山と麓を行ったり来たりって素敵やん
「それじゃあ改めて聞くけど、あなた達の口を封じたい奴らって誰の事?」
鉄格子の部屋から外に出した男達にポインター記者が尋問をする。
男達は外に転がる魔物の死体を見ておののき、逃げられないと悟ったようで項垂れた。
「街の飲み屋で初めて会った男だよ。あれは、そう、四日前の晩だった」
リーダーのハヤジが意を決したように話し始める。
「リーライズって飲み屋だよ。俺たちはそこの常連さ、その日も俺たちはリーライズで飲んでたんだ。チェットの女が男を作って逃げたってんで、それを慰めるためにな」
ハヤジは隣の男を見て言う。
「そこから愚痴合戦になってな。俺らも過去に女には色々と酷い目にあって来たからな。女なんてクソくらえってなもんでよ」
「うふふ、微笑ましいわねえ」
ポインター記者がうっとりした表情で男達を見て言う。どういう反応してんだこの人?怒るでもなく、憐れむでもなく
恍惚とした表情で男達を見てるよ。自分の性別をけなされてるのに。まるで昆虫学者かなにかが人間相手に必死で威嚇し
てるカマキリでも見てるみたいに。
ハヤジはそんな目で見られている事にも気付かずに話を続ける。
「そんな時に現れたんだあの男が。奴は盛り上がっている俺達のテーブルに自然にやって来てこう言ったんだ、楽しそうな人達ですね、勘定は私が持つのでご一緒させて下さい、と。俺たちは聞いたよ、勘定って全部のか?って。そしたらそいつは、勿論です、今までの分もこれからの分もってにこやかに答えたよ。今にして思えばあれは断るべきだったんだ。あいつは、ベルポーネと名乗ったよ、医者をやってると言っていた」
「人相風体は?」
俺は尋ねる。
「ああ、仕立ての良い服を着て髪もきれいに整えた折り目の正しい男だった。顔はこれといった特徴がなかったが、目が笑ってないんだよ。それにもっと早くに気付いてりゃな。ベルポーネは俺達の話を聞いて同情してくれて、酒や食い物をどんどん頼んでくれたよ。それはかわいそうに、それは頑張りましたね、それは尊敬に値しますってね。俺達はそれに乗せられちまって、それぞれ抱えてる悩み事なんかも話し始めたよ。俺はちょうど仕事をクビになったんだ、新しく雇った男が有能で上に気に入られてさ、そいつの友人を雇ったらそいつもまた有能でさ、上の奴らがそいつらより高い給金で俺を雇う意味がないと言われてね。こいつは女房が家を出てった所だったし、そっちの奴は家族がよくわからん商売を始めて疎遠になっちまった。みんな、なにかしら抱えてんだよ」
ハヤジは肩をすくめて言う。
「さっきから断るべきだったとか、早く気付いてれば、とか言ってるがどういう事なんだ?そのベルポーネって男に何かあったのか?」
俺は尋ねる。
「あいつは言葉巧みに俺たちを気持ちよくさせたんだ。それで、いい加減飲んで食って酔いも回ってきたところに家に来ないかって誘われたんだ。君達に見せたいものがあるってな。ベルポーネが言うには俺たちがついてないのには理由があるんだってよ。その理由を知りたくないか?って言うんだよ。俺たちはベルポーネについて行ったよ。奴の家は街中の一軒家で見かけはごく普通の家だった。招き入れられて中に入った時も別に変ったところはなかったよ、でもな、酒とご馳走を出されて話をしているうちに段々、雰囲気が変わってったんだ」
ハヤジの周りの男達が肩を震わせ始める。
「ベルポーネは言うんだ、悪いのは君達じゃない、君達は良くやってる。悪いのは周囲の連中だってね。そんな連中には思い知らせる必要があるんだ、と。連中は君達のような正直に生きている者を虐げ、排除しようとするんだ、なぜだかわかるかね?それは、連中が邪悪な者に支配されているからだ。君達は戦う必要がある、その邪悪な者達と。ベルポーネはそう言って、奥の部屋に俺たちを案内したんだ」
ハヤジはそこまで言って唾を飲み込んだ。
「奥の部屋には祭壇があったよ。そこには大きな卵のような石が飾ってあって、その周りには男達が跪いていた。ベルポーネは、これは邪悪と戦う卵だと言った。そして続けて俺たちに言ったんだ、君達は邪悪と戦う卵によって見出された戦士だって。君達には使命があるんだ、と奴は力強く言ったよ。俺たちは、妙に気分が高揚して、大きな声を上げて答えたよ。そうだ、そうだって」
「ベルポーネに出された食べ物や飲み物に何かが入っていたのね」
ポインター記者が俺を見て言う。
「そんな感じだな」
俺は答える。
