瑞々しいって素敵やん
「クルース君、クルース君!朝だよ!起きて!」
「ん、ん~、あ~、眠ぃ~」
「起きてって」
俺は激しく揺らされて眠い目をこすりながら起床する。
「なんだよ?もう」
「なんだよじゃないよ、もう朝だって。みんなご飯食べに行っちゃったよ」
ストームが俺の顔を見て言う。
「ああ、そうか。あんな事があったのにみんな早いね」
「あんな事があったのにぐっすり寝てるのクルース君だけだよ、早く!」
「ふわ~あ、ちょっと待ってくよ」
部屋を出るストームを追いかける。
一階に降りると食堂には沢山の料理が並べられて、それぞれ好きなものをトレーに取り分けるバイキングスタイルの朝食が提供されていた。
「お!いいじゃん、いいじゃん!やっぱ宿の朝はこれじゃないと!」
俺はトレーを手に取り料理の前に並ぶ。
こういうのはあれもこれもと欲張らず、ハズレのない奴に絞って取るのがコツだよな。ということで俺はスクランブルエッグ、ソーセージ、肉炒めをチョイスする。
「おはようございます」
俺は挨拶をしてシャンドレ記者の隣りの席に座る。
「ああ、おはようございます。ってクルースさん、同じ物ばかり皿に盛っていますね」
「ええ、好きなもので固めました」」
「こういう時って色んなものを欲しくなりませんか?」
「わかります、目移りしちゃって」
シャンドレ記者の言葉にストームが答える。ストームの皿には沢山の種類の料理が少しずつ乗っている。
「ところで昨日はシャンドレさんもお疲れ様でしたね。避難誘導に随分手を貸して下さったようで」
昨日の火事の時、シャンドレ記者の迅速な避難誘導でお客はパニックを起こさずに済んだのだと聞いた。
「いやいや、クルースさんこそお疲れ様でした」
「しっかしシャンドレさん、随分と落ち着いてましたよねえ。やっぱり記者さんってああゆうの慣れてるんですか?」
ストームが質問する。
「まあ、仕事で立ち会う事もありますけど、やはり護身術式を習っているからですかね」
「へえ~、僕も習ってみようかな」
「呑気なもんだ、君達のせいで多くの人が危険な目に遭ったというのに」
「ミカナキさん」
近くの席にいたミカナキ記者がぶぜんとした態度で言い、隣の記者さんが諌めた。
「ミカナキさん、それは違うでしょう」
「違うものかね。行く先々で見舞われるトラブルは君も知っているはずだろう?ならば、宿に前もってそれなりのリスクがある事を伝えておくべきではないのか?もっと言うなら衛兵団にも前もって言っておくべきなので?そうすれば、あんな事は防げたはずだ」
ミカナキ記者はシャンドレ記者にフォークを突きつけ言う。
「それは結果論ですよミカナキさん。今までの事を考えれば、対処すればまた別の形で何かが起きていた事でしょう。それを考えると、今回は人的被害も無く済み良かったと言うべきです」
「君は取材対象に肩入れしすぎているよシャンドレ君。被害者の身になって考えてみたまえ」
ミカナキはそう言うとトレーを持って席を立った。
「気にしないで下さいよ、皆さんは良くやってますよ。そもそも襲ってくる方が間違っているんですからね。彼はどうも自分の価値観が絶対だと思ってるフシがありましてね。それはそれで、大したものなんですけど記者としてはどうかと思いますよ」
ミカナキ記者を諌めていた記者はそう言って肩をすくめた。食器を下げているミカナキ記者はまだ何かを不満げに言い続けているようだ。イライラしているようで食器をガタンと音を立ててワイルドに置いている。
「あっ何してんだよ、汁が跳ねただろーが」
隣にいた青年がミカナキ記者に抗議の声を上げた。
「近くいれば汁も跳ねるだろう。良くあることだ」
ミカナキ記者はこれまたぶぜんとした態度。ありゃりゃ、まったく困った人だね。
「良くあることだ?ごめんの一言もないのかよ?」
