新技と謎技って素敵やん
「あいつらの特徴は?」
「キラーイヤウィグは頭の牙と尻尾のハサミに注意、どっちも毒があるわ。マグマサーペントは体表が高熱を発してい
るから気を付けて。火魔法は効かないし下手に水魔法を放つと爆発するわ」
ほう?ムカデかと思ったらイヤウィグってなハサミムシだな。ハサミムシって耳から入って脳に入って産卵するなんて
思われていた事があるそうで、それでイヤーウィグって呼ばれているのだと聞いた事がある。
「んでどちらがお好み?」
俺はポインター記者に聞く。
「キラーイヤウィグかしら」
「じゃ、俺はマグマサーペントで」
俺とポインター記者はお互いを見ることなく、現れた魔物を見ながら言う。
二体の魔物は明らかにこちらの姿を捕捉しているにもかかわらず、まるでじらすかのように俺たちを見ている。
「先手を取るわよ」
「はいな」
ポインター記者の言葉に合わせて俺はマグマサーペントに向かってゲイルダッシュをする。マグマサーペントの赤黒い
体表に俺は釘バットをフルスイングする。
釘バットは折れて釘を打ちつけたヘッド部分がマグマサーペントに刺さり残る。
「マジか」
刺さって残った釘バットヘッドが燃え上がる。
マグマサーペントは大した痛みも感じていないようで、ゆっくりと俺に向かって鎌首を上げる。
俺はマグマサーペントの頭に向かって土魔法の鉄鋼散弾を連発して叩き込む。
すると、マグマサーペントの頭が一瞬ブレて見え次の瞬間、俺は強い衝撃を受けて吹き飛ばされていた。
俺は咄嗟にゲイルを使って衝撃を逃がす。
目をやると先ほどまで俺が居た所にマグマサーペントのデカイ頭がある。
この野郎、でかい図体のくせに攻撃速度が半端なく速い。
今までもデカイ蛇と戦った事があるが、ここまで攻撃速度が速い奴は見た事がない。体表の高熱を武器に締め付けるの
が主要技かと思ったが、こいつは予想外だ。
前世でも毒蛇が獲物に噛みつく速度が驚異的であるって話は聞いた事がある。停止状態から噛みつくのに要する時間の
短さは哺乳類には反応できない速度であるって話しだった。
なんかの研究記事で読んだのだが、速さの描写で瞬く間ってのがあるが、人のまばたきの速度が約0.2秒、ある種の毒蛇が30センチ前後の距離で噛みつくのに要する速度が約0・05秒。
蛇の攻撃速度はまさに瞬く間もないのだ。
その加速度は0.1秒で約時速百キロにもなる計算だ。地球の重力加速度の28倍、つまり28Gの負荷がかかるって事だ。
28Gの負荷って言えば体重70キロなら約2トン、一番デリケートな頭をそれにさらしてへっちゃらなんだから蛇って
のは凄い生物だよ。
俺は体制を立て直しマグマサーペントに向きなおる。
マグマサーペントは小首をかしげて俺を見る。まるで、あれ?まだ生きてるぞ?とでも言っているようで気味が悪い。
「むっ!」
マグマサーペントの頭が一瞬ブレ、俺は下っ腹に力を入れる。先ほどより距離を取っていたにもかかわらず、気づけば
俺はまた凄まじい衝撃に吹き飛ばされている。今度は丹田に意識を集中し構えていたので、精神的衝撃は少ない。
しかし俺は踏ん張った地面に両足の跡をつけたまま後方に吹き飛ばされ、緑の小山に背中がぶつかる。
身体が緑の小山の内部に食い込む。
口の中に草が入る。
「ぺっぺっぺ、クショー!やってくれんじゃねーのよ」
俺は口の中の草を吐き口の周りを手で拭う。
敵の攻撃速度は圧倒的でこのままだとジリ貧だ。
ポインター記者の戦局を見る余裕もねえ。
クソ、まだ練習途中で実戦投入した事ねえが、こうなりゃぶっつけ本番たるっきゃねえ。
俺は呼吸を整え両足を揃える。
そして、ゆっくりと左足をすり足で半歩進める。足は地面から離さず大地を踏みしめるようにする。同時に呼吸を練り
体内をゆっくり循環させる。
さらに右足をすり足で一歩進める。
そして左氏を半歩進めて右足に揃える。
直後に凄い風圧が俺の横を通り過ぎていく。
マグマサーペントの攻撃が俺をかすめたのだ。
元の位置に戻ったマグマサーペントが小首をかしげる。
まるで攻撃が当たらぬ事に疑問を感じているようだ。
俺は構わずこの特別なステップを踏んで行く。
左足を半歩出して右足を一歩出す、そして左足を半歩出して両足を揃える、次に逆の足でこれを行う。
それを繰り返しながら俺は特定の位置取りをして行く。
身体をかすめるように激しい風が俺を襲う、マグマサーペントの攻撃がかすめる風だ。
最初にいた場所から左前に、そしてそのまま前に、そこから右に、そして前に前に、そこから左前、右前、左前。
マグマサーペントの攻撃は激しくなるが、俺には当たらない。どうやら、成功のようだな。
俺がこの世界に来て最初に力を発揮できたのは、前世で夢中になり癖になるほど反復していたエンタメ作品内での知識
を実践したからだった。それは古代中国の神仙思想から来た道教の長生術、いわゆる仙道の術、小周転の呼吸術である。