「ベルポーネは俺たちに使命ってやつを伝えたよ。それは、ある物を使って邪悪な連中を混乱の渦に叩き込む事」
「ある物ってのは、その檻に入ってる奴の事か?」
俺はハヤジに尋ねると奴は頷いた。
「偽金と麻薬で混乱の渦に叩き込めって、そっちの方が邪悪な存在のやる事じゃなくって?」
「その通りだよ、でも、どういう訳か今の今までこれが正しい事だって思ってたんだよ。それが恐ろしいよ」
ポインター記者に言われてハヤジが震えて言った。
「そのベルポーネという男、今朝の事件にも絡んでいるのかしら?」
「それはわからんが、とりあえずこいつらを衛兵に渡して、ここの事も知らせないといけないだろうな」
「それじゃあ、私がここを見張っているからクルース君はそいつらを連れて山を下りて衛兵を連れて戻って来てよ」
ポインター記者が言う。
「大丈夫か?」
「多分、大丈夫でしょ。追撃するつもりならもう来てるだろうし、マズい状況になってもひとりならなんとかなるわよ。クルース君の方こそ気を付けた方が良いかもよ?ほら、その人達って一応、重要参考人でしょ?ベルポーネとか言う奴の顔を見てる訳だし」
ポインター記者がハヤジ達を見て言う。ハヤジ達の顔が青くなる。
「そんなに脅しをかけなさんなって。今までの奴らもそうだが、こういう奴らは引け際の見極めが早いんだよ。きっと、ベルポーネの家なんかも家探ししてもなにも見つからないだろうし、またチョッカイかけてくれた方がかえって手がかりになって良いぐらいの話しだよ」
「そ?なら心配しないけど」
「そっちこそ気を付けろよ?証拠品だから命に代えても守らなきゃ、なんて気を張る必要はないぞ?ほら」
俺はポケットから白い粉の入った小瓶とレクーリュ硬貨を取り出して見せる。
「なによ?いつの間にくすねたわけ?手が早いわねえ?」
「なに言ってんだよ、あんただってくすねてんだろ?」
俺はポインター記者のカバンを見て言う。
「あら心外ね、証拠品の保護よ」
カマをかけただけだったがやっぱりか。油断ならねー人だよ。
「俺だってそうさ。まあ、なんにしても命あっての物種って奴さ、お互いにな」
「確かにそうね」
ポインター記者は笑って答えた。
俺は軽く手を上げ山を下りる。
ハヤジ達は逃げる意思はないようで、大人しく俺の前を歩いて行った。
そうして山を下り居留地に着いた俺は衛兵さんを見つけて事情を話し、証拠品とハヤジ達の身柄を渡した。
衛兵さん達はハヤジ達と証拠品をアルンヘルン衛兵隊本部に連れて行き、人数を集めて現地へ向かうと言う。
俺は現地にポインター記者が居るので早めにとお願いすると、山であった事を知らせるために生徒会のメンバーを探す事にした。
そうして居留地内を歩いていると、朝の麦角菌中毒事件で患者たちが寝かされていた広場に人が集まっているのが目に入った。
なんだ?なかなか症状が緩和しないのか?
俺は人の群れに近寄って行く。
「ああ、クルース君!どこ行ってたんだよ?」
「ああ、ストームか。色々あってな、後で説明するけど、まずはこの状況だ。なにが起きてるんだ?患者の症状が悪化したのか?」
「ううん、お医者さんとロジアンホープさんの処置が良くって、みんな平静を取り戻したよ」
「じゃあ、この人だかりは?」
「いや、それがねドーンホーム教会の人が事件の調査に来てるんだって。関係者を集めて事情聴取してるんだよ」
「ドーンホーム教会の人って地区長のボウランか?」
俺はストームに聞き返す。
「違うよ、もっと偉い人でさ。ドーンホーム教会のシークレットサービスだって言ってたよ」
「シークレットサービスだって?」
シークレットサービスと言えば秘密捜査部のことだよな?要人警護のほうじゃなくって。
「そうだよ。ドーンホーム教会のシークレットサービスと言えば大陸有数の諜報機関だよ」
「ダーミット副長たちのご同業か」
「それもかなり有能なね」
ストームが言う。
「そんなに優れた諜報機関なのか?」
「そりゃそうさ。ドーンホーム教会シークレットサービス、通称、神聖協力会。情報源は多くの信者で、信仰を武器に告白させてありとあらゆる情報を手にする事が出来るって訳。しかも豊富な資金で多くの国に資金援助をしているから各国の要人とも繋がっているからね。色々とヤバイ噂も聞くよ」
ストームが嬉しそうに言う。
参ったね、まったく。
どうなっちまってんだ?この場所は?みんなしてよってたかって、この場所には何かあるってのか?
どこかにインフルエンサーでも居て、今、ここがアツいって情報を発信してるとでも言うのか?