青年の言葉に怒気がこもる。
「君は雨に濡れたら空に謝罪を求めるのか?」
これまたおかしな理屈をこねるミカナキ記者。青年の顔色が変わる。
「この野郎!人の服を汚しといて謝罪もなしとはどういう了見だ!」
「手を放せ!どうせ謝らせて金でも強請り取ろうというのだろうチンピラが!」
「誰がチンピラだ!」
青年はミカナキ記者の胸に掴みかかる。こりゃ、そろそろ止めてやらないとミカナキ記者が怪我をするな。
俺が席を立とうとしたその時、マディー学芸部長が二人の間に割って入った。
「ふたり共、落ち着いて」
「私は落ち着いている」
ミカナキ記者が言い、青年が怒って掴みかかろうとする。
「ミカナキさん、挑発するのはやめなさい。あなたも挑発に乗らない」
マディー学芸部長は突進しようとする青年を止める。青年は胸元に手を置かれ少しだけ照れたような顔になる。
「何をしてるんだ君は、早くそのチンピラを撃退しろ」
ミカナキ記者がマディー学芸部長に言う。
「何を言ってるんですかあなたは。今回の事はあなたの過失ですよ?素直に謝罪されたらどうですか?」
マディー学芸部長が言い、青年はコクコクと頷く。
「なぜ私が謝罪をせねばならないんだ?」
それでも謝ろうとしないミカナキ記者にマディー学芸部長は呆れて青年の方を向いた。
「私が代わりに謝罪しよう。済まなかった。服の洗濯代が必要なら言って欲しい」
「いや、別にあんたにそこまでしてもらう事はないさ。わけわかんねーオッサンが連れじゃあ、あんたも苦労が絶えないなあ。おい、オッサン、彼女に免じて勘弁してやるけどもうちっと大人になんな」
青年はそう言って食堂から去って行った。
「あんなチンピラ、叩きのめせば良いのだ」
ミカナキ記者はマディー学芸部長に言う。
「だから何を言っているのですかあなたは。そんな事できるわけがないでしょう?」
マディー学芸部長は肩をすくめて言う。
「ふん、今までだって山賊を叩きのめしてきただろう?同じ事じゃないか」
「いや、彼と山賊じゃあ全然違うでしょう」
「なにが違うものか!やられる方は一緒だろうが!今になって善人面しないで貰いたいものだ!失礼するよ!」
ミカナキ記者は一方的にそう言うと部屋へ戻って行く。
「なんなんだ彼は?」
マディー学芸部長が腕を組んで言う。
「気にしないで下さい、ああいう人なんですよ」
近くにいた別の記者がマディー学芸部長に声をかける。
「うーん、理解に苦しみますよ」
マディー学芸部長はそう答えて席に戻り、食器を手に取り返却場所へと向かった。
俺達も顔を見合わせて食事を済ませ、食器を返却し部屋へ戻り出発の準備を済ませる事にした。
全員出発の用意が出来たという事で宿の会計を済ませて馬車に乗り込み町を出る生徒会一行。
今日の昼頃にはアルロット領に到着するとの事。俺はいつものように馬車の二階で警戒態勢をとる。
なんちゃってライフルを肩にあてて構え心地をチェックしてると誰かが二階に上がって来る気配がした。
「何も言い返せなかったよ」
「言い返さなくて正解だと思うよ」
「しかし釈然としないよ。私は善人面をしていたか?偽善者か?」
「そんな事はないさ」
どうやら上がって来たのはマディー学芸部長とブリーニェル副会長で、今朝の事を話しているようだった。
生徒会の皆は貴族としての教育を受け、自分を律し大人びている様に見えるがそれでもティーンエージャーなんだもんなあ。俺から見ればその年にして良くやってるし立派なものだと思うけど、それでもやっぱり若いもんなあ。そりゃ、世の中の色んな事に対して飲み込めなかったり、心を痛めたり、自分の力の限界に悔しい思いをしたりするよなあ。
俺はなんちゃってライフルを覗きながら、そんな若者たちの瑞々しいやりとりに耳を傾けるのだった。




