アンガーマネジメントって素敵やん
「何事です?」
馬車の二階に上がって来たアルロット会長が言う。
「どうも、なにか揉め事のようですね」
御者さんが言うように、街道の前方では向かい合った馬車が停車し、その周囲で男達がなにか怒鳴り合っているのが見える。
「ちょっと、通り抜けられそうにありませんね」
前方で停車している馬車を見て御者さんが言う
「念のため、距離を取って止めて下さい。様子を見てきますよ」
俺は自作したなんちゃってライフルを肩に担いで御者さんに言う。
「私も行きましょう」
クランケルが言う。
「私たちは馬車を警護しましょう」
二階に上がって来たケイトが言い、アルスちゃんも頷く。
俺はふたりに頷いて馬車を飛び降りる。
「オメーがそっち行けよ!おい!」
「るせー!どけよジジイ!」
「あん?」
「後ろから馬車が来てるだろーが!」
「かんけーねーんだよ!テメーが下がれば済む話だろーがゴラァ!」
「あーん?なめてんのかテメー!」
「どう思います?」
怒鳴り合う男達を見てクランケルが言う。
「いやあ、移動してる馬車を襲撃する時の常套手段だからなあ、こういうの」
「問答無用で制圧しますか」
「いくらなんでもそりゃ乱暴すぎるだろ。罠だと思って対応しよう」
「クルース君がそう言うならば」
おっかない事を言うクランケル。
前方、二台の馬車は馬どうしは横並びにすれ違っているが、そのまま進めば馬車本体が接触する感じになっている。街道の両脇には木が密集しているので今のままでは道の外には逃げられない。
だが、どちらも五メートル程さがれば木が途切れ退避できるほどのスペースがある。
位置関係を見るとどっちもどっちっていう感じだ。
「おい、あんた達早いとこ道を開けてくれ。急いでるんだ」
俺は揉めてる男達に声をかける。馬車はどちらも幌無しのオープンタイプの二頭立て。こちらに背を向けてる馬車の荷台には樽が幾つか、対向馬車の荷台は布がかかっていて良く見えないがどちらの荷台にも人影はない。男達の数は八人。
「ほら見ろ!後ろの馬車が迷惑してるだろーが!」
「テメーが下がれば済む話だって言ってんだろーがボケっ!」
「この野郎!調子に乗りやがって!腕づくで下がらせてやろうか!」
「やってみろよ!」
「おい、いい加減にしてくれよ。がなり合ってるだけ時間の無駄だろ?どちらかが少し下がるだけの事だ、どうって事ないだろ?」
また揉め始めた男達に俺は言う。
「うるせー!テメーにはかんけーねーだろー!すっこんでろ!!」
「後ろで待ってんだよ、関係ない訳ないだろ?」
俺は肩からなんちゃってライフルを外し手に持って言う。
「な、なんだよ?へんちくりんなもん出しやがって、それで何しようってんだよ?」
すっこんでろといきり立っていた男が俺を見て言う。
「天下の往来を塞いで迷惑だって言ってるんだよ。そんなに気が収まらないならお互い少し下がって俺達を行かせてくれよ。その後、存分にやり合えば良いさ、どうだ?」
「俺が下がったらこいつは通り抜けるに違いねー!」
一方の男はそう言ってた方の男の肩を押した。
「テメー!手ぇー出しやがったな!もう勘弁ならねえ!」
「上等だよ!!」
「やっちまえ!!」
「ふざけんな!!」
「おい!なに勝手に暴れてんだよ!いいから馬車をどけろって言ってんだよ!」
俺はつかみ合いをしてる男の肩を引っ張った。
「るせー!」
男は俺の手を振り払い、肘で俺の顔を打った。
「こんの野郎!」
俺の中で怒りが燃え上がる。あれ?ちょっと待てよ?俺ってこんな短気だったっけ?でも、ムカツキが止まんねーや。俺はなんちゃってライフルを構えて男の頭に向けた。
死ね!
「何やってるんですか」
クランケルが俺のなんちゃってライフルを上にあげる。
「テメー、邪魔すんのか!」
クランケルの野郎、どっちの味方だってんだよ!
