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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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旅って素敵やん

 アウロさんの店を出て噴水前広場に行く。教会には馬車が置いてありふたりの姿はまだなかった。

 俺は腰にアウロさんから頂いた特殊警棒のケースを取り付けてふたりを待った。

 噴水前には露店が並び人も行きかっている。

 そんな平凡な風景に妙に引っかかりを感じる。なんだろう?人が行きかっている姿を眺めながら考える。

 うーーん。あっ!分かった。あのオッサンだ。今、俺から見て右から左へ歩いているオッサン。そのまま歩いて路地に入り視界から消える。少ししてその路地の前を他の人が通るとそのオッサンがまた路地から出てきて

 今度は右へ行く。教会の前を過ぎてしばらく歩きまた路地に消える。ご丁寧に帽子を被ってみたり外してみたり背筋を伸ばしたり前屈みになったりしている。さてと、きな臭くなってきやがったな。

 王都まで連れて行って欲しいと言う祖父と孫。孫の母親は破壊的カルトの信者らしい。そしてそのふたりが入った教会の前を不自然に行きかうオッサン。

 これはどうするべきかな。オッサンを問い詰めるか泳がすか。

 実はそのオッサン以外にも妙な感じがしているのだ、いや、むしろそちらが本命か。露店の店員や布団を干しているおばさん、噴水でいちゃついているように見えるカップルも、そのオッサンをチラチラ見ているのだ。怪しい男がいるから警戒して見ていると言った露骨さのない、何気ない風を装いながらの観察。そのように俺には感じられるのだが。俺はゆっくりと歩いてチラ見をしている露店に行った。

 その露店は小さな木の実かなんかを飴でコーティングしたものを量り売りする屋台だった。


「これとこれちょうだいな」


 俺は前の客が買っていたのと同じものを注文した。


「はい、どーもー」


 にこやかに応対する店のおばさん。特に怪しい所は感じられないが。


「今日はいい天気ですねえ」


「そーですねー」


 俺が話しかけるとごくごく普通の応対をするにこやかなおばさん。

 だがどうも目が笑ってないというのか、目の奥が無表情というのか、インチキ臭い笑顔に感じられた。

 どうにも見覚えのある笑顔だった。前世界で幼少時に連れていかれたカルト団体で見た笑顔。

 俺は店のおばさんを観察する。

 地味なワンピースに地味な色のストールをしている。首から革紐で何か小さな袋を吊るしている。

 お金を払ってゆっくりと周囲を歩く。

 布団を干してるおばさんや噴水にいるカップルの近くをゆっくりと歩く。

 俺は彼らを見て軽く鳥肌が立った。布団を干してるおばちゃんも噴水にいるカップルも首から革紐で何かを吊るしていたのだ。

 他にも注意してみると同じ紐をしている人間がいた。

 これが流行のものでなけりゃ、あれですかね。カルト信者の印ですかい!?

 相変わらず教会の前を行ったり来たりしているオッサンを改めて見ると、このオッサンは紐を吊るしてはいない。

 ふうむ。まあ、まだなにかを決めつけるのは早計と言うものだろう。だが、オッサンの人相風体と他の奴らが吊るしている革紐と小袋は目に焼き付けた。

 再び元の位置に戻ると教会入口からオウンジ氏とハティが出てくるのが見えた。布団を干してるおばさん、カップル、飴売り、通りかかる人2人、そしてオッサンがそれを見ている。オッサンは自分も観察されている事に気づいているのだろうか?しかもオッサン、ふたりを見ながら建物の影でなんかメモを取ってるしな。目立ってんなあ。なんか悪い奴じゃない気がしてきたよ。そうして俺たちは再び馬車に乗りマキタヤを出たのだった。

 俺も初めての道のりなのだが、そこはオウンジ氏が地図を持っていたのでそれを見ての旅となる。

 基本的にノダハから王都までの道行きは東王道と呼ばれる街道一本らしいので大きな街道を進んでいれば着くとのことだった。しかし王道って凄いね。王都への道。すべての道は王都へと続く!ってか。

