違いがわかるって素敵やん
「ほう、これは何です?」
「クランケルさんはジミーさんに貰ったのがあるでしょう。これは私のですから」
「いや、別に取ったりしませんよ。ただ興味があってですね」
「じゃあ、そちらのを見せてくれたらこっちも見せましょう」
「ええ、いいですよ」
「では、これ」
ケイトがそう言ってクランケルに渡した武器はさっき俺が作ったサイである。先の尖った鉄の棒で握りの上に短い鉄の突起がフォークのようについている古武術の武器である。
二本一組で使われる物で、打つ突く受ける投げる引っかけるなど多彩な使い方のできる武器である。
「ほう、これもこれで、使い道が沢山ありそうですね」
「これも、なかなか、面白いですね」
サイをくるくると手の中で回して動かすクランケルと羽で器用にヌンチャクを操るケイト。
なんか段々と十代の忍者亀軍団みたいになってないか?ブヤカシャー!
俺はその後も、鎖の両端に分銅をつけた古流武器スルジンや拳にはめるブラスナックル、紐の先に棒手裏剣を付けた縄鏢、複数の鉄棒を鉄のリングでつないだ九節鞭、スペイン剣術エスクリマのカリステック、長さ15センチ直径1.5センチ程の短い鉄の棒にリングを付けキーホルダー代わりに携帯できる護身具クボタンなど、こちらではなじみがなくて思いつく武器を作成していく。
「何をしてるんだい?」
「武器屋にでもなるつもりか?」
「面白そうじゃないかちょっと見せてくれ」
フィン書記、ヴォーン生活部長、マディー学芸部長が二階に上がって来る。
「これは、クルース君がギライス祭りで教えていた棒術のやつですね?」
クランケルがカリステックを手に言う。
「おお、あれはなかなかだったな」
ヴォーン生活部長が言う。
「これは、似たようなものを見た事があるな、馬の蹄鉄を元にした武器、鉄甲に似ているな」
フィン書記がナックルを手にはめて言う。
「これはちょっと面白そうだなあ。私の術式の参考になりそうだ」
九節鞭と縄鏢を興味深げに見るマディー学芸部長。
「これは、どう使うんです?」
ケイトがクボタンを手にする。
「それは携帯性に優れた護身具でね。こっちにリングがあるっしょ?これは鍵なんかを着けとくための物でさ、腰やポケットに入れて鍵を外に出しとけばただの鍵束にしか見えないでしょ?そんで、急に襲われたりしたときにパッと出して武器として使うんだよ。例えば棒を持って鍵束で相手の目を払うとか、握りこんで相手に鎖骨なんかを打つとか、武術の心得があるのなら、締め技を使う時にこいつで相手の関節なんかを突いてやれば効果は倍増するから、腕力のない人が身を守るのに適してるのさ。小さいから奪われにくいしね」
「なるほど、これは面白いですね。武器の携行が憚られる(はばかられる)ような場所へ行くときにも良いかも知れませんね」
やって来たアルロット会長がケイトの後ろから覗き込んで言う。
「ちょいと、車輪から異音がしましてね。この先、ボズーの街で馬車の様子を見たいのですが、構いませんか?」
御者さんが二階に声をかけてくる。
「ええ、お願いします」
アルロット会長が返事をする。
御者さんは、ではそうさせて貰いますね、と答えて馬に鞭をくれた。
「ボズーの街とはどういう所なんです会長?」
少し不安そうな顔で尋ねるフィン書記。
「ふふ、安心して下さい、ごく普通の街ですよ。この辺りでは一番大きな街ですね、ほら、見えてきましたよ」
茂っていた木が途切れると、前方に街並みが見えてきた。
街道の両脇も畑が見られるようになり、農夫たちが作業をしている姿が目に入る。
馬車に気付いた農夫たちが手を振って来る。
アルロット会長とマディー学芸部長が手を振り返す。
「大丈夫そうですね」
それを見たフィン書記がホッとしたように言う。
「ヤジメ村での事がよほど答えたと見えますね」
気に入ったのかサイをくるくると回しながら言うクランケル。
「なあクルース君、これ貰っても良いか?」
マディー学芸部長が縄鏢と九節鞭を手にして言う。
「ええ、構いませんよ」
「悪いな」
満面の笑みで言うマディー学芸部長。
「私はこれが気になりますね」
「私はこれですね」
サイを持ったクランケルとヌンチャクを持ったケイトが言う。
「気に入ったなら持ってってくれよ」
俺は返事をする。
「会長はこれを持っていて下さい」
フィン書記がクボタンをアルロット会長に渡す。
「では遠慮なく頂きますよクルース君」
「どうぞどうぞ」
「私はこれを貰っても良いか?」
ヴォーン生活部長がナックルを手にはめて言う。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう」
ナックルを握りこんだ手を動かしながらヴォーン生活部長が言う。
馬車はボズーの街に入り、大きな厩舎の前に停まった。
「ちょいと待っていて下さい」
御者さんはそう言って御者台から降り、大きな厩舎の中に入っていった。
幾らもせずに御者さんはひとりの男と共に出てくる。
「ああ、これぐらいなら左程時間はかからないが、今、先客のをやってるからそれが終わるまで待ってくれるかね?」
厩舎から出て来た男は馬車を見て言う。
「ええ、お願いします」
「それじゃあ、預からせて貰うよ」
厩舎から出て来た男はそう言って再び厩舎の中へと戻って行った。
「皆さん、お聞きになられたように馬車の修理に少しだけ時間がかかるようですので、馬車から出てお待ちになられて下さい」
御者さんが言う。
俺達は一階に降りてアルスちゃん達に声をかけ馬車から外へ出た。
馬車は厩舎の中へと移動していく。記者さん達の乗っていた馬車も同様に厩舎の中へと移動する。
