げ、どうにかこうにか今日の分の尻拭いはできたようだったので、へとへとになりながら俺とディアナはアンテナショップに戻った。
「ふへえ、疲れたなあ」
俺はバイクを通りの脇の邪魔にならない所に停めてアンテナショップに戻る。
アンテナショップ周辺にはイスやテーブルが出されてあり、老人達がすでに酒盛りを始めていた。
「お!やっと帰って来たか!」
バッツメ爺さんが俺を見つけて声を上げる。こりゃ、そこそこ酒が入ってるな?声がデケーもん。
「聞いたぞ、あやつらの尻拭いをして回ってたんだって?そりゃ大変じゃったろ?さあ、取り敢えず一献」
フラッツ爺さんが飲み物を進めてくる。
「いやー、頂きます」
俺はフラッツ爺さんから受け取った木製ジョッキをグイグイと飲み干す。
「お?黒い液体だったからヤグー茶かと思ったら、エールですか?」
「ああ、ローストエールじゃ。アルロット領の名物じゃと、どうじゃ?うまいじゃろ?」
フラッツ爺さんが嬉しそうに言う。
ローストエール、つまり麦芽を焦がしてつくる黒ビール、前世で言うスタウトか。
どっしりしていてコクがあって実に美味い。
「いいですねえ、飲みごたえがありますよ」
「そうじゃろうそうじゃろう。今日は色々と大変じゃったろう、まあ、飲んでスッキリすると良い」
「酒は憂いのミスリルブラシと言うからのう、にょっほっほっほ」
フラッツ爺さんに続いてバッツメ爺さんが言い、妙な笑い声を上げる。
バッツメ爺さんが言ったのはバッグゼッドの諺で、酒は心配事を払ってくれる貴重なほうきみたいなものだって意味だ。
周囲を見て見るとアストさんやシッラさん、サトッツヨ君達もおり、それぞれ楽し気に飲んで食べている。
今から祭りの熱気が見えるみたいだな。




