伝説の秘宝の正体って素敵やん
「特に気配は感じないけど、君はどう?」
「俺も感じないな。少なくともヤバイ気配はないと思うぜ」
トビラに手をかけて言うロジちゃんに俺は答える。
「じゃあ開けるわよ」
「いつでもいいぜ」
こちらを見て頷いたロジちゃんは一呼吸おいてからトビラを静かに開け、身を屈めたまま中に入った。
俺も気配に気を配りながら即座に続く。
「おっと、これは」
真っ先に目に入ったのはフロアの真ん中にある噴水であった。
石で作られた円形の囲いの中に角柱が立っており、そのてっぺんから四方に水が噴き出て角柱の半ばに備え付けられた円形水盤に注がれている。円形水盤からは豊かな水が落ちていた。
「噴水ね。しかもこの部屋、入った途端、明かりがついたわ」
ロジちゃんが言うようにこの部屋に入った途端、室内が明るくなった。
「噴水の水も内部から照らされてるようだな」
「本当ね」
ロジちゃんが噴水に近付く。
俺も近付いてよく見ると、水盤とその下の囲いにある水がぼんやりと発光して微かに明滅している。
「これは噴水に何かあると思うのが普通だよな」
「そうよね」
ロジちゃんは慎重に噴水に近付きゆっくりと覗き込んだ。
「これは・・・・」
噴水の水を覗き込んで絶句するロジちゃん。
「どうした?」
俺も続いて覗き込んで、ロジちゃんが絶句する理由を理解した。水の中には小さな花が大量にあり、その花は発光し回転しながら水の中を同一方向に移動していたのだ。
「こいつは一体、なんだ?」
「・・・まさか、そんな。ありえない、だけど、これが・・」
「なんだ?どうしたんだ?」
俺は驚愕するロジちゃんに尋ねる。
「落ち着いて聞いてよ」
ロジちゃんはゆっくりと俺を振り向いて言う。
「いや、落ち着かなきゃいけねーのはロジちゃんだろ?」
「いいから黙って聞きなさい。これは古代シャルドウ教に対する認識が根底から覆る可能性を秘めた事なのよ。いい?」
凄い圧で俺にがぶり寄り言うロジちゃん。
「お、おう」
「この噴水の中にある小さな花の動きを良く見なさい」
ロジちゃんに言われて改めて見返す。大量の小花は回転しながら噴水内を同一方向に流れている。
「円を描いて流れてるな」
「もっとよく見なさい」
ロジちゃんに言われて俺は更によく見る。小花の群れは円形囲いの中にある水の中を流れているがある場所で水の下へと移動している。よく見れば上の水盤の一部から水の流れと共に小花の群れが落ちてきて、そこから円を描いて流れある場所で更に水中へ潜りまた流されている。
「これは、らせんか!」
「そうよ、間違いない、これこそがシャルドウトーラスのらせんなのよ。凄いわ、これ」
ロジちゃんはわなわなと震えながら言う。勝手にひとりで感動されてもこっちが困るよ、スピードの向こう側を聞かされたんじゃないんだから。
「いや、待ってくれよ。なにがどう凄いんだよ?」
「わからないの?これはゼロデイデータセットなの、古代シャルドウ教徒はパラレルインフィニティビットのシステム化に成功していたって事なのよ?これがどれだけ凄い事かわかる?」
「ごめんなさい、さっぱりわかりません」
本当に理解不能なため俺は素直に謝った。
「簡単に言えば情報の集積、管理に革命を起こす可能性があるシステムなのよこれは」
「これって、結局いったい何なのよ?」
「これは恐らく、彼らの日記よ。それも本当に長い長い間、積み重ねられた古い日記」
あの頃は、はっ!!てか?
「ちょっと待ってくれよ、それじゃあトーラスと組み合わせる事で真の力を発揮するってのは、どういうこった?」
「恐らくトーラスが日記を読むための装置なのよ。トーラスは世界の呼吸であり無限の力である、その力を成すのは内も外もない器、つまりトーラスと循環の中央に位置するらせんである。すなわち日記に記された古代シャルドウ教徒達の積み重ねた記憶こそ、まさに世界の呼吸であり無限の力だという事なのよ!」
興奮して言うロジちゃん。
「知識こそが無限の力であり、彼らの生活こそが世界の呼吸であったとそう言う事か」
「そう言う事よ!!これ以上に価値がある物などないわ!」
「いや学者さんが興奮されるのは理解できたんだけど、強力な兵器か何かだと思って手に入れようと画策してた連中にとっちゃトホホな話だなあ」
「そんな連中のことは放っておきなさい。私はこれで失礼するわ」
いそいそと部屋を出ようとするロジちゃん。
「おいおいおい、また突然だな」
「これを研究するための機関に加わるための根回しをしなきゃいけないからね。忙しくなるわよ」
ロジちゃんは言うが早いか走り出した。
「ちょ待てよ!」
俺はロジちゃんを追いかける。
ゲイルダッシュ使ってんのかめっちゃ早ぇーわ。俺も負けじと追いかける。
「うわっと、なんだよ入り口閉じてるじゃんか」
入って来たトビラの前で急に停止したロジちゃんにつんのめりながら言う俺。
「大丈夫よ、中から開ける装置があるはず・・・、ほらあった」
ロジちゃんは壁に生えていたレバーをグンっと下げる。トビラがゆっくりと開きだした。
「待てって!こいつらどうすんのよ?」
走りだそうとするロジちゃんに、俺は転がってるボウラン達を指して言った。