 地図を見ると、マキタヤを過ぎてから山間の道を通り隣のタスドラック領バンコウテの街に出る、そこから海の街マズヌルへ進み、海沿いにタスドラック領主都オカシスを過ぎ、海とつながった大きな湖ネムハマ湖畔の街ネムツマを過ぎて王国領ショートウハへ。

 そこから王都手前の街ザオキヤを抜けてレインザー王国王都オゴワナリヤへ到着となる。

 だいたい地図上の距離感だとオカシスで半分といった所かな。

 これを今日含めて三日で行くとなると、まあ交代で馬車を操作するならそれほど無理はない道のりに思える。

 しかし山間の道は景色に変化がないから退屈だな。見通しも悪くて尾行されていても気づかないよ。まあ、それ以前に天下の往来、言わば大型幹線道路だからな、時折すれ違う馬車もいるしマキタヤを出るときに後ろから来ている馬車もいたしな。ま、気を付けていればやたらなことにはなるまい。


「お兄ちゃん、名前はなんて言うの?」


 うおっ!ビックリしたあ!突然隣にハティが居て声をかけてきた。


「お、おう。俺はねトモ・クルースだよ」


「トモちゃんて言うんだ」


 トモちゃんかぁ。前世界でも俺のことをそう呼ぶ人いたっけなあ。一瞬過去の思い出が頭をよぎった。


「そうだよ」


「トモちゃんは、なんで冒険者になったの?」


「そうだなぁ。俺は旅をするのが好きでね。色んな土地に行って色んなものを見たり、色んなものを食べたりするのが楽しくてね。だからかな」


「ふーん。色んなものってなに?」


 俺は前の世界で見て今の世界でも通用するもの、大きな山や大きな川の話し、きれいな海に沈む夕日、豪華な建物、変わった形のフルーツ、石で造られた大きな像、肉をパン粉で包み油で揚げて卵でとじた料理、海岸に卵を生みに来たウミガメ、大きなエイを釣った話しから、この世界ではぐれグリフォンをアウロさんと倒した話し、ケインたちと会社を作った話しまでハティにして聞かせた。


