戦いよりも難しいものって素敵やん
結局、我々は厩舎の中で馬車の修理が終えるまで待つ事にした。
「もう出発できますよ」
御者さんの言葉に俺達は馬車に乗りこんだ。
「会長さん元気ないみたいだけど、まだ引きずってるっぽいですか?」
俺はコバーン体育部長に尋ねる。
「大丈夫、あのこは強いこだから。ただ、ちょっと真面目過ぎるのよね」
「我々にとっても色々と考えさせられる出来事だったからね。クルース君の言う事は重く響いたよ。大手商会を立ち上げたり冒険者をやったりと人生経験が豊富なだけの事はあるね」
コバーン体育部長に続いてブリーニェル副会長が言う。まあ、中身は中年、いや、こっちでの時間も合わせれば初老と言っても良い年だからな。
「会長さんに、あまり気に病まぬよう言ってあげて下さい」
「自分で言ったら良いのでは?君の言う事の方が彼女には響くんじゃないか?」
「いや、付き合いの長い皆さんの方が届きますよ」
俺はそう言って馬車の二階へと上がった。
馬車はゆっくりと市街地を抜けて街道へ出る。
俺は周囲に気を払いながら景色を眺めた。
「ジミーさんってそう言う所ありますよねえ」
ケイトが二階に上がって来て声をかけて来た。
「そういうとこってどういうとこだ?」
「人懐っこくて社交的な所もあれば、さっきみたいに壁を作る所もある」
「さっきのは別に壁じゃないだろ?」
俺はケイトに言う。
「私の故郷にこんな言葉がありましてね。本当に強固な壁は無いように見える壁だって」
「無いように見える?どういうこった?」
「いかにも強固に見える壁よりも、何も無いように見える場所にこそ何かがあるので注意せよって事です」
「それが俺と何か関係があるのか?」
「大いにありますよ。自分の話をせず感情を表に出さず他人に深入りしない、こうしたわかりやすい行動は逆に目立つ行為であり、強固に見える壁なんですよ。そうした壁は攻略の糸口がいくらでもあるものです、なんなら壁自身が攻略を望んでいるフシすらあります。本当に攻略の糸口がつかめないのは、自分の話しもするし他者の問題事に首を突っ込んだり親身になったりもする、感情も表に出すし自分の弱い所もある程度見せたりしながら、それでも絶対に一線は越えない壁ですよ」
「一線を越えるって、逆に悪い事みたいに聞こえるけど?」
「人間関係の一線ですよ。まあ、それをどこに引くかは人それぞれですから難しい所ですけどね」
「言いたい事はわかるが、今は特定の異性と深い関係になる気がしなくてなあ」
「別に恋愛関係に限った事ではありませんよ」
「そうなのか?」
「そう見えますねえ。まあ、私達モスマン族の価値観なのかも知れませんが」
「うーん、まあ、なんつーか、そうだなあ、ケイトの価値観が独特で間違ってるとも言えないなあ。俺もまあ、何となく自分でも思ってる事もあるしなあ」
人との関わり合い方について、こっちの世界に来て随分と心ほぐされたと思っているのだがなんせ前世で生きてきた時間も長いからな。心の底にこびりついてなかなか落ちない汚れもあるさ。人ってな、悪い事の方が記憶に残るからなあ。それにしても、前世での人間関係はことごとく上手くいかなかったもんなあ。
「まあケイトさん、人には抱えているものが何かしらあるものですよ。クルース君の事をあまり責めないであげて下さい」
クランケルがやって来て言う。
「別に責めてはいませんよ。ただ少し・・」
「憐れに思いましたか?」
「いや同情ではありません。少し悲しく思ったものですから」
「憐憫ではなく悲哀だと?」
「おいおい、やめてくれよふたりとも。そんなに真剣になる話じゃあねーって」
「「真剣になる話しですよ」」
ケイトとクランケルが同時に言う。
「私は君から沢山の事を教わりましたよ、格闘術への考え方や生活との繋がり、それこそ人生の味わい方まで。私から君に返せる事は何もないですか?」
クランケルが真面目な顔で言う。
「いや、そんなこたぁーねーって。俺だってお前から色々な事を教わってるよ、何かに取り組むときの気構えとか、物事を突き詰めるってどういうことなのか、とか、な。ホント、色々さ」
「・・・・・」
クランケルは黙って俺の顔を見る。少しばかり表情が緩んだような気がする。
「ジミーさんは人に気を使い過ぎるんですよ。いつも人を気遣っている。さっきも生徒会の皆に気遣って会長さんに寄り添う事をしなかったでしょう?」
「いや、まあ、俺の出る幕じゃないとは思ったよ。付き合い長い人の方がいいだろうとは思ったさ」
俺はケイトに答える。
「もう、そんなに気を使わなくても良いんですよ。私達は仲間なんですから」
「・・・まあ、そうか。そうかもな、でも、これは俺にしみ込んだ癖みたいなもんだからな、すぐには変えられないし悪気がある訳じゃあないんだよ」
「それですよジミーさん。そういう気持ちをもっと言っても良いんですよ」
「ったく、ケイトはインテリだよなあ」
俺は肩をすくめる。
「クルース君、ひとつ質問しても良いですか?」
クランケルが真面目な顔をして俺に言う。
「お、おう、いいけど」
「常に人に気を使う事と魔力の扱い方には関係性があるのでしょうか?君が変わった扱い方をするのはそれと関係があるのですか?」
「そりゃあ、お前、関係ないんじゃないか?」
「関係ないと思いますね」
俺に続いてケイトもぴしゃりと言った。
「そうですか。残念です」
心底残念そうに言うクランケル。
「でも戦いにおいて相手を観察する事は重要ですからね、そうした役には立つのかもしれませんよ」
ケイトが言う。
「やはり、そうですよね?」
「だと、思いますけど」
詰め寄るように言うクランケルに少し引きながら答えるケイト。
まあ、そうだな、ケイトの言うように生徒会のみんなにも変に気を回さなくて良いのかもな。
どーもねえ、なかなか難しいけど少しづつ意識してみようかね。




