バッドニュースグッドニュースって素敵やん
俺は重い気持ちになりながら、ストームに事情を尋ねる。
「それで、ロジアンホープさんは?事情聴取を受けてるのかい?」
「いや、ロジアンホープさんは対処法をお医者さんに伝えて、その有効性を確認したらすぐにどこかへ行っちゃったよ」
まったく、あの人は。いや、ドーンホーム教会の諜報機関が来ることを察してずらかったのか?その可能性も十分にあり得るな。
ひとまず、ストームの言う所の有能な諜報機関である神聖協力会の人と接触して見るか。
俺は人並をかき分け広場へと入って行く。
「ああ、あなたは」
俺を見つけた医師の男が、すがるような目を向けてくる。
医師の隣りには黒い制服を着た男がおり、手にはメモ帳のような物を持っているのが見えた。この男が神聖協力会か?
「どうされました?」
「いや、こちらの方が私が事件の犯人だとおっしゃられるもので困ってまして」
「いや、あなたにもそれが出来た可能性があると申し上げただけでして、特別あなたが犯人であると断定した訳ではありません。そう捉えられたのであれば失礼を。ところで、あなたは?」
メモ帳を持った男が俺を向く。
身長は平均的、やや太り気味、いやガッシリ体系か?口髭と顎髭をたくわえ紳士然とした振る舞いをしているが、どこか油断ならない感じがする。ちゅーか、最近、油断ならない奴ばかり出現してるな。
「私はクルース、ファルブリングカレッジ生徒会の者です。失礼ですがあなたは?」
「私は神聖協力会のステファン・タンゼニンと申します。あなたがクルースさんでしたか、お会いできて光栄ですよ」
タンゼニンと名乗った男は握手を求めてきたので俺はそれに返し握手をする。
「私の事をご存知で?」
「ええ、ボウラン地区長より伺っておりますよ。なんでも子供達のために仕事を斡旋して下さったのだとか」
タンゼニンは意味ありげな目線を送りながら俺に言った。
ふーん、どうやら子供達への虐待を止めに入った事が気に入らないようだな。
「いやいや、たいしたことはしてませんよ。それに子供は地域の宝ですからね、みんなで守らないと」
俺が答えるとタンゼニンは少し口角を上げた。
「しかし、それにしても神聖協力会というのは凄いですねえ、今朝の事なのにもう調査員を派遣されるとは」
「いえ私が派遣されたのは別件でしてね、子供達の信仰が脅かされているとの報告を受けまして、それでやって来たところこのような事態が起きていた、と言う訳です」
タンゼニンは測るような目で俺を見て言った。ほうほう、なるほどね、やっぱりね。
「なるほど、そうでしたか。それで、なにかわかりましたか?」
「ええ、この二つの問題はどちらも我々ドーンホーム教会への攻撃であると考えています。そして我々ドーンホーム教会は信仰を揺るがせようと攻撃する邪悪な者達とは徹底的に戦う意思があります」
随分と挑発的な事を言うじゃないの。そんな事を言われるとこっちも少しばかりチクリとやりたくなっちゃうじゃないか。
「なるほどなるほど、それは素晴らしい事ですねえ。大いに結構、是非とも教団をあげて全力で取り組んで頂きたいですね」
「ほう、よろしいのですかな?」
タンゼニンが目を細めて言う。
「よろしいもなにも、あなた方の大切な信者の信仰を揺るがすような攻撃と言えば、一番に思いつくのは彼らがここに逃げざるを得なかった事、冷酷な血の道を歩かせるヤグー族移住法の事ですよね?私もあれは常々邪悪な者達の企てだと感じていたんですよ。さすがは慈悲深いドーンホーム教会さんだ、是非ともあの悪法と徹底的に戦って下さい!」
俺は大仰に言ってやった。何しろあの悪法ヤグー族移住法はドーンホーム教会の式典で公表されたものだ、制定にドーンホームがまったく絡んでねーってことはないだろうし、こいつの立場ならその辺の事情は痛いほどわかってるはずだ。
「やはり地区長の懸念は当たっていたようですね、ここには我々ドーンホーム教会を攻撃する闇の勢力が存在するようです。クルースさん、あなたも気を付けた方が良いですね、闇の勢力に飲まれる者は必ず白日の下にさらされて、その身を焼かれるのですから」
「ヤグー族移住法を定めた連中がそうなるように祈ってますよ」
「ボウラン地区長、仲間達を集めて下さい。緊急集会を行います」
「わかりました」
タンゼニンは俺を一瞥すると冷たい声で告げ、傍らにいたボウランは合点だ!とばかりに小走りで走り去って行った。
「あなたの罪が許されますように」
タンゼニンが俺を見て言う。
「そいつはどうも」
お前に人の罪を許す権利があるとは思えないけどな。
俺が軽い調子で返事をするとタンゼニンは人を値踏みするような嫌な目で俺を見て去って行った。
「兄ちゃん、大丈夫だった?」
心配そうに俺を見上げるのはナスコたちだった。
「ああ、大丈夫だ。ナスコのおかげで今朝の事件の大きな手掛かりも発見したしな」
俺がそう言うとナスコが輝くような笑顔を見せた。
「いいなーナスコばっかり」