「凄いね!ハティもウミガメ見たい!卵とじ肉食べたい!空中ゴマやってみたい!」


「うん、きっとできるよ」


「本当に?」


「本当だよ」


「ハティ、やっても大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「神様に怒られない?」


「怒らないよ。神様はそんなに心が狭くないからね」


「そうかな?」


「そうさ」


「わかんないけど、トモちゃんは優しいね」


「そう?」


「うん!ハティわかるもん!爺ちゃんも優しい!トモちゃんも優しい!スーちゃんも優しい!」


「スーちゃん?スーちゃんって誰だい?」


「ハティそんなこと言った?言ってないよ?」


「ハティ。クルースさんの邪魔をしてはいけないよ。戻っておいで」


「はーい!」


 まただ。これで2度目だな。オウンジ氏がハティちゃんとの会話をさえぎって連れ戻したのは。

 最初は川でモミトスの発見者のことを口にした時、今回はスーちゃん。その後のハティちゃんはとぼけて知らんぷりしている感じではなかった。

 本気の目だった。

 なんだろうか?何か重要な事に思える。

 スーちゃんと言う言葉が、というよりもその後のハティちゃんの反応が。

 オウンジ氏がさえぎったのもそのタイミングだった。

 これは気に留めておかねばならぬな。

 俺は考えを巡らせながら再びひとりで馬車を操縦する。


「・・ーし!よーし!しっかり押せよー!」


 前方から声が聞こえてくる。

 カーブを曲がると馬車が立ち往生しているようで、男3人が馬車を押している。


「すいませーん!手を貸して貰ってもいいですかー!」


 御者台にいて手綱を握ってる男がこちらに気づいたようで声をかけてくる。

 俺は手前で馬車を停める。


「ふたりはここで待っていて下さいね」


 オウンジ氏とハティちゃんに声をかけて俺は御者台から降りた。


「どうしました?大丈夫ですか?」


 ゆっくりと近づき声をかける。


「いやあ、道の穴に車輪をとられましてねえ。申し訳ないのですが手を貸して貰えませんか」


 馬車を押していた男のうちのひとりが俺にそう言った。


「へー、道に穴があいていたんですか。それは危ないですね。どんな穴ですか?見せてもらって良いですか?」


 ゆっくりと近づく。


「これですよ。見てやってくださいよ」


「どれどれ」


「これです、馬車の下の。結構深い穴ですよ」


「どれどれ」


「どれどれってあなた、もっと近づかないと見えませんよ」


「どれどれ」


「だから、もっと近くに来てくださいよ」


「もう近くにいますよ」


「えっ?」


「ですからほら。あなたの隣に」


「ああ、本当ですね」


 そう言って男は隣の男の頭を隠し持っていた鉄の棒で叩いた。


「あぐっ」


「何やってんだ!」


 叩かれた男が変な声を上げて倒れ、もうひとりの男が声を上げる。


「えっ、いや、俺は命令通りに」


 まだ朦朧としているのだろう、俺の術にかかった男が答える。


「馬鹿が!」


 御者台から背の高い男が降りてくる。手にはサーベルみたいな湾曲した剣を持っている。

 先ほど何やってんだと声を上げた男も無言で懐からナイフを出して距離を詰めてくる。

 俺は腰から特殊警棒を取り振り出しながらナイフを持った男にダッシュで近寄り、ナイフを持った手を打った。


「ぎっぃってぇぇよぅ!」


 男はよだれを流しながらブランブランになった手を押さえて、地面にうずくまった。


「さてと、あんたは何の発見者なのかな?」


 俺はサーベル男に言う。


「貴様!モミトス様を冒涜するなっ!」


「誰もそんな事言ってねーぞ。まあ、自己紹介痛み入りますわ。で?なぜこんな凶悪な犯罪行為に及んだのか、非人道的な倫理のかけらもない不道徳な悪の中の悪行になぜ及んだのか説明してちょうだいな」


「ふっ、ふざけるな!お前こそが悪魔の使いだろうが!背教者め!正義は我々にあるのだ!御統治様の子を返してもらおうか!」


「ちょっと何言ってんだかわからないですね。ごとうちさま?何ですかそれは?地域密着型の何かですか?そんな理由で暴行傷害殺人誘拐未遂ですか?そんなちんけな理由で世の中の家族を破壊して回ってるんですか?そんなしょーもない抜けた鼻毛ほどの価値もない事で世の中の子供の未来を奪って歩いてんですか?あーそうですか。お前が神様を語るな!神様が穢れるわっ!」


 少々興奮してしまった。


「が、が、が、がぁーーーっ!お前があーー!お前が言うなあーー!悪魔よ地に落ちよぉーーーー!」


 もっと興奮してる人がいました。なんだよ、地に落ちよって。ここが地だろ。どこ目線で話してんだよ。


「ぷっ、ぷぷぷ」


「な、なにがおかしいっ!」


「いや、そりゃ、お前が、ぷっ、地に落ちよぉーーーー!なんて言うから。地に、ぷっ、地にって、ングっ!いやーー無理無理無理!こんなの笑うなっつー方が無理だわ!ダメだ、腹いてーーっ!」


