ライトレールって素敵やん
ライトレールと呼ばれる路面魔導車の大きさは、ここまで来るのに乗って来た大型馬車よりやや大きい感じ。だいたい20メートル程の長さになるか、前世界の路面電車に近い大きさだ。
前世界で無職だった期間にオール車中泊の国内旅行をひと月半ほどやった事がある。国内で立ち入った事の無い県を全て見てみようという目的で始めたのだが、そうして訪れた都市のうち路面電車が走っている県にいくつか遭遇した事があった。
路面電車が走っている都市は、独特の味があってとても雰囲気が良かったのを覚えている。
アルンヘルンの街の路面魔導車はレールの付近が黄色い石畳で表されている。
路面魔導車は半分が屋根のみでむき出しており、そちらに座るととても開放感があるが風が当たるので女性陣は壁のある車内へ座った。
俺は当然、屋根のみの方だ。
車両中央に背中合わせに配置されたベンチシートは黄色く塗られた木製で、多くの人が利用するのだろうイイ感じに塗装が剥がれておりこれまた良い雰囲気を醸し出している。
「こちらはアルンヘルンの目抜き通りです。あちらに見えるホテルはシュッツホフ・アルンヘルンです。皆さまの宿泊場所になります」
ヴァルターさんが指さした先に見えるのはアイボリーとブラウンに塗り分けられたシックな作りの大きな建物だ。
それを見た記者さん達が思わず、おお!と声を上げる。
「アルンヘルンでも歴史のあるホテルで、最高の設備を備えております。ライトレールの停車場も目の前にありますのでどこへ行くのも便利です。ああ、皆さまが馬車に残されたお荷物はあちらでお預かりしていますのでご安心下さい」
「ありがとうございます」
フィン書記が感謝の言葉を伝える。
十字路に差し掛かるとライトレールは速度を緩め、その中心で停車する。
「あれ?停車場ではないですよね?どうしたんですか?」
「方向を転換するのですよ」
ストームの質問にヴァルターさんが答えてくれる。
ライトレールが停車した路面はそれまでの黄色レンガではなく、円状のウッドデッキになっており、その端には腰ほどの高さの鉄柵が備え付けてある。
運転手さんがライトレールを降りて、鉄柵にあるレバーを下げそのまま鉄柵を押し始めた。
「おおー!これは凄い!」
運転手さんが鉄柵を押すとウッドデッキが回転しライトレールは方向を90度変える。
俺は思わず感嘆の声を上げてしまう。
「初めての方は驚かれますが、思っているほど重くはないんですよ。ライトレールの運転手には女性も居りますが無理なくやっております」
ヴァルターさんの説明に一同感心する。
「女性陣もヴァルターさんの解説聞けば良いのにねえ」
「あっちは会長とコバーンさんが解説してるみたいよ」
俺の言葉にストームが答える。
「なるほど、ジモティーがいたか」
「なによジモティーって」
「地元の人ってことだよ」
笑って尋ねるストームに答えてやる。
「初めて聞いたよ」
「そうか?まあ、遠慮なく使ってくれ」
「あ!見て見て!」
ストームが弾んだ声を出すので改めて進行方向を見ると遠くに海が見えてきた。
「海ですが、随分低い位置に見えますね」
クランケルが言う。
「はい、これからアルンヘルン名物の急坂になります」
ヴァルターさんが教えてくれる。
「うぇっ?坂を下るんですか?」
「ええ、そうですが、どうか致しましたか?」
「いや、だってライトレールの車輪は鉄製でしたよね?それでそんな急坂を下れるのですか?」
「どういう事?」
俺の疑問にストームが頭をひねる。
「いや、だって鉄じゃ滑るっしょ?速度を緩めるのが大変だろうと思ってさ」
「その通りでございますが、ご安心ください。坂の上り下り時は地中に埋められたケーブルに接続してその力で動きます。しかし、クルースさんはお詳しいですねえ」
