人の隙間って素敵やん
「ちょっと待ってくれよ、アルロット領主がそんな事をしたって言うのか?」
「もっともっと昔の話しよ」
麦角菌に侵されたパンを住人に配っていた怪しい男、そいつが過去目撃された山中を探索していた所に現れた妖艶な女性、ギルスラポスト紙のフローレンス・ポインター記者は薄っすらと笑みを浮かべながら俺に言う。
「もっと昔と言うと?」
「まだバッグゼッドがひとつの国としてまとまらず、群雄割拠だった時代の話しよ。勿論、ここがアルロット領なんて呼ばれる遥か昔」
ポインター記者はロウラピッドの乱について語りだした。
山中の集落ロウラピッド村に役人が租税の取り立てに来た、村人は役人に言われるまま用意しておいたものを治めた。
しかし、後日、今度は別の役人がやって来て租税の取り立てに現れたのだ。困惑する村人。
村政を取り締まる名主、それを補佐する組頭、小作人の代表である小作代とで協議した結果、今回の役人は偽役人だと判断し殺してしまった。
ところが実際は真逆で、前に来た役人が偽役人で殺してしまった役人が本物だったのだ。
それを聞いた領主は激怒し兵を向けた。
「それを見て驚いた村民はこの先の沢に逃げ込んだんだけど、押し寄せた兵に皆殺しにされてしまった。沢の水は村民たちの流した血で三日三晩赤く染まったって話しよ」
ポインター記者は声を潜めて言う。
「まるで見てきたように言うけど、それは当時の文献かなにかに残ってると?」
「当時この辺りを治めていたバクリッツ侯爵家の記録では、ロウラピッド村の住人は租税に不満を持ち役人を殺害、武装し領への敵意を強く示したため、それを平定、と書いてあるわ。でも、これは正確じゃなかった」
「なぜ?」
「バクリッツ家が攻め落とされた後、ロウラピッドの乱を調べた者が居たの。その人の名はミシイ・ランカス、当時の学者よ。彼はロウラピッドの乱に関わった者達を探して情報を収集していったの、それを書き記したものがこれ、ランカス探求記」
ポインター記者は胸元から手帳のような物を出して俺に見せた。だから、なんでそんな所に隠してんだよ。
「これに書いてあったのがさっき話した事実ってわけ」
「なるほど、非常に興味深い話だが、それであなたはなんでここに居るんです?」
「私は記者よ、勿論、仕事に決まってるじゃない」
「だから、その記者の仕事ってのはなにかと聞いてるんですよ。あんまりはぐらかすと、何かやましい事でもあるのかと勘繰っちゃいますよ?」
俺は少々意地悪に言った。こっちは居留地にチョッカイ出してる奴らの痕跡を探して来てるんだからな。そんな所で偶然会った奴は怪しむのが当然だろう。
「やだ、やめてよ。私はね、これを調べて警鐘を鳴らしたいのよ」
「警鐘?」
また、この人はもったいぶって。ストレートに話すと死んじゃう病気なのか?
「そうよ、こんな事が二度と起こらないようにね。集中した権力による市民の虐殺、そして隠ぺい、こんなことは許される事ではないでしょう?でも、民衆ってのは長く雨が降らないと雨具を捨てちゃうものよ、だからこうした事は忘れ去られないように記事にして残すのよ」
ポインター記者が言う。少しだけ言葉と目に真剣なものが宿ったような気がする。
「血の道みたいな事が起きないようにか」
ジャーグル王国内で起きている事を思って言っているのか?
「それだけじゃないわ、どの国でもどの街でもそれは起きかねないのよ。そんな事は起きてはならないの」
彼女の口調や仕草からは、それまでのような色気で煙に巻くようなところがなく、真剣みが感じられる。なにか事情があるのかもしれないな。
いずれにしても、その考えが本気で心から出たものだとしたら、難民居留地に混乱をもたらすような事はしないだろう。まあ、油断ならない存在ではあるが。
「なるほど、よくわかりました、その考えは私も賛成です。思いを同じくするものとしてお聞きしたいのですが、居留地に混乱を起こそうとする者がこの辺りをうろつく理由でなにか思い当たる事はありませんか?」
俺はポインター記者の目を見て言う。
「あら?思いを同じくするってどういう意味かしら?私に好意を抱いたって事かな?お姉さん、困っちゃうなあ」
身をくねらせて言うポインター。まったく、真剣なままではいられないのか?って、まあ、俺も人の事は言えないが。
「居留地の混乱は後々大きな火種になりかねませんからね、その火が燃え広がって現代のロウラピッドの乱が起きるような事は絶対に避けたい。その点で私とあなたの思いは同じはず、力を貸しては貰えませんか?」
俺はポインターのメンツを立てつつ要求を通し続ける。
「そこまで言われちゃうとお姉さん弱いわねえ。わかった、一緒に考えてあげるわよ。でも、ひとつ条件があるわ」
また、ろくな事を言わなさそうだよこの人。
「なんです?」
俺は不安な気持ちを抱えたまま聞いた。
「もっと打ち解けた話し方をして。警戒したり距離取ったりじゃなくて、ね?」
俺に近寄って下から見上げるようにして言うポインター。胸元が見えるっちゅーの。その色っぽいお姉さんが年下のうぶな男の子を振り回す、みたいな構図やめてくれい。オッサンとして恥ずかしくなる。
とは言うものの、確かに口調で俺の立ち位置だだもれだったか。気をつけにゃならんな。つーか、そんなとこ気づくなんて、この人も油断ならんな。
「なかなか難しい注文ですけど、前向きに善処してみますよ」
俺は極力ポップに聞こえるように言った。
「そうね、そうして頂戴」
ポイントはそう言って手に持ったランカス探求記を俺に見せつけるように胸元にしまった。
そのからかうような調子にちょっと対抗心を抱いた俺は、少し笑ってそれをガン見してやる。
「それはさすがに見過ぎでしょ」
「打ち解けた雰囲気を出すのに有効かと思って」
俺とポインター記者は笑い合う。まあ、打ち解けるのに笑いは一番の薬だからな。




