ポタリングでパトロールって素敵やん
居留地内を見まわって困ってる人などが居ない事を確認した俺は帝国製自転車で青空美術館へと向かう事にした。
ヴァルターさんがかけあってライトレールの臨時便を出してくれたみたいで、行き交うライトレールの数が多くていつも以上に街が賑やかな事になっている。
ライトレールで行くと来るときに下った魔の急坂を登っていくことになるが、俺は自転車なのでそこは通らず狭い道になるが緩やかな坂を選んで行く。
アルロット領の市街地と居留地は何度か行き来しているが、いつもはライトレールなのでこうして普通の道を通るのは初めてだ。
スケボーで帰る時に多少は通ったが最終的にはスケボーをあげちまったから、結局ライトレールで帰る事になっちまったしな。
前世では休日に自転車であちこちに行くのが好きだったからな、なんか懐かしい気持ちになるよ。
俺は路地裏を自転車で走りながら思った。
今、走っている所はどうやら住宅街の路地裏のようで、洗濯物が干してあったり花を植えたプランターが置いてあったり生活感があって面白い。
フラットベンチに座ってチェスや将棋みたいなボードゲームに興じているおじさん達もいたりする。
すぐ近所の人達なんだろう、だるんだるんのシャツにステテコのような下着姿とラフな格好で集まっている。
中には扇子みたいなものを持って扇いでいる人もいるが扇子が小さくてあまり涼しそうに見えない。
団扇的なものはあまり普及してないのかね?
だとすればヤグー民芸品の団扇を普及させたい所だ。
俺は青空美術館の方角に向かって自転車を走らせる。
地図もないから大体の方角を目指して適当に走っているが、半分ポタリング気分だ。
アルロット領では街の至る所に子供の背丈位の円筒が立っているのが目につくが、これは公共の水飲み場で給水泉と呼ばれるものだ。
前世でいえば公園によくある水道みたいなもんだな。
この給水泉、場所によって装飾や色が違ったりして洒落てるんだよな。
そんなのを見るのもまた楽しい。
遊んでいる子供達が給水泉で水を飲んだりかけあったりしている。
子供の頃、俺が住んでいた地域はまだ一部の公園なんかに手押しポンプがあったりしたもんだ。
面白がってハンドルを上下させたもんだったが、当時でも実際に稼働していた手押しポンプは少なくなっていたようで水が出るのを見れるポンプは少なかった覚えがある。
水が豊富な地域なんかだと、集合住宅の真ん中に無料の水場があるような所も見かけた事がある。
大抵、コンクリートで囲まれた小さなプールが段々になっていて上段は飲用、中段は野菜などを冷やす用、最下段は洗い物なんかに用いられていた。
夏の暑い盛りに冷やされた野菜がやけに涼し気に見えたもんだった。
そんな事を考えて路地を走っていると前方からなにやら争っているような声が聞える。
どうやら先にある給水泉でトラブルが起きているみたいだ。
「ここは自由に使えるはずだ」
「うるせー!正義の味方面すんな!」
「なんだと!」
「やんのか!」
「ちょっと待て!」
「テメーからケンカ売っといて怖気づいたのか?」
「ああん?」
「ざけんなよ?」
若者の集団が揉めているようだ。
よく見ると近くに荷車と中年男、そしてその子供らしき女の子がへたり込んでいる。居留地からの引っ越し組か、クランケルケイト便の前に出発した人かな?
「はーい、ちょっとお兄さんたちー。どうしたのかなー?」
「あ!クルース君!」
「お?サトッツヨ君じゃないの?どしたのよ?」
俺の声に気付いて反応したのはサトッツヨ君だった。よく見りゃスケボー抱えた仲間の子もひとりいるじゃないの。
て言うか、俺の名前を呼ぶ時のイントネーションが地元のやんちゃな後輩風味なんだけど?なんで?