「どうします?」
厩舎の前でコバーン体育部長がアルロット会長に問う。
「あの、ファルブリングカレッジの皆さんですか?」
突然、若い女性が声をかけて来た。
「ええ、そうです」
アルロット会長がにこやかに答える。
「やっぱり!握手して下さい!」
若い女性が弾んだ声を出しアルロット会長に握手を求めた。
アルロット会長はにこやかにこれに応えた。
「やっぱり、そうだって!」
遠巻きに見ていた女性に握手をして貰った女性が嬉しそうに言う。
「応援してます!」
「私もです!握手して下さい!」
遠巻きに見ていた女性たちがわっとやって来て、アルロット会長たちに握手を求めだした。それをきっかけにあれよあれよという間に人が集まりだして、周囲は握手を求める人でいっぱいになってしまった。
記者さん達は記事にする良いエピソードが出来たとばかりに何かを書き留めたり、集まった人の声を聞くなど取材活動に余念がなかった。
俺とアルスちゃん、クランケル、ケイトはこの機に乗じて危害を加える者がいないか周囲の気配に意識を凝らしていたが、握手を求める声はそんな我々にまで押し寄せるのだった。
「応援してます!」
「頑張って下さい!」
「シャツに名前を書いて貰って良いですか?」
「私もお願いします!ナアミちゃんへって書いて下さい!」
なんだかちょっとした有名人だね、これは。
「あっ!!」
コバーン体育部長の叫び声にそっちの方を見ると、頭に卵をぶつけられたアルロット会長の姿が目に入った。
「あなたには失望しました!」
卵をぶつけた女性が周囲の人達に腕をつかまれて叫んでいる。
コバーン体育部長がハンカチでアルロット会長を拭いている。
「あなたは期待を裏切った!この裏切り者!期待した私の思いを返して!!」
卵をぶつけた女性は周囲にいた人たちに引き離されながらも叫び続けた。
「すいませんが、皆さん、今日の所はここまででお願いします」
ブリーニェル副会長が集まった民衆を解散させる。
「大丈夫ですか?すいませんお守りできずに」
俺はアルロット会長に近付いて謝罪した。まったく殺気が感じられなかったので気づかなかった。
「いえ、怪我をしたわけでもありませんし大丈夫ですが、少しショックでした」
アルロット会長が言う。
「私は彼女の期待に応える事が出来なかったという事ですからね」
「会長、全ての人から賛同を得るなど不可能な事です。ああした人をいちいち気にしていては身体が持ちませんよ」
ヴォーン生活部長が言う。
「それはわかっているのですが、彼女は市井の民です。政治上の利害ではなく私に失望したのですから、やはり、これは深く受け止めねばならない問題だと思います」
「会長」
アルロット会長の言葉にヴォーン生活部長は心配するように短く名を呼び、コバーン体育部長は無言で会長の肩に手を置いた。
アルロット会長は何かに耐えるような表情で髪をハンカチで拭い続けている。
「アルロット会長、ひとつ良いですか?」
俺は会長に声をかける。
「ええ、なんでしょう」
「人が失望するときってどんな時だと思います?」
「信頼を裏切られた時です。私は彼女の信頼を裏切ったのです」
「会長は先ほどの彼女と個人的に関りがあったのですか?」
「いえ、ありません」
「では彼女は会長の何に対して信頼を置いていたのですか?」
「それは・・・」
「会長は話をした事もない、良く知らない人を信頼しますか?」
「いえ」
「彼女のそれは信頼ではない、期待です。彼女は期待を裏切られて失望したんですよ」
俺はアルロット会長に言う。
「それがどう違うと言うのですか?同じ事では?」
「信頼とは信じて頼りにする事、信じる事から生まれるのですよ。信じるというのはとても深い感情です。それに対して期待と言うのは相手が自分の要求を満たしてくれると当てにする事です。この違いが判りますか?」
「・・・・自分本位か相手本位か、という事でしょうか」
アルロット会長が絞り出すように言う。
「その通りですよ。彼女が口にした失望とは、つまりアルロット会長が自分の思った通りに動いてくれなかった、自分の要求を満たしてくれなかった、ために生じた感情であり行動なんですよ」
「なぜそう言いきれるのです?彼女の内面までは誰もわからないでしょう?」
「信頼とは相手本位のものですから、相手の人間性を知り信じているのでその言動を尊重できますし、もし裏切られたと感じても相手に怒りをぶつけるよりも自分の不明を恥じる事でしょう。わざわざ会長の近くまでやって来て怒りをぶつけたのは、自分本位な思い込みや決めつけに応えて貰えなかったからこその行動と言えます」
「・・・・」
アルロット会長の手が止まり、俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「アルロット会長は人の前に立つ資質のある人です。そうした人は多くの人から勝手に期待され勝手に失望されるでしょう。だからと言って自分に好ましい意見しか言わない者で周囲を固めれば思考が偏ります。幸い生徒会は会長にきちんとした進言ができる人達ばかりです」
俺はヴォーン生活部長を見て言う。
「・・・ヴォーン生活部長」
「はい会長」
「ありがとうございます。これからも思った事は言って下さい」
アルロット会長は背を伸ばして言った。
「はい」
ヴォーン生活部長がいい笑顔で答える。
「クルース君もありがとうございます。ある程度の覚悟はしていたのですが、いざ直接感情をぶつけられるとキツイものですね」
「言葉というのは大きな力を持っています。会長はそれをこれまで通り良き事に用いて下さい」
俺は会長に頭を下げるのだった。