隣にいたスコーミンがほっぺを膨らませて言い、周囲にいた子供達もいいなーいいなーと続ける。
「それじゃあ、みんなにもお願いがあるんだけどいいかな?」
しゃがんで子供達に言うとみんな、やった!やった!勿論!いいともー!と跳ねて喜ぶ。かわいいやっちゃで。
「ドーンホーム教会の子供達いるだろ?」
「うん!昨日、仲良くなったよ!」
スコーミンが嬉しそうに言う。
「おお!そうかそうか!ありがとうなあ」
俺が言うとスコーミンはとろけるような笑顔になった。
「それでなあ、みんなにお願いしたいのはその子達を気遣ってやって欲しいって事なんだよ」
「気遣うって?」
ナスコが首をひねる。
「実は今、ドーンホーム教会の偉い人が来ててね少し話をさせて貰ったんだけど、どうもその人は俺のやった事が気に入らないみたいなんだよ」
「兄ちゃんのやった事って?」
「子供達が活躍できる場所を作ったり、子供達が鞭打たれるのを防いだりする事さ」
「「「「「「えぇーーーーーー!!!」」」」」
子供達は揃って疑問の声を上げた。
「そんなのおかしいよ!」
「信じられないよ!」
「なんで?それっていけない事なの?」
「そっちのがいけないのにさ!」
「そんな大人やっつけちゃえばいいんだよ!」
子供達は一斉に俺に向かって抗議する。
「はいはい、まあまあ、静かにしてー!」
俺は子供たちに言う。
「そんな訳でね、ドーンホーム教会の子達はきっと色々と言われると思うんだよ。あれをしちゃいけない、これをしちゃいけないって」
「それって、僕たちと一緒に仕事をしちゃダメって事?」
ナスコが悲しそうな顔をする。子供にこんな顔させるなっちゅーの!
「いや、ドーンホーム教会の大人たちも子供達が働く事には賛成してくれていたから、それは大丈夫だと思う。でも、それ以外の所では色々と禁止されたりすると思うんだよ」
「例えば?どんな事?」
子供達が俺に尋ねる。子供達はドーンホーム教会の子供達の事をもう他人事としては捉えていない、大事な友達として捉えている。
「まだわからないけど、そうだなあ、例えばパロサントの樹に触っちゃいけない、とか」
「えぇー、それじゃあお仕事できなくなっちゃう!」
スコーミンが言う。
「だから、もしそんな事があったらその子達のできる事をさせてあげて欲しいんだよ。勿論、大人にそう言われても僕はやるって言う子もいるかもしれない、そんな時に、その子がやってるんだから君もやればいいじゃんって無理にやらせないであげて欲しいんだ」
「それが気遣うって事?」
ナスコが真剣な顔をする。
「そう。ドーンホーム教会の子供達も君達と一緒、それぞれが色んな考え方をしているんだ。だから、それを気遣ってあげて欲しい。みんな、できるかい?」
「できるー!!」
「わかったー!!」
「だいじょぶ!」
「まかせといてー!」
子供たちは口々にそう言ってくれた。これはなかなか難しい事だけど、相手を理解しようと気遣う思いが根底にあれば、ボタンの掛け違いのような事が起こってもきっとこじれて壊れるような事には至らないと思う。
逆に、根っこに相手を理解しようと言う思いがなければ、表向きは柔和で紳士的だったとしてもそれは伝わるもんだ。
「クルースさん!探しましたぞ!」
「ヴァルターさん、どうされました?」
肩で息をするヴァルターさん、どうやら走り回っていたご様子。
「ふーふー、失礼。まずは山中に向かった衛兵よりの伝令です。報告にあったレクーリュ硬貨とアエシュマ以外に大量の術式具が発見されたとの事です」
「術式具ですって?」
俺はヴァルターさんに聞き直した。
「ええ、戦闘術式の施された武具です」
「・・・・・」
そんなものでやつら一体何をしでかそうとしてたんだ?
「今一つは捕らえた者達の証言にあったベルポーネの邸宅ですが、中はもぬけの殻だったそうです」
「もぬけの殻ですか?」
「ええ、証言にあった祭壇どころか家具のひとつもない有様だったようです」
「そいつは用心深いやつですな」
「まったくですよ」
ヴァルターさんは肩をすくめる。
「ドーンホーム教会からの使者の話しは聞きましたか?」
「タンゼニン氏の事ですかな?神聖協力会の?」
「ええ、そうです」
「会いましたよ。昨夜のパーティーにもいらっしゃいました」
「昨日のパーティーにいたんですか?」
俺は驚き聞き返す。
「ええ、いらっしゃいました。ご主人様へもお会いになられましたよ」
「どういった要件で?」
「難民への援助と実情把握のために来たとの事でしたが」
「援助と実情把握ですか。実はさっき私も会ったのですがね」
俺は先ほどあった事をヴァルターさんに説明する。
「ふうむ、それは些か剣呑でございますなあ」
「子供たちが心配でしてね」
「ああ、そうでした!子供たちの事でお伝えしたい事があったんのです!」
ヴァルターさんの声のトーンが上がる。
「なんです?」
「商売の目処が立ったんですよ」
ヴァルターさんが嬉しそうに言う。やっと良い話が聞けそうだ。