俺は無意識にそいつを行う事ではぐれグリフォンを退治する事が出来たのだ。
その呼吸術は今でも行っている。
こっちの世界に来てシエンちゃんやアルスちゃん、キーケちゃんと言った達人たちに稽古をつけて貰ったりアドバイス
を貰ったりする事があるが、その中で彼女たちが驚き、興味を持ったのが俺の前世のエンタメで知り興味を持って深堀し
たそうした知識であった。
そして今、俺が行っているこの歩法、マグマサーペントの凄まじい攻撃をことごとくかわす歩法は陰陽道の兎歩と言う
ものだ。
兎歩とは陰陽道にて魔を祓い清めるために用いられる術であり、その源流は小周転の術と同じく道教にある。
道教における兎歩は、病魔を払うためや山に入る際に安全を願うために行われたとされている。
つまりは災厄を避けるために特化した術であるという事だ。
ちなみに余談ではあるが伝説的世紀末バイオレンス漫画にて主人公の師匠が使う、敵攻撃を封じ死へと導く奥義はこの兎歩と中国武術の八卦掌の技をミックスしたのでは、と一部マニアの間でささやかれていたりいなかったり。
俺はマグマサーペントの動きを目で追いながらこの動きを繰り返す、通り過ぎる暴風が徐々に穏やかに感じられるよう
になってくる。
「そろそろ、こちらの番だな」
俺は兎歩を続けながらマグマサーペントの動きに感覚を集中させる。
すると一定の法則が出来上がりつつあることに気付く。
その法則とは両足が揃った瞬間、奴の頭部が俺の身体をかすめるという事だった。かすめる方向は俺が右に移動すれば左、左に移動すれば右、前に移動せれば頭上だ。
「ほんじゃ、行かせて貰いますよ」
両足が揃ったタイミングで小周転の呼吸法により練り上げた魔力で鉄鋼散弾を奴のかすめる方向、頭上へ向けて発射する。
「ギョッバァァァァァァァァァァッァ!!!!」
マグマサーペントは叫び声なのか頭部が弾けた音なのか、気分が悪くなるような音を立てて俺の後方へ沈んで行く。
俺は兎歩を止めずに移動する。
マグマサーペントが半壊した頭を戻すと、地面に奴の血が滴る。地面に落ちた血はもうもうと煙を上げている。
こりゃ、血に触れるのもヤバそうだ。
マグマサーペントは半壊した頭で更に追撃して来る。
俺は奴の頭を左に捕らえ、今度は光魔法のフォーカス剣を喰らわす。
フォーカス剣は奴の半壊した頭かに刺さる。俺はそのまま奴がツッコむ勢いに任せてフォーカス剣を固定する。
俺の傍らを通り過ぎるマグマサーペントは身体を上下に裂かれていく。
「蛇の開きの出来上がりってなもんだ」
俺は頭部から二つに裂かれたマグマサーペントから飛び散る血を避ける。
マグマサーペントはゆっくりと身体をねじらせる。そして何かを締め付けるように身体を丸め動きを止めた。
蛇ってな生命力が強いからな。前世で救急車についてたマーク、蛇が絡みつく杖、ギリシャ神話の医学の神様アレクレピオスの杖なんかもやっぱり蛇の持つ生命力に神秘を感じて崇拝の対象にしていた証だし、切断した頭に噛まれたなんて話も聞いた事がある。
なんにしても油断は禁物、俺は距離を取り奴の丸まった身体に土魔法で作った岩石を連続して落としてやる、久しぶりのインチキメテオだ。
インチキメテオの連打を喰らったマグマサーペントは丸めた身体を解放されたバネのように勢いよく戻し、周囲の草木をなぎ倒した後、力なく崩れ落ちた。
今度こそ息の根を止めたか?俺は動きを止めてからもしばらくインチキメテオをお見舞いし、マグマサーペントが車に轢かれた蛇みたいになった所で攻撃を止めた。
「あなたのやり方って滅茶苦茶ね。洗練されてたと思ったら、魔力の無駄遣いみたいな技を出して。それ、無理やり土魔
法でメテオを真似てるんでしょ?意味あるの?」
ポインター記者が腕を組んで俺に言う。
「およよよ?そっちも終わったの?」
「とっくよ、とっく」
「マジで?」
俺はキラーイヤウィグを見る。
横たわった巨大なハサミムシは輪切りになっていた。
「うわっ、えげつなっ!」
俺は輪切りのキラーイヤウィグに近付き言う。
「あなたに言われたくはないわねえ」
近くで見ると輪切りになった切断面の所々に半円の穴が開いている。まるで板なんかを切る時にドリルで穴をあけてか
ら、その穴に糸鋸なんかを通して切ったみたいに。
どんな技を使ったんだ?こりゃ?
「なあに?気になるの?死骸から私の技を推測しようとしてる?」
「うん、してる」
俺は答える。
「あら、素直じゃないの。でも、教えてあーげない」
手を後ろに回してそっぽを向きながら言うポインター記者。
くそー、なんか腹立つ。
「ちぇ、人の技は見といてズルくないか?」
「うふふ、こういう時はね、早くに終わらせた方が勝ちなのよ」
「むぐぐ」
確かに言う通りだ。
「さ、事情聴取といきましょうよ」
ポインター記者は鉄格子の部屋の方を見て言う。
釈然としないが、今はそれが優先事項だ。
俺はポインター記者に続いて鉄格子の部屋に向かうのだった。




