特殊な根回しって素敵やん
「おーい!クルースくーん!」
ポイ姉さんと荒ぶる記者団を眺めている所にストームが走り寄って来た。
「どうした、そんなに走っちゃって?」
「それがちょっと早急に相談したい事があってさ」
珍しくストームがおチャラけもせずに答える。こりゃ、あれか?切実な話か?
「なんだ?話して見ろよ?」
「ドーンホーム教会の子供たちの事なんだけどね」
言葉を選ぶようにしてストームは話し出す。
「子供たちはみんな子供らしくない位に真面目でさ、仕事の覚えも良いんだけどどうも他の子達と積極的に馴染もうとしなくてさ。やっぱり親から信者じゃない子供たちとは仲良くしないように言われてるみたいでね」
「あら?確かそれについてはオルガンを交渉材料に一定の理解は得られたはずじゃなくって?」
さすが耳が早いねポイ姉さん。
「だからこっちもどういう事か聞きに言ったよ。そしたら、ドーンホーム教会が直接的な指示を出してる訳ではない。、信者がその信仰ゆえにとっている行動である、ってさ」
「だったら教会から信者に説いて貰えば?子供同士仲良くさせて良いって」
ポイ姉がストームに言う。うーん、さすがのポイ姉もこうした団体のやり方についてはあまり詳しくないか。
「ああした団体は信者の行動に責任は持たないものさ」
俺は言う。
「そうなんだよ、自分達はあくまで牧者であって主人ではないから信者が自主的に行っている事を止める事はしないし責任も持たないってさ」
「なによそれ?随分都合の良い事を言ってるわねえ」
ストームの話を聞いて呆れたように言うポイ姉。
「そっちがそうくるなら、こっちももう遠慮しないよ、ドーンホーム教会の子供たちは一旦ケイトモ預かりにしよか」
「それで、どうする訳?」
ポイ姉が興味深そうな目をして俺を見る。
「そうだな、フラッツ爺さん達も含めてそこら辺を煮詰めるか」
俺とポイ姉とストームはフラッツ爺さんたちが働く居留地内のショップ予定地へと向かった。
「あら、皆さんお揃いでどうしましたか?」
ショップ予定地に着くと、水の入ったバケツを持ったイソロちゃんが俺たちを見つけて声をかけてくる。
「おはようイソロさん。皆を集めて話し合いたい事があるんだけど」
「それなら、ちょうど今から呼びに行くところでしたから、どうぞご一緒にいらっしゃってくださいな」
イソロちゃんはそう言うと軽々とバケツを持ってテントへと向かった。
「ちょっと待ってて下さいね」
イソロちゃんはそう言うとバケツを持ったままテントの中へと入って行く。
あのバケツは顔でも洗うために運んできたのかな?かいがいしいねえイソロちゃん、フラッツ爺さんも果報者だよ。
「いい加減に目を覚ましなさーい!!」
「んぎゃっ!!ぷあっぷあっ!!」
「うっひゃ!!なんじゃなんじゃ!!洪水か!!」
テントの中からはイソロちゃんの怒鳴り声に続いて水をぶっかける音がし、フラッツ爺さんとバッツメ爺さんの声が聞えて来た。
前言撤回するよフラッツ爺さん。
「いつまで寝ぼけてるんですか!夜遅くまで飲んで騒いでるから起きられないんですよ、もう!緊急会議をしますからとっとと起きて下さい!」
イソロちゃんはそう言ってからのバケツを持ってテントから出て来た。
「いや、なにもそこまでしなくても」
ストームがおずおずと言う。
「いいんです、もう何度も声をかけてるのに起きないからいけないんです」
イソロちゃんが言う。
「お前がイケないんじゃぞフラッツ」
「なにを言ってるんじゃ、フレスベルグの肉が手に入ったから一杯やろうと言い出したのはおぬしじゃろうが」
「お前があんな美味い酒を出すからいけないんじゃ」
「おはよう爺さん達、不毛な言い争いはその辺にしてケイトモ緊急会議を始めたいのだが、いいかい?」
俺は子供のように言い争うふたりに声をかけた。
「なんじゃ朝からどうした?またトラブルか?」
フラッツ爺さんが俺を見て言う。
「フラッツも鈍いのお、そっちにストーム君がおるって事は子供たちの事だろうて」
「バッツメ爺さん、その通りだよ。すぐに話し合いがしたいから、とりあえず着替えてきてくれよ」
「別にこのままで構わん」
「そうじゃな、すぐに乾くだろうよ」
爺さん達ふたりはびしょ濡れのまま平然とそう言う。
「そ、そうかい?ならいいんだけども」
「でしたらテント裏にテーブルがありますからそちらにどうぞ。お茶をご用意しましょう」