「好きにしなさいよ、そちらさんの問題だし」
ロジちゃんはそっけなく言うと疾風のように走り去ってしまった。
「参ったねどうも」
俺は昏倒しているボウランと手枷足枷されて転がっている六人を見てぼやいた。
眼下に見える居留地では飛行ヘパタロスが飛んでいる姿は見えず、あちこちから煙は上がっているが爆発音などはせずどうやら小康状態になっているようだ。
しかし、俺もバイクで来てるしなあ。こんなに沢山の連中を連れていけないしなあ。
ひとまず手枷足枷かましてる奴らは念のため土魔法で造った鉄の杭を近場の木に深く撃ち込み、その杭と手枷を土魔法で結合してやる。更に土魔法で地面に穴を開けて全員の足を足枷をはめたままの状態で埋めてやる。バンザイしたまま木の周囲に下半身を埋められてるオブジェの完成だ。
ここまでやって逃げちまったのならそれはそれで仕方ねー。
残るはボウランだが、こいつは昏倒しちまってるので顔に水を浴びせて起こしバイクの後ろに乗せて帰る事にする。
下手に暴れるとケガするぞと言い聞かせたが、必要以上に俺に抱き着くもんだから運転しづらいっちゃなかった。
下山して居留地に差し掛かるとそこかしこに魔物の死体や飛行ヘパタロスの残骸が転がっており、兵士たちは勝ち戦の後処理に忙しそうであった。
俺は手近な兵を捕まえると山中で拘束したジャーグルの工作員らしき奴らの話を聞かせる。
「今、隊長を呼んできますのでお待ちください!」
兵隊さんはそう言ってどこかへすっ飛んで行く。
「さて問題はお前だよな」
俺はバイクを降りてボウランを見た。
俺より前にバイクから降りたボウランは怯えた目でこちらを見る。
さてどうしたもんかな、こいつはジャーグルに情報を流したスパイだがドーンホーム教会の役職持ちでもある。どう扱っていいものだか考えあぐねていると、俺を呼ぶ声が聞える。
「クルース君、話をさせて貰っても良いか?」
俺に話しかけて来たのはタンゼニンだった。
「ああ、ちょうど良い人が来た。彼の処遇をお願いしても良いですか?」
「え?あ、なんだって?もう一度言ってはくれないか?」
タンゼニンが慌てた様子で聞き返してきた。
「ですから彼の処遇をあなたにお任せしたいと、そう言ってるんですよ」
俺は再びタンゼニンに告げた。
「しかし、彼は、その、何と言うのか・・」
スパイと言いたいのだろうがそれを言ってしまうと罪の大きさが言葉に現れるようで憚っているのだろう。
「ええ、わかってますよ。タンゼニンさんも彼の処遇を相談したくて声をかけてくれたのでしょう?」
「それはそうだが、私が言うのもなんだが彼の罪は決して軽いものではない。この国に騒乱を招き入れ多くの民の平和を乱す行為だ」
「実際に民に人的被害は出ましたか?」
こちらの備えの早さやアルスちゃん、ケイト、クランケル達の事を考えればそう大きな被害は出ていないだろう。
「いえ、非戦闘民には怪我人ひとり出ていません。ただご覧の通り居留地はこの有様ですし、ライトレールの路線の一部に被害が出ている様子でした。他にも物的被害は幾らか出ているかと」
「ならいいじゃないですか。物的被害はいずれジャーグルに賠償して貰いましょうよ」
「しかし、彼の流した情報がどんなものなのか、バッグゼッド側も知りたがるはずです」
「そこはタンゼニンさんが上手い事やって下さいよ。そうした駆け引きはお得意でしょ?」
俺は笑顔で言ってやる。
「本当にいいのですか?あなたに迷惑はかかりませんか?」
「お気遣いはありがたいのですが心配はご無用ですよ」
俺はタンゼニンに言う。まあ、ちょっとコゼランちゃん辺りから小言を言われるかも知れないが、ボウランが手に入れる事ができた情報などたかが知れてるだろうし、ごめんなさいすればなんとかなるんじゃねーかな。
「あなたには借りが出来てばかりですね」
「いやタンゼニンさんからは大きな情報を貰ってますし、だからこんなに被害が少なかったんですから、まあトントンですよ」
俺は言うとタンゼニン氏は深く頭を下げてボウランを連れて去って行った。
その後、俺はやってきた部隊長に山中に拘束したジャーグルの工作員の事を告げると現場まで同行を求められ、馬で向かう彼らの先をバイクで走って先導して案内する事になった。
現場に到着すると件の連中は意識を失ったまま地面に埋まっていたので土魔法で掘り起こし、手枷と杭の結合を解いてやった。
部隊長は彼らを検めると俺に感謝の言葉を述べ、また話を聞かせて貰う事もあるかも知れないので連絡がつく場所を教えて欲しいと言った。
俺はファルブリングカレッジ生徒会の所属である事と現在青空美術館に居る事を教え、挨拶をして山を下りた。
そうして青空美術館へとバイクを走らせている途中で俺は今になってふと気づいた事があった。
そういや、本当に今更だがクランケルの奴って実家はトーカ領じゃなかったっけ?
あいつ、今回の侵略騒動でも何にも言わないもんだからすっかり失念してたけど、おいおいおい、大丈夫なのか?あいつの家族の安否は?
こんな大事な事を失念しているとは!痛恨の極みだぜ!
くそっ!
俺は焦りアクセルを開けるのだった。




