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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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心のままにって素敵やん

 天幕の中でお湯を作っていると、ヴァルターさんが息せき切って入って来た。


「お連れしましたよ!」


「えへへへ、お連れされやした」


 ヴァルターさんの後から入って来たのはサボタージュレギオンのダコマだった。相変わらず緊迫感の無い奴だよ。


「兄さんとは近いうちにまた逢えると思ってやしたけど、結構早かったですなあ」


「事情は聞いたか?」


 笑って言うダコマに俺は尋ねる。


「軽く聞いてますけど聞かなくってもわかりますよこりゃ、同業者の匂いがプンプンしまさあ」


「やっぱりか」


「最初の被害者はどちらさんで?」


「この子らしいよ」


 俺は眠っている男の子の頭をさすって言う。


「ちょいと、よろしいですか?」


「ああ」


 俺の返事を聞いてダコマは男の子に近付き、身体に手をかざし全身を探るように動かす。


「前にカースは条件が単純なほど拘束力が強くなると言ったでしょう?」


「ああ、覚えてる」


「これは、その典型ですよ」


 ダコマは額の汗を拭って言う。


「それで、解除できるのか?」


「結果から言うとあっしには無理ですな」


「そんな!」


 近くにいたアルロット会長が声を上げる。


「あっしには無理でも兄さんならできるかもしれないですぜ」


 ダコマは俺を見てニヤリと笑った。


「どういう事か説明してみろ」


「こいつの発動条件は子供である事、そして現実が辛いと感じている事、この二点ですな。カースの影響範囲はこのオリジンから居留地の入り口付近ほど」


 ダコマが男の子の見て言う。


「会長、まだ無事な子供たちをここから遠ざけて下さい」


 俺が言うとアルロット会長は頷きすぐに天幕を出て行った。


「解除条件は?」


「それも単純、このオリジンに現実に帰りたいと思わせる事ですよ」


「それはお前」


「単純だから拘束力が強い。どうです?意味がわかったんじゃないですか?」


 ダコマが言う。


「ああ、十分過ぎる程にな」


 それは、お前、大人だって難しい事だよ。現実ってのは時に厳しいもんだ、だからこそ人は何か心の支えになるものや癒しとなるもの、信じられるもの、没頭できるもの、耽溺できるもの、そういったもんを求めるんだし。

 この現実が生きるに値する素晴らしいものなんだ、って事は子供に対して大人が提示しなければならない最も大切な事だと俺は思っている。でも、それは簡単な事ではないとも知っている。

 昔見た映画で、素潜りのチャンピオンが海に潜ると陸に戻る意味が見いだせなくなる、みたいな事を言っていた。俺はそれを見て大いに共感したものだった。別に俺はダイビングをやっていた訳ではない。