とりあえず俺は自転車を降りて皆の近くに行く。
「その子が水を飲んでたらこいつらが突き飛ばしたんだよ、それで俺達が注意したんだけど」
「ここは余所もん使用禁止なんだよ!ましてヤグー難民なんぞに使わせてたまるかよ!」
サトッツヨ君が俺に説明している途中で他の男達がデカい声を出す。
男達の数は五人、サトッツヨ君達はふたり。俺が介入しても数で勝ると思ってか、調子に乗りっぷりが凄い。
「実際のトコどうなの?これって公共の物だよね?基本的に誰が使用しても良いんだよね?」
俺は給水泉を指してサトッツヨ君に尋ねる。個人所有だったりするかもしれないけど、そんな事はどこにも記載されていないから大丈夫だと思うんだけどな。
「給水泉は誰でも自由に使えるってのが常識だよ」
「その誰でもにヤグー族は入ってねーんだよ!!」
サトッツヨ君の言葉に近くにいる男が怒鳴る。
「お前らなあ、そんな事ばかり言ってると時代に取り残されるぞ?これだって居留地で売ってるんだからな」
スケボーを抱えた仲間君が言う。
「ああ、それなんだけどさ居留地が一時閉鎖されるんでしばらくは青空美術館で販売する事になると思う」
「マジっすか?」
仲間君が俺に言う。
「マジマジ。そこの人も居留地から青空美術館に引っ越す最中だ。でしょ?」
俺が言うと荷車の近くにいた中年男が頷いた。
「知り合いにも伝えておいてよ、しばらくは青空美術館で営業するって」
「言います言います!絶対行きます!」
「他にも面白い店がオープンすると思うから是非来てよ」
「ふざけんなよテメーら!なに、勝手に話を進めてんだよ!」
俺と仲間君が話していると男のひとりが俺の襟元を掴んできた。俺はつかんできた手首に左手を添えて、そのまま下に巻き込むように体重を移動させる。
「いてててててて!!」
男は手首を押さえて地面に転がる。
「どうもこの人達は話し合いをする意思がなさそうだねえ」
「そうなんだよ、俺達も乱暴な事はしたくないと思ってんだけど」
サトッツヨ君が困ったような顔をする。
「うんうん、君達は辛抱強く大人の対応だった。でもそろそろ限界かもな、まずはそこの女の子を突き飛ばした奴、出て来なさい」
俺は男達を見て言う。
「どうしよーってんだよ?まだこっちの人数のが多いぜ?」
「こらーーっ!!」
俺は男達に向かって大きな声を出し威圧の気を軽く放ってやる。
男達は硬直したり、後退りしたり、一人などは腰を抜かしたかへたり込んじまった。
「と言って怒りますよ。さあ、怒られたくなかったら早く名乗り出て女の子に謝りなさい」
男達は自分達の旗色が悪くなったことを理解したのか、互いに顔を見合わせる。
「どーしたーザキリオ?困ってんのか?」
「加勢するか?」
「おいおい、余所もんがなにデカい声出してんだよ」
「いっ、いいとこに来たナケーダ!こいつらが調子くれてやがんだよ!」
またチンピラみたいなのが三人、首をコキコキさせながらやって来たよ。ザキリオと呼ばれた男は形勢逆転とばかりに唾を飛ばしてがなり立てている。
「どうするクルース君?」
サトッツヨ君が冷静な声で俺に尋ねる。その調子だとサトッツヨ君もまだ余裕ありそうね。
「そうだねえ、こっちのやる事は変わらないかな。女の子を突き飛ばしたダセー野郎はどいつだ?きちんと叱ってやるから出て来なさい」
俺は男達に近付く。サトッツヨ君とその仲間君も俺に続いてにじり寄る。
「この野郎!調子に乗りやがって!」
「やっちまえ!!」
男達が懐や腰から武器を出したその時、頭上から強い殺気を感じた。
俺はザックからなんちゃってライフルを抜いて殺気の方向に構える。建物の屋根に人影が見え、同時にファイアーボールが五つこちらに飛んで来る。
「みんなしゃがめ!!」
俺は大きな声で言い、飛んで来るファイヤーボールに向かって炸裂弾を放つ。
空中で迎撃されたファイヤーボールは破裂し周囲に熱気を放ちながら霧散する。
俺は屋根の人影に向かって空雷弾を連射。人影は屋根の上をジャンプしながらこちらに向かってファイヤーボールを放ってくる。
「ちくしょう!ちょこまかと!」
俺はクレー射撃のようにファイヤーボールを撃墜し、その合間を縫ってジャンプしてから着地する人影に向かって空雷弾を連射する。
着地の瞬間、異常な身体のひねり方をして避けた謎の奴だったが、俺の放った空雷弾全てを避けるには至らなかったようだ。
「やったか!!」
サトッツヨ君が叫ぶ。それ、やってない時に言うやつや。
俺は心の中でつぶやくが屋根の上の奴は身体を硬直させバランスを崩し落下しそうになった。
「あ!落ちる!!」
サトッツヨ君が声を上げる。俺はゲイルを使おうとしたその時、凄い速度で何かが飛んできて硬直した奴を抱きとめ去って行った。
「なんだ今の?」
サトッツヨ君が小さな声で言う。
「背中に羽が生えてたよね?」
仲間君が言うように、ファイヤーボールを撃ってきた奴を抱えて飛んでった奴は背中から羽が生えていた。鳥系の魔族かとも思ったが羽以外はどこにも羽毛が生えてなかった、ちゅーかなんか妙につるつるした外見で頭も人っぽかったが髪の毛ひとつ生えて無かったし、なんか人間ぽくないと言うのかとにかく妙な奴だった。
大体にして飛ぶ速度も尋常じゃなかった。
ゲイルを使って全速力で追いかけても追いつけたかどうか。
これでサトッツヨ君達も襲われるの二回目だな。俺の近くにいたばかりに申し訳ないが、それにしてもどうなってやがるんだ?
ちょっときな臭すぎるだろ?




