聖なる声って素敵やん
「・・・兄さん!兄さん!」
「お。おう。大丈夫だ。そっちはどうだ?」
徐々に戻る感覚の中、俺はダコマに答える。
「いや、もう無茶苦茶ですわ。おかっぱががなり散らして楽団の楽器を壊しましたよ。お医者の先生が説得してますけど話になりやせんわ」
参ったなどうも。風と雨は益々強くなり、雷鳴は轟き激しい稲光りが目を焼く。地面はぬかるみ、俺は足首ほどまで埋まっている。
それでも俺は腕を上げ巨大なシーソーを支え続ける。シーソーの土台のめり込みは目に見えて遅くなっている。心なしか腕に感じる重みも増している様に思う。
すでに災害級の荒れっぷりだが、それでもこのままのペースならばなんとか耐えられそうだ。
すると、突然空が割れて黒い塊が落ちて来た。
「おいおいおい、なんだなんだ?」
「マズイですね」
「どうしたんだよ?なにか起きたのか?」
俺は空から落ちて来た巨大な黒い塊を見て言う。巨大な塊は良く見ると毛皮を纏っているようだ。
「おかっぱがあっしに気付きやした。犯罪者を病人に同席させるとは何事かといきりたってますわ。ヴァルターさんが間に立ってくれてますけど、良くない状況ですわ」
「ったく勘弁してくれって、なんか、こっちもやばそーなのが出て来たっちゅーの」
俺は大きな毛皮がゆっくりと立ち上がりこちらを振り向く姿を見て言う。ランランと光る目、巨大な口から見える真っ赤な舌、そいつは巨大な狼だった。
巨大狼は荒れ狂う暴風雨の中でも地鳴りのように響く唸り声を発し俺に近付いて来る。
「ちょっと聞くけどよ、この中でダメージを受けたらどうなるんだ?」
「心の中っすから心にダメージを追いますよ、それは。なんすか?やべーのって、何が出たんです?」
「家くらいデカイ狼がこっちに向かって来てるんだよ」
「兄さん、逃げて下さい!」
ダコマが叫ぶように言う。
「今、逃げるわけにはいかねーっての!もう一息でシーソーのバランスが取れるんだ!そうすりゃこの子も
の苦しみもちったぁ軽くなるってのに!」
「それでも兄さんがヤバい事になったら誰がこの子らを助けるんすか!!ここは一旦、安全策を取って下さいって!」
「もう少し、もう少しなんだ!」
迫りくる巨大狼を前に俺は叫ぶ。巨大狼は口をバックりと開ける。口の奥で穂脳がチラチラと光る。こいつ、火でも吐こうってのか?参ったな、こりゃ、参ったぞ。ダコマが言ったように一旦引くか?
迷っていたその時、暗雲が割れ空に光が差した。
その光は強烈なものであった。
そして光に続き、半透明のものが空から降りて来た。薄っすらと見えるそれは人のような形をしていて背中に羽が生えていた。
「どうした?なにが起きてる?」
「お嬢が歌ってます」
ダコマが放心したような声で言う。お嬢って誰だ?
空から降りた天使は大口を開ける狼を指さす。狼は押し潰されるように地面に伏せた。
更に天から小さな天使が沢山降りてくると、雷鳴はおさまり風と雨は弱まり周囲は明るくなってくる。地面は乾き踏ん張りがきくようになる。
「よし!あと一息だ!!」
「天の使いですわ兄さん、まさに救世の使いですわ」
ダコマの歓喜に震えるような声が響く。
一体、外で何が起きてるんだ?
シーソーの中心部はかなり地面にめり込み、そろそろ俺は支えるスペース的に厳しくなってくるので転がるようにシーソーの下から脱出する。
シーソーは一旦揺れるがそれもすぐに地面に接触しおさまり、いくらもしないうちに中心部が接地し完全に平行な状態になった。
狼は消え、周囲はまるで春の陽気のようになる。
シーソーの上にあった頭は消え、代わりに何か平たいものが大量に重なり合っているのが見えた。
「これは、焼き菓子か?」
シーソーから零れ落ちる平たいものはビスケットのようであった。
「食べ物があらわれやしたか?それは良い傾向ですわ。空腹を覚えたって事は生きようという気力が戻りつつあるっちゅーこってすわ。兄さん、こっちに戻れそうですかい?」
俺は温かい陽気に包まれた春のような空気の中、天使たちが俺を手招きする姿を見た。
「どうやら天使が俺を導いてくれるみたいだ」
「そいつはようございやした。帰ったらお嬢たちに感謝した方がよろしいですぜ」
「ああ、是非お礼をしたから帰ったら誰がお嬢なのか教えてくれよ」
俺はダコマにそう言って天使の後に続く。天使は俺を囲むとふわりと宙に浮いた。俺は天使と共にひたすら続く平原を飛んだ。平原では多くの人達の営みが見えた。洗濯物を干す人、走り回る人、何かの動物を仕留めて持ち帰る人、地面に敷いた布の上で木材を削り何かをこしらえる人。やがて、人々は皆、地面に横たわり動かなくなる。
天使と一緒に飛ぶ俺は黒い闇に入る。
しばらく闇の中を飛ぶと今度は花が咲く海辺に出る。
花咲く海辺は一瞬にして過ぎ去り、俺はまばゆい光に包まれる。
「兄さん!兄さん!戻ってきやしたか!」
光を抜けて見えたのはダコマの顔だった。
「一発目に見るのがお前の顔ってのも冴えないなあ」
俺は身体を伸ばしながら言った。
「へへへ、そう言わずに。ほら、坊たちも目を覚ましますぜ」
ダコマの言葉に傍らに寝ている子供を見ると、ぱちっと目を開き、うーーんと背を伸ばし始めた。
「おおーー!」
周囲で看病していた人達が歓声を上げる。
「みんな腹をすかしているでしょうから、何か食べさせてやって下さいよ」
ダコマはそう言うと地面にへたり込んだ。
ベッドに寝かされていた子供たちは目を覚まし、不思議そうな顔をしたりお腹が減ったと言ったり一気にテントの中は騒がしくなった。
「ふんっ!まだ子供たちが正常に戻ったのかわかりませんからね!こんな暴挙は許されざる事です!私は難民と子供の権利や尊厳を守るために徹底的に戦いますからね!これは全て記事にさせて貰いますからそのつもりで!!」
ミカナキ記者は大きな声で言いテントを出て行った。なんか俺に向かって言ってなかったか?気のせいか?
「ご苦労さんだったな、助かったよ」
「それはお嬢さん方に言ってやって下さい、今回の功労者ですよ」
ダコマが言って振り返った先にはアルスちゃん、アルロット会長、コバーン体育部長がいた。
「三人ともありがとう。おかげ様で子供たちも俺も無事に戻れたよ」
俺は感謝の言葉を述べる。
「アルスさんのおかげですわ」
「そうそう、あの状況で朗々と歌いだすんですもん」
アルロット会長とコバーン体育部長が言いアルスちゃんはいえいえと微笑んだ。
「本当に助かったよ。さすがにヤバいと思ったもんね」
再び感謝すると俺の腹がぐぅと派手な音を立てた。
「あらあら、トモトモにも食事を用意した方が良さそうですねえ」
「子供たちのために用意をしていますから、一緒に向かいましょう。ダコマさんもご一緒にいかがです?」
アルスちゃんに続いてコバーン体育部長が言う。
「あっしもよろしいんで?こりゃありがたい、ご相伴に預かります」
ダコマは手もみして答える。まあ、今回一番の功労者はこいつだからな、俺はダコマを見て思うのだった。