「随分、乱暴な口をききますね」
クランケルはニィと笑ってファイティングポーズをとった。
この野郎、上等じゃねーか、やってやんよ。
「おらっ!」
俺はクランケルの顔に上段蹴りを放つ。クランケルは軽く身体を反らし俺の蹴りを避けると同時に下段の足払いをかけてくる。
俺は足をすくわれてひっくり返る。
「ふふ、そんなもんですか?」
「なめんなっつーんだよ!!」
俺は身体を起こし、クランケルにタックルする。
「ぐうっ」
クランケルは俺に押されて地面に転がる。俺はクランケルに跨りマウントスタイルを取る。
「どうしたクランケル、形勢逆転だなあ」
俺は拳を振り上げる。
「どうですかねっ!!」
クランケルはそう言って激しく腰を反らせる。
「ぬおっ!」
拳を振り上げていた俺は体勢を崩され前に押し出される。地面に頭から激突しそうになるが咄嗟に手を突いて前方に回転する。この野郎、接近戦じゃあやっぱつえぇー。なんちゃってライフルは?クソ、離れた所に落ちてやがる。
こりゃ、距離を取んねーとヤベーな。
「させませんよ」
俺の考えを読んだクランケルが距離を詰めてくる。ほとんど同時に繰り出される左右のキックが俺の頭を揺らし、一瞬意識が飛びそうになる。
「へえ、クリーンヒットしたと思いましたが、丈夫ですねえ」
「てめぇ」
頭に残る痛みが俺を益々イライラさせる。怒りが俺を塗りつぶす。
「眠りなさい」
ふと声がして上を向くと、そこには羽を広げるケイトの姿があった。
そして俺の意識は途切れた。
「ん!!!なんだなんだ!」
俺は上体を起こす。
真っ先に見えたのは俺に手を差し伸べるクランケルの姿だった。
「申し訳ないクルース君、敵の術中にハマってしまったようです」
「いや、俺もだ。一体何が起きたんだ」
「あれですよ」
クランケルの手を借りて起き上がる俺にケイトが言う。
「あれって、なんだ?何か燃やしてるのか?」
俺はケイトの視線の先で燃え上がる炎を見て言う。
「カースの反転術式が施された布です」
「なにそれ?」
「被せた物の効果を反転させるんですよ」
ケイトが言う。
「どういう事?」
「後ろの馬車の荷台にかかってたんですよ。そして、積み荷はホワイトハロマの花粉でした」
「ホワイトハロマ?」
「ええ、南方に生える木でその花粉には気分を沈める効果があるんですよ」
「という事は?」
「我々はそれに振り回されたという事ですね」
「おいおい」
俺は頭を押さえる。
「修行が足りませんでしたね」
クランケルが言う。
「あなた達まで争い始めたのには驚きましたよ」
「申し訳ない」
俺はケイトに詫びた。
「いえ、これはある意味仕方がないとも言える事です」
「争っていた人達は?」
「今、事情を聞いていますがどちらの馬車も依頼通りに動いただけのようです」
「依頼主は?」
「ホレイテ商会とヘンシルビン商会との事ですが、生徒会の皆さんは聞いた事がないと言っています」
「参ったねどうも。しっかし、カースと術式の組み合わせって結構ヤバくねーか?」
俺はケイトとクランケルに言う。
「カースなんて近接戦闘では役に立たないと思っていましたが、行く先々でこう罠を張られると、その効力を見直さざるを得ないですね」
「ええ、本人は直接手を汚さないというのが厄介ですね。これではこっちは対処するのみで根本的な解決が出来ませんよ」
クランケルに続いてケイトが言う。
「そうだな。だが、まあ俺達にしてみれば目的を果たせば勝ちなんだから、とにかく無事にみんなを送り届けて慰問を滞りなく済ませる事だな」
「ですね。敵さんもそのうち焦れて姿を現すかもしれませんしね」
クランケルの言葉に俺とケイトは頷くのだった。