「きさまぁーーー!もーー許さん!出てこい!」


「出て来いって!」


 マジで腹いてーけどなに?あらら、後ろから来てたのか。


「嫌だぁ!イヤーーーァ!」


 ハティちゃんの手を引っ張る男が見える。ありゃ、釘投げるにもオウンジ氏ともみ合っててどうにもなあ。

 さて、奴らの言い分からハティちゃんに危害を加える事はないだろうが、さらわれちゃあ元も子もない。俺が後ろへ向かおうとすると。


「あぎゃっ!」


 ハティちゃんの手を引っ張っていた男の頭を何者かが棒でぶっ叩いていた。

 あら、あのオッサンは。

 マキタヤで教会の前を行ったり来たりしてたオッサンだ。


「こっちは大丈夫なのである!」


 オッサン、グッジョブ。俺はオッサンにサムズアップして見せた。


「さてと、もう十分笑わせてもらったからよ。後は真面目な話しの時間だな」


「我々は何も話さん。背教者の言うことを聞くぐらいなら死を選ぶわっ!」


「また、お前みたいな奴らはどうしてそう命を軽んじるかね。本当に心の底から思うわ、それこそ神への冒涜だと。せっかく神様がくれた命だろ?神様だって有効活用してくれたほうが嬉しいに決まってんだろう。それをお前らときたら。ちょっと考えてみりゃわかるだろ。お前の子供がお前の名前を広めることだけに人生費やしたらどうよ?嬉しいか?嬉しかないだろ!自分の子供にゃ人生を謳歌してもらいたいって思うのが親ってもんだろ!違うか?」


「違う!」


「ノータイムかよ。考えもしねーってか。ダメだなこりゃ。自分で考えること捨てちまったか。じゃあ、他の奴に聞くわ」


 俺はそう言ってマキタヤで買った飴をサーベル男の顔にぶん投げる。


「びゃぁっ!目が!」


 ダッシュで詰め寄り膝を後ろから蹴り足をつかせる。


「うわぁ、なにを!」


 そのままサーベルを持っている腕を後ろにひねりあげサーベルを奪い遠くに投げる。

 男の両腕を後ろに回し靴を脱がせる。靴ひもを抜いて後ろ手にした男の両手親指を固く縛る。


「何を!何をするぅ!」


 うるさいので靴下も脱がせて口に突っ込む。


「んーんーーっ!」


 特殊警棒の先端を強く地面に押し付けてたたむ。

 さてと、腕ブランブランの奴を見るとまだ腕を押さえて地面にうつむいている。


「君はどうかな?素直に話すか続けるか。どっちかな?」


 そいつはうつむいたまま無言だった。


「おーい?聞いてますかぁ?」


 うつむいたそいつの顔を覗き込むと泡吹いて気絶している。


「なんだよ。そんじゃ次行きますか」


 術にかけた男にぶっ叩かれた男はどうだ。

 まだ白目向いてひっくり返ってる。


「おーーい!寝たふりしてんじゃねーーぞーー!もしもーーーし」


 ツンツン指でつついてみる。だーめだこりゃぁ次行ってみよー!


「おいっす!」


「なんで、そんな、エルダーキーセの言う通りに、間違いないって」


「はい落ち着いて、あなたお名前は?」


「ウ、ウギハ」


「ウギハさんね。なんでこんな事したの?」


「エルダーがエルダーキーセが御統治様の、御統治様の御子様の、真理の道だと、唯一まことの、ビエイナから来られたからと」


 何言ってんだ?


「それ以上そのチョンチョコリン共に聞いても無駄だと思うのである」


 ハティちゃんを助けてくれたオッサンが言う。


「助太刀感謝します。ところであなたは?」


「吾輩はスウォン・ルホイ。オゴタイの記者であーる!」


「オゴタイですか?」


「そうである!オゴワナリヤ・タイムズいちの敏腕記者とは吾輩の事である」


 自分で言っちゃってるよ。なんだか、憎めないオッサンだよ。知らんけど乗っておくか。


「おおっ!あなたがかの有名な!」


「ふふふん!まあ、そう恐縮することはないぞ!吾輩はいつでも市民の味方なのだから!」


「さすが!正義の記者スウォン!」


「まあまあ、そうおだてるでない。話しを続けるにしてもこれでは誰かが通りかかった時に面倒である。きゃつらを縛り上げ通行の妨げにならぬようにしたら出発しよう。詳しい話しは道々で」