ヴァルターさんが感心したように言う。
「いやあ、鍛冶町が近かったもので」
「ああ、そう言えばケイトモさんと言えばアウロ・ジョーサンでしたなあ。なんでもジョーサン氏の活動するマキタヤの地は金属加工の聖地と呼ばれているとか。わたくしもジョーサン製のペーパーナイフを持っておりますが素晴らしい切れ味ですよ」
「あらー、そうですかー。毎度ご贔屓にどうも」
俺はヴァルターさんに言う。
ライトレールが坂の頂上でいったん止まると、運転手さんがかぎ棒を手に降車した。
運転手さんはかぎ棒を地面に空いた小さな穴に突っ込むと、ゆっくりと回し始める。ガチン、と何かがハマったような大きな音がする。どうやらケーブル接続が完了したようで運転手さんはかぎ棒を手にライトレールに戻って来る。
「さあ、それでは改めてアルンヘルン名物の急坂をとくとお味わい下さい」
ヴァルターさんが笑顔で言いライトレールが動き出す。
最初は緩やかだった坂は海が近付くにつれ急なものになって行く。後ろの車内から女性陣の悲鳴が聞えてくる。
「速度は出てないけど、結構迫力あるね」
ストームが俺に声をかける。
「ああ、そうだな。ちょっと下っ腹が涼しくなるよ」
俺はジェットコースターとかフリーフォールとかが苦手なのだ。あの地に足のつかない感覚がどうしても苦手で、左右の動きはどうって事ないのだが、下方向への急激な動きがたまらないのだ。これ、ゲイルで飛んでる時は大丈夫なんだけど、乗り物でこの動きはダメなのなんでなんだろうな?
バイクに乗っててタンデムシートに座ってる時が一番おっかないのと似てるか?自分で操縦してないのが原因かね?
そんなこんなで急坂を降りるとゆっくりと道は左折する。
「この辺りからはベイエリアになります」
海は明るく青く輝き、実に良い景色である。
やっぱり海は良いね。何度見ても良いよ。
「海が好きなんですか?」
クランケルが海を見ていた俺に声をかける。
「ああ、好きだねえ。クランケルの地元も海があるんだっけ?」
「ここほどきれいではありませんよ。港と岩場に囲まれた海ですよ」
「岩場にもぐって魚を突いたりするのも、また良しだよ」
「子供の時分に良くやりましたよ。焼いて食べたものです」
「いいねえ」
俺は心の底から言った。
「クルースさんは本当に海がお好きなようですねえ。滞在中、お時間があれば是非ベイエリアを散策されて下さい。採れたての海の幸をその場で焼いてくれるお店もありますから」
「それは、是非行きたいですねえ」
俺はヴァルターさんに笑って答えた。
「前方に見えますのがレイルウェイの終着場サンハイリゲです」
ヴァルターさんの言葉に前方を見ると、青色をした可愛らしい建物と屋根が見えた。どうやら終着駅ターミナルのようだ。
レイルウェイはここまでか。
楽しかったなあ。
「ヴァルターさん、あそこからは歩きですか?」
「ええ、歩いてすぐです」
へえ、レイルウェイの終着駅の近くに難民避難所があるってのは、こりゃ、良い事なのかな?便が良いもんな。
「レイルウェイのすぐそばなんて、アルロット領は随分良い場所を提供しましたねえ」
俺が思ってたことを代弁するかのようにストームが言う。
「いえ、単にジャーグル王国との境に近く広い空き地があった場所という事ですよ」
ヴァルターさんが答える。
「いや、まあ、それでも、ねえ?何と言うんですかねえ、そう、人道的ですよ、人道的。ねえ?クルース君」
ストームがしどろもどろになりながら俺に振って来る。
「そうだな」
俺は短く答える。
「何かフォローしてよー」
ストームが情けない声を出して、記者さん達が笑った。
レイルウェイは速度を落としターミナルへ入って行く。
なんだか俺はアルンヘルンが気に入ったのだった。