びしょ濡れ爺さん二人に若干引き気味の俺にイソロちゃんは何という事もなくそう言う。
そんな訳で俺たちはテント裏にあるテーブルに座り、イソロちゃんが入れてくれた茶を飲みながらドーンホーム教会の子供たちの事について話し合う事にした。
まずは現状をストームから説明して貰うと、爺さんたちもイソロちゃんもその事には気が付いており憂慮していたとの事。
「じゃがのう、これはなかなかに難しい問題でのう。ワシもドーンホームの子たちと幾らか話してみたんだがな、なんちゅーのか子供たちの心が縛られているとでも言うのかのう、一見、自分の意思で行っている様に見えるんじゃが、子供たちの表情はそうではないと語っておる。子供たち自身が相反するふたつの思いに引き裂かれそうになっとるように思うんじゃ」
フラッツ爺さんはそう言って丸眼鏡をはずし目を揉んだ。
「ドーンホームの子供達は礼儀正しいが、いつも暗い顔をしているのう。あれで幸せになるための方法を教えると言われてものう」
バッツメ爺さんが顎髭を撫でながら言う。
「まあだいたい顔を見ればわかるよね、本当に幸せだったらあんな顔してないもの」
ストームが言う。
「俺もそう思う。そんな訳でドーンホームの子供たちを何とかしようと思うんだよ。手始めにドーンホームの子供達をケイトモ預かりにしようかと思う」
俺は考えていた事をみんなに話す。
ちょいと話が早くなっちまうがまずは、ケイトモのアンテナショップを昨日見学した青空美術館の街に開く事。
アンテナショップってのは簡単に言えば無期限でやる物産展みたいなもんだ。商品のテスト販売やユーザーの反応を見たりする目的もあったりする。
「ほうほう、それはワシの得意分野じゃ。ヴァルター氏とちょいと話してもあるからスムーズに話は進める事が出来ると思うぞい」
バッツメ爺さんが言う。さすが渉外広報を自認するだけの事はある。
「それでドーンホームの子供たちに青空美術館店を任せようと思うんだよ」
「結構な人数がおるぞ」
「そうじゃな、二十人はおるか」
「正確には男の子八人に女の子十三人の計二十一人ね」
フラッツ爺さんに続いたバッツメ爺さんに補足するイソロちゃん。うーん、イソロちゃん、かなりのやり手だぞ。
「ケイトモ仕切りとは言え地元の名産品の紹介に重きを置いた店を考えてるから、人数に伴った種類の商品が扱えるぶん人は多い方が良いね」
「名産品紹介か、確かにそれならば観光客向けに持って来いだが、ちょいと商品の種類が多くなりすぎやしないか?」
バッツメ爺さんが髭を撫でる。
「いずれは協力してくれる生産者を募っても良いと思うが、最初はケイトモ主導ってことでケイトモブランドを絡めた売り方をしたいね。地元の素材を使ったり、地元の名物にちょいと手を加えたりって感じでね。ヤグー族の商品も同じようにして置こうかと考えてる。ケイトモアレンジ品から手に取ってもらって、地元の名産品やヤグー族カルチャーに関心を持って貰おうってのがコンセプトだよ」
「それは大変結構なお話しだけど、それが子供たちを救う事とどうつながるのかしら?」
ポイ姉が俺に言う。
「ここから青空美術館の街まで通いで行くのは大変だろ?てなわけで子供たちのために寮を借りようと思う。青空美術館の街には昔の豪商が住んでいた屋敷が使われないで放置されてるってのが結構沢山あるからね、あのまま寝かしとくぐらいなら安くても貸し出した方が領も得だろ?」
「そりゃ、確かにほとんどの屋敷は持ち主が逃げちゃって所有権が領になってるから話はつけやすいと思うけど、ドーンホームの方はどうかしら?」
「そうだよクルース君、子供たちに仕事をさせるのだってあれだけ揉めたんだよ?親元を離れるなんてそう簡単に許さないと思うけど?」
ポイ姉に続いてストームが言う。
「ドーンホームには今、神聖協力会のタンゼニンって人が来てるんだ。だからきっとこの提案は飲んでくれると思うよ」
「タンゼニンがいるからこそ、そんな提案は絶対に飲まないと思うけど?」
「いや、それがそうでもないんだよポイ姉さん。地区長のボウランと言う人はただ無思考に上が作った規則を守る事にだけ腐心する人間だけど、タンゼニンは違うんだよ。彼はどちらかと言えば規則を作って利用する立場だ。そして彼の仕事は自分達の組織の拡大、そしてそのための邪魔になるものは排除する事だ」