 ほう、コミカルな風体だが敏腕記者と言うのは噓じゃないようだな。

 俺とスウォン記者とでカルト信者たちを縛り上げ奴らの馬車に載せて道の端に寄せる。


「スウォン記者はここまで何で来たのですか?」


「うむ、これである」


 そう言ってスウォン記者が指笛を鳴らすと一頭の白い馬がやってきた。


「リッキーである」


「かわいい!スーちゃんのお馬さん?」


 ハティちゃんが言う。


「スーちゃんとな?まあ、よかろう。そうである。リッキーと言う名前なのである」


「リッキーちゃんかわいいねー」


 そう言ってリッキーをなでるハティちゃん。スーちゃんか。これはもしやですよ。これまで前世界で様々なエンタメ作品を見てきたのは伊達じゃあない。カルト団体がなぜハティちゃんを狙っているのか、オウンジ氏の固い態度、段々と見えてきたぞ。後はスーちゃんから答え合わせを聞くとしましょうかね。


「リッキーは賢い馬なので勝手についてくる故に、そちらの馬車で同行させてもらってもよいかな?」


「ええ、どうぞ」


 オウンジ氏が答える。

 俺が御者台で操縦をし隣にはスーちゃん、後ろの荷台にはハティちゃんとオウンジ氏が乗ることになった。


「リッキーリッキーしーろいお馬さんーーー」


 荷台後方でハティちゃんがついてくるリッキーに向かって歌っている。


「さて、オウンジ氏。話しをさせてもらってもよろしいかな?」


「はい」


 オウンジ氏が石を食べたみたいな顔して返事する。


「それでは、まずさっきのやつらの素性からであるな。やつらはモミトスの発見者の信者だな。やつらの言っていたエルダーと言うのは信者の中でも指導者的立場の階級名であるな。間違いないであるな元エルダーのオウンジ氏」


「はい」


 ほほう。そうきたか。


「そもそも吾輩が追っていたのは御統治様の予言の秘密であったのだ。災害発生、魔物の出現などをズバズバと予言しているのは御統治様ではなくその御子と呼ばれる子供だとの情報を掴みその周辺を探っておったのだ」


「御統治様と言うのは?」


「そこからは私が説明しましょう」


 オウンジ氏が言う。


「私は熱心なモミトスの発見者の信者でした。子供も信者として育て私自身エルダーとなり地域の信者をまとめる牧者として働きました。しかし、孫のハティが生まれ、ふと考えたのです。ハティにどんな人生を送って貰いたいのか。先ほどクルースさんは申されましたな。自分の子供には人生を謳歌して貰いたいと思うのが親だろ、と。私はそれを、自分の子供で気づくことができなかった。孫ができて初めて気づいたのですよ。私は罪深い人間です。それに気づいてしまうと教団の教えの矛盾や嘘にも気がついてしまいました。教団の教え通りにすべての財産を、仕事を、将来を投げうった人たちが貧困にあえいでいるのに教団のトップである御統治様たちは大きな家に住み立派な馬車に乗り豪華な服を着飾っている。さらに苦しんでいる末端信者に対して、そこまでしろとは言ってない自己責任であると、そう彼らが言ってはばからないのを聞くに及んで私は、ハティだけはまっとうに成長させてあげたいと強く願うようになりました」


 俺とスーちゃんは黙ってオウンジ氏の話しを聞く。


「そうしてハティを連れて脱会する機会をうかがっていた時、御統治様たちがハティを御統治候補者として育てることになりましてハティは母親共々教団本部のあるビエイナへと連れていかれてしまいました。ハティはおかしな事を言う時がありまして本人は覚えてないようですが、どうもそれが未来に起こる事らしいと気づいた母親が御統治様に進言したためそうなったようでした。私はビエイナに行きハティを連れ戻す機会をうかがっていました。そうしてある日ハティが教団施設の庭を決まった時間に信者と共に散歩しているという情報を得て、近隣の空き家を借り床下から穴を掘りなんとかハティを連れ出す事ができました」