 ただ、現実に戻るだけの価値が感じられない所に強く共感したのだ。

 だからこそ、俺にはわかる。それがどれだけ難しいか、そして、それがどれだけ大切な事か。


「さあ、兄さん、どうしやす?」


「どうって、決まってるさ。現実に連れ帰るよ」


「そうこなくっちゃ。それじゃあ、ちょいと準備が必要ですな。書くものありますかい?」


 ダコマが言うとヴァルターさんが紙と鉛筆を差し出す。受け取ったダコマはスラスラスラと紙に何かを書いた。


「ここにあるものを揃えて貰えますかい?」


 ダコマはそう言って紙を渡すとヴァルターさんは頷いて天幕の外に出た。


「それじゃあ、その間にこっちは下準備をすませやすぜ?兄さんはこの子と頭を合せて寝られるようにスペースを開けて下さいな」


 俺はダコマに言われたように俺は男の子が寝ている簡易ベッドをそっと動かし頭側のスペースを開けた。


「後はこの子の周辺にお湯を用意して下さい」


 アルスちゃんと俺でお湯を張ったタライを並べる。

 そうしているとヴァルターさんが戻って来る。


「ご注文の品、お持ちしました」


 そう言ってヴァルターさんが持って来たのは何か液体が入った小瓶複数、ろうそくの束、そして楽器を持った人達だった。


「ああ、ありがとさんです。それじゃあ、まずはそいつをこのタライに入れて下さい」


 ダコマに言われてヴァルターさんは小瓶の中身をタライに入れて行く。周囲にフワッと良い香りが広がる、なんだか落ち着く香りだ。


「何を入れたんだ?」


「香油ですよ兄さん。誰か香りが途切れないように温度管理お願いできますかい?」


 アルスちゃんが頷きタライを触る。


「お次はろうそくを周囲に立てて火を着けて下さいな。なるべくこの子に近い所にお願いしやすよ」


 俺も手伝って周囲に台を置きろうそくに点火していく。周囲が明るくなる。


「さーてと、最後はそちらの楽団の方ですな。ゆったりした心が落ち着くようなやつをお願いしたいのですが、できやすかい?」


 楽団の人達は頷いて音楽を奏でる。細い竹が長い順に括り付けられた楽器を男性が吹き、太い竹で作られた縦笛を女性が吹きそれに合わせて行く。胴部分に毛皮がついた小型の弦楽器を持った女性とカラフルな太鼓を持った男性が軽い感じでそれに続いて行く。郷愁を誘うような胸に来るメロディーだ。


「いいですねえ~、これで準備は万端です。それじゃあ、兄さんこの子の頭に頭を向けて寝て下さいな」


「お、おう」


 俺はダコマに言われたように男の子に頭を向けて仰向けに寝る。


「それじゃあ、兄さん、これからあっしは兄さんにカースをかけてオリジンの心に潜らせやす」


「心に潜る?そんな事が可能なのか?」


「まあ便宜上そう表現させて貰ってやすけど、夢に入るでもいいですわ。とにかく、オリジンにかけられたカースを解除できる場所に兄さんを送り込もうって訳です」


「それは危険じゃないのですか?この子に何らかの影響が出たり、トモトモが戻って来られなくなったりする可能性はないのですか?」


 アルスちゃんが言う。


「そりゃありますよ。まったくのノーリスクじゃこのカースは解除できませんって」


 アルスちゃんの気配に怖い物がこもる。


「ちょちょちょ、待って下せえって。そんな怖い顔しないで!こっちもこの道長いプロですから、その対策として準備をしてる訳ですから、ね?」


 ダコマがぶるって言う。


「音と香りと火の揺らめき、どれも戻って来る時の道しるべみたいなものでして」


「道しるべか。つーことは迷うような所に入って行くって事か」


 俺はダコマに言う。


「さすが兄さん、わかってらっしゃる。兄さんを選んだのは、兄さんがカースの本質に近い人間だと思うからなんですよ」


「カースの本質?」


「そうでやす。それが何か口で説明するのは難しいですが、まあ、ここはあっしを信じてくだせえ」


 ダコマの声には真剣なものが感じられる。


「わかったよ。お前のプロとしての矜持を信じるよ」


「そうこなくっちゃね兄さん。これから行く場所はこの子の世界みたいなもんですからね、大人には理解が難しい理屈で出来てますからね。それから中で感じる距離や位置、時間などはあくまで兄さんの認識によるものですからね。その点、お忘れないように」


「わかったよ、それじゃあ頼むぜ」


 俺はダコマに言った。


「じゃあ、身体の力を抜いて目を閉じて音と香り、そして揺れるろうそくの明かりを意識して下さい」


 ダコマの声のトーンが変わった。それは柔らかいが確信に満ちた声であった。まったくこいつは前世に居ても、メンタリストか心理学者か、それか詐欺師として成功を収めていただろうよ。

 なんて思っていると目をつぶっていても感じる光の揺らぎが心地よくなり、身体を温かいものが包み始める。

 そうして俺はダコマが言う男の子の心へと潜って行くのだった。


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