「だったら尚更、子供たちを手放すなんてしないんじゃない?」
「ジャーグル王国内だったら、その選択はしないかもね。でも、ここは難民居留地なんだよ」
「そう言う事かしら?」
また興味深そうな顔をして俺を見るポイ姉さん。その目、なんかやらしいからやめて貰いたい。
「タンゼニンがここに来てからの言動は、簡単に言えば居留地内でドーンホーム教会が舐められないようにってのがまず第一になってる。やっぱりなんだかんだ言ってもここでの信者たちは祖国で酷い目に遭い逃げている立場であり、他の逃げて来た人達と同じ状況なんだよ。その状況を放っておくとあそこの神は信者を助けないと言われて教会の威光がくすんでいってしまう。そうならないために多くの人がテント暮らしの中、立派な教会を建設したりしてる訳だ。そして彼がこちらの言い分を飲んでくれたのはヴァルターさんがオルガンを寄付すると言った時だった。つまり彼にとって最優先事項は教会の物質的余裕なんだよ」
「だったら教会本部が金銭的援助をすればいいんじゃないの?」
「それはできないわね。ドーンホーム教会はジャーグル王国と密接に繋がってるから、自国を逃げた民は国民と見なさず一切の責任を放棄すると明言しているジャーグル王国の方針に逆らうような事はできないわよ」
ストームの疑問にスパッと答えるポイ姉。
「なんだよそれ」
「なんだよそれ、だよな。そんな状況で遣わされたタンゼニンも苦労が絶えないと思うよ。金は出さないが金銭的問題を解決しろと言われてるようなもんだからな。まあ、そこにこちらの要求を飲ませる隙があるんだけどね」
「具体的にはどうする訳?」
ポイ姉が俺を見る。
「住み込みで働いてくれる子供たちには衣食住など生活必需品は保証する。その上で給料は全額家族に支給する事にする」
「それじゃあ子供たちはタダ働きじゃなくって?」
「子供たちには大入り袋を支給しようと考えてる」
「なあに大入り袋って?」
「まあお小遣いみたいなもんだね。お金の使い方の勉強をして貰うための教材提供って形だね。まあ、割合としては家族支給分と半々ぐらいで考えてるよ。ちなみに教材はそれぞれの能力や店舗の売り上げによって今後上昇する予定だが家族支給分は上昇無し、売り上げや物価の変動によっては下がる事も考えられる」
「うわぁ、なによそれ?今までもそういう商売してきたわけ?えげつねいわねえ」
ポイ姉さんがじっとりとした目で俺を見る。
「いや、そんな事ねーって、こりゃあ、あれだ、ほら、特殊な相手にやる特殊な手段で」
「クルース君、アタフタすると怪しさが増すから」
ストームが冷静なツッコミを入れる。
「よし、わかった。ワシは早速ヴァルター氏に話をつけよう。上手く進めばすぐにでも店舗と寮は用意できるだろう」
バッツメ爺さんが言う。
「問題は商材だな、そっちはワシとイソロちゃんで何とかしよう」
「はい、こちらに顔を出している商人さんと何人か知り合いになりましたから、私はその方たちから話を聞いてみたいと思います」
フラッツ爺さんが言いイソロちゃんが続ける。フラッツ爺さんは、そいつら若い男じゃないだろーな、と詰め寄りイソロちゃんが、なーに?妬いてるの?かわいいんだからー、としなだれかかる。
「さて、と。ほんじゃあ、本日もいっちょよろしくお願いしますよ」
俺は爺さん達とイソロちゃんに言って席を立つ。こんなのいつまでも見てられないからな。
テント裏から歩いてショップ予定地に向かうとコゼランちゃんが俺を見つけて手を振る。
「おーい探したぞクルースちゃん!」
「オハヨーさん、昨日はお疲れちゃんだったね」
「おうお疲れちゃん、ってそうじゃなくってよ例のアレ出来たみたいでよ」
「例のアレ?」
「あれだよあれ、ほら、カステン商会のハンスおじさんに頼んでた」
コゼランちゃんは一瞬ポイ姉を見てそう言う。
カステン商会のハンスおじさんってのはゼークシュタイン閣下が学園に来るときの仮の姿だ。
ゼークシュタイン閣下に俺が頼んでた事と言えば。
「マジか!例のアレが出来たってか!やったぜ!どこ?どこにあんの?」
「お、おう、今朝馬車で来たからよ居留地の入り口広場に置いてあるぜ」
俺の勢いに若干引き気味のコゼランちゃん。
「よっしゃあー!レッツラゴー!!」
俺は居留地入り口広場に向かって走る。
そうかそうか、ついにあれが完成したのか!
ムフフフフ、思わず顔がにやけてしまうぜ。