「そうして、ノダハまで逃げギルドに依頼を出したわけですね」


「そうです。事情を説明せずに巻き込んでしまい申し訳ない。まさかやつらがここまでするとは思わなかったもので」


 確認をする俺にオウンジ氏は頭を下げた。


「まあ、そう思うのも致し方なき事なのである。オウンジ氏、頭を上げなされ。吾輩の取材でつかんだネタなので他言無用で願うが、御統治様たちは悪どい商取引で知られたダミトツ商会と繋がっておったのだ。だがそのダミトツ商会もあまりの悪どさに業を煮やしたデンバー商会に潰されてしまった。元々教団は信者からの寄付を経済的基盤としていたのだが、先ほどオウンジ氏が言ったような教義なので信者は低所得者が大半を占め、そうした信者の実情も知られてきているので新規信者も増えないから当然寄付の集まりも悪くなっている。資産運用のために繋がっていた商会も潰されたジリ貧の教団が信者獲得、組織拡大のためにつかんだ起死回生の策がオウンジ氏のお孫さんと言うわけである。教団が強引な手段を取るのもそうした背景故になのである」


「なるほどね。よくわかりました。あとひとつ聞きたいのですがオウンジ氏、彼らが首から革紐で吊るしてる小袋、あれは何ですか?」


「あれはですね、小袋の中に証文が入っているのですよ」


「何の証文ですか?」


「自分が死んだとき、残された財産は全て教団に寄付します、と言う証文です」


 そこまでするか。いや、前世界で両親がハマったカルトも似たようなことしてたな、そう言えば。

 現金や有価証券、宝石、貴金属、不動産、保険金まで受け取り人を教団にするのは神の目に良い事と映るでしょうとかなんとか言ってやがったっけな。胸くそ悪い。


「クルース殿と申したか。この依頼は貴殿が考えているより危険なものであるぞ。冒険者ギルドの規約でも引き受けた依頼内容に著しい変化が見られる場合の依頼破棄は認められておる。いかがされるか?」


 スーちゃん。優しいな。俺の安全を考えてくれたか。スーちゃんも優しいってその通りだな。


「なにを笑っておるのだ?」


「いや、ハティちゃんが言ってた通りだったからね」


「ふむ。彼女はなんと?」


「スーちゃん優しいって」


「・・・参りますな」


 ふふ、スーちゃん顔を赤くしてる。


「この依頼、完遂させて頂きますよ。乗り掛かった舟です。それに個人的に思うこともありますからね。それよりスーちゃんはどうするの?」


「・・・・、まあ、良いでしょう。吾輩は記者であるからして、真実を見届け報道する義務がある。故に最後までご一緒させて頂くのである。して、オウンジ氏。ノダハで教会に行かれておりましたな。何をされていたのかお聞かせ願えますかな」


「はい。モミバトス教会の中でもモミトスの発見者について見解が分かれている事はご存知でしょうか」


「うむ、聞き及んでいるのである」


「では、モミトスの発見者について異端視している派閥のトップについてはご存知ですか」


「うむ、モドレイ・ランツェスター首座司教殿と聞き及んでおるが」


「ノダハの教会はランツェスター派閥なのです。王都にいるランツェスター首座司教の保護下に入ればもう御統治様たちにも手出しは出来ませんのでその話しをしに行ったのです」


「ほう、それで首尾は」


「明後日に王都のオゴワナリヤ西大聖堂にて首座司教様と直接お会いできる事になっています」


「ほほう。それは上々」


「上々なの?スーちゃん?」


「上々も上々!これ以上は望めぬほどの上首尾である!後は無事に着けるかどうかであるな」


 もうスーちゃん呼びにも動じない。やりおるわ!

 そんなことを話しているうちに山が開けてきて平野部に入った。


「スーちゃんのお馬っ!賢いお馬!わーー!山がなくなったねー!明るくなった!」


 ハティちゃんが馬車前方に来てそう言った。


「もうすぐバンコウテの街が見えて来るのだ」


「わーーーい!バンコーテ!バンバンコーテ!バンコーテーー!」


 歌うハティちゃん。


「ということは隣の領に入ったってこと?」


 俺は誰ともなく尋ねる。


「タスドラック領にもう入ってますね。山間の道半ば程が境界ですから」


 オウンジ氏が答えてくれる。

 へー、関所的なのはないんだ。


「ほら、見えてきたのである」


「ホントだスーちゃん!ホントだスウッチャンーー!ホンホンスースーチャンチャチャーン!」


 ハティちゃんは歌が好きなんだな。シンと気が合うかもな。

 先に見える街はタスドラック領バンコウテか。


「さて、どうします?バンコウテは寄っていきますか?」


 俺はオウンジ氏に聞いた。


「いや、できれば今日中にマズヌルまで行きたい所です。さっきの奴らのこともありますし通過しましょう」


「では街には入らないで通り過ぎましょう」


「吾輩も異存はないのである」


 と言うことで俺は海沿いの街マズヌルへ向けて馬車を走らせることにしたのだった。

 マズヌルへは平野部を海へと進んで行く。視界は開けているし待ち伏せなどの心配は少ないだろう。

 行く道先は地平線の見える平野、後ろには連なる山々とバンコウテの街。旅情に駆られて口笛のひとつも吹きたくなってくる。何も考えず思わずついて出たのは童謡故郷のメロディーだった。

 別に郷愁にかられたわけではないのだが、この牧歌的な風景になんとなくその曲が浮かんだのだった。


「わーーーっ、トモちゃん口笛上手ぅーー!」


 ハティちゃんがパチパチと拍手をしてくれる。


「初めて聞くメロディーだが、なんだか懐かしい気持ちになるのであるな」


 とはスーちゃんの評価。


「さすがはスーちゃん、新聞記者だけあって感性が鋭いって言うのかね、この曲は俺の故郷の歌で、ふるさとと言う曲なんだよ」


「ふふん。吾輩は敏腕記者であるからな!文化的なものはどんどん取り入れているのである!してクルース殿。歌と言うからには歌詞があろう。ひとつお聞かせ願えぬか」


「えーー、歌うの?照れくさいなあ」


「ハティも聞きたい!聞きたい聞きたーーい!」


「ハティちゃんに言われちゃかなわないなあ。そんじゃ歌いますか」


 そんなわけで恥ずかしながら歌って見せることになった。


「ウサギ追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川。夢は今も巡りて、忘れがたき故郷」


 なんか自分で歌ってても感じ入ってしまうわ。2番の歌詞には父母とあるんでハティちゃんに寂しい思いをさせたくないのでカットし3番を歌う。


「志を果していつの日にか帰らん、山は青き故郷、水は清き故郷」


「わーーーっ!ハティも歌いたい!意味教えて!」


「ふむ。良き歌詞であるな。吾輩もこの仕事が終わったら故郷に帰ってみるか。いや、吾輩今も生まれ育った街に住んでいるのであった!」


「「「「あーーはっははっははっはーー」」」」


 オウンジ氏も含めてみんなで笑った。

 スーちゃん、良い奴だぜ。


「トモちゃん、ウサギさん食べちゃうの、美味しいの?」


「いや、ハティちゃん、ウサギさんを追いかけたなあって事だよ」


「うーさーぎーおーーいしーおいしいーーーっ!」


 聞いちゃいねーー。まあ、それもハティちゃんのかわいい所だけどな。天真爛漫でいいよ。変なカルトの歪んだ教義で屈折させたくないよ。本当に。

 その後しばらくハティちゃんがでたらめな歌詞で故郷を歌っていたが、そのうち疲れたのか寝てしまった。

 緩やかな上り道を進むと先に海が見えてきた。

 はーーーーっ、スゲー景色だ。

 緩やかな丘を下る道から見えるのは平野と先には海。それだけ。

 こんなの見たことないよ。


「このまま進んで海沿いに行けばマズヌルですな。そろそろ交代しますか」


 オウンジ氏が言う。


「ええ、では交代して貰いましょうかね」


 俺はオウンジ氏と馬車の運転を代わってもらい荷台で一休みさせてもらうことにした。


「してオウンジ氏はエルダーだった時に寄付金の流れについてどこまでご存知だったのであるか?」


「それはですね」


 前でスーちゃんがオウンジ氏に取材を始めたようだ。さすが敏腕記者よな。

 しかし、さっき山間の道で待ち伏せていた連中はどうにも素人臭い奴らだった。

 それが逆に怖いんだよな。普通に生活している市民が急に襲い掛かってくる感じ。

 怖いなー怖いから少し寝るか。

